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4話 vs マージエルフの里長ルゥラ

今更ですが

◇◇◇ ←は視点の切り替えを表しています。

◇◇◇



「……何しに出て来たんじゃ?」


 ルゥラは困惑した。

 ダンジョンの入り口から飛び出した二人を見て。


 ダンジョンガーディアンが現れるのはわかる。

 先ほど爆発で反撃されたので、爆発使いのダンジョンガーディアンが参戦してくるのは理解できる。


 しかし、ダンジョンコアもそこにいるのがわからない。


「……まさか、命知らずのバカなのじゃ? ダンジョンから出たコアなぞ、地べたをはう鳥のようなものじゃろうに……。くく、まあよい、わらわからすればラッキーじゃな。ターゲットがみずから出てきてくれるとは」


 我慢した甲斐(かい)があったものだとルゥラは有頂天になる。


 コアと一度顔を合わせておきながら、手出しするのを控えた。

 ダンジョンを拡張して神聖なる森を(おか)す罪人を目の前にしながら、殺意を飲み込んだのだ。


 遠距離主体の術者であるルゥラにとって、近・中距離主体のミミール・カルムやゲトリ公をあの狭い部屋で相手にするのは不利すぎた。

 戦闘を自重せざるをえなかった。


 しかし、耐えたぶんの運が回ってきたらしい。

 なかなかしぶとい二人を排除するまでもなく、ダンジョンコア本人がダンジョンの外にノコノコと出てきたのだから。


 《小森竜(プチ・ラフォレ)》三体に、周囲を覆う(かご)(おり)。さらには《森竜(ラフォレ)》をも完成させた万全の布陣。

 加えて、森のエネルギーにはまだ余剰がある。


 負けるわけがない。

 四つ星(魔王級)程度、完封だ。

 いままさに四つ星(勇者級)のゲトリ公を追いつめているように、造作もない。

 ダンジョン()から出てきたコアなんて、それこそ《小森竜(プチ・ラフォレ)》一体で事足りる。


 ルゥラは己の勝利を信じて疑わない。


「くっくっく、さくっと殺してやろうというものじゃ」



◇◇◇



 浮遊によってダンジョンの外に飛び出した私とノウリ。

 高いところから状況を俯瞰(ふかん)してみれば、戦いはまだ決着していないらしい。


「フフ、間に合ったようだ」


 ルゥラの森の布陣、健在。

 ゲトリ公が召喚した天使たち、健在。

 森の中に隠れてはいるが甲冑(かっちゅう)男の生命力、健在。


 こうして戦場を目の前にすれば、自然とテンションが上がってくる。

 なにせ数百年ぶりの手合わせだ、高ぶらないはずがない。

 たとえ相手が格下であっても……そう、他者と戦えるのが嬉しいのだ。


「フフ、まずは殺意ビンビンのルゥラから……」


 と、戦いに意識を向けようとしたときだった。


「はぁ……はぁ……フィーッ!」

「……えっ? あれ、ノウリ? なんでそんなに息も絶え絶えに? まさか攻撃を受けて……?」


 いきなり怒気が浴びせられ、体を跳ねさせながら声の主に振り返る。

 そこには、浮遊させられて前かがみに銀髪を垂らし、なぜか肩で呼吸をするノウリがいた。


 しかも涙目だ。

 可愛い。


 だが、なぜそんなに弱っているのか。

 いや、それよりもどうして怒っているのか。


 私が攻撃に気づかなかったから?

 しかし感知にも《鑑色眼(かんしきがん)》にも攻撃の痕跡がない。私を(あざむ)けるほどの技量を相手が持っているとは考えにくいのだが。


「よそからの攻撃なんて、なにトンチンカンな思考をしているのですか! そもそも、なに心当たりがないような顔をしているんですか! 他ならぬあなたのせいですよ、あなたの!」

「ん? 私のせいだと?」


 うーん? まったく心当たりがないのだが。


「? どうやってこっちに……んぇ」


 ふいに近づいてくるノウリ。


 ぎゅむっ、ぐにぃ、ぐにぐにぐにぐに。


 私に空中で浮遊させられているはずなのに、どうやってかノウリは私の傍にすぅっと移動してきて……いや、人差し指を動かしていたので距離か空間を操作したのだろう。驚きの応用力だが、それはともかく。

 

 ノウリは小さな指で私の両の頬をつまむと、恨みを晴らすかのように遠慮容赦なくこね回してきた。

 割と痛いのだが、彼女の表情を見るにそれを言い出せる空気ではない。


 激おこノウリ、再び。

 それも涙目バージョン。


「あなたはさっきわたくしに何をしましたか? 体を浮かせて飛ばしましたよね? どうしてあんなに速く飛ばすんですか! 勝手に体が浮いて、早馬のような猛スピードで狭い洞窟内を飛行させられて! いつ衝突するかとヒヤヒヤさせられる身にもなってください!」


「え、そのこひょ? でも、わらひが操作みしゅをするはずないひ、それにもし、手ひがいで壁に衝突しへも、ノウリならうみゃく着地できるんじゃにゃいかな……?」


「操作ミスするしないではなく、危険を感じる速度で飛ばされるのが怖いと言っているんです! あとわたくしが壁に衝突したら、普通に大けがしますからね!? 能力で多少は身体機能を上げているとはいえ、四つ星(コア)のあなたと比べればか弱い体なんですから! 当たり所が悪ければ死んじゃいます!」


 な、なるほど……。

 私は納得すると、バツの悪さから頬をかこうとして、頬はノウリに引っ張られていてかけないので、代わりに後頭部をかく。


「そへは悪かった。ごみぇんよ。さぞかひ怖かっただろうね。ノウリにゃら難なく着地できる気がひてひまったんだ」

「……、っいえ、悪いと思ってくれたならいいのです。はしたなく取り乱してしまい申し訳ありません。頬、痛かったですよね」


 ノウリは正気に戻ると、一瞬だけ恥じ入るように目線を落とし、すぐに(いた)わるように私の頬を優しく撫でてくれる。


 切り替えが早い。不自然なほどに。

 おそらく常に思考速度を上げているのだろう。


 それにしたって態度が変わりすぎだが、すぐにこちらを心配するあたり育ちの良さがうかがえる。皇女という立場柄だろうか。


 正直なところ、痛みはあまり気にならないのだが、ノウリほどの美少女に(なぐさ)めてもらえるのならこれを止める道理はない。

 彼女の気が済むまで頬の慰撫(いぶ)を任せよう。戦闘なんて後回しだ。


「っ」


 ノウリがふと、手を止めて斜め上を見た。

 その視線の先には、弓が引き絞られるように剛腕を振りかぶる森の巨人。


 ……やれやれ。

 ノウリの手の感触を楽んでいたかったのだが……仕方がない。ノウリに謝る時間が取れただけ良しとしておこう。


 切り替えて……さあ、手合わせだ。


 表情を鋭くしたノウリが人差し指を巨人に向け……それを私が遮る。


「フフ、ここは任せてくれ。戦えるのを楽しみにしていたんだ」

「……くれぐれも無茶はしないでくださいね」

「無茶なんてしないさ。私はできると思ったことしかやらないからね」

「……」


 ノウリの怪しむ視線には気づかない振りをして、ノウリの周囲に結界を張り、彼女ごと遠くに避難させる。

 ノウリは心配性だが、私の戦いぶりを見れば理解するだろう。


 ――彼らが格下であることに。


 そうして私は特に構えず、気負わず、しかし期待を表情に浮かべて森の巨人を見上げた。

 

 同時。


 音速を超えて、巨人の剛腕が振り下ろされる。



◇◇◇



 ()った!


 防御態勢の一つも取らないコアを前に、ルゥラはそう確信した。


 なぜかコアがダンジョンガーディアンと思しき少女に頬を引っ張り回されたり、その少女の戦意を制したり、あまつさえ戦闘から遠ざけて自分だけが残るという不可解な行動を取り。

 その意図を図りかねてルゥラの初動は遅れてしまったが。


 コアの考えなんて取るに足りない。

 もともとあのコアは初対面のときも、空気を読まない奇抜な言動を取っていた。

 あのコアは愚者なのだろう。状況把握力が欠けているに違いない。


 そのように結論付けたルゥラは、なんの不安も抱かずに《小森竜(プチ・ラフォレ)》の巨腕を振り下ろした。

 一撃で決着がつく様が脳裏に浮かぶ。


 それも仕方のないことだった。

 《小森竜(プチ・ラフォレ)》の巨腕が溜めを作る時間は充分にあった。

 コアは避ける素振りも見せず、直撃コース。

 いくら四つ星(魔王級)であろうとも、無事では済まない。生まれたばかりのコアであるなら、瀕死は確実。


 そして、音速超えの巨腕が……当たった。


 いかなる邪魔も入らなかった。


 パァン、と空気が破裂したかのような衝撃が周囲に伝播(でんぱ)する。


 当たった巨腕が急停止して、その反動から腕のなかほどがバキバキと折れて千切れ飛ぶ。


 ルゥラは、直撃した喜びから顔を明るくし……なぜ腕が振り抜かれなかったのかと首をかしげた。


 よくよく観察してみれば、コアが変わらずその場にたたずんでいる。

 その目前で巨腕が止まっている。


「……えっ」


 巨腕が止まっている。

 いや、止められている。


 あの音速超えの大質量の一撃が、まるで見えない壁に阻まれているかのごとく。空中で。


 コアは微動だにせず、微笑を崩さず、指一本触れず。

 避けるまでもなく、耐えるまでもなく。


 なぜか、どうしてか、巨腕が止められている。


「……え、……は?」


 ルゥラはその光景が理解できなかった。

 あの一撃を無動作(ノーモーション)で止められた事実が、認められない。


 しかし、現実にそうなっている。


 ルゥラには意味が分からない。

 開いた口がふさがらない。


 しかし、(コア)が健在だということは理解できる。

 それならば、攻撃を続行するのみ。


 ルゥラはあたかも夢見心地で、何も考えられず、しかし敵を倒さなければという闘争本能に突き動かされて、もう片方の無事な巨腕で殴りつけた。


 しかし。


「……なんなのじゃ……」


 それは、悪夢だ。


 やはりコアの寸前で巨腕がせき止められ、パァンという衝撃波と、バキバキという断裂の音のみが攻撃の成果として返ってくる。


 ルゥラは無意識に巨腕を再生させ、続けて交互に殴りつける。


 様々な軌道で生まれる衝撃波。

 千切れ、まき散らされる木々の残骸。


 だが、結果は変わらない。

 コアに傷一つつけられない。


 しまいには、《小森竜(プチ・ラフォレ)》三体を総動員して何度も何度も巨腕を叩きつける。

 止めらた腕が千切れては、再生し、何度も何度も……。


 次第にルゥラの表情が歪み、恐怖の色を濃くしていく。


「なんなのじゃ……なんなのじゃ……ッ!?」


 《小森竜(プチ・ラフォレ)》の一撃で終わると思っていた。


 コア本体は四つ星(魔王級)にふさわしい頑丈さだと聞いていたが、それでもコアに戦うすべはなく、一方的に叩き潰せると思っていた。


 だが……なんだこれは。

 ルゥラは歯の根をガタガタと震わせる。知らず呼吸が浅くなり、息遣いが速くなる。


 《小森竜(プチ・ラフォレ)》の総攻撃が、まるで届いていない。

 避けられているのでも、耐えられているのでもない。

 通じていない。

 こんなことは初めてだ。

 

 そもそも、どのように防がれているというのか。


 理解できないことは、恐ろしい。

 

「あ……あァ……アアァァアアアッッ!」


 ルゥラは耐えきれずに叫びだす。


 それはまさしく悪夢だ。


 急制動で弾け飛ぶ巨腕をいくら再生させようと。

 四つ星(魔王級)すら無事では済まない一撃を何十と浴びせようと。


 コアは涼しい顔でそこにたたずみ、ルゥラの潜む方角を見上げているのだから。 


「ふむ……これ以上はないか」

 

 ぽつりと、コアがつぶやく。


 直後、ピタリと《小森竜(プチ・ラフォレ)》の動きが止まる。


「……え」


 それは彼女の意思ではなかった。


 ルゥラは凍りつく。

 その意識からポッカリと、《小森竜(プチ・ラフォレ)》の制御が奪い取られていたのだ。


 三体の《小森竜(プチ・ラフォレ)》がほどけ、その体を構成していた木々がするすると森に還っていく。


「ッ……」


 それから当たり前のように、(かご)(おり)もルゥラの制御を離れ、勝手にほどかれていく。


 ルゥラは必死に制御を取り戻そうとした。

 いつものように意識を森と同調させ、術を立て直そうとした。


 しかし。

 まるで山に弓引くような手ごたえのなさ。


 ルゥラの意思に、森が反応しない。

 弾かれるばかりで、ルゥラの付け込む余地がまったく存在しない。


 完全にコアの制御下にあることを思い知らされただけだった。


 打つ手もなく(かご)(おり)のなかほどまで解け、遮るものがなくなると、ついにルゥラの潜む《森竜(ラフォレ)》の巨体がコアの目にさらされる。


「ぁ……あ、ァ……」

「ふむ、最後のはひときわ大きいな。いやはや、三体の巨人に、鳥籠のような檻に加えて、よくそれほどの大きさの巨人を制御できたものだ。その技術には敬意を表するよ。ただまあ、相手が悪かったね。こう見えて私は、森に限らず国土全体の管理維持を五百年ほど務めてきた。年季が違うというものだ」


 そうしてルゥラは聞いた、いや、聞かされた。

 森からの知覚のみあえて残され、しかし、とうとう自身の潜む《森竜(ラフォレ)》すら解体されながら、その残酷な一言を聞かされた。


「私に比べれば、技量不足だ。これに懲りずに、精進するといい」


 森を愛し、そして森から愛されるマージエルフの森巫女(もりみこ)の中でも、森の操作に最大適性を誇る寵児(ちょうじ)であり、里長としてセントラル大森林を治めてきたルゥラに突きつけられた評価は――技量不足。


 それを認めざるをえない圧倒的実力差があった。

 彼女の舞台で、万全の布陣において、わずかな抵抗すら許されず。

 理解の及ばない神技によって、またたく間に、一方的に制御を奪取されたのだ。


「ぁ……――」


 お株を奪われ、アイデンティティを全否定され、ついにルゥラは意識を手放した。



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