2話 強い人間を召喚したら、深窓の令嬢のような少女が来てしまったらしい 後編
香月由様よりノウリディアナのイラストを頂きました。本当は数か月前に頂いていたのですが……遅れてすみません! そして素敵なイラストをありがとうございます!
https://21031.mitemin.net/i400178/
「うーん、それは困るかな。こうして会話を楽しむのも悪くはないが、今は外に行きたいんだよな。というわけでそろそろ動くとしようか」
地面に座り込んだ状態でノウリを見上げながらそう伝えれば、ノウリは不思議そうに首をかしげる。
「? 動けませんよ? わたくしが《神の人差し指》で元に戻さない限り、あなたは満足に立ち上がることすら――ッ!?」
構わずに私はすっくと立ちあがった。
目を見開き絶句しているノウリにニヤッと笑みを見せながら、さっきのお返しとばかりに私は説明する。
「筋力を最低値に設定したと言っていたがなるほど、筋繊維を破壊するのではなく、『身体に力が入らない』というような概念を与えて、漠然とした機能不全を引き起こしているようだね。その度合いをそちらで操作しているような感覚なのかな?
まあそれはそれとして、複雑な術式も目を見張るような練度もない。だとすれば、付与された概念の起点となる力をかき消すのはそれほど難しくない。つまり、解除は簡単というわけさ」
「……ッ、……ッ!?」
私としては丁寧に説明したつもりだったのだが、ノウリは意味が理解できなかったのか、それとも解除されたことがいまだに信じられないのか、口をハクハクさせて言葉を失っている。
フフ、随分と愉快な表情だ。特にすまし顔からの転落ぶりが面白い!
これはからかい甲斐がありそうだなと、私は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「おやおや? 《神の人差し指》とやらに相当な自信があったのかな? 簡単に解除できたけど、それがそんなに予想外だったのかな?」
「……ッ! あッ、ありえませんッ! わたくしの才能は四つ星! ダンジョンコアに匹敵するはずなのに、こんなにあっさりと解除できるはずが……!」
「でも、できてしまったねぇ? もちろん、実際は解除できていないとか、無理に動いているのを誤魔化しているとか、そういうわけでもないからね? その証拠にほら。こんなに体が動く!」
私は腕や体をぶんぶん振り回して激しく動いてみせる。
フハハハハ! ノウリをからかえて心身ともに絶好調だぁ! 体を横に曲げる運動ぉ! 体を上下に曲げる運動ぉ! 両足で跳ぶ運動ぉ! 体を回す運動ぉ!
「ぅおっ!?」
またしてもノウリが人差し指を動かして力の光線を飛ばしてきた。調子に乗って体操をしていた私はあえて弱体化を受ける。そして一秒で解除する。
「フハハハハ! 効かぬわぁ!」
「くっ、ならば連続で……!」
「ぅおおお!? 間に合わない!? 指を動かす速さには負ける……なんてな! 解除にはもう慣れたぞ! 解除解除解除ぉ!」
ノウリは自分の体の強化もできるようで、残像を残しながら人差し指を上下に振っている。
私はそれに合わせて力の光線が当たると同時に解除しながら、ほとんど影響を受けずに立ち上がり、腕を開いて余裕ぶる。ノウリはまたも目を見開き、指を止める。
「なんて早さですか!? しかも無動作なんて! そんな話聞いたこともありませんよ!? あなた本当にダンジョンコアですか!?」
「フフフ、称賛の言葉、ありがとう。ちなみに私はダンジョンコアだよ」
「くっ、非常識な! ならば、その解除する力に干渉すれば……!」
「んっ、なに!?」
それまでノリノリだった私は、次の力の光線が当たった直後にノリや演技ではなく本心から驚いた。実際に、私の力の操作に異常を起こしていたのだ。
それを能力的にできるできないで言えば、できるのはわかっていた。私だって真似ごとはできるのだから、ノウリの能力的にも可能だろう。
しかし、その使い方を思いつくかは別問題。そしてそれを一発で成功させるなど……!
ノウリは見たところ戦い慣れていない。第一皇女という立場柄、戦闘訓練をまともに受けていないのだろう。それなのに咄嗟の判断でここまで柔軟に能力を運用できるとは! 頭が切れるからか、思った以上に能力を使いこなせているぞ!?
「勝負あったようですね。これであなたはもう解除することが――」
力の操作を妨害したくらいでノウリは勝ちを確信したらしい。
「解除っ! そしてすぐに《結界》! フフフ、フハハハッ! もうその力は通さぬわ!」
ヤバい、楽しい。
唖然としているノウリに、私はドヤ顔を向ける。
「確かに解除はしづらくなった。だが、できないとは言っていない!」
「そんな滅茶苦茶な……四つ星の弱体化をまともに受けて力技で覆すなんておかしいでしょう……」
「フフフ、私の技術は勇者級を超越しているのさ」
時間的にも状況的にも黙っていたほうが好都合だったのでそうしているが、神として過ごした数百年間で磨いた技術は丸々残っている。神力は失ったが、力そのものの使い方や術式は忘れていないのだ。
「四つ星をなんだと思っているんですか……。もう意味がわかりません、というか意味を理解したくないです。しかも聞き流しそうになりましたが、なんなんですか《結界》って。それもダンジョンコアの能力なんですか?」
「それは私の持ち前の技術だよ。ダンジョンコアの能力はあまり関係ないかな」
「“持ち前”とか、生まれたばかりのコアの発言じゃないですよね。聞かないといけないことが増えたのに、聞きたくないです、一生分の情報なんて特に。というかもうあなた一人で外に出しても大丈夫な気がしてきました」
こちらをジトッと睨みながら疲れたように言うノウリ。
ある程度、私の前身を察しているように思えるのは考えすぎだろうか?
「まあ、ひとまず私の単独行動への理解は得られたのかな? じゃあそろそろ外に――」
「いえ、それとこれとは話が別ですから。《結界》だけでは心もとないですし、わたくしの精神衛生のためにも周囲への予測外の影響という意味でもあなたを自由にはできませんよ」
話しながらも、ノウリが何気なく人差し指を動かす。
飛んできた力の光線が、私の張った不可視の結界に当たって四方へ飛び散る。もちろん貫通はしていない。私以外の力を遮断する性質を持たせているため、力の光線は私のもとまで届かないのだ。
「フフ、油断も隙もないね。でも残念ながら、それはもう効かないよ。結界を張った時点で私の勝ちは確定したのさ」
「……」
ノウリは私の勝利宣言に無反応で、人差し指を何度も振って光線を連射する。
無駄な行為だが、おそらく自分の能力が通じないことが受け入れられないのだろう。いくら頭が切れるとはいえ、まだ幼い少女。理解はできても納得はできないのだろうと、私は慈悲の心でそれを見守る。
四発目までは何も起きなかった。
五発目の光線が結界を弱める。
六発目の光線が結界をうち消す。
七発目の光線が私の力の制御を乱す。
八発目の光線が私の身体を脱力させてひざまずかせる。
九発目の光線が私の身体を重くして這いつくばらせる。
あごを地面に思いっきり打ちつけた私は、呆然とノウリを見上げた。
「は……? ぇええええ!? 結界の性質を弱めたのか!? 力を遮断する性質にも効くのか!? そんな馬鹿な!?」
「初めは効かなかったので、効くようにわたくしの能力で能力そのものを変えたんですが、うまくいって良かったです」
「なるほど、いやいやいや! 力が見えていないのにそこに行き着けたのか!? 理論だって知らないだろ!? 化物だな!?」
「化物だなんて過大評価です。それはぜひとも鏡に向かって言ってください、化物能力のダンジョンコア様」
いやいやいや、ちょっと待ってほしい。
私が化物戦力なのは前身で培った技術のおかげだ。特に魔法のような“術”と、その根源の“力”への理解は相当深いと自負している。というのも本来“力”は目に見えないが、私は《鑑色眼》で見えるようにしているし、力の感知も操作もかなり極めている。術の構成や分類、運用方法なんかも一通り研究済みだ。
そんな私が術式を解除したり《結界》を張るなど、簡単に過ぎる。
それに対してノウリはどうだ。
“力”が見えているわけではないし、感知も操作もできているようには感じられない。《神の人差し指》という術式に対しては、あるがままを運用しているだけで術式を改変できているわけでもない。
ノウリは、術への理解は初心者なのだ。
だからこそ、私の結界を攻略してみせたのは純粋に、分析力や考察力、柔軟性や応用力といった頭の良さに起因する。このレベルを見るのはさすがに初めてだ。これを化物と呼ばずしてなんと呼ぶ。
いやはや、召喚の条件でつけた“強い”というのはおまけでしかなかったんだが、キレッキレの頭といい《神の人差し指》といい、図らずも特級の戦力を引き当てていたようだ。幸運というかなんというか……嬉しい誤算だな。
「なにニヤニヤしているんですか。結界を破ったのにまだ余裕がありそうですね? まあその気になればわたくしの才能を解除できるんですから、地面に這いつくばらされようがどうってことないというわけですか」
「いや? これはこれでそれなりにしんどいよ?」
「だったら少しはしんどそうな顔をしてください。今のままだとすぐに解除されそうなので、解除に集中できないように拷問のような苦痛を与えますよ?」
「え、なにそれ、顔が割と本気なんだけど!?」
「もちろん冗談です。べつに、外に行くべきではないというわたくしの忠告を無視したうえにからかってきて、《神の人差し指》を一蹴したことを恨めしく思っていたりなんてしていませんから」
「まだ怒ってた!? ごめんけど外には行くつもりだから!?」
「そうですよね、わかっていますとも。だからこそわたくしはあなたをあらゆる手で押しとどめねばなりません。さあ好きなものを選んでください。苦痛か、洗脳か、快楽か、けっそ――」
なにやら恐ろしい選択肢は、ふいに途切れた。
唐突のできごとだった。
いや、私は何かが来るのがわかっていたのでノウリの顔を見つめてどんな反応を示すのか楽しみにしていたのだが、部屋の出入口から聞こえてきた異音……何十本もの紐がこすれ合うような音に対して、ノウリは即座に顔を向けて碧眼を見開くとちらりと私を見て跳躍した。一連の挙動があまりにも速く、違和感を覚えた私は、ある一つの可能性を閃く。ああ、ノウリの秘密がわかったかもしれない。おそらく彼女は自分の思考速度を……。
そのときノウリは這いつくばる私を飛び越えたのだが、その際にドレスのスカートの中が見えてしまい、私の頭は真っ白になった。
水色だった。
ノウリが私を守るように着地した直後、通路からおびただしい蔓の群れが地面や壁面を蛇のように這いながら来た。一本一本が腕のように太く、蔓というより触手のように見える。
「耐熱性を上げます。蒸し焼きにします」
ノウリは人差し指を数回振った。
一本の力の光線が私に当たり、体感温度が心地よいものへ変化した。
同時、部屋に入ってきた蔓の群れがその場で悶えるようにのたうち、急速に萎れ、最後には力なく転がった。室温がどれほどのものかわからないが、高温によって蔓を殺したのだろう。
ようやく正気を取り戻した私は、ノウリの鮮やかな手腕に「ほう」と感嘆した。
「情報から判断して、マージエルフの森巫女の操る植物だと思われます」
ノウリはまたもや人差し指を数回振り、室温と体の耐熱性を戻す。
蔓の水分が空気中に充満しているためか肌がベタつくのを感じる。だがそれもすぐにさらりとした空気に変化する。
《神の人差し指》の面目躍如だ。湿度すらも操れるらしい。
しかし空気中の水分に直接働きかけたのが非効率的だったのだろう、こういうのは風を起こして空気を循環させるのが楽なのだが、風を起こさずに水分にだけ働きかけてしまった結果、対象が多すぎたようで体内の多色な力を三割ほど使ってしまっている。残量はおよそ半分。ノウリも湿度なんかのために浪費したのを後悔しているのか、柳眉をしかめたが、すぐに表情を戻して切り替える。
「今からダンジョンの構造を変えられますか? 罠などを仕掛けたほうが――」
「ああ、その必要はないよ」
自身にかけられていた弱体化をすべて解除して立ち上がり、私はノウリに柔らかく微笑みかける。
「私を守ってくれてありがとう。ここからは私が戦おう」
ノウリはふいをつかれたのか私の微笑みにぽかんとしたあと、むっと睨んでくる。
「ま、守るのは当然のことです。それよりも、あなたが直接戦うのは認められません。外は危険ですと何度も申し上げているでしょう。マージエルフの森巫女は森そのものを操ります。さっきの蔓なんかはそのほんの一端にしかすぎません。本気の物量で攻められたら、わたくしでもしのぎ切れません。ましてや攻撃手段に乏しいあなたではなおさらです。しかも、もし外が森だったらどうしますか。最悪です、勝ち目がありません。ここは籠城して、こちらのフィールドで戦うべきなのです」
「なるほど、ノウリの意見は正しいね。ただ、知らないこともある」
私はゆったりと歩み出てノウリの隣に並び、気分で右手の人差し指を出入口へと伸ばす。
「ノウリに、新しい情報をあげよう」
「何を……」
私の行動の意味を理解できないノウリが怪訝そうにこちらを見る。
だが、出入口から再び不気味な音が聞こえてきて、慌てだす。
「察知できていたのですか!? くっ、量が多い、フィー、結界を――!」
「ああ、情報はそれじゃなくて、こっちだよ。……縮め」
私は気分で命令を口にしながら、一瞬で、目の前から続く通路に紫色の力を行き渡らせ術によって通路全体の空気を目前に圧縮する。
「高まれ」
またも一瞬で、その圧縮した空気を術によって超高熱化。通路の入り口が白く輝きだす。
「吹き飛べ」
直後、通路へ向けて解放。
炎よりも熱く、音よりも速く、通路を駆け抜ける爆風。
「まあ過剰戦力だが、私の技術を知るにはちょうどいいだろう?」
制御を完全に掌握されたそれは、こちら側へ一切の衝撃を伝えず、音も聞こえてこない。
合わせて結界を張ったので、熱気も風も来ない。
ただ残るのは、通路にあふれかえっていた蔓が光とともに塵となって消し飛んだ光景。
ノウリがかすれた声でつぶやく。
「今、何を……」
「空気を圧縮、高熱化し、解放した。簡単にいえば《爆風》だね。“力”の使い方を知り、自然の摂理を知れば、だいたいのことは実現できる。これが私の力の一端さ」
「…………」
「マージエルフの森巫女は森そのものを操れるそうだけど、私は森だけでなく、ほとんどを操れる。ここは私に戦わせてくれないか?」
「…………」
隣を見る。
無表情のノウリと目が合う。
その碧眼は、何かを推し量るかのようにじっと私を見ている。
……じわり、と嫌な予想が脳裏に広がる。
やりすぎた?
理解できない化け物として認識されようとしている?
分かり合えない相手であると、思われかけている?
また、友にはなれないのか……?
数百年分の苦い思い出が胸中に去来する。
最悪の結末まで秒読みに思えて、私は弁解するように早口でまくしたてる。
「ああ、違うんだ! これは技術だ。誰にでも備わっている力で、教えればノウリにもできるはずさ! もちろんすぐにできるようになるわけではないが、私みたいに長い間練習すればきっとできるようになるさ! だから、だから……」
私を神のように畏怖しないでほしい。
それを言えば現実になりそうで、私は口を閉ざした。
しかし無言のそれはノウリに伝わったのかもしれない。
ノウリは小さく溜息をついた。
「もぅ……やっぱり、あなたは馬鹿なんじゃないですか?」
「えっ?」
「恐れるなら、その力を見せなければ良かったんですよ。それなのに、どうしてわたくしに見せたんですか? 外に行くのを認めてもらうため? いいえ、わざわざわたくしに認めてもらうまでもなく、わたくしを振り払って外に行けるくらいの力はあるはずです。わたくしの拘束もほとんど意味をなしていませんでしたしね」
すねたような声でそう付け足すノウリ。
私はノウリの言いたいことがわからず、審判台に立たされたような心地でノウリの碧眼を見つめる。
すると、ノウリは微笑みを浮かべた。
「友人として、対等の関係を築こうとしているのでしょう? その誠意はきちんと伝わっています。だから――」
その笑みは、人間味にあふれていて、慈悲深く、とても優しい表情だった。
「あなたを恐れて遠ざけるなんて、ありえません。だって、友人ですから」
「ッ……」
悪魔かと思った。
今、その言葉は、その表情は、私に効きすぎる……ッ。
「あら? 顔を背けてどうされたのですか?」
「……わかって言っているだろう?」
「さて、いったいなんのことやら? 意地悪なフィーが嬉し涙を流すなんて殊勝なことをしているわけがありませんし、まあ仮にそうだとしても、戦力を隠してからかわれていたことへの仕返しをされるのがフィーにとっての友人的な関係なのですから、喜ばしいことですよね?」
「……きみ、結構いい性格しているよね?」
「まさか。人は自分を映す鏡であると言いますし、ゴブリンとともにいれば臭くなるとも言います。困ったものですよね」
「……よし、わかった、私の趣味に付き合う覚悟ができているということだね? ならば戦い方を教えよう。力を比べ合うのは楽しいぞ?」
「やめてください、あなたレベルに付き合うと死んでしまいます」
などと軽口をたたきあっているうちに、動揺は収まった。
私は晴れ晴れとした気持ちで一歩踏み出すと、悪戯っぽい笑みでノウリに振り返る。
「よし、出陣だ! 友よ、一緒に来て私の戦いを見届けてくれるかな?」
私の誘い文句に、しかしノウリは不満そうに頬を膨らませる。
「嫌です」
「えっ」
「人の我儘に付き合うのは嫌ではありますが……」
そう言いながらノウリは表情を和らげ、私の隣に並ぶ。
「しかし友人として、あなたの戦いを見届けるのはやぶさかではありませんとも」
「……フフ、そうこなくてはな!」
私は紫色の力でノウリを包む。
そして術によって一緒に浮遊する。ノウリが慌てて私を見る。
「え? あの?」
「よし、飛ばすぞ!」
「ちょっ、いきなりですか!? 事前の説明とか練習とかは……!?」
「大丈夫だ、私に任せろ!」
「不安しかないんですがぁあああ!? ひぃぃいいいいい!?」
部屋を出て通路を高速で翔けていく二つの小柄な影。
隣から聞こえてくるノウリの悲痛な叫びに、私はフハハハと豪快に笑うのだった。