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Itan  作者: 三千
10/18

切なさ

「あの……崎さん、マフラー代払いますから」


私はカラカラと音をさせながら、アイスティーを半分ほど飲み干すと、そう告げた。


ホットコーヒーに伸ばした手を止めて、崎さんが私を見る。


「いいよ、あれは驚かせてしまったお詫びだから。僕の能力をどうやると理解しやすいかなと思って、やり過ぎてしまった。恐い思いをさせてしまったね。本当にごめん。君に危害を加える気はないんだ。そんなことしたら、僕が善に殺される」


冗談ぽく言っているようだけど、あははと笑い飛ばすこともできずに、私はうつむいた。


この人達は、やろうと思えば簡単に人を殺す力を持っている。


そう考えた自分自身に、身震いを覚えた。

そしてその中に、先生たちが属しているという事実も。


「善光先生の幼馴染だって、言ってましたよね」


そう言うと、崎さんは一つうなずいて、話し始めた。


「善もそうなんだけど、僕ら、親なしなんだよ。丸井のじいさんに育てられたんだ。僕らは、同い年なんだよ。だから、兄弟のように育てられた。あいつ、君に会ってからさ、君の話ばかりしていてさ。ストーカーだなって、いつもからかってやったよ」


カラン、と氷が音を立てた。


「英語教師になって、運良く君の学校に赴任できるってなった時、あいつバカだから、どうしようってオロオロしちまって。どれだけこの日を待ちわびていたのか、君に面と向かって堂々と会えるっていうのに、バカだろ。でもその前にどんな子か気になったもんだから、クマ事件の日、僕も会いに行っちゃったんだけど」


スクエアで崎さんにからかわれたことを思い出す。


「彼氏募集中って、本当に言ってない?」


「はは、あの日な。僕は陰から見てただけだけど、普通に買ってただけだよ。あいつ、口が裂けてもそんなこと君に言わせない。君に告ろうとしてた男、片っ端から撃退してたからなあ」


「えっ、そうなの‼︎」


崎さんがごくっと飲んだカップを置く。


「君を乗っ取ろうって能力者も、軒並み追っ払ってたけど、彼氏候補もついでにな」


「知らなかった……っていうか、全然気づかなかった」


唖然あぜんとする私を置いて、崎さんは続けて言った。


「なあ、あいつのこと好きになれとは言わないけど、嫌わないでやって欲しいな。乱暴者でバカだけど、すっげえいいヤツなんだよ。丸井のじいさんのとこにいるヤツらも、善のことは皆んなで可愛がってて」


「うん……それはわかってるんだけど」


どうして私なんか、そう思う。


もっと相応しい人いると思う。


けれど、十三年も想い続けてくれてたと知ってしまったら、迂闊うかつなことが言えなくなってしまった。


あれ以来、声もかけられずにいる。


「あいつ、最初の授業の時、君を呼び出したんだってな。舞い上がって軽口しか叩けなかったって、俺、マジ最悪だったって、しょんぼり帰ってきたよ。僕、笑っちゃった。あの善が、怒られた犬みたいに耳を垂らしてさあ。けど、すぐに……」


「?」


「すぐにあいつ、のろけやがってさ。やっべ、めっちゃ可愛かった、首すっげ細かったーって」


「あ、あいつ、首根っこ、すごい力で掴むから」


私は俯いたまま言う。


「けど、君は竹澤の兄ちゃんLOVEだもんなあ。分かってるよ、善もそれは。それでも俺は構わないって、いつも言ってるかんなあ。まあ、そうやって自分に言い聞かせてるだけだと思うけど。いつも、つまんなそうな顔してなあ」


「……私に言ってますよね、それ」


私は、はあっとため息をついた。


「あはは、まあね。竹澤の兄ちゃんより善を好きになってくれって言ってるわけじゃないけど、善のことも少しは考えてやってくんね? じゃないとあいつ、クソ可哀想だから」


崎さんはそう言って立ち上がると、じゃあねと言ってレシートを持っていってしまった。

そして、そのままレジでお金を払うと、再度振り返って手をひらひらさせる。


私はおごって貰ったんだからと一応、頭を下げる。


そしてもう一度、はあっとため息を吐いた。


思いがけず重たい荷物をしょわされたような面持ちで、その場をすぐには動くことができずに、結局そのまま長い時間、その席を陣取り続けた。


✳︎✳︎✳︎


始まったばかりの冬の寒さにすでに辟易してしまい、もうすぐクリスマスというのに世間のように浮かれることもなく、惰性でつけているテレビもそんなクリスマス風な番組が増えてきた頃。


「もうそろそろ、お前の中で力を使ってみたいな」


と、竹澤先生がそんな事を言うもんだから、私は返してこう言った。


「ゲーセンのクレーンゲーム全損とか、嫌ですよ」


先生が、んっと顔を上げて変な顔をしている。


「何ですか」


私がマドレーヌを作っている横で。


頬杖をつきながらそのでき上がりを待っていた先生が、私をじっと見つめている。


「あ、いや、善のことを……」


マドレーヌ型に生地を流し込んでいる最中だったので、先を促せずにいたけれど、先生はそのまま黙りこくってしまった。


私は型の全てに均等に生地を流し込むと、レンジに入れてオーブンのボタンを押した。

すでに予熱されていたレンジは、そのままウィーンと間伸びした音をさせながら、マドレーヌを焼き上げていく。


「で、先生、いつやるんですか」


私は使ったボウルやゴムベラを、ガチャガチャと洗って片付けていった。


すでに私はこの時点で、乗っ取られることに対しては、完璧に拒否できるようになっていた。

それはこの竹澤先生で立証済み。


「次の冬休みに、予定しといて。ちょっと、遠出するから」


「え、どこ行くんですか?」


「うん、狩野かの地区の方。ちょっとした施設があってな。そこなら俺やお前が力を使っても、他に迷惑を掛けないから」


「そんなすごいことになるの? うちじゃ、ダメなの?」


その先生の言葉で、私は途端に不安になってしまった。


ゲーセンのクレーンゲームを壊した時、自分の力はほとんど使ってないと、善光先生から聞いていた。


普段の力も倍になる。


そして、抑えたはずの力で、それでもクレーンゲーム全損だ。

やっぱり、危険を伴う行為なんだろうか。


「まあな、どうなるか、どの程度か予想が全然つかないからなあ。家でやって火事にしても、なあ。静さんの時にまるまる一世代は実践していないわけだから、俺も経験がなくて」


お母さんの名前がするりと出る。


私の中では、すうっと触れていくと必ず指がそこで引っかかる、ぷくりとしたできもののようなものに、なっているというのに。


「私もお母さんのように、力使うのやめた方が良いのかな。出来るよね、拒否れるようになったんだから。そういう力から離れて生活したいと思えば、何かできそうな気がする。ぼやっとしてる、あのお母さんでもできたんだから」


先生が立ち上がってレンジを覗く。


「まあ、なあ。お前の考えるようにして良いとは思うぞ。けど、狙ってくるヤツがスゴ腕だと、まだダメだからな。もっと、色々とできるようになっておかないと」


「色々って?」


「まあ、徐々に教えてあげるよ。とにかく、今度の冬休み開けておけよ」


「はあい」


返事と同時に、レンジもピピピッと音を鳴らす。


ドアを開けると甘い甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「美味しそうだな、早く食べさせろ」


先生が待ち切れないみたいに言うもんだから、私は笑ってミトンを両手にはめた。


鉄板を出して焼き上がったマドレーヌを網の上に行儀よく並べた所で、ピンポンとチャイムが鳴った。


「先生、待ってて」


おう、という声を後ろに聞きながら、玄関へと向かう。


はあい、とドアを開けると、そこにはコートを羽織った、善光先生が立っていた。

吐く息を白くさせて、急に悪いな、と言う。


「せ、先生、どうしたの?」


けれど、私をスルーして、後ろを見つめている。


あ、竹澤先生の靴。


途端に、先生の表情が崩れ始める。


泣いているような、怒っているような、哀しいような、それら全部を混ぜた複雑な先生の顔。


靴を睨みつけている。


苦しさが胸を突き上げるようにして、襲ってくる。

押し潰されそうになりながら、私はようやく言葉を絞り出した。


「先生、」


「……これ、もうすぐクリスマスだから」


私の前に差し出された正方形の箱。


リボンも何もついていない。


前に貰った指輪の箱も、何一つ飾られていなかった。


真っ白な雪のような箱。

開けると、シルバーの腕輪が入っていた。


リングと同じように、シンプルな。


「これも、お守り? このリングと同じ効果があるの?」


先生が、ふっと笑ったように感じた。


「……これはただの腕輪だから。嫌なら身につけなくていい」


私は箱から腕輪を取り出した。


「ううん、つけるよ」


そう返した、その途端。


先生は私から腕輪を取り上げると、私の左手首を取って、ぐいっと手首にはめた。


小箱が、からんと音をさせて、地面に落ちる。


それに気を取られて、目線を下げた。


先生は、私の手首をつかんでいた手を離すと、そのまま私の頬にそっと触れた。


軽いキスのように、指先がふわりと触れたんだ。


けれど、それはすぐに離れていって、先生は踵を返すと、じゃあなと言って去っていった。


腕輪をはめてもらった時、先生の顔は見られなかった。


直前の、先生の苦しそうな表情が、棘のように刺さっていたから。


リビングに戻ると、竹澤先生がマドレーヌをむしゃむしゃと食べていた。

それを見て少しだけホッとすると、私も同じようにマドレーヌを頬張った。

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