魔城の主は夢を見るか
「お伝えいたします、ヴァンテス様!勇者の一行がここプトレイシナまで侵入しました!」
氷城で働くメイドのひとりがあわててヴァンテスの部屋に駆けて来た。彼女は人間だが、ヴァンテスは気にしない。
ヴァンテスにとって、人間だろうが魔族だろうが、魔領プトレイシナの住民は一切の例外無く守るべき存在だからだ。
「そうか……ここまで勇者がやって来たか。ならば俺も行かねばなるまい」
城の主にして魔領プトレイシナの管轄者、ライカン=ヴァンテスはゆっくりと椅子から立ち上がった。
コツコツ、と足音を立てながら壁の方まで歩ていくと、壁にかけられている立派な剣を握る。
ヴァンテスが剣を軽く素振りしてみるとヒュッと甲高い音を立て、剣は空を裂いた。凄まじい速さで振り下ろされた剣は、空中に幾重もの残像を残してようやくピタリと静止した。
ヴァンテスは魔領最高の剣士である。単純な剣技のみならば魔王をも凌ぐ。
しかし、あの暴虐な魔王に剣を向けるつもりはない。100年前ならばいざしらず、ヴァンテスには守るべきものができてしまった。
それは魔領プトレイシナの魔族であり人間。種族の違いこそあれど、プトレイシナでは魔族と人間は互いに協力しながら生きている。
ストラテゴスに任命されて100年。全く面倒な仕事を押し付けられたと思っていたが、案外自分も丸くなったものだと思う。今は彼らが愛おしくて仕方がない。
「そんなに心配するな、メイビス。侵入者を切って帰ってくる。それだけだ」
ヴァンテスは先ほどから不安そうな顔で見ているメイドに優しく声をかけた。
「ヴァンテス様……私たちはヴァンテス様がいなくなったら……
もう…どこにも居場所が……」
メイビスが今にも泣き出しそうな顔でいっそうヴァンテスを見つめた。
メイビスを含め魔城にいる人間たちの何人かは元奴隷であった。
【ジークフリートライン】の向こう側の人間国家の奴隷たちは、使えなくなったと判断されると、プトレイシナに捨てられる。
建前上、オルガレア王国では奴隷は禁止されている為、領内でこっそりと奴隷を飼っている領主はおいそれとその辺りに奴隷を棄てられない。そのためわざわざプトレイシナ近郊まで来て奴隷を捨てられる。
ヴァンテスはそうして捨てられた奴隷たちを保護しては城内で働かせている。
ヴァンテスとしては正直何も変わっていないと思うのだが、メイビスたちは嬉々として城に従事している。強制的にさせられているのと、恩返しで働くのは全く訳が違うらしい。
「私はいなくならないさ。これまでも、これからも」
ヴァンテスはメイビスの頭をそっと撫でると、ゆっくりと部屋から出た。
「あんなところを魔王に見られたら殺されるな……
いや、負ける気はしないが」
廊下に出ると、使用人一同がすらりと出口まで直立していた。
「お前らもか……いちいち大袈裟なんだ。
勇者を倒して戻ってくるだけだろう」
「どうしても主の出陣の際には、使用人一同でお見送りしたく思いまして」
バトラーがにこやかに笑う。
「あのな……まあ、いい。
フフッ。じゃあ行ってくるさ。俺の勝利を祈っていてくれ」
流石にこのような態度をとられると、ヴァンテスも強くは言えなかった。
ならばと、ヴァンテスらしくもない少し恰好付けた言い方をして行くことにした。
『『行ってらっしゃいませ!!ヴァンテス様』』
レセビヒト城には、ひと際大きな声が響いた。
ご覧頂きありがとうございました。この物語は、現在執筆している作品の中盤の物語です。
三人称視点で物語を書く練習のため、一部分だけ抜粋して書かせてもらいました。
ちなみに、本作ではヴァンテスは主人公ではなく中ボス当たりのポジションです。