俺、怒ります。
-14話 俺、怒ります。-
スタジアム内に大量のゴミや石などが投げられる。
防御力が上がってるとはいえかなりの早さで投げられる物体は当たると血は出るし相当痛い。やはりこの現実を受け入れられないのと共に、俺が使えない事を世界の摂理とでも言うように先程の事実は容認などされない。
むしろ何かしらのトリックがあり観客に気付かれぬように細工を施しただの、セインがあらかじめ弱らせていただのと、机上の空論も甚だしい。
だか、細工やトリックほどではないが、ちょっとした謎はある。
† † † †
セインと剣を交わらせ、ユニークウェポンのレベルもそろそろ上がってきた頃から光の靄が濃くなり、残光も一層煌びやかになっていっている。
それともう一つ。
時々相手と対面している時、手を通し何か訴えてくるようなものがある。
頭の中に女声の、されど無機質な声音が俺に呼び掛ける。
“対象は○○を狙っています。○○に回避を”
“対象の攻撃を弾き胸部にスラッシュ。クールタイムは0,5秒”
今のは例だが、こういった“予知”紛いの囁きや“指令”じみた囁きが鼓膜を通じず直接語り掛ける事がよく現象として起こる。
武器は戦闘を積み重ねる事によりレベルが上がり、特殊な効果を発動する事がある。
この現象もその類いなのか、ユニークウェポンの特殊能力なのか、わかりなどしない。
そして今回ガルドグリズリーと対面した時もそうだった。
“このまま待機。対象がモーションを起こした際、腹部へ入り込みスラッシュ。対象は胸部から下腹部にかけてが弱点です”
と指令のような指図のような、とにかく俺へ最善であろう手を教えてくれた。
自分自身相手から来るのを待つ予定ではいたため利害は一致。作戦を決行した。
そして今に至る。
野次馬からの罵声が不愉快極まりない。
「カスが調子のんな死ね!」「どーせ、騎士団の団長さまが何か細工をして一発で倒せるようにしたんだろ、よかったなぁ!団長さまとおともだちになれてなぁ!」「強い強い、あぁ強いなぁ!へっ!お金も強さの内に入るならな!買収成金のクズがよぉ!」
どうしても俺が弱く使えない存在であることを、無能であることを強要したい彼らは叫び続ける。それは自分に言い聞かせているようにも捉えられる。
セインもやれやれといった具合に頭を抱えている。
あー、どうしてくれよう。このイラつきは誰に発散できたものだろう。片っ端から野次馬を潰すか?バカか。数の暴力でご臨終だ。セインにこの場を鎮めてもらうか?ふざけろ。事態は悪化する。それこそ何か仕組んでいたと思われても言い訳のしようもない。
なら、もうこうするほか無いじゃないか。
未だ罵声の飛び交う観客席。
俺はそれに背を向け、入場した場所へと歩いていく。
今度は退場だ。俺は深く息を吸い、覚悟を決める。
外に出ればどうなるかなど予想もつかない。
ただ、待っているのは俺に対抗せんとする勢力が何かしら手を使い、モーションを起こしてくる事は分かる。
退場する事が分かり、観客はより多くの物体を投げつける。
罵声もバリューセットだ。
それを無視し、セインらの下へ。
唯一仲間と呼べる彼らの顔は悲しみと哀れみに溢れている。やめろ、俺をそんな可哀想な目で見るな。もう慣れてるんだよこんなのは。
入り口付近でミルが駆け寄ってくるが、複雑な表情で、かける言葉も見つからないようだ。ただピタッと寄り添って肌の温さを感じさせてくれる。これが彼女なりの慰めのような心遣いなのだろう。だが今はそれが胸に痛い。
胸から込み上げる気持ちで目の前が歪み、瞳が揺らぐ。
それでも自分を強く持たないと今もこれからもやってなどいけない。我慢だ、我慢するんだ。
セインらは何か話しかけようとするも言葉が見当たらないのだろう。ただ苦虫を噛み潰したような顔をしているため、俺の辛さが彼らにも伝染したのだろう。申し訳がない。
そんな何も出来ずにいる彼らの横を通って外からの日が射す出口へと、ミルと共に進み続ける。
既に人集りが出来ている。勿論罵声も飛び交う。
何故俺がガルドグリズリーに勝っただけでここまで貶されなければならないんだ。俺自身何もしてなどいないではないか。
そんな俺の訴えが口から出ることなどありはしない。届きもしない声に価値など無いのだ。俺の訴えは嘲笑の対象になり、惨めの象徴になるのだ。ならば、言わないが吉だ。
何も解決しないことを考えている間に外へと出ていた。
そこには、知っている、だが知りたくなかった顔が3人並んでいた。
† † † †
「よぉゴミ」
この騒ぎの元凶、ごろつきの強面リーダーだ。
その顔は、俺がガルドグリズリーを倒した為の悔しさでも憤怒でも無く、ただ嗤っていた。
「あぁ、よく勝ったじゃねぇか、なぁみんな!」
そう呼びかけると野次馬はクスクスと嗤いだす。
「ゴミも金持ってるとここまで強くなれるのかなー?」
嗤うごろつきと野次馬。
「そんな君に朗報でーす!今日から俺がそこのべっぴんちゃんを雇う事にしたんだ、どうだ、いいだろう?」
さらに嗤うごろつき。
「お金持ちの坊ちゃんは家で引きこもってシコってろよ、な?」
その言葉で笑い声に包まれる闘技場入り口付近。
「てことで、今日から俺の所でしっかり働けよ“ミル”」
「・・・っ」
ごろつきがミルの名前を呼んだ。くそ、腹が立つ。
同じ気持ちだったのか、
「・・・最低」
ミルがぼそりと、そう呟いた。
その言葉に過敏に反応を示したのは言わずもがな、ごろつきの強面リーダーだった。
「あぁ!?テメェ誰に向かってその口聞いてんだゴラァ?」
そう言ってずかずかとミルに近づく。そして胸ぐらをつかみ。
「今日からテメェのご主人様は俺なんだよ!毎晩犯しまくってやるから覚悟しとけよゴミが!性欲の捌け口に慣れるだけ嬉しく思えよ性処理ペットがよぉ!」
そう言われたミルは泣き出しそうになる。
「い、いや・・・」
その言葉を聞いた、ミルの顔を見た俺は考えるより先に体が動いていた。
「ぐへぇ!」
ごろつきリーダーの顔面を思い切り殴り、民家へと吹き飛ばした。
「て、テメェふざけブヘェ!」
立ち上がる前に顔面を蹴り、胸部をかかと落としし、回し蹴りで更に吹き飛ばした。
既に気絶しているごろつきリーダーの顔は歪み、歯はバキバキに折れ、肋も数本折れているだろう。その程度にはコイツは俺を怒らせた。
「テメェ何やってんだよゴラァ!」
「ぶっ殺してやる!」
続けて取り巻きの奴らも襲いかかってくる。
殴りかかってきた取り巻きAの攻撃をかわし、みぞおちへと殴りこみ、回転しながらかかとで顔面を蹴り飛ばす。
取り巻きBは片手直剣を手にし、振りかぶる。
それを蹴り弾き、モーション中に片方チェーンソーを起動し、剣を持っていた方の腕を切り落とす。そしてコンボフィニッシュに胸部へ蹴りを入れ吹き飛ばし終了。
ゆっくりと武器を腰へと戻す。そして周りを睨む。
さっきまで俺を嗤っていた連中は怯え、目を見ると泣き出す奴もいた。
俺は吠える。
「これ以上俺を疑う奴はかかってこい。相手なら幾らでもしてやる。だが、ミルに少しでも触れてみろ。コイツらみたいに、いや、それ以上にぶっ飛ばす」
野次馬はなおも無言で立ち尽くす。
「お前らは俺よりも『弱い』んだから調子乗ると死ぬぞ。分かったら早く消えろ」
そう言い放ち、俺は家へ歩みを進める。
それと共に野次馬は道を開けていく。
俺の「おまえらは俺よりも弱い」発言に眉を顰める者もいたが、すでに三人戦闘不能までなっているのを直に目撃している為、反抗的な態度を取れなかったのだろう。
「・・・なぁ、あれ偶然だよな?」
と、まだ疑おうとする輩の声が耳に届く。俺はタガーを抜き取り、見もせずに言葉の方へと投げる。
「ひぃっ!」
顔の数センチズレた場所へ飛び、木へ刺さる。
俺は何食わぬ顔で歩き出す。
この事件でガルドグリズリーの件は裏付けされたのだった。