1話 ダンジョンコアとして生まれたんだが、見知らぬ者たちに出待ちされていたようだ
タイトル名追加 2019/8/12
意識がとおのいていく。自分の命がこぼれていくのがわかる。
果たして、術式はうまくいくだろうか。
成功すれば、人間になれる。人間になれたら、すぐにでも友を作ろう。そして楽しく、自由に生きるのだ。
失敗すれば、あの世行き……それもいいだろう。孤独のまま神として生きるよりマシだ。これ以上は、人としての自我を保てなくなる。神という機能になり果てるのはご免こうむる。
思えば、あれから……神として、そして一国の王として誕生してから、暦の上では五百年。時間の操作も含めればおよそ八百年。
最初の二百年は友がいたが、そのあとの六百年は孤独だった。
そう言うと神官どもは悲しむだろうが、私を神としてしか見ない神官たちのせいでもある。彼らがいたからこそ、心を通わせられないことに孤独を実感させられた。
しかし、それももう終わりだ。神としての生はここで幕を下ろす。
体が光の粒子に変わっていく。もってあと数秒だろう。
人間か、死か。フフ……願わくば、人間になって友を作れますよう……――。
――。
――――。
――そして私は目を開けた。
見慣れない部屋。
……まさか。いや、きっと。
ここがどこかなんて考える余裕はない。
歓喜に腕を震わせながら起き上がれば……これまでと勝手の違う体。
もうわかる。もう間違いない。そうだとも。自然と理解できた。そう、私は……ッ!
「フフッ、フハハ! よっしゃあ! 私はついにっ、やっと、ダンジョンコアになれたぞぉぉおおお!
……えっ」
私は両手を振り上げた姿勢で固まった。
おかしい……「人間になれたぞぉぉおおお!」って叫んだつもりなのに、ダンジョンコア? なんだそれ。
ふいに、情報が頭の中を駆け巡る。
これは……生まれながらに刻み込まれた知識か! 八百年前に神と王になったときもそうだった。冷静に受け止め、把握する。
一秒もかからずに、自分が『ダンジョンコア』という生物になったこと、ダンジョンの管理者であること、外敵から身を守るため、ダンジョンの奥で隠れて過ごすことなどが理解できた。
ふむ、なるほど。前の国では見たことも聞いたこともないが、生まれながらの知識のおかげでダンジョンとダンジョンコアがなんとなくわかった。要するに防衛拠点とその主だろう。
「フフ、理解したぞ。……って人間じゃないのか! いや、これはこれでアリか……?」
人間になるつもりだったのだが、まあ、なってしまったものは仕方がない。
ところで……。
「はぁ、まさか本当に生まれるとは。噂に聞く放射状の翼。お初にお目にかかる、ダンジョンコア殿」
「コレ、頭大丈夫か? 俺様を敬うなら許してやるが」
「なんと面妖なのじゃ。急に出現するなど生物の誕生とは思えぬのう」
なぜか同じ部屋に見知らぬ者が三人もいるんだが。
まあ怒るようなことではない。むしろ、喜ぶべきことだろう。
友達候補がいきなり現れてくれたのだから。
一人目は甲冑の覆面姿。
顔は見えないが渋い声なので男だろう。甲冑のサイズ的にもかなり大柄で、山男が入っているかのようだ。
「噂に聞く放射状の翼」などと口にしていたが……なるほど、私の背中に放射状の翼がついているらしい。ダンジョンコアの種族的特徴で、名を『放射翼』。空を飛ぶためではなく、ダンジョンを管理するための補助機構になるようだ。イメージとしては魔法の杖。ちなみに実体はなく触れないらしい。頭の中のコアの知識より。
二人目はひらひらした貴族服を着ている二十代と思われる青年。
品定めをするようにこちらを見下すたたずまいは、まさに典型的な傲慢貴族といったもの。思わず口角が上がる。こちらを見下しているなど……実に何百年ぶりか! 前の国の神官にはない態度! なんと新鮮! おっと、怪訝そうな顔をされた。フフ、気にするな。
三人目は儀礼用らしき緻密な刺繍が施されたケープとワンピースをまとっている十代後半らしき少女。
エルフなのだろうか、耳が笹のように尖っている。前の国では似非エルフしか見かけなかったが、彼女は本物だろうか? 前の国の似非エルフは普通に年を取っていたんだよな。
それにしても、たれ目の愛らしい見た目をしているのに、私を見る目は殺意がこもっている。絶滅させたくてたまらない害虫でも見るような目だ。フフ、こんな目を向けられるのも新しいな。
ところで、この三人は初めからここにいた。私が生まれる前から待機していたのだろう。
いや、ちょっと待ってほしい。コアの知識によればこの部屋はダンジョンの『管理室』で、入り込まれてはいけないゾーンのはずなんだが。
「フフ、生まれたときから管理室に入り込まれてるって、ダンジョンコアとして終わってないか? というか誰なんだ、君たちは」
「我輩は、ファルジュロン共和国の――」
「貴様、不敬だぞ。俺様の偉大さを思い知れ」
甲冑の言葉を遮り、不快感をあらわにしたのは俺様な青年。
同時、彼の隣に純白の翼を有する女性が出現した。
まさか“天使”だろうか? 鎧をまとっているが、武器は手にしていない。そして精巧な人形のように無表情で微動だにしない。
前の国にいたころは神の側近に会ったこともあるが、こんなにも天使っぽくはなかった。もっと普通な、あるいは奇抜な姿をしていた。
フフ、ダンジョンといいエルフといい、こっちはファンタジーチックで心躍るな。
などと考えている間にも、俺様な青年が指示を出す。
「一発だ」
同時、天使っぽい女性は目にも止まらぬ速さで私のもとに迫ってくる。おっ、まじか。
咄嗟に《鑑色眼》を発動させ、力の流れを色として見る。
……え、なんだ!? 多色!? いや考察はあとだ。
繰り出された女性の拳を、私は受け流すように右手を合わせる。フフ、愚直で遅い……って私も遅いぞ!?
そのまま拳が私の防御をすり抜ける。
「ぐっ」
拳が腹にめり込んだ。私は脱力し、威力に逆らわず吹き飛ばされる。
一直線に壁へと激突。その際に受け身を取って衝撃を壁にのがす。そうしてぽとり、と地面に落ちる。
ダメージはほとんどないが、そんなことより攻撃されたことに感動を覚え、震えながら立ちあがる。
「ぁ……ぅ……」
「俺様の力を身に刻め。俺様を称えよ。まあ将軍級すら一撃で沈めるパンチを受けて、すぐに立ち上がれたことは褒めてやろう。さすが魔王級、頑丈だな」
「ぅ、うおお!? 攻撃された! こちらが上ではないだと……!? くぅ、なんて素晴らしいんだ!」
「ほう、俺様の素晴らしさに気づくとは見る目がある」
青年と微妙に会話がかみ合っていないが、構うものか。私は思わず両手を握りしめ、喜びに打ち震える。
手合わせを申し込めば恐れ多いと遠慮され、たまに受けてくれたと思えばなかなか攻撃してきてくれない。説得してやっと攻撃してきてくれたと思えば、害する意思が微塵もこもっておらず、私が対処するのをさすがですと褒めるだけ。何百年とそんな調子が続けば、他人と拳を交えることを望むこともなくなった。
だが……今! むしろ向こうから攻撃してきてくれた! しかも私の言葉を信者目線でアクロバティックに美化することもない! まさにこれが普通! 普通万歳! ああ、なんて良い日なんだ! 神と王をやめて良かった……!
私が戦闘そっちのけで感動していると、甲冑が軽やかに駆け、ピリピリとした雰囲気を発しながら私をかばうように立つ。
「はぁ、“使者使いの五騎英雄”よ、ダンジョンコア殿に危害を加えるのはやめてもらおう。続けるというのなら、我輩の神器《存在消去》をこの場で解放する。この広さでは逃げ場はない、先の戦いの決着をつけたいのならそうしてやる。しかしだ、そもそも我輩たちはダンジョンコア殿と交渉をするために一時停戦したのではなかったか。言葉以外は手出し無用と心得てもらいたい」
おっ、甲冑が大きな円筒形の懐中電灯みたいなものを両手で構え、俺様の青年に向けている。武器の一種だと思うが、なんだろう、開口部からレーザーでも出すのだろうか。神器と呼称していたことといい、ロマンにあふれているな。
それにしてもこの三人は仲間ではないのか? 残る一人、エルフっぽい少女は巻き込まれるのはごめんだとばかりに離れたところから静観しているが、隙あらば参戦しそうな剣呑な雰囲気だ。全員に殺気を飛ばしてきている。まあ一番は私に対して……というより、ダンジョンコアに対してだろうが。
ふむ、私との敵対関係をまとめると、少女は敵、青年は殺気がこもっていなかったことを加味すると敵に近い中立、甲冑は私をかばっている現状では味方に近い中立といったところか。
しかし完全な味方はまだいない。状況次第では三人全員が敵に回ることもあるだろう。
くぅぅ、なんて刺激的な状況か! こんなことは数百年ぶりで、年甲斐もなくワクワクしてしまうな!
ダンジョンコアになった途端、いきなりこれだ。面白い。まさかダンジョンコアというだけでこうも争いの種になるとは。私だから楽しめるものの、本来だったら理不尽なハードモードだぞ、フフ。
「甲冑野郎、俺様にその無粋なものを向けるな。なに、軽い挨拶ではないか。手加減はしたし、続けるつもりもない」
「はぁ、ならばその使者を消してはどうだ?」
「そのオモチャを下げたら消してやろう」
「……これでいいか?」
「よし、許そう」
なんとも珍妙なやり取りをへて、臨戦態勢を解く両者。
青年のほうは面白い性格をしているな。それに付き合う甲冑も良い性格をしている。
エルフっぽい少女も動く様子はなさそうだ。ふむ、頃合いか。
「ここで一つ、私から提案なんだが」
少年姿になっているせいか高めの声でハッキリと告げると、三人が一斉に私を注視する。
さて、どんな反応が返ってくるかな?
私は期待しながら、ニヤリとした笑みを浮かべて言った。
「誰か……私と友になってくれる者はいないか?」
「……は?」
瞬間、空気が凍った。それから、何言ってんだコイツみたいな目が示し合わせたように向けられる。
フフ、前の国の神官どもにはとても真似できない目だな。刺激的なのはいいんだが、しかし今は違う反応が欲しかった。
「はぁ、貴殿はいったい何を言い出しているんだ?」
溜息をつきながらも言葉に直してくれたのは甲冑だ。あとの二人は黙ったまま嫌悪や殺気を返してくる。
ふむ、みな反応が悪い。そんなに今の発言は変だっただろうか? 確かに何百年も孤独を味わい友を渇望しているのは私くらいかもしれないが、べつに言うだけならタダだろう? それに彼らは私と交渉に来たと思うんだが、交渉相手と形だけでも友になるのは友好を示す手段としてアリだろうに。
まあ逆に言えばその考えが浮かばないほど、ダンジョンコアという種族は特殊な感情を向けられているのかもしれないが。
「どうやらタイミングが良くなかったらしいね。またの機会に期待しよう。……ちなみに本当にいないかな? 友になるだけだ。裏もなければ条件もない。恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
「ちっ、不快だな。俺様の配下になるならまだしも、友達などとよく言えたものだ。この場で処刑されたいか?」
「そちはわらわを挑発しておるのか? 自殺願望でもあるのかのう? そうであるならすぐにも土に還してやるが」
取りつく島もないとはこのことか。残念だ。即答してきた青年と少女の言葉はスルーするとして、考えこんでいる甲冑に一縷の望みをかける。
「……我輩は、まだ立場が決まらぬ身だ。返答は保留とさせてもらおう」
「了解した」
成果ゼロ。記念すべき最初の友は作れなかったか……。いや、なに、まだ始まったばかりだ。次の出会いを待とうじゃないか。
しかし早めには欲しいところ。願わくば友と苦楽を共にしたいものだ。どこか近くに友達候補がいないものか……いや待て。
私はコアの知識を引っ張り出す。
能力は主にダンジョンの改変だが……ああ、あった! 《召喚》だ!
本来ならダンジョンの護衛の候補を呼び出すものだが、それを利用して友達候補を呼び出すのもいいだろう。
よし、そうと決まれば早速……あぁいや、この場ではマズイか。
私は考えを改めた。というのも――。
「はぁ、ダンジョンコア殿、そろそろ本題に入らせていただきたい。率直にいえば、ダンジョンガーディアンの大役を我輩に任せてほしいのだ」
ダンジョンガーディアン目当てに来たであろう彼らの目の前で《召喚》を行おうとすれば、邪魔される可能性が高いからな。
なので三人には外に出て行ってもらった。
ダンジョンの外といえば、周囲はどうなっているんだろうな。
ダンジョン内部は洞窟風だ。そうなると、出入口は切り立った崖か? 谷底か? それとも森や草原か? 町中だったら面白いな。人が多いのは友達作りという点でも助かるが。
さて、三人がいないうちに《召喚》を済ませてしまおう。いつ三人が戦いを始めるかわかったものではない。
彼らにはこう言ってある。
「ダンジョンガーディアンになりたければまずは力を示すことだ。三人で戦い、勝ち残った一人とダンジョンガーディアンの交渉を行おう。あ、戦いは外で頼むよ。こんな窮屈なところでは満足に戦えないだろうからね」
もちろんこれは、こっそりと《召喚》を行うための方便だ。ダンジョンガーディアンの交渉をするとは約束したが、ダンジョンガーディアンにするとは言っていない。むしろダンジョンガーディアンになるのを諦めてもらうための交渉になるだろう。
ちなみに間に合うのなら、私もその戦いに混ぜてもらいたい。まだこの身体に慣れていないので勝ち残った一人と戦うのが現実的かもしれないが、しかし三人同時に戦ってみたい欲求もある。
ふむ、これではまるで戦闘狂だな。友と切磋琢磨する楽しさはあれど、戦いとは自衛の手段であり、あくまでも国や自分を守るために戦いの術を磨いてきたつもりだったのだが……まあ数百年も戦う相手に恵まれず、自分だけで孤独に力を磨いてきたら、積極的に戦いの場を求めたくなるのも人情だろう。べつに相手を傷つけたいわけじゃないしな。
と、たわいないことを考えながら、制御台――管理室に初めから置かれていたみすぼらしい台座の上へと飛び乗る。
「《召喚》」
初めての術式なのでわざわざ唱えたあと、《鑑色眼》で力の色を可視化しながら《召喚》の流れに身を任せる。
私の体に満ちている力が、背中の放射翼へと流れ込む。これは実際に見ているわけではなく、感知によるものだ。自分の力の掌握というのは基礎にして奥義なので、妥協なく極めた自信がある。感知だけでなく操作するのも自由自在だ。
それはともかく、放射翼の先端まで力が行き渡っていく。このとき、放射翼を通ることで、力の性質が洗練されているようだ。力の強度は大して上がっていないが、ダンジョンコアの持つ性質――おそらくダンジョン改変に対する適性が高められている。やっぱり放射翼は魔法の杖じみているな。
放射翼の先端から精練された力が降り注ぎ、地面に真円をじりじりと描いていく。この召喚サークルは《鑑色眼》では紫色に映っている。そして肉眼でも紫水晶色に怪しく発光しているようだ。
円周が繋がって、召喚陣が完成する。
「なっ!?」
途端、サークル内から緑色の力が吹き出した。
《鑑色眼》による力の色分けは、下から順に白色、淡水色、水色、紫色となっている。
位階が高いほど強度が大きく、一般人は白色で、術者なんかは淡水色に達する。水色以降は人外の域で、ダンジョンコアは紫色の位階。そして緑色からは神の力。
これは、どういうことだ……!?
なぜ召喚陣から神の力が?
思えば、《召喚》はダンジョン改変の能力と毛色が違う。ダンジョンコアの適性と合わないその不足を補っているのかもしれない。
問題はどうして神が手助けしているのかだ。
さっきの三人の体にも緑色は交じっていた。なぜかそれ以下の力もすべて交じっていて多色だったのは不可解だがそれはともかく、つまり神が人間サイドに手を貸しているのは確信していた。
しかし人外サイドであるダンジョンコアにも手を貸しているのはどういうわけだ? 人間陣営と人外陣営に分かれて神同士で代理戦争でもやっているのか?
面倒だな。いや、私がその舞台に上がるのはいいんだが、神レベルを相手にすることになるのは避けたい。自重しなければ切り抜けられるだろうが、それでは前の国の二の舞だからな……。また神として崇められるのはご免こうむる。
なんにせよ今は情報不足だ。考えても不毛だろう。
私は思考に区切りをつけ、召喚の続きに意識を向ける。
召喚サークルは動きを止めている。召喚対象に条件をつけられるようで、『種族』『強さ』を選択するように急かされている感覚がある。
ふむ、友達候補としては無難にいこうか。
「種族は『人間』。強さは『強い』で」
べつに戦力はいらないが、私の強さに怯えてもらっても困るからな。
「さあ、来い!」
ワクワクしながら見つめる先で、召喚陣は紫水晶色の輝きを強める。そして……。
「……ん?」
うんともすんとも言わない。
《鑑色眼》によれば、召喚陣にどこからともなく緑色の力が飛んで来たり、あるいは逆に飛んで行ったりしている。これは……なるほどそういうことか。
召喚には二パターンあると私は考えている。その場で生物を創造する『創造型』と、条件に見合う人物を検索して転移させる『転移型』だ。この召喚陣は外部と情報をやり取りしていることから、後者なのだろう。最悪、条件に見合う人物がいないこともありうる。気長に待つほかなさそうだ。
外に出ていった三人の動向を気にしながら、首を長くして待つこと数分。
ふいに、勢いよく緑色が立ちのぼった。召喚陣から風が溢れ出し、私の髪を揺らす。
「おっ、来たか! 思ったより早いな!」
私はいてもたってもいられず、制御台から飛び降りると召喚陣の前に着地する。
いよいよとなって緊張してきたが、それを期待で塗りつぶして笑みを浮かべる。はやる気持ちを落ち着かせるように後ろ手を組む。
ひときわ緑色の光が強まる。
それはふくらみ、さらに風をまき散らし、そして限界を迎えたように――パッと弾けた。
視界に緑色の燐光がキラキラと舞っている。
その中にたたずむのは……ドレスをまとう小柄な少女。
私は弾む声で告げた。
「やあ、ようこそ。早速だけど、私と友になってはくれないかな?」