ARIGATO
「ねえ、瑠衣さあ、クリスマスって、どうすんの? 何か、やってる予定?」
エミりんが、唇を突き出して、その唇の上と鼻の下にシャーペンを器用に挟ませている。
「それ、ほんと、すごっ。私、できんわ」
「うっそお、こんなの、めっちゃ簡単だよ。誰でもできるっつーの。逆にできんって、」
私もやってみるが、ポロリと落ちてしまう。
エミりんがぽかんという顔を作って、
「瑠衣は、ちょうぜつ不器用だかんな、あはは。もっと唇をタコチュウにして、こう!」
「う~~~」
「いや、声は出さんで良し。んで、挟む!」
「ん~~~」
「…………」
「お前ら、ひでー顔してんな。ブサイクどもめ」
その拍子に、机の上にカランとシャーペンが落ちる。
善光先生が、横を通り過ぎる。
教壇の机に教科書を置くと、クラスのみんなが一斉に席に着き始め、そこら中でガタガタと音が響いた。
ああ、今日は一限目から英語かあ。
慌ててカバンの中から、教科書を取り出す。
「先生、ひっど。うちら、ブサイクじゃありません」
エミりんも同じようにしてカバンを探っている。
「どうだかな。ほれ、ノート返すぞ。取りに来い、飯田、上野、……勝田、加藤、」
ノートを受け取ると、評価点が気になるのもあり、慌ててページをめくる。
実は。
まだクリスマスに貰った腕輪のお礼を言っていないことに気づいた私は、提出するノートの隅っこに、ARIGATOとローマ字で書いておいたのだ。
なぜローマ字かって?
そりゃ普通に書くのって、何だか気恥ずかしくって。
すると、せめてTHANKSと書け、とコメントが。
私はふっと吹き出してしまった。
私と二人の時は……って、そんな時間は今までにもあまりないんだけれど、先生は口が悪くていつも私をバカしたり、茶化したりしているから。
けれど、こうやって授業で他の生徒の質問に答えたりしているのを見ていると、意外にも実直で真面目なのだ、ということが知れる。
絶対に、無視したり、後回しにしたりしないのだ。
先生は本当は、そんな風にして、真っ直ぐに生きてきたんだろうな。
その人生はきっと、太陽のようなものに違いない。
そして、その中に私がいる……のかな……。
そう考えると、何だか照れ臭いような、けれどそれが息苦しいような。
私は前に座るエミりんの背中を、唇をとんがらせて乗せるのに失敗したシャーペンで、ツンツンと突いた。
「クリスマス、予定ナシ」
小声でやりとり。
「リョーカイ」
そして、黒板に長々と書かれていく英文を、スラスラとまではいかないけれど、ノートに写していった。
✳︎✳︎✳︎
その日の放課後、私は遅くまで教室に残って、勉強をしていた。
っていうか、勉強のフリをしていた。
クラスでは数人が残って同じように勉強していたけれど、そのうち一人一人と帰っていき、私が最後になった。
机の横に掛けたサブバックを見る。
中には昨日の夜に作ったカップケーキを、可愛くラッピングした包みが入っている。
善光先生へのお礼のつもりで作ったやつだ。
「今日中に渡せると良いんだけど。何か恥ずいな、こういうの」
いつも校庭を横切って、正門から帰ることは知っている。
だから、クラスで一番大人しい女子の机を借りて窓際に座り、こうやって校庭をぼんやりと見ているというわけだ。
窓から声を掛けてダッシュすれば、間に合うはずだから。
すると、予定通り先生が校庭を足早に歩いて行くのが見えた。
立ち上がって、窓を開ける。
風がぶわっと入ってきて、カーテンが顔を撫でていく。
それをかき分けて、先生を呼ぶつもりで大きく息を吸い込んだ。
けれど、息を止めてしまった。
「先生~、善光先生~」
誰かが先生を呼び止めている。
先生がきょろきょろと周りを見る。
しばらくして、先生の後を追いかけていく女子の後ろ姿。
先生と彼女は一言二言話すと、一緒に正門へと歩いて行った。
楽しそうに話しかける、女の子。
見たことない子。だから一年か、二年。
一緒に帰るのかな、きっと先生のことだから送っていくんだろう、真っ直ぐで責任感の強い人だから。
私は、バタバタと暴れるカーテンを押さえて、窓を慌てて閉めると、小さくなっていく二人の姿を見つめ続けた。
正門の向こう、姿が見えなくなっても。ずっと、見ていた。




