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プルタルコスは分からない

作者:上村はこ
暇つぶしに書いた小説です。
書いてて作者自身もよくわからなくなりました。
 

 電気ポットがピューと音を立てて沸騰した。嶋田は横目でそれを確認した後、気だるそうに立ち上がりお湯を注いだ。その横顔を見つめる視線をできるだけ気にしないようにし、嶋田はじっとコップに意識を逸らす。
 やがて香ばしい珈琲の香りが保健室内に広がると、目の前の少女は視線をその香りの元へ向けた。その目の下にははっきりと涙の跡が残っており、擦ったのか少し赤くなっていた。

 「少し熱いから気をつけて」

 「……ありがとうございます」

 一応注意すると、少女は頬の筋肉を緩ませて感謝の言葉を述べた。しかしその手がカップに動く様子もない。その代わり、膝の上で手を強く握りしめたり、手のひらを広げたりと忙しなく動いていた。嶋田は特に話しかけることなく黙って珈琲を啜っていた。
 そうしてから、どれくらいの時間が経っただろうか。少女の突然の告白が静寂を破った。

 「私、おかしいんです」

 「おかしいとは具体的に言うと?」

 嶋田和彦は神宮寺高校の保健教諭として二年勤めている。三十路が近づいてきたこの頃、仕事へのやる気もそこそこに勤勉に仕事していた。といっても、訪れるのは一部の具合が悪い生徒を除くと大半は仮病を装う生徒くらいだ。一応生徒に悩みがあるなら遠慮なく相談しろと名目上は言っているが、それを目的に来る生徒などいない。だからこそ、初めてだったのだ。このような告白を聞くのは。

 「あの、わ、私は本当の私じゃないんです」

 「ふむ、では今僕の目の前にいる君はエイリアンなのかい?」

 「そうかもしれません」

 洒落で告げた台詞を肯定され嶋田はギョッとする。しかし少女の表情は至極真面目なもので、そこから冗談の気配は見えない。
 いったい自分はどう返せばいいのやら。困惑を隠しきれない嶋田を相手に少女は滔々と語り始めた。


―――――――――――


 小林夏菜子にとってはなんでもない日だったのだ。いつも通り、自転車で通学し、退屈な授業を聞き流し、帰宅部なのでそのまま帰って寝る。代わり映えのしない平凡な毎日。それが終わりを告げたのは高校の帰り道での出来事だった。

 「あー寒い」

 「夏菜子さっきからそれしか言ってないじゃん!」

 「だって、寒いもんは寒いしー」

 「だから、いい加減マフラーしなって。見てるこっちも寒くなるでしょ」

 友人とたわいもない話をしながらいつもの曲がり角で別れる。月末の寂しい財布の中身を思い出しながら、コンビニへよるか検討していたときだった。

 「えっ」

 突然の浮遊感。足元を見ると地面から浮いているのがわかる。反射的に上を見るとそこにはB級映画でしか見たことないようなUFOのようなもの。
 嘘でしょ。夏菜子はどうにか逃げようとするが、抵抗虚しく身体はどんどん上昇していく。
 誰か、助けて。最後に叫んだ声はそのまま船へと吸い込まれていった。


―――――――――――


 少女こと夏菜子は全てを話終えるとようやく珈琲に口をつけた。とりあえず誰かに話したことによって少し冷静になったように見える。嶋田は率直な疑問をぶつけた。

 「えーと、それが夢って可能性は」

 「ないです。証拠はこれです」

 すると、夏菜子はいきなり制服のスカートを捲り始めたので、嶋田は慌てた。それを気にした様子もなく夏菜子は靴下を脱いで素足を晒した。

 「ちょっ、いきなりなにを」

 「これを見てもまだ夢っていいますか?」

 夏菜子は嶋田の目を見つめたまま足の裏を見せつける。やがて抵抗を諦めた嶋田はできるだけスカートの中身をみないようしながら足へと視線を落す。

 「先生、私ジャージ履いてるから別に見ても大丈夫ですよ」

 「少しは年頃の乙女らしく恥じらいをもったらどうだい!」
 
 嶋田の常識的なツッコミを鼻で笑う夏菜子に色々と大人として説教したくなったが、話が進まなくなるので無理やり怒鳴りたい気持ちを押し込めた。そして、夏菜子の足首のところにある幾何学的な模様なものを発見して顔を顰めた。

 「気がついたら普通に部屋にいたので、最初は夢だと思ったんですよ。でもこんな変な模様なんか知らないですし、段々怖くなってしまって」

 夏菜子も悩んだのだ。あれは自分が見た夢だったのだろうか。しかし、いくら洗ってもこの変な模様は取れないし、あの時見えた光景も感覚も鮮明に思い出せてしまう。もしも、本当に自分があの変なものに取り込まれていたとしたらいったい自分は何をされてしまったんだろう。……自分は、本当に以前と変わらない『小林夏菜子』だろうか?
 その考えに思い至った瞬間、夏菜子は足元の地面が崩れるような不安を覚えた。だとしたら今の自分は誰なのか。いったいこの先どうしたらいいのだろうか。記憶が無いことも相まって夏菜子は一睡もできなかった。
 そしていつも通り学校へ来たが、そこには何も変わらない日常が待ち受けていた。しかし、夏菜子にとってそれは何よりも怖かった。言葉にできない不安を抱え持った夏菜子にとって、廊下に貼られた古びた保健室のポスターが唯一の救いに見えたのだ。
 嶋田は少し眉を潜め思考する様子を見せたあと、夏菜子に秘密話をするように囁いた。

 「君はテセウスの船というものを知っているかい?」

 「テセウスの、船?」

 「そう、いわゆるパラドックスの一つさ」

 嶋田は少し呼吸をおいたあと、言葉を続けた。

 「ギリシャのとある神話が元になった話だよ。テセウスという王がいたんだがね、ミノタウロスの討伐から帰る際にとある船に乗ったのさ」

 「それが、私の体験話となにか関係あるんですか」

 いきなり関係ない話を始めた嶋田に、夏菜子は胡乱な目を向けた。勇気を出して打ち明けた話を流されるなんてたまったもんではない。怒気を見せる夏菜子に対して嶋田は悠々と話しを続ける。

 「まぁまぁ、話は最後まで聞いてくれよ。その船なんだがね、その元となる木材は、その前時代から保存されていたものを使っていたんだ。ただ壊れた部分などは当然修理される。そこからとある疑問が生まれたのさ。果たして、この船は前と同じ船だろうか?ってね」

 「そりゃあ……もう元が違うんなら違う船ですよ」

 「いやね、もし全部の部品がそのまま同じ部品と置き換えられたとしたらどう思う?」

 「それは……」

 夏菜子は答えに詰まった瞬間、この例え話が何を指すのか気づいてしまった。目を見開いた夏菜子が「あ」と声を出す。UFOのようなものに吸い込まれた自分とその前の自分はこの船と似たような存在なのではないか。いや、それとも自分は変わらない自分のままなのか。それとも、いや……。夏菜子の頭の中はグルグルと忙しなく回転した。それを止めたのは嶋田の一言だった

 「僕はね、同じといっていいんじゃないかなって思うんだ」

 「でも、本当は違うかも」

 「そもそもね、同じなんて酷く曖昧な定義なのさ。そんなものに判断を委ねたってどうしようもないじゃないか。……大丈夫、君は君のままでいいのさ」

 嶋田の控えめな笑みを見た瞬間、夏菜子の涙腺は崩壊した。そうだ、自分は、ただ、このままの自分を肯定してもらいたかっただけだった。
 暫く泣いたあと、夏菜子は絞り出すような声で嶋田に告げた。

 「先生、ありがとうございます」


―――――――――――


 「世の中不思議なものだな」

 もうすっかり温くなってしまった珈琲を飲みながら嶋田は遠い昔に思いを馳せた。左腕に刻み込まれた夏菜子と同じ模様は今も尚消えずに残っている。十年前、高校生だった自分と同じ体験をする人間がほかにもいたことには驚いた。まぁ、彼女もいずれその事実をどうにか飲み込み、うまく現実に適応していくだろう。
 さて、自分は果たして本物の『嶋田和彦』なのだろうか?
 幾度も心の中で繰り返した問いに答えが出る日はないだろう。
 窓の外で何処かが光ったような気がした。
読んでもやっとしたらすみません。
個人的にはこれでハッピーエンド?です。

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