6話 vs 宝将ミミール・カルム
「やったか……?」
ミミール・カルムは恐怖などで持ち手が震えそうになるのを抑えつけ、小型の砲台に似ている神器《存在消去》の照射口を上空にいるファロエルへと向け続ける。
今もなお、宝珠《極光》の虹色の光線は照射されっぱなしだ。
本来なら少しの間だけでいい。この破滅の光は触れれば最後、どんな物質であろうと一瞬で蒸発させるのだから。
しかし、ミミール・カルムは執拗なまでに《極光》を照射し続ける。
これで本当に討伐できるのかという不安と、できなければ祖国が滅びるという危機感を抱いて。
初めは、なんの冗談だと思った。
ダンジョンコアがたった一人でルゥラに挑んだとき、あまりの無謀さにミミール・カルムは己の目を疑った。
自身の願望が見せた幻覚かとも考えた。なにせ、すぐにダンジョンコアが返り討ちにあうだけだと思い込んでいて、あまりにも自分に都合が良すぎたからだ。
だから何度もミミール・カルムは認識違いがないか状況を見直したし、そのうえ武具の故障ではないかと甲冑のヘルメットを強めにコツコツと叩いてみもした。もちろんそれにはなんの意味もなく、錯乱による行為でしかなかったが。
それからも、嘘のような現実は続いた。
あっさりとルゥラがやられたときは、ダンジョンコアが何をしたのかよくわからないのもあって、ミミール・カルムはしばらく放心した。
そのせいでゲトリのダンジョンコアへの接触を見過ごしてしまったのだが、ダンジョンコアの味方につくと思われたゲトリが、その傲慢さを発揮してダンジョンコアと交戦状態に入ったのはラッキーだった。
しかも歯止めがきかなくなったのか、途中からゲトリが本気を出して包囲網を展開し、ついには殺意満々に使者たちに攻撃させ始めたのだから、そのままダンジョンコアが討伐されるのではないかとミミール・カルムは予期した。
しかし……それは蜂蜜のように甘い見通しであったのだとすぐに気づかされた。
まるで通用しなかったのだ。十人もの四つ星の使者たちによる攻撃が。
それも、ダンジョンコアが大層な術を使って応戦したとかではなく、ただの身のこなしだけで回避していた。
まあ本当は、感知や結界術も併用していたのだが、それを知ったところでミミール・カルムはファロエルの戦力を上方修正するだけなのでむしろ気づかなくて良かったのかもしれない。
ともかく、ミミール・カルムは戦慄した。
ダンジョンコアは体術使いでもあったのだと。それも四つ星の使者たちが相手にならないレベルの。
加えて、前の戦闘では四つ星のルゥラを超える術師であることも判明している。
薄々予感はあったのだが、まさしく事実だとわかり、ミミール・カルムはこの世を呪った。
そう、あのダンジョンコアは――噂を超える化け物だったのだ。
噂といっても、ちまたでささやかれるような確度の低いものではない。
別のダンジョンコアを有するラキ王国を諜報して得られた情報だ。信憑性はあるはずだった。
その情報によれば……。
いわく、警戒すべきはダンジョンの仕掛けとダンジョンガーディアンの戦力のみ。
いわく、ダンジョンコア本体は戦闘技能を持たない。頑丈さだけが取り柄。
いわく、ダンジョンから出てくればただの的。
……それなのに、実際はどうだろう。
森巫女ルゥラを完封する森の操作術。
五騎英雄ゲトリの使者たちを手玉に取る体術。
さらに、あのダンジョンコアはまだ攻撃の手を見せていない。
攻撃能力を持っていないと推測するのは浅はかだろう。少なくともルゥラの真似事や、ゲトリの使者と同等以上の近接戦闘はできるだろうから。
ミミール・カルムは怒りがこみ上げた。
ダンジョンコア本体は未熟な四つ星などと、誤った情報をもたらした誰かを百発くらい殴ってやりたかった。
いや、偽情報じゃないのはなんとなくわかっている。
もしラキ王国がそれほどの化け物を飼っているのだとすれば、情報を偽装する必要性はないのだ。
むしろ真実を流布し、四つ星を歯牙にもかけないダンジョンコアの力を知らしめて抑止力にするべきなのだから。
一般的なダンジョンコアはおそらく前評判通り……四つ星に分類されるもので。
結局は、あのダンジョンコアが異常なだけなのだろう。
そこまで理解していたからこそ、ミミール・カルムは現状の理不尽さに怒りがこみ上げたのだ。
同時に、ダンジョンコアへの畏怖の念を抑えきれない。
というのも、ダンジョンの外にもかかわらず、四つ星のルゥラやゲトリがまるで太刀打ちできなかった事実。
明らかに四つ星を超えた強さ。
それらを考慮すれば、おのずと導き出される結論がある。
つまり。
あのダンジョンコアは――。
五つ星。
滅亡クラス。
人類全体を滅ぼすことができる存在。
ミミール・カルムがその討伐に失敗すれば、祖国であるここファルジュロン共和国が滅びることはもちろん。
それに留まらず、他の国々さえも地図上から姿を消すかもしれない。それほどの脅威なのだ。
ミミール・カルムの両手には、まさしく人類の命運がかかっている。
幸か不幸か、そのことを認識できるほどに彼は優秀であった。
そうして、失敗の恐怖に体を震えさせながらもミミール・カルムは、なにやら首をかしげるダンジョンコアの隙を見取って《極光》の光を解き放つのだった。
「やったか……?」
ここで冒頭に戻る。
思わずフラグじみた言葉が口に出る。
しかし一定の確信もそこにはある。
視界にほとばしる虹色の閃光と、空気すらプラズマ化することで発される雷鳴じみた轟音により、ミミール・カルムの目と耳はあまり利いていない。
そもそも《極光》はすべてを蒸発させるので、対象に当たってもそれほど手ごたえはない。
だが、ミミール・カルムは確かに直撃させたという実感があった。
ファロエルのいた中空を確実に飲み込んだという確信があった。
これまで《存在消去》を扱ってきた経験が、攻撃対象に命中していることを保証していたのだ。
それなのに、それでも、ミミール・カルムは《極光》の照射を止めない。
恨みはなく、殺傷そのものも好まないが、万が一にも仕留め損ねてはならないと、追い立てられるような心地で執拗に攻撃を続けている。
そうして。
彼が《存在消去》を下げたのは、そこに装填された宝珠のエネルギーが最後の一滴まで絞りつくされ、スッカラカンになってからようやくだった。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
肉体的負荷はそれほどかかっていないにもかかわらず、精神的負荷だけで全力疾走後のように汗を流し息を乱すミミール・カルム。
視界はまだチカチカと明滅し、キーンという耳鳴りもしているが、それでも全神経を集中させてファロエルがいた中空を甲冑越しに睨む。
そして…………。
「っ!」
ぼんやりと、そこに何かが浮かんでいるのを認めて、ミミール・カルムは息を飲んだ。
同時に、やはりかという思いも。
「我輩の勘もこういうときばかりは外れてほしかったものだ。《極光》が通じないなんて、こんなことは初めてだというのに……」
五つ星とはこういうものなのだろうと、諦念を抱く。
人が敵わないからこその五つ星であり、それこそ最強種ドラゴンを相手にするようなものなのだから。
「……ここまでか」
つぶやくミミール・カルムの声音は、穏やかだった。
これからダンジョンコアになすすべもなく殺されるか、それとも何かの気まぐれで生かされるか……。
いずれにしても、ミミール・カルムの仕事は終わったのだ。あとはダンジョンコアの審判を待つのみである。
もはや、悪癖の溜息も出てこない。
人の手にはどうしようもない現実を前に、心労を抱える意味もないのだから。
「……度し難いものだ」
妙にスッキリとした気分だった。それもこの数十年に味わったことがないほどの。
皮肉的な心境の変化に苦笑するミミール・カルム。
そして彼は潔く甲冑を脱いで武装解除すると、汗だくのインナー越しに感じる外の冷たい空気に清々しさを覚えながら、ダンジョンコアに向けて諸手を挙げるのだった。