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5話 vs 五騎英雄ゲトリ

実験的にここから三人称視点でお送りします。

頻繁に視点移動してしまい申し訳ないです。


 人里離れた森の上。


 それは異様な光景であった。

 空を覆い隠す巨大な鳥(かご)のようなおり

 その隣に立つ、それ以上の高さの森の巨人。


 数キロメートル離れた地点からでも、森から突き出ているのが容易にわかるほどの大きさである。


 運悪く鳥(かご)おりの内側に捕らわれた動物たちは、その規格外の状況を作り出した術者の注意を引かないようにその場で息をひそめ、運良くおりの外側にいた動物たちは一目散にその場から逃げ出していた。


 しかしその異変も、唐突に終わりを迎える。

 森のおりも、森の巨人たちも、それらを形作っていた木々がスルスルと解かれていき、まるで逆再生をするかのように元の森の姿へとかえっていったのだ。


 ほどかれた檻の天井から日光が差し込み、中に浮遊する勝者を照らしだす。


 束ねられた金属棒が翼になったような放射翼を背中に負い、しかし翼の名はお飾りだといわんばかりに自力で上空に浮遊する少年。

 乱雑に伸びる黒髪を上空の風に揺らしながら、幼い外見に不釣り合いの堂々たる覇気をまとい、隙のない自然体で両腕を垂らすのは言わずもがな……生まれたばかりのダンジョンコアにして、かつては別世界の王を務めていた元神のファロエルだ。


 ただ、彼は珍しく困惑の色を顔に浮かべていた。


「攻撃はいっさいしていないはずだが……なぜ気絶したんだ?」


 マージエルフの里長ルゥラと、ファロエルは戦っていた。

 ……戦いと呼べたのかは微妙なところだが、ともかくルゥラの操る森の巨人の攻撃を結界で防ぎ、ルゥラの術の制御を奪い、そしてルゥラの術を強制的に解いたのだ。


 その結果、ルゥラが気絶した。

 もちろん、ファロエルから攻撃はいっさい行っていない。


「情緒不安定だったのか……? まあ、後で本人に聞けばいいか」


 その推測はファロエル自身も釈然としない通りに見当違いだった。

 しかし、今日初めて知り合った彼では仕方がないことでもあった。


 本当の気絶の原因を知るには、ルゥラの背景から知る必要がある。


 ルゥラはマージエルフという森に生きる種族の中でも、森との親和性が飛び抜けている森巫女(みこ)だ。

 さらには森巫女(みこ)の中でも抜きんでた才能を有しており、五十年以上の研(さん)を積んで里長にまで至っている。


 そんなルゥラは森のちょうと呼ばれ、人生のほとんどを森との対話に費やしてきた。

 ルゥラは自分こそが最も森に愛され、最も森を理解し、最も森を操作する(すべ)に長けていると自負していた。

 それこそがルゥラの存在証明でもあった。


 ところがどうだろう。

 生まれたばかりのダンジョンコアであるファロエルに、森の制御というお株を取られてしまったのだ。

 しかもルゥラの実力が高かったからこそ、ファロエルの反則じみた実力の高さをある程度理解できてしまった。


 ルゥラはその誇りを傷つけられ、アイデンティティをおびやかされた。


 その絶望感と、そして感じ取れてしまった上位者からのプレッシャーにより、精神が耐えられず気絶してしまったのが真相である。


 もしルゥラが、ファロエルのことを生まれたばかりのダンジョンコアとしてではなく、かつて国を治めた神として認識できていれば……違う結末が待っていたかもしれない。


 というのもファロエルは、かつて神の技能をフル活用して国土全体の維持管理を五百年ほどこなしてきた人物だ。

 森との対話を五十年以上続けてきたルゥラに対し――森はもちろんのこと、山も平野も川も、陸地であればなんでもござれ、広大な国土を整備し精通すること五百年のファロエル。

 どちらに軍配が上がるのかは、一目(りょう)然だろう。


 このことをルゥラが戦う前に知っていれば……気絶するほどのショックを受けずに済んだかもしれなかった。


 さて、ファロエルに近づいてくる気配がある。


 気絶したルゥラを結界で保護して避難させ、森の復元を行っていたファロエルは、それを片手間に続けながら近づいてくる気配のほうに顔を向ける。


「はっはっは! まさかあのクソエルフに勝つとはな! やるではないかダンジョンコア!」

「やあゲトリ公。まあ、妥当な結果というものだよ」

「はっはっは! あれを妥当とは、ダンジョンコアのくせになかなかほざきよる! 生意気な奴め!」


 上機嫌に声をかけてきたのは、純白の翼を羽ばたかせる二人の女性……の腕に抱えられ、貴族然としたヒラヒラの服を着ている細身の男。

 ジルスト帝国の英雄の一人、ゲトリである。


 彼は、ルゥラを圧倒したファロエルの力を危険視する……そんな様子もなく、あたかも下位の者に接するかのような横柄な態度で見下ろしてくる。


 そもそも下位の者に接する態度としても横柄すぎるのだが、下位の者ですらないファロエルに対しては無礼極まりない。

 しかしファロエルは気分を害したふうでもなく、それどころか嬉しそうに目を細める。


 別にファロエルがマゾというわけではない。

 そうではなく、例えれば、寂しさが埋まるような心地だろうか。


 長きにわたりファロエルが王を務めていたとき、ファロエルは賢王としてうやまわれ、最高神としてあがめられ、数々の功績をたたえられ、その人格を美化され……要するにヨイショばかりされていた。


 いつしか対等な友を失い、理解者もなく。

 常に上位者として持ち上げられること、数年、数十年、数百年。


 さすがに精神を病み、挙句の果てには人間に転生しようとしてダンジョンコアになってしまったファロエルであったが、そんな彼にとって、ゲトリの横柄な接し方は新鮮で面白みがあり、ある種の渇望を満たしてくれるものだったのだ。


 そのためファロエルは愛想よく会話を続ける。


「ゲトリ公は無事でなによりだよ。まあそれを確認しに来たというより、私も戦いに混ぜてもらいたくて来てしまったんだけどね。そういうわけだから、どうかな? 私と――」


 手合わせの方向に持っていきたいファロエル。

 そうやってまだ言葉を続けようとしたのだが、しかしゲトリは遮って言う。


「ああ、出迎えご苦労。まさかコア自身が外に出てくるとは思わなかったが、それほど俺様を重んじているとは殊勝(しゅしょう)なことだな」

「……ん?」

「さあ、俺様をダンジョンの中に案内するがいい」

「んん?」


 話がかみ合っていない。

 戦いに来たと言ったはずなのに、それがまるっと無視されていた。


 ファロエルは思い出す、言葉の正確なやり取りの難しさを。


『ちょっと散歩にいってくるよ』

『ファロウ様! せいの視察に行かれるのですね!? 皆の者! すぐに準備を!』

『いや、ちょっと空気を吸いに行くだけなんだけど……』

『なんと! 空を読みに行かれるとは、もしかして嵐の予兆でございましょうか!?』

『えっと、そうではなくて、ただ外に行きたいだけというか……』

『まさかッ、この神殿の中に何かお気に召さないものが!? どうかわたくしめになんなりとごちょくめいたまわりますよう! すぐに実行してご覧にいれましょう!』

『いや、深読みしすぎだから。言葉通りに受け取ろうよ』

『ああッ、ファロウ様の尊きお言葉を読み間違えるとは……ッ! 高位神官にあるまじき失態ッ! わたくしめの命をもっておつぐないいたしますので、どうか、どうかお怒りを鎮めてくださいますよう……ッ!』

『怒ってない怒ってない。許すので、死なないように。あとこのくらいのことで罰とかもないから』

『ううっ、なんと慈悲深き御心か……! 秘書官、秘書官ーッ! 偉大なるファロウ神のご慈悲をしかと記録するようにッ!』

『ぐす、もちろんですとも!』

『…………』


 もう数百年前の記憶なので色あせてはいるが、今もなお印象強く残る、ファロエルがファロウだったころの初期の記憶である。


 このように一事が万事、ファロエルの言動が拡大解釈されるため、途中から諦めの境地でファロエルはほとんどの会話を事務的に淡々とこなすようになっていったのだが、それでも神官たちの暴走はとどまることを知らなかった。


 話を戻そう。

 会話のすれ違いというものを、ファロエルは嫌というほどよく理解させられている。

 そのため、ゲトリに対してすぐに訂正を入れることができた。

 

「フフ、ちょっと待ってくれ、私は君を出迎えに来たわけではないよ。私は君たちと戦いに来たんだ」

「……戦いに来た? 貴様は何を言っている? ごとはいいから、さっさと俺様を案内しないか」

ごとではないさ。寝言でもない。これは本心からの言葉だよ」

「……なに?」


 ゲトリは露骨に顔をしかめた。ようやくファロエルの言葉が頭に入ったようである。

 だがよほど理解したくないのか、ファロエルの言葉を疑ってかかる。


「貴様、なんのつもりだ? ジョークにしては面白くないぞ。俺様を出迎える以外に、ダンジョンコアがダンジョンから出てくるはずがないだろうが」

「出迎える以外にも、ダンジョンコアは普通に外に出てくるもんじゃないかな?」

「そうなのか?」

「きっとそうだよ」


 そんなわけなかった。


 普通、ダンジョンコアはダンジョンから出てこない。

 このことはコアの常識として、ファロエルの頭の中にもしっかりとインプットされていたが、それを平然と無視してのファロエルの発言である。

 仮にノウリディアナが聞いていれば、その自由奔放さに間違いなくふんがいしていただろう。


「ふん、貴様の事情なんざどうでもいい。さあ、俺様を中に案内しろ」


 相変わらず案内を催促するゲトリに、ファロエルは口角をつり上げて愉快そうにする。


「フフ、面白い。私は出迎えに来たわけではないのだけど、どうして案内してもらえると思うのかな?」

「どこに面白いことがある? 愚問だな。俺様こそが、ダンジョンガーディアンにふさわしいからだろうが」

「へぇ……? ちなみに、どういったところが?」

「俺様の最強の人形どもを見ろ! これで貴様を守ってやるぞ!」


 苛立たしそうに声を張り上げたゲトリは、純白の翼で羽ばたきながら彼を抱える女性二人のうち、一人の頭をわしづかみにする。乱暴な仕草に、しかしその付き人はまるで感情がないかのように、ピクリとも表情を変えない。


 使者使い、などとゲトリは呼ばれている。

 その由来こそ、今も彼を支えているような純白の翼を携えた女性たちだ。


 彼女たちはゲトリの才能(ジーニアス)により召喚され、ゲトリの意思に従う忠実なしもべたち。

 一人一人が三つ星(ボス級)の魔物に匹敵し、精鋭のしもべともなれば四つ星(魔王級)にすら届く。

 さらには集団の召喚と運用が可能で、その数の利を生かした攻撃の前には並みの魔王級すら分が悪い。実際にゲトリは一人の魔王を討ち取った実績がある。

 これこそが四つ星(勇者級)ジーニアス、その名も《神の使者の指揮者》。


 ゲトリの自信のよりどころでもある。


「ふうん、人形ねぇ? 心はないのかな?」

「心などない。俺様の忠実な道具だ。倒されれば勝手に消えるしな」

「勝手に消えるということは、制限のかけられた限定的な肉体創造なのかな? わざわざ制限をかけるのは回りくどく見えるけど、どうしてだろうね。それとも技術的に不足があって――」

「そんなことはどうでもいいだろうが。さあ答えてやったぞ、早く中に案内しろ」


 ゲトリはれたようにファロエルの考察を遮って催促する。


 だがファロエルは、相変わらずゆったりとした物腰で続ける。


「とりあえず、答えてくれたことにはありがとう。ただ、改めて言うが、私は君を迎えに来たわけではない。だから、ダンジョンの中に案内するつもりもない」

「……なに?」

「君は自分の能力が強力で、私を守るダンジョンガーディアンにふさわしいと思っているようだが……冷静になって考えてみてほしい。君が敗北しそうになっていたルゥラを、私は倒したのだよ? それでどうして、私を守るダンジョンガーディアンになれると思うのかな?」

「貴様ァ……」


 ゲトリは顔を歪めて不快さをあらわにすると、空中に、新たに一人の使者を召喚する。

 召喚されるやいなやその女性は背中の純白の翼を羽ばたかせて滞空。

 そして両手で持つ長剣を斜めに引き、構えを取った。


 ピリッ、と戦意がファロエルの肌を刺す。


「調子に乗るのもたいがいにしろよ。貴様があのクソエルフに勝てたのは、相性が良かったからだろうが。つまり遠距離主体の操作系能力者。それがわからないと、俺様を見くびったな? それとも、この間合いで、近距離特化の俺様の人形を相手にできるなどとうぬぼれたか? いや、ダンジョンガーディアンにするために必要だから、自分が攻撃されないとでもたかをくくっている可能性もあるな? ふん、答えなくていいぞ、貴様の思惑など興味がない。なんにしろ、許すのはここまでだ。それ以上つまらんことを口にしてみろ、腕の一本を失うことになるぞ? 心してしゃべることだ」


 と、脅してくるゲトリ。

 しかし、それでもなお、ファロエルはいたずらっぽい笑みを見せる。


「ああ、なるほど、そういうふうに見られていたわけか。あえて答えれば、二番目が正解かな? 私は近接戦もいける口でね。もし私が君の召喚した者たちに敵わないと、そう思うのなら、ぜひ試し――」


 そのとき。

 ブォンッ、と突風が吹き抜けた。


 長剣を構えていた使者の姿が消え、いつの間にかファロエルの後方へと飛行し終えている。


 既にその得物は振りきられていた。

 発言を待たずして、ファロエルは攻撃されたのだ。


 その速さたるやつばめじみていて、常人の目では影しかうつらない。

 剣筋にいたっては、本当に一瞬の閃きでしかない。


 それを不意打ち気味に受けたのだ。

 ゲトリの宣言通りに、ファロエルの片腕は斬り落とされ――てはいなかった。

 それどころか、無傷だ。


「っ!? いや、俺様がしくじったか? 今度こそちゃんと斬り落としてやろう」


 ゲトリはきょうがくに目を見開いたが、それも少しの間だけ。

 何か間違いがあったのだと思い直し、改めて使者に強襲を仕掛けさせる。


 今度はファロエルの背後から、つばめのような速度で影が舞う。


 人型がしょうしたことで吹き荒れる風。

 それによってかき上げられるファロエルの黒髪。


 しかし彼のすい色の目は怯んで閉じるどころか、もうきん類のようにらんらんと見開かれ。

 そしてその両腕は……またも無傷であった。


「ッ!? 馬鹿な!? 今度こそ確実に当てたはずだ! なぜだ……まさか、避けたとでも言うのか!?」

「フフ、そうだと言ったらどうする?」

「ありえないッ! ふざけるのもたいがいにしろ! 貴様が避けられるスピードではないぞ!」

「でも、現にこうして当たっていないが」

「ッ! このっ、クソコアがッ! 図に乗りやがってッ!」


 ゲトリは顔を憤怒に染め上げると、片腕を一閃する。


 すると、さっき突撃してきた使者が消え……。

 

 直後。

 ファロエルを取り囲むように、十人の新たな使者たちが出現した。


「マグレで避けられるのもここまでだッ! 本気で相手してやるから光栄に思え! さっきは三つ星レベルだったが、今度は四つ星レベルの人形どもだ! 貴様と同格だぞ、もう余裕ではいられまいッ! それが十体だッ! 魔王を殺したこともある必殺の包囲網だぞ? 貴様に逃げ場はない――さあ泣けッ! 許しをえッ! それくらいで俺様の怒りは収まらないがな! 腕の一本で済むと思うなよ? 両手両足、すべてだ、すべて斬り落としてやるッ! せいぜい後悔して、俺様に服従するがいいッ!」


 唾を飛ばしながらゲトリがまくしたてた直後。

 十人の使者がいっせいに長剣を構えて、ファロエルに狙いをつけた。


 周囲からの敵意に、しかしファロエルは不敵に笑う。


「フフ、本気になってくれて嬉しいよ。さあ、手合わせといこうか」

「ほざくなよ、クソコアがッ! 格の違いを教えてやるッ!」


 そうして、開始の合図とばかりに。

 使者たちの羽ばたきによって、嵐の渦中のような暴風が吹き荒れた。




 いっせいに襲いかかる十の剣閃。

 ファロエルの正面から、両側から、背後から、いくつもの刃が、目にも止まらぬ速さで斬りかかる。


 複数人が同時攻撃を仕掛ける場合、同士討ちの危険があるので連携が難しいのだが、使者たちはそれを軽くこなしているようだ。

 ゲトリという一人の指揮者の思念に従っているためか、絶妙にかみ合った複数の剣筋が、使者たちを傷つけあうことなくファロエルの四肢へと振り抜かれる。

 

 ……ところで、ファロエルは術が得意だ。かつては神術が使えたので、そこから研究を重ね、自己流の新術を次々と編み出し、おおよそすべての術に精通するまでに至った。


 だが、それに負けず劣らず。

 武術にも精通していた。


 元々ファロエルは学者肌で思考を好む反面、運動がそれほど得意ではなかったが、かつての神の体の運動性能が高く、思い通りに動くものだから、初めは自衛のために英雄たちに教えを受けて武芸を身に着け、その後は探究心からさらに武術を発展、昇華させていった。

 まだ低位の神であったころは、よその神からの侵攻を武術でもって退けたものだ。


 話を戻そう。

 格、すなわち星の等級でいえば、ファロエルの種族性能とゲトリの才能(ジーニアス)はどちらも四つ星であり、同格である。

 だが、陣地作成に特化している後方支援型のダンジョンコアに、ゲトリが召喚する近接特化型の使者の攻撃を防ぐすべなどない。


 それが、この世界の常識だ。


 しかし……ファロエルは違う。

 彼は、以前の経験を持ちこしている元神であり、それはもはや常識外の存在なのだから。


「単調な動きだ」


 ファロエルは目を向けることさえしなかった。

 

 使者の体に宿る力を感知。

 そこから体の動きを予測。

 そして数多(あまた)の戦闘で培った経験則で安全圏を見つけ、そこに体をずらすのみ。


 ファロエルにとって何気ない一連の動作により、まるで立体映像を斬るかのように長剣がスルスルと空を切る。


 このとき、長剣が振られる際の余波にあおられないよう、わざわざそのためだけに結界を張って暴風をしのぎ、すぐに結界を解除する。

 実に無駄な、洗練された結界術である。


 やろうと思えば結界で剣撃を防ぐこともできるのだが……。

 

「せっかくだし、全部避けるか」


 この新しい体に慣れるのにちょうどいい、とファロエルは訓練程度に考え、結界はあまり使わないことを決意。

 そして十の攻撃を避け終わり、何食わぬ顔でゲトリを見上げる。


 しばしの静寂。


「おや? 一太刀だけで動きが止まっているよ? どうしたのかな?」

「……!?」


 そこには十の長剣を振り終えてファロエルを囲んだまま滞空する使者たちと、その隙間から悪戯っぽくゲトリを見上げるファロエルの姿があった。


 当然、ファロエルは無傷である。


「なっ……なっ……なんだそれは!? まさか避けたのか!?」

「そうだけど、たった一回攻撃しただけで動きを止めるなんて、動揺しすぎじゃない? こんなんじゃ、肩慣らしにもならないよ?」 

「ッ!! 一度避けたくらいで調子に乗るなッ!」


 ゲトリの思念を受け、瞬時に攻撃を再開する使者たち。

 まるで餌に群がるはとのようにファロエルへと突撃を繰り返し、その手足に向けて息つく間もない長剣の乱舞を見舞う。


 さて、十人の動きをすべて把握するのは困難だが、一人を囲んで同時に攻撃できるのはせいぜい三人か四人くらいのものだ。

 あとは人数が増えても波状攻撃になるだけに過ぎない。

 

 それでも本来は対処できないものだが、ファロエルにとっては手慣れたものだ。

 一対多の戦闘など数え切れないくらい経験しているのだから。


 ファロエルは冷静に三つか四つの必要な情報だけを見抜くと、最小限の動きだけで次々と回避していく。


 腕に振り下ろされる刃を半身になって避け、足元を薙ぎ払う刃をふわりと浮遊して避け、袈裟懸けに肩口を狙う刃を横にずれて避け、背後からの刺突を上半身を傾けて避ける。

 どの方向からであろうと、どのタイミングであろうと、ファロエルの姿勢は崩れず、その動きによどみはない。

 体の数センチメートル横をかすめるようなギリギリの回避が淡々と続いていく。


「くそッ、くそッ、なんで当たらない!? もう少しで当たるだろうが! 早く斬られろ!」

「フフ、無茶なことを言う。斬られろと言われて斬られる者がどこにいるというのかな?」 

「減らず口がッ! 余裕ぶりやがって!」

「うーん、怒るなとは言わないけど、そんな暇があったらもう少し攻め方を工夫したらどうかな? 愚直に斬りかかるだけでは、見切りやすくて仕方がない」

「ッ!!」


 ゲトリは顔を真っ赤に染めあげると、とうとう露骨な殺意を発した。


「――もういいッ! 死ねッ! 俺様を侮辱するやつなどいらん! 貴様のガーディアンになるなどくそくらえだッ!」


 そして、使者たちの動きが一変する。

 四肢を狙うものから、体の中心を狙うものとなり、殺意に満ちた避けにくい剣筋が雨あられとファロエルを襲い始めたのだ。


「うーん、だから動きが単調なんだよね」


 しかしそのすべてを、ファロエルは暖簾(のれん)に腕押しとばかりに悠々と避けていく。

 そうして時間が過ぎ、太刀筋が百を超えてもなお、その状況は変わらない。変わる様子もない。


「なッ……!? ば、馬鹿な!? なぜ、なぜ避けていられる!? さっきまでギリギリでしか避けられなかったくせに、どうして本気の攻撃を避けていられるのだ!?」

「あれ? まだ気づかない? ギリギリで避けていたというか、大きく避ける必要がないから、必要最小限の動きで避けていただけなんだよね。今のこの攻撃だって、必要最小限の動きで避けているに過ぎない。まあつまり、まだまだ余裕というわけだ」


 話しながらも、その身のこなしが鈍ることはない。

 相変わらず数センチメートル程度のギリギリを狙って、安定感のある動きで次々と避けていくファロエル。

 その一度も立ち止まることのない流れるような体さばきは、まるで無伴奏の舞踊を舞っているかのよう。


 ここにきてようやく、ゲトリは察した。

 十人の四つ星クラスの使者たちによる包囲攻撃が、まるで通じていないということを。


「ぁ……こ、こんな……あるわけが……」


 呆然とするゲトリに合わせ、使者たちの攻撃もピタリとやむ。


 ファロエルはここぞとばかりにアドバイスをする。


「数で攻めるのは王道ではあるんだけど、そうなると連携が重要になってくる。同士討ちのない連携は見事ではあるんだが、一人一人が真っ直ぐ急所に当てに来るのはいただけない。それだと狙いがバレバレだ。例えば必中の間合いに追い込むようにけん制を入れたり、避ける隙間のないように軌道を組み合わせた同時攻撃をしたり、そういったことを工夫してみるといい。

 あと、そもそもの話なんだけど、一人一人の動きが単調なんだ。フェイントを入れるだけでもだいぶ違う。それに、身体能力に頼って体の動かし方に無駄が多い。まずはゲトリ公が武術を学んで、それを召喚した者たちの動きに取り入れられるといいんじゃないかな」


 ファロエルの教えが進むにつれ、ゲトリの目から光が失われていく。

 そしてアドバイスが終わると同時、十人の使者たちがかすみのように消えた。


 さっきまで逆上していたゲトリは一転して顔面蒼白となり、視線をさまよわせている。

 そしてふらふらと、彼を支える二人の使者たちとともに高度を下げて森へと落ちていった。


「……あれ?」


 ぽつんと、上空に一人取り残されるファロエル。


「……そんなにきつい内容だった? 普通にアドバイスしただけなんだが……」


 ファロエルは困惑気に首をかしげる。


 ルゥラに引き続き、これで二人目だ。

 はからずも、攻撃せずに戦意喪失させてしまった。


 どうしてこうなったかなど、ファロエルには思い当たらない。


 ……実際はそれほど難しい話でもない。

 格下だと決めつけていた相手から自身の未熟さをつきつけられれば、相応のショックを受けるだろう。大まかにいえば、それだけの話だ。


 ただ、研究気質のファロエルには無縁の話でもあった。

 彼ならば、未熟を指摘されれば喜んで改善に励むだろうし、相手を格下だと決めつけて見下すようなこともせず、何かしら学ぶ点があるかもしれないと常に考える。

 ゲトリに対しても、自分がされて喜ぶようなこと――手合わせとアドバイスしかやっていない。だから心当たりがなかったのだ。


 もちろん、詳細をいえばゲトリの背景も関係している。

 ファロエルに《神の使者の指揮者》が通じなかったことは、彼にとってかなりショッキングなことだった。


 ゲトリの所属国――ジルスト帝国は、才能(ジーニアス)至上主義国であり、才能(ジーニアス)の等級だけで独自の身分階級が形成されている。その最上位である英雄のゲトリは、《神の使者の指揮者》だけで平民から成り上がってじょしゃくした名誉伯爵でもある。

 それらの立場を利用して、ゲトリは下位の者への不当な殺傷など、倫理に反することをやってきた。


 だが、ファロエルに《神の使者の指揮者》が通じず、それどころか《神の使者の指揮者》の未熟さを指摘されてしまった。

 自分の立場を支えてきた《神の使者の指揮者》への自信が失われ、英雄からの失墜や、貴族位のはく奪を連想させられたのだ。


 それもあって、ゲトリは相当のショックを受けて自失状態に陥ったのだが、ここまで察することができるのは同国出身のノウリディアナくらいだろう。


 ファロエルにはさっぱりわからないので、森にふらふらと落ちていくゲトリを首をかしげながら見守るほかなかった。


 そんなときである。


 ファロエルのいる空中を、虹色に輝く破滅の光線が飲み込んだ。



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