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Itan  作者: 三千
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「何だよ、彼氏のいない寂しいお前のためを思って、彼氏募集中って大声で宣伝してやったんだけど。感謝はされども、こんな無視するとか、ひでえ仕打ちだな。そういや、お前、あの店の……店員に告られてたよな。良かったじゃねえ、俺のおかげだっつうの」


渡り廊下を本校舎へと向かって早足で歩く。

私の斜め後ろ。


うるさくて無遠慮な男がついてくる。


「ちょ、何でそれ知ってるんですか‼︎ 私の後をつけたんですか? それってストーカーですよね。もう私に構わないでくださいよっ。それに今度、私の身体勝手に乗っ取ったら、訴えますよ」


そして、私はわざと声を大きくした。


「教育委員会にっ‼︎」


ぎょっとしたような表情を見せ、善光先生が一瞬だけひるむ。


「ちょっと待て。それだけは勘弁しろ‼︎ 教育委員会とか、まじでやべえ。せっかくクソみてえな思いして取った教員免許が、ぱあになっちまうだろっ」


何これ、この反応。

こんな横柄な人、そんなの関係ねえ、って返ってくるかと思った。

なるほど、当分これ使えるわ。


このうっとうしい男の能力は、「怪力」だと、竹澤先生が言っていた。


なるほどね、それであのバカ力。


けれど、一呼吸置いて考える。

そうなんだ、この人たち、普通の人じゃない。


そう考えると、彼らが特別に思えてくる。


そうだ、お母さんだって、世界に一人しかいない的なすごい能力を持っていたんだよね。

近所のスーパーのレジで働いていた、普通のおばちゃんだったけどなあ。


最初は全然、信じられるような話じゃなかった。


皆んな、といっても能力者の中では、身近にいる竹澤先生とこのうっとうしい善光先生しか知らないけど、二人ともごく普通に生活しているし、普通に溶け込んでるし。


どこまでもついてくるこのストーカー先生だって、職員室ではちゃんとした先生なんだよ。


「断ったよな、あの店員の告白っつうか、あいつとは付き合わねえってことだよな。振ったよな、あれ完全に。だったらさ、お、俺と付き合わねえ?」


急ぎ足をピタリと止める。


おっ、と言いながら善光先生も足を止めた。


「ちょっと、先生。いい加減にしてくださいよ。私、まだ未成年。何なんですか、さっきから。もうマジで教育委員会に訴えてやる‼︎ すんませーん、ここに変態がいまーす‼︎」


私が大きな声で叫ぶと、


「おい、お前なあっ‼︎」


背後から口を手で覆いかぶせられる。


肩に置かれたもう一方の手に力が込められた。

痛みが加わる。

相変わらず、すごい力だ。


私がその手を外そうとして、んーっともがいていると、


「善っ、やめろっ‼︎ 離せ‼︎」


竹澤先生がこちらに向かって走ってくる。


途端に力は抜かれ、解放される。

どんっと軽く突かれ、つんのめる。


私は肩の痛みと怒りに震えながら振り返った。


そして、思いっきり善光先生のすねを蹴り上げたのだ。


「痛ってえっ‼︎」


善光先生が、すねを両手で抱えて、かがみ込んだ。


「こっちの方が痛いっつうの、このバカ力っ‼︎ 毎回毎回さあ、青あざできるまでつかみ上げるの、やめてよ‼︎ この変態教師‼︎」


はあはあ、と息を整えると、くるりと振り返って全速力で走り出す。


あっけにとられてる竹澤先生の横をすり抜けて、私は階段を二段抜かしして教室に駆け込んだ。


その後、廊下で竹澤先生とすれ違った時、


「お前、すげえな。善のやつ、あれ絶対へこんでたぞ。変態って、笑えるわ」


くく、と笑って、職員室に入っていった。


どうでも良いよ、あんなバカ!

私はふんっと顔を横に振って、歩みを進めた。


✳︎✳︎✳︎


秋が深まり、リビングにもコタツを出さなきゃと思う頃。


私は能力者に自分の中へ勝手に入られないようにと、竹澤先生の訓練を受けることに決めていた。


もう二度と、私を勝手に扱われたくない。

誰にも好き勝手にさせたくない、特に善光先生には。


そう思うと、やはり自分でコントロールするしかないという結論。


そして。

日曜の昼、竹澤先生と私はうちのキッチンのテーブルを挟んで向かい合って座っていた。


「先生はさあ、私の身体を乗っ取ってみようっていう気にはならなかったの?」


私が作ったお昼ご飯のチャーハンを綺麗に食べてから、コーヒーをまったりと飲んでいる先生に向かって、普段から思っていた疑問を投げてみる。


先生はコーヒーをうっと喉に詰まらせ、ゴホゴホと咳き込んだ。


「それはあれだろ、やっぱ俺、教師だし、ダメだろ。アウトだろ」


「だよねえ、それをあの変態教師はさあ」


私が口を尖らせて言うと、意外にも善光先生をかばうような口ぶりを見せる。


「まあ、あいつはまだ若いからなあ。バカだしな」


「本当そう‼︎ あんなんでよく先生になれたよねえ。あれが許されるなら、私でもなれるわ」


先生は苦笑いをしてから、カバンからノートとシャーペンを出す。


「いい? 今からこういうの、やるから」


さらさらとシャーペンを走らすのを反対側から覗き込む。

丸と線だけで描かれた、簡略化された人の形が二人。


「まずこれがお前ね、これが俺。俺がお前ん中入るだろ、で、こうなる。でも善の時で分かっていると思うけど、お前の意識はないわけ。そこで俺がなるべく入っている時に、存在を薄くするから、お前は集中して意識を戻すようにする。つまり最終的には俺が入っても、お前の意識がある状態にする。共存っていうのかな、それができるようになると、意識は乗っ取られずにすむようになる」


先生がもう一人、顔なし人間を描く。


「で、それをお前の意思で自由にできるようになれば、この第三者が勝手に入ってくるのをシャットアウトすることもできるようになる、ってわけ」


三人目の人間から私に向けられた矢印の上に大きく×の文字を書く。


「ねえ、先生、共存できるようになって、例えば私の身体に先生が入ってきたら、一緒に何か一つのことをできるようになるの? えっと、先生の使う焔を大きくする、とか?」


先生は下を向いたまま、私であろう人のイラストに焔を足す。


「できるよ。いつもならこれくらいの焔が、お前の中で使うとこれくらいになる。まあ、イメージとしては、こんな感じかな」


「それによって、私が火傷したりとかはないの?」


「ああ、ないよ。俺が火をこうやって使っても火傷しないだろ? んで、その能力自体がお前に移るからね」


「そっか、良かった」


ふふっと笑う。


「何、どうした?」


先生もつられたのか、微笑みながら問うてくる。


「うん、前に善光先生に乗っ取られた時さあ、あの人、バカ力なんでしょう。その時、私とんでもない怪力少女になってたんだなって思って、何か笑えた」


「あはは、そうだね。その状態で買い物に行くって、かなり力を抑えるのに苦労してたと思うよ。それでクレーンゲームやったんだろ? すげえな、あいつ。あ、そう言えば地方版のニュースでやってたな、元町のゲーセンでクレーンゲームが壊されてたって。こう動かすスティックあるだろ? あれが全部折られてたって」


机の上にあった景品のぬいぐるみの山を思い出す。そうだ、そうだった。思い出して、途端にげんなりする。


「うわあ、それ私が犯人じゃん。何てことしてくれたんだあ、あいつ。彼氏募集の件より重いわ、それ。気づきたくなかったああ」


先生が首を横に傾げる。


「何、彼氏募集って」


そのまま怒りをぶつけるように言う。


「あいつ、スクエアでクマ買った時に、店中に聞こえるように彼氏募集中ですって叫んだのっ‼︎ もうめっちゃ恥かいたしっ‼︎」


「瑠衣はどうしてそれ知ってんの?」


「そのクマ返品しにいった時にっ‼︎ 店員さんがさあ……」


そこまで言って、思い出した。

そうだ、告られたんだった。

ひゅっと息を呑む。


「店員さんが?」


先生が覗き込むようにして聞いてくる。


「あ、えっと……そう言ってたよって教えてくれたっていうか……」


「ふ~ん、で?」


「うん、教えてくれて……」


自分でも思う。この歯切れが悪い、物言い。


「付き合ってって言われたんだ」


「えっ」


いきなり真実を突かれて、怯む。

善光先生が喋ったのか、あいつ‼︎


「え、いや、あの、ねえ……う、」


「で? その人と付き合うの?」


何か変なことになってしまったと思うと、バツが悪くなり、今までの怒りが急にその温度を失い始める。


「ううん、断ったから」


「その人と連絡取ってるの?」


「取ってない、知らないし」


先生は低い声に変えて、ゆっくりと丁寧に言った。


「でも店員ならさあ、お店に行ったら会えるよね」


「え、あ、そうだね」


「じゃあ、もうその店行くの禁止。分かった?」


私が顔を上げると、先生はにっこりと笑って、再度言う。


「分かった?」


うん、と頷く。

頷くことしかできなかった。反論ももちろん、できない。


何だろう、この有無を言わせないような圧力のようなものは。

痺れのような痛みが胸に走る。


先生は、怒られた犬のように、すっかり大人しくなった私に向かって続けた。


「じゃあ、訓練始めよう。まずはお前に入る時間を決めておきたいんだが……」


三分単位で細かく時間を決める。

ノートにメモを取る先生は、その頃にはいつもの先生に戻っていたように思う。


何だったんだろう、さっきの痺れのような痛みは。


けれど、わかんない。

まあ、いいや。


私は先生の指示通りに目をつぶり、呼吸を整えていった。


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