基本無料の殺し屋
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」
「……殺してもらいたい人がいるんですが」
「かしこまりました。奥の部屋へどうぞ」
繁華街の細い路地、褪せた雑居ビルの一室。
表の看板は飾りで、本業は「殺し屋」らしい。
意外と有名で、この街に住んでいれば一度は耳にする話だ。もっとも、ウワサとしてであって、本気にしている人は少ないが。俺だって半信半疑だった。
「……では、ターゲットの情報をこちらに記入していただけますか。氏名、性別、年齢は必須。あとはご存じの範囲でかまいません」
役所の届出のような申し込み用紙と質素なボールペンを渡され、少し拍子抜けする。こんな安っぽい紙とペンで、人の命ひとつ動いてしまうだなんて。
「……はい、ありがとうございます。では、システムのご説明をさせていただきます。当店、殺人は無料で行っております」
「えっ、無料?0円ということですか?」
「はい。0円です。ただし今回ですと、ターゲットの方は体格のいい若い男性で、職場や通勤ルートも人通りの多いエリアですので、やや難度は高めです。成功率は60%というところでしょうか」
「60%……もし失敗したとすると、どうなりますか?」
「依頼の件がばれるなど、お客様に危険が及ぶようなことはないよう努めております。ただし、可能性はゼロではございません。また、いちど殺しに失敗すると当然ながらターゲットに警戒されますので、次回以降の成功率はさらに低くなります」
10回に6回は成功……
確率で言えば、悪くない。悪くないが、ここでは「10回に6回」なんて計算は意味がない。
死んでほしいアイツは、ひとりだけなのだから。チャンスはおそらく1回だけなのだから。
「成功率を高める方法はありますか?」
「はい。担当者はロープを凶器として殺しを行いますが、こちらのクジを引いていただければ、凶器を追加で持たせることができます。1回20万円で中身はさまざまですが、刃物、毒物、拳銃など、さまざまな凶器を手に入れるチャンスです」
……なんだか、ソーシャルゲームみたいだな。
「常連のお客様の中には、当システムを『凶器ガチャ』と呼ぶ方もいらっしゃいます」
やっぱり。
まあ、もともと100万までは覚悟していた。基本無料なのだから、何度か引いてみてもよいだろう。
60万円を支払い、箱に手を突っ込んで3枚の紙を取り出す。
それぞれには、「果物ナイフ(N)」「カッターナイフ(N)」「ピアノ線(R)」と書いてあった。
「これをどれか指定すれば、それでやってくれる、ってことですか?」
「はい。今回ですと、果物ナイフとカッターナイフでは成功率70%、ピアノ線で80%、となります」
80%。悪くない。悪くないが、やはり不安が残る。
「すみません、もう1回だけ」
20万円を支払い、箱に手を突っ込む。
ダメだ。また果物ナイフだ。
「もう1回」
「自動車(R)」が出てきた。なるほど、車で轢くということか。
しかし、ピアノ線と同じ(R)だから、これもやはり80%程度なのだろう。
「あと1回だけ」
予算の100万を超えてしまうが、背に腹はかえられない。
箱に手を突っ込み、これだ、と引き抜く。
紙には「サイレンサー付き拳銃(SSR)」と書いてあった。
「おめでとうございます。もっとも希少なSSRを引き当てるとは、とても幸運な方です。それならば、99.9%の成功率を保証いたします」
「ありがとうございます。では、これを使います。よろしくお願いします」
まあ、凶器はなんでもいいのだ。憎いアイツが死んでさえくれれば。
数日後、電話があった。
無事ターゲットの殺しに成功したと。飲み会帰りの夜道を歩いているところを、背後から一瞬。声を上げるヒマもなかったらしい。
「すごいですね。こんなにすんなり成功するとは。若干味気ない気がしてしまうほどです」
「お褒めに預かり光栄です。もし殺し方にご希望がある場合、凶器とは別種類のクジを引いていただくことも可能です。こちらも1回20万円で、命乞いの録音、死に際のビデオ撮影、山での死体処理などをオプションとして付与できるようになります」
「なるほど。でも今回の依頼で気は済んだので、そこまでは特に……」
「おや、そうでしたか。しかし、お客様は多くの凶器を未使用のまま残していらっしゃる」
「それはそうですが……」
「せっかく大金をお支払いになったのですから、手に入れた物は使い切られたほうがお得なのではありませんか。また、いまなら、オプションガチャは3回まで半額でお引きいただけます」
なるほど、それはたしかに……
予算オーバーの120万円。使えるものは使ったほうが得だ。いや、使っておかないと元が取れない。
それに、もともと基本無料なのだから、数回クジを引くだけで済めば普通の殺し屋より割安なこともわかった。SSRを引いた運のよさから言えば、オプションガチャとやらも3回以内でSSRが出るかもしれないし。
もう少し、依頼してみるか。
まあ、ターゲットは誰でもいいのだ。大金を使った元さえ取れれば。