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Itan  作者: 三千
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17/18

接触

あっという間にお正月も過ぎ、何事もなくのんびりと過ごしていた新しい年から数えて三日目の午後、私は近所の神社に初詣に来ていた。


着物を着飾ったり、オシャレをしたりした人々の波を押し分けて、本殿の前に立つ。


ここの神社には毎年こうやって、お母さんとも初詣に来たっけ。


餅投げの時、私の頭に当たった餅が、その時ちょうど着ていたパーカーのフードの中に入っていて、お母さんがラッキーと笑ってピースしていたっけ。


思い出が蘇ってきて、私の涙腺を弱める。


「100円はもったいないから、50円で。神様、ごめんなさい、貧乏なんです」


拝礼の礼儀作法はお母さんから教わって、身に付いている。


ぺこぺこと頭を下げると、私は人の波から泳ぎ出た。


天涯孤独だから、寂しいお正月になるだろうかと思っていたけれど、エミりんが、彼女のおばあちゃんが作ったお手製のおせちを持ってきてくれたり、竹澤先生がお正月飾りを買ってきてくれたりと、すごく気が紛れて、皆んなの心遣いが嬉しかった。


けれど、善光先生は私がトイレのドアで指を挟んだあの日以来、来てくれなかった。


気晴らしにマフィンやマドレーヌを焼いてみたけれど、この甘い香りに誘われて来てくれないかなあなんて思ったりもしたけれど、先生は現れなかった。


だから、腕輪の言い訳もまだできていない。


「私を守るとか言って、さぼってんぞー。どっかで見ててくれてるのかなあ」


キョロキョロしてみるけど、見つからない。


背が高いから、目立つと思うんだけどな。


そして、心で訂正する。

背が高くてイケメンだから、目立つと思うんだけどな、なーんて。


先生のことを考えるだけで、会いたくなる。

うん、会いたいんだよ。


そう思って、再度キョロキョロしてみる。


けれど、やはりそれは徒労に終わって、私は諦めた。


参道を通って、帰り道の商店街に差し掛かろうとした時。


黒塗りの車が横でハザードを出して停車している。


それは見覚えのある車だった。


前に拉致られた時と同じの。

車の屋根を見る、穴は空いてないようだけれど。


窓がすいっと開いて、中から声を掛けられる。


「瑠衣さん、こんにちは。覚えておるかの、わしのこと」


「……丸井さん、覚えてます」


こんにちは、とお辞儀をする。


「遊びに行ってたのかい?」


「あ、今初詣に。その帰りです」


「送っていこう、乗りなさい」


ちらと見ると、運転者は金髪の外国人。


この前の人と同じようだ。

助手席には誰も乗っていない。


あのウェイリンと呼ばれる銀髪のおねえさんには、ヒドい目にあわされているから、今日は居なくてほっとしたけれど、スクエアの店員ではなかった崎さんのこともあり、この人達をやっぱりどこか信用できずにいた。


「あ、すぐ近くだし、大丈夫です。一人で帰れます」


やんわり断りを入れる。


「今から新年の祝賀会があるんだが。こんな年寄りになっても参加せないかんで、大変だわい」


そうだ、この人、丸井グループの代表って、竹澤先生が言ってたっけ。


「お忙しいですね」


私が言うと、丸井さんは窓をもっと開けて、


「おう、善光や竹澤くんも来るから、あんたも来んかね」


善光先生の名前に反応してしまう。


「……でも、私こんな格好だし」


自分の格好を思い出してみた。

ジーパンにダッフルコート、崎さんにもらった長めのマフラー。


「堅苦しいもんじゃないから、大丈夫」


そう言って、車のドアを開ける。


「どうぞ、乗ってくだされ」


通り過ぎる人達がさっきからずっと様子を伺っている。

こんな高級車、この辺では珍しいから。


「……じゃあ、失礼します」


居たたまれなくなったのと、善光先生に会いたいのもあって、私は車の後部座席に乗った。

丸井さんは隣で笑みを浮かべている。


「可愛いお嬢さんを連れて行けるなんて、至福の極み。ありがとうなあ、瑠衣さん」


私が返答を迷っている間に、運転者が口を開く。


おきなよ、また勝手なことを」


「おう、ライズ、お前も嬉しかろうのう」


ライズ、その名前聞いたことがある。


「指輪、ちゃんとしてるんだな。殊勝しゅしょうな心掛けだが、善光にあまり心配を掛けるなよ」


そうだ、指輪を作ってくれた人。


「このままじゃ、あいつハゲちまうぞ」


私はハゲの善光先生を想像して、ふっと吹き出した。

この人は味方、そんな気がする。


私は車窓に目を移すと、善光先生は今何をしているのだろうと考え始めた。


✳︎✳︎✳︎


「うわあ、完全にだまされたわあ」


私は心の中で盛大に呟いていた。


黒塗りの高級車は、高級ホテルの地下の駐車場に入り、エレベーターに一番近い場所に停められた。


丸井のおじいさんとライズに促されてエレベーターに乗る。


そこまでは良かった。


けれど、最上階でエレベーターを降りる。

そこは展望レストランだけれど、ここを貸し切っての豪華なパーティーだったようだ。


高級なホテルでの、高級なパーティー。


女性はドレスを着飾り、男性はタキシードを着用している。


まあ、丸井のおじいさんとライズさん二人の格好からある程度、想像はできたけども。


私は焦って、断りを入れた。


「あの、場違いなんで、帰ります」


「大丈夫、大丈夫。中に善光も竹澤くんもおるでの、こっちだよ、おいで」


背中をそっと押される。


人々が、丸井のおじいさんに次々に挨拶をしていく。


けれど、その訝しげな表情。

そりゃ私がねえ、怪しいよね、どう見ても。


「あの、」


「ほれほれ、皆に紹介するよ」


私が、え、と言った瞬間、会場のドアが開けられた。


「皆さん、明けましておめでとう。今年も宜しくお願いしますぞ。今日は、皆さんに紹介したい人がおる。この子が、瑠衣さんだ」


思いがけず、強く若々しい声だった。


大企業のトップに君臨する遣り手の人物であるはずだ、そう思わざるを得ないほどの、オーラとその身のこなし、そして威厳いげん


会場にいる人々が、一斉にこちらを見る。


がやがやとしていた会場に、どよめきが起こった。


「な、に、」


一人の男性が近づいてくる。


「丸井の翁よ、この子がそうか」


そして、次に年配の女性が言い、両手を上げながら、歩み寄ってくる。


「噂の瑠衣さんよ‼︎」


「なんだ、まだ、こんなに若いのか」


このままだと取り囲まれるのでは、と焦る。


「少しだけ、触らせてください」


若いのか若くないのか分からない男が、横から肩に触れてくる。


悪寒が走って、後ずさった。


ドンッと背中がぶつかり、振り返るとライズが見下ろしている。


「嫌だ、何?」


人々がじりじりと寄ってくる。


けれど、人々の波の向こう側に、欲している顔。


その驚きの表情。


「善光先生、先生っ‼︎」


「瑠衣‼︎ どうしてっ」


その隣に、竹澤先生をも認める。


善光先生が慌てて人を押し退けて、こちらへ向かい始めたのが分かった。


「先生えっ‼︎」


人々に囲まれる。


ここへ来てようやく分かった。


この人達は、皆んな能力者だ。


それぞれに何かしらの力を携えている。


その能力者が何十人といて、少しずつ私に近付いてきては、取り囲んでいく。

まるで大きな波にのまれてしまうように。


私は恐怖を覚えて、叫んだ。


「先生、助けてっ‼︎」


けれど、先生の姿は人の壁に阻まれているのか、ここからでは見えない。


私はライズの横に隙間を見つけると、そこから滑り出た。


開け放たれていたドアからホールへと出ると、慌ててエレベーターのボタンを何度もガチャガチャと押す。


けれど、エレベーターは直ぐには来なかった。


私は非常階段をホールの隅に見つけると、そこへ走って逃げ込み、足をもつれさせながらも、必死で階段を降りていった。


回らぬ頭で考える。


最上階は確か40階だった……このまま階段では1階まで降りるのに時間が掛かり過ぎる。


そして、私は次に現れたドアに飛びついて開けた。


ここは何階だろう、廊下を進むとホテルの部屋の扉が並んでいる。


317、318、


31階なのだろうか。


廊下をそのまま進んで、狭いエレベーターホールに出る。


下へいくボタンを慌てて何度も押したところで、上から降りて来るエレベーターに能力者の誰かが乗っていたら……ということに思い至り、身体を硬直させた。


直ぐに周りを見回して、うろうろする。


リネン室と書いてあるドアのノブをがちゃりと回すとドアが開いたので、そこへと飛び込んだ。


薄暗い部屋。


洗ったばかりのシーツであろうか、布が山のように重ねてある棚から石鹸の香りがする。


私は奥へと進み、隅へ座り込むと、泣きたい気持ちを抑えて、膝を抱えた。


耳をすます。


遠くの方で、部屋のドアがバタンと閉まる音が聞こえる。


この薄暗闇。


覚えのない恐怖を呼んでくる。


先ほどの能力者に取り囲まれた状況が、否応なしに思い出されてくる。


誰かが、「触らせてくれ」と言った。

そして、違う誰かが「入らせてくれ」と。


皆んなが皆んな、私を普通でない目で見ていた。


私に触ろうとして、あちこちから伸びてくる手が、恐怖だった。


怖い、怖い、怖い。


「先生、助けて」


私はぶるぶると震え出した膝を、力の限りに抱えた腕に、そのまま顔を埋めた。

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