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春はまだ  作者: 寒居虎子
1/1

時雨


和気藹々とした校舎が遠ざかっていく。

いつもに増して静かな帰路。

僕は乗り慣れた自転車を、得体の知れない不安と焦りを誤魔化すかのようにゆっくりと漕いでいた。

その日は風が冷たく、天気は曇り。

所々にある暗い雲から、太陽が隠れたり現れたりしている複雑な空模様だった。

疲れ果てたように風に揺れ落ちていく木々の葉が、秋の終わりを告げていた。

見慣れた住宅街と、切ない自然の風景を横目に、太陽は西に沈んでゆく。

それと同時に僕の心は、どこか遠くの時間軸に迷い込んだような

果てしなく孤独な気持ちになっていた。

あと何回、こうやって季節の移り変わってゆくのを見なければならないのだろう。

あと何回、僕は寂しくなって涙を流すのだろう。

こんなことを考えるようになったのはつい最近になってのことだった。

どこからか聞こえてくる子供たちの笑い声。

それがまるで僕に対してのせせら笑いに聞こえてしまうくらい、僕の心は弱っていた。

いつもと変わらないはずの今日この日。

そして態とらしく思い出す。

今日は僕の誕生日だと。

・・・約16年前、僕は予定日より2ヶ月程早く未熟児で生まれた。

生死をさまよいながら、NICUという所の小さな保育器の中でなんとか生き延びたそうだ。

5人きょうだいの末っ子で年の離れた4人の姉がいる。

お母さんは仕事で忙しかったので僕にとっては姉達が小さなお母さんのような存在だった。

僕は家族の中心ではじめての男の子として大切に可愛がられて育った。

人生の初日お医者さんに、

「長くは生きられない」

と言われながら生まれてきた僕がこうして今しっかり男子高校生として生きているのだ。

小さなプライドが、いつの間にか僕の中に出来上がっていた・・・

今ここに生きているのは当たり前なんかじゃない。

奇跡なんだ。

らしくもないことを考えているとなんとなく遠回りをしたくなってよく知らない曲がり角を曲がってみた。

見慣れない景色の道をしばらく進んだ時、数十メートル先に同じ学校の制服を着ていると思われる男女の姿が見えた。

中学時代は小規模な学校だったため、学年の殆どの人と親しかった僕だが、高校になると学年の母数も多いし、こういう時に知り合いに出くわす確率も低いだろうと油断していた。

そのまま追い越そうと思っていたところだったが、よく見るとその正体は、よりによって僕が一番気になっている、優等生カップルだった。

女子の方は、同じクラスというのもあり最近よく話すようになった子だった。

リュックにはいつも可愛いキーホルダーを付けて来る。

男子の方は、中学時代からの友人のはTsubasaだった。


・・丁度1年前、中学三年の頃。

志望校が決まらず悩んでいた僕に、

「同じ高校に行かない?」

と、彼が誘ってくれたのだった。

彼の半分くらいの成績であった僕が、まさか彼と同じ高校に行くなんて考えてもいなかったし、いつもなら自然と流してしまうところだったが、

その時ばかりのその一言は、僕に希望を与えてくれた。

彼は僕にとって「憧れの存在」で、勉強が不得意だった僕でも、彼と一緒にやる受験勉強はとても楽しかった。

そして、奇跡的に合格できた。

合格発表の日、同じ幸せを感じながら、僕はTsubasaと一緒に喜んだ。

Tsubasaの言葉には、他の人にはきっとわからない、僕だけが感じ取れる不思議な力がある。

そんな彼に彼女ができたと聞いた時は、正直悔しかった。

ただ悔しいのではなかった。

そんな単純な言葉で言い表せるものではなかった。

心の中に嫉妬と罪悪感が混在し、ぶつかり合い、僕が知らない間に、僕の成長ともにそれは大きくなっていった・・

なんてことを思い出してるうちに、そのカップルと僕との距離があと数十メートルまで迫ってしまう。

自転車を漕ぐスピードが自然と遅くなる。

途端に、心拍数が上がるのが分かる。

とりあえず、どうしようか。

このまま何気なく挨拶して、通り過ぎてしまおうか。

それにしても、この複雑な気持ちで、このタイミングで、なんて声をかけたらいいのだろう。

滅多に使わない頭をフル回転させながらも、気づくと僕は風に逆らってUターンをしていた。

前髪が乱れていくが、今はそんなこと気にしていられない。

冷たい風がおでこに当たる。

呼吸は荒くなり、心臓がドキドキしていて、頭の中が内側から冷たくなっていくような感じがした。

神など信じたこともなかったが、この時ばかりは初めて神に祈った。

二人がなんとなく僕の気配を感じて振り向かなかったことを。

一気に自転車を漕ぎながら、悔しいような情けないような、いろんな気持ちが混ざりあって僕を追いかけてきた。

このまま消えてしまいたいと思った。

同時に、こんなことで悲しくなっている自分を愚かだと思った。



・・・周りはどんどん恋人を作って大人になっていくのに

16歳になったら僕も大人になれるのだろうか。

「そして僕にもTsubasaみたいに恋人ができるのか」

その答えは漠としていたが、確実に自分の中にあると信じて疑わず、無理矢理問いかけ続けては憂うのだった。

最近になって感じ始めた焦燥感の正体がなんとなくはっきりしていた。

それを直視するのが怖くて僕はこんなことをしているのかもしれない・・・

遠回りしてしまった帰り道を探るように巻き戻す。

ぼんやりと遠くで点滅している青信号が視界に入った。

「キィーッ」

僕ははっとした。

交差点の直前まで来て、乗っていた自転車が悲鳴をあげた。

急ブレーキの音だった。

我に返った時には、目の前まで来ていた赤信号の冷たい視線を遮り大型のトラックが大きな音を立てながら僕の目の前を右から左へ通過していった。

カゴから飛び出そうになった荷物を素早く掴んだと同時にそのままハンドルがとられ、左側にあった石塀に手を擦った。

幸い車にはぶつからなかったが、心臓がまだ激しく動いていた。

見ると左手の指から出血していたが痛みは全く感じなかった。

痛みを感じている余裕などなかったのかもしれない。

意識を落ち着かせ信号が青になるのを待った。

信号が変わり珍しく左右を確認してみた。

大丈夫だ。

さあ渡ろうとしたところを今度は大きな風が正面から追突し再び自転車が大きく傾いた。

気を抜いたら倒れてしまいそうなくらいだった。

サドル、格好つけてちょっとあげすぎたかな。

こんなんだからチビは大変だ。

そんな僕に風はお構い無しに吹き返し、態とらしく前髪を崩していく。

乱れた髪を必死に元に戻す仕草はまるで女の子。

そろそろ髪も切らなきゃな。

2度目の点滅信号を僕はやっとの事で渡ることが出来た。

無念な気持ちが塊になって溢れてきそうなのを必死で我慢した。

鼻の上に一雫の水滴が落ちてきた。

一瞬自分のものかと思ったが、次々と頭の上に打ち付けるそれは空からのものだと確信し不思議と安心した。

このまますべてを洗い流してくれ。

一通り辺りを濡らすと雨はすぐに止んでしまった。

傘もカッパも持っていなかったのをいいことに、僕の無念はこの「時雨」と一緒にどこかに流れていった。


家に帰ってシャワーを浴び、いつもより早く夕飯を済ませた。

母親が作ってくれていた、僕の大好物の唐揚げだった。

いつもは家族揃って食べるのだけど、今日は両親が仕事のため独りぼっちだった。

美味しいはずの唐揚げを「美味しい」と素直に思えなかったのは、きっと独りで食べているからだろう。そう、僕は思い込んだ。

すぐさまベットに寝転び、天井のシミを見つめながらもう一度あのカップルのことを思い出す。

もし、あのままUターンなんてせずに、僕があの二人になにか声をかけていたら、二人はなんて返してくれただろうか。

容姿も美しく勉強も出来て、可愛い彼女がいるTsubasaは僕をどんな目で見ていたのだろうか。


そう言えば今日のTsubasaの髪型、いつもと少し違っていたな。

確かリュックにも彼女とお揃いのキーホルダーを付けていたような。

なんだか気分が悪くなって視線を壁にかかっている写真の方にずらした。

すると、普段全く気にかけていなかった懐かしい一枚の写真が目に入った。

それは遠い昔の写真だった。

髪の毛が肩の長さまであり、姉のお下がりのワンピースと花形の髪飾りを付け、両手にはお気に入りだったリカちゃん人形を持って微笑んでいた。

その女装したような格好の男児は小さい頃の僕である。

幼少期僕は近所の人からは5人目の女の子だと勘違いされていたんだとか。

なんだか急に恥ずかしくなり、その写真を手に取って隠れるように見つめ、気づけば一人で回想を始めていた。


・・・当時の僕は、遊び相手が姉達しかいなかったため、お絵描きをやおままごとなど、室内の静かな遊びしか知らなかった。

女モノの洋服やアクセサリーを好んでいたのも、言うまでもなく姉の影響である。

もはや「黒歴史」というやつだ。

幼稚園に入園して自分と同じ年齢の男児達の激しい戦隊ごっこをはじめて見た時は、その異様な光景に興奮して目を輝かせていた。

その感動は今でも思い出せる。

僕の目はギラギラと輝いていたのだ。

周りの友達より体が一回り小さかった僕は、手足の力が弱い分、すばしっこかったので、戦隊ごっこよりもかけっこが得意だった。

同じクラスに、背の順が最後尾で、ガタイの良い、僕とは正反対な体格の男児がいて、戦隊ごっこの時はいつも【その男児】に守ってもらった。

昔から僕は、攻めるより逃げるタイプで男の子らしさが全くと言っていいほどなかったし、周りからも笑われていた。

笑われている理由を僕は幼いながら理解していた。

僕には【その男児】のように誰かを守れることは出来ない。

成長するにつれて、このままではいけないという気持ちが芽生え、それからというもの、いつしか筋トレやランニングなど、身体を鍛えることに夢中になっていた。

だいたい、僕が何かに夢中になる時や、努力を始める時というのは、何か強烈な「憧れ」を感じた時である。

それは僕の場合、相手の優れた部分を自分のモノにすることによって、自分の醜い部分を見えにくくするというずる賢いやり方のように思えた。

そんな僕がひとつ自慢できるのは、腹筋が綺麗に割れていることだ。

他人の真似だろうがなんだろうがこの腹筋は僕の事実である。

これを見せればもう誰も僕のことを弱いなんて言えないだろう。

僕は部屋の隅で幼い心を思い出し、根拠の無い少しの自信を手に入れた気がした。

その日はとても疲れていたのか、とても早く眠りに落ちた。


翌日。

目覚まし時計よりも早く、僕は目覚めた。

時間を確認しようとスマホの画面を見ると、一件メッセージが来ている。

それは、なんとTsubasaからだった。


続く。












まだ途中ですが、ご意見や感想など何でもお願いします。ストーリーを考える上で参考にさせていただきたいです。

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