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君を連れて  作者: 水無月水月
3人目
10/13

呪われた乙女

「……申し訳ない」

 目の前で頬を膨らまし、あからさまに拗ねている。

 数時間前にに空中歩行を一緒にやった少女──ソラと名乗っていた。

「もういいですっ!終わったことですからね」

 口ではこう言ってはいるがそっぽを向いてしまっている。

 確かに今回は俺が悪いこともあるが、敵なのか味方なのかもはっきりせず、そしておそらくかなり重要な人物なんだ。調べるだろ。

 ルーのおっさん──さっき話してたじいさん、に聞いてもちょっと聞いたことがあるくらいらしい。

 さて、気になること多くある。

 あの空の国についてもほとんど情報がないらしい。

 あそこを見つけられたのもほぼ偶然のようなものだった。

 噂やお伽話のような世界でしか聞かないような場所──空に浮かぶ島なんてものはそんな物らしい。

 そこの人物──かなり上の階級、お姫さま。

「確かに自分の重要性を多少は理解してますが……脱がせる必要はなかったでしょう」

 はい、その通りです。確かにありません。

「ほんとにごめんなさい」

「…まあいいです。忘れてくれますよね?」

 ニコリと笑っている。が、かなり怖い、絶対笑ってないぞこいつ。

「分かった──でも、その前に教えてくれ。アレはなんだ」

「…………」

「話さなくていいとは言わない。話してもらう」

 出会った時の笑顔を振りまいていた顔は外向きの顔だったのだろう──めっちゃ嫌な顔してる。

 綺麗な顔の真ん中、眉間にすごい勢いで皺が寄ってるし、口だって釣り上がって、刺さるような目線で睨まれてる。

「ふざけてんですか。ふざけてんですね。ふざけてるよな……ふざけんなよ?」

「キャラ変わってるぞ」

「ああ?なんか言ったか?」

「なんでもないです」

 横を見ればルーのおっさんが気まずそうにこっちを見ている。

「おい──」

「私の肌を見たのだから私の質問に先に答えろ。それが礼儀でしょうが」

 コンコンコンコンコン──机を叩く音。イライラしていそうだ。

「あの子、誰?何者?」

 俺の後ろ、部屋の隅っこで三角座りしているあいつを指差す。

「あいつ……あいつ事は気にしない方がいいよ」

「仲間なんですよね?」

 空気を察してくれたらしく、口調が戻っている。

「仲間──大切な人ではある、が……あいつとは関わらない方がいいし、あいつについて話すつもりは無いよ」

 罪と罰、なのだと思う。あいつがあんな風になったことについても、こんな世界に居ることについても、俺達のせいだと思う。あの後彼女達はどうなったのだろうか。庇って飲まれたあいつ──やめようこの話は。

「他のことなら答えるよ、それで手を打ってくれ」

「いまいち納得はしませんが……まあいいです」

「ありがとう」

 何処か気持ち悪そうな表情を見せたが、やはり良い子らしい。ちゃんと気持ちも空気も読める。

「名前」

「はい?」

「名前です! 名前を聞いてないです、私だけ言ってはぐらかされたままです。名前を教えてください。そこのおじいさんとあの子のもですよ!」

 おっさんとあいつを交互に指差しながら顔を真っ赤にてヤケでも回ったようかのように言った。

 そうだな、そろそろいいかもしれない。頑なに名乗ることを避けてはいたが、いつかは限界が来るとも思っていたし、これからもよろしくしていく仲間(なんとなく嬉しく感じてしまう)にくらいなら問題は無いだろう。

 そもそも名乗らないことにもおおそれた意味なんてないし。

 と、その前にどう名乗ろうか、文化が違うからなあ。

 いや、気にしてもしょうがないか、どうとでもなろう。それに────

「クロ、だ」

「クロ……ですか」

「へえそんな名前だったのか」

 やっと、口を開いたルーのおっさん。

 実は名乗ってなかった。良い人だ。

「知らなかったんですか?!」

「おお、なんかはぐらかされてたから訳ありかと思ってなあ」

「信じられませんね……仲間にすら名乗ってないなんて」

「いやまあ、色々と事情があったんだよ」

「ふうん、どうだが……あちらの方は?」

 やはり彼女に興味があるらしい。

 とっとっ、そんな音を響かせながら軽く跳ねるように、あいつの前まで行く。

 しゃがみこみ、目線の高さを合わせるが、当たり前に彼女は目を合わせない。

 そうそう、言ってなかった。彼女は目を覚ますようになった。

 空の国に行く直前──数時間前にふと、目が合った。それから数日に1度、タイミングも起きている時間も規則性は感じないが、それでも彼女はこうして目を開けている。

「どこを見てるのですか、この方」

「さあ。そもそもなにか見ているのかも怪しいもんだけど」

「どういうことです?」

「1年間眠ったままだったんだよ。そん姿も大分変わった。体重は変わってないから更に恐ろしい、そんな人間が目が覚めて半日程度の時間でまともな思考が出来るのかね」

「へえ。細いし、白いし、目は……赤い。蛇のようですね。伝承や御伽噺に出てくるような蛇」

「ああ、だよな! 俺も思ってたんだよそれ! なんというか……神聖ってイメージ湧くよな」

「おいおっさん、興奮すんな」

「元はどんなのだったんです? 大分変わったと言いましたが、そんなに変わったのですか?」

 おっさんとソラが、彼女を間近で見ている(あまり良い気分ではないが、まあ本人が気にしないしなにもしないだろう)

「ああ、肌はあまり変わらず白かったが元は髪も目も真っ黒だったんだぞ」

「ええ!」

「まじかよ!」

 息ぴったし。

「あと一番驚きなのは、そいつ、なにも食べてないしなにも飲んでないんだよ。1年、飲まず食わずで居るんだ」

 こっちを振り返ったまま固まってしまった。

 当然の反応なのだと思う。

「分かったろ、そもそも視力があるのかも不安だよ」

 彼女の目は時折、何かを探すように動く。キョロキョロと言ったように。

 彼らはもう何も聞かなかった。その方が、ありがたい。

「名前、あるんですよね?」

「……シロ」

「シロ……ですか、変わった名前ですね」

 そういえば、彼女のことをまともに考えたのはいつぶりだろう。名前も意識して呼ばないようにしていたからほんとに1年以上呼んでいないかもしれない。

「シロ……」

 笑えてくるな。

 そういやまだ紹介してないオッサンがいた。

 怒られる怒られる(怒ると怖いんだよこのオッサン)。

「えーと、で、こっちのオッサンは──」

「ルーベリックだ、ルーベリック・ハイラウンド。聞いて通りルーって呼ばれてるぜ」

 オッサンが割り込んできた。今更気付いたんだが、この流れだと俺が彼女の話をしたくなくて切ったみたいに見える。(まあ間違えてはない)

「嬢ちゃん──っと、ややこしいな。巨乳の嬢ちゃん」

「ひいっ?!」

 バッ、と腕で胸を隠すような体勢をとる。セクハラです。

「おっとすまん。ついついおっさん臭いこと言っちまったな」

 ガハハと大柄に笑う。

 この男と一緒に生活して分かったが、見た目通りの行動と性格の人なのだ。良く言えば自分に正直なのだろう。

 真っ白に染まったヒゲと髪、色黒く焼けた肌。服の上からでも筋肉質なのがよく分かる。

「さてまあ、俺は──パイロットだ」

「パイロット……ですか。存在を聞いてはいましたが実際にその職業の方を見たのは初めてです」

 そうなのだ。この世界には空を移動する物は、多くない。空を移動する時は怪鳥に乗るなり、魔力の通った物を使うなりする(これに関しては高価なので貴族しか使えない)。 だから魔力をほぼ利用しない移動手段は貴重で、そのパイロットはさらに貴重なのだ。

「まあな。俺様以外に見たことはねえな」

──まっ、それだけ俺様の凄さが分かるってもんよ。

 とても、楽しそうな笑顔だった。


「ソラ、そろそろお前の話だ」

 げっ、という顔を一瞬見せたが、すぐにニンマリとした笑顔になる。

「私の事ですか? つまらないですよ」

「お前の地位ってどのくらい?」

「あ、無視ですか」

「どのくらい?」

「……姫と呼ばれていました」

「予想はしていたが、やっぱりか」

 一気にソラの顔が曇る。

 首元──背中の禍々しい模様が見えた。


「わたくしは、そうですね、わかりやすう言うと王女みたいなものです。国を統べる王とその妃。そしてその娘──それがわたくしです

「わたくしの母もそうだったらしいのですが、魔力の才能がある男を連れてきて結婚させるそうです

「ええ、男です。代々この家系は女しか生まれないそうなので、なのでその者と婚約させる

「はい、もちろん居ました。あの王宮に住んでいましたし、いえ、あなたの襲撃で命を落とした可能性はまずないでしょう。彼らは皆、傲慢ですから

「……好きではありませんでしたね。少ないですが候補はありましたが、所詮少ない選択肢、好みの男性が居ることなど有り得ませんから。それに、魔法の素養が高くなるにつれて性格も──

「まあ、わたくしが言えたものではありませんね。良い性格だとは思えませんので。

「さて、話を戻します。閑話休題ってやつです。

「簡単に言うとわたくしは幽閉されてました。監禁です。軟禁ではなく、監禁。

「見えなくしているだけで、これは身体中にあります。はい、顔どころか、眼球にさえあります。爪の間にすらあるのですから。お見せしましょう。

「….…気味が悪いですよね。私も自分の外見がどうとかは自覚しています、美形だと思いますし、整っているとも思っています。肌も白く、体の線も魅力的だとは、分かっております。

「しかし……わたくしも……生娘でございます。男性に触れられたことすらありません。

これを見てください。この肌を。この体を。醜く彩られた。この体を。

「鎖──そう仰ってました。逃げれば捕えられ、逆らえば焼ける。魔力を食いつくし、ありとあらゆる選択肢を封印する。

「呪い……そうですね。そう言った方が正しいのでしょう

「これはわたくしが、1度逃げようとしたからです

「罰、なのです」


 ソラは泣いていた。黒い涙を流していた。

 本来ならば透明に、可憐に、美しく泣くであろう彼女の涙は、黒く、赤く、乾いた血のように塗りつぶされていた。

 彼女の、食い尽くされた、絞り尽くされた残りカスのような魔力を注いでせめて不可視となっていた首から上の模様──呪い。

 涙に濡れた目を覗くと、眼球にさえ彫り込まれている。綺麗な青色の目が、濁ってさえ見える。

「逃げれば捕らえらると言ったな……つまり、場所を特定されるのか」

「はい、かなりの精度で分かるそうです」

「それにしてはなかなか連れ戻しにこないが」

「傲慢なのです。わたくし程度いつでも取り返せる、 何ひとつ問題ない。そう思っているのです……実際、警備が薄かった──武力がほとんどなかったように感じませんでしたか? あなた様がお強いと言ってもです」

「確かに、お姫様が誘拐されるって時にも、下っ端しか出てこなかった」

「彼らは娘の最後の反抗だと、諦めるだろうと、せいぜい楽しめと言っているのです」

 帰れば、拷問が待っているでしょう。

 彼女は震えていた。何もかも、震えていた。


「これは、この呪いの文字は、魔力の篭った文字です。しかし、書いているのではありません──彫っているのです

「1度目の家出後はすぐに連れ戻されました、怒鳴られ怒られました。それで、終われば良かったのです。しかし──

「わたくしは母に連れられました、拷問部屋にです。

「存在すら知りませんでした。突然連れられ、剥かれ、台に拘束されました

「罰だと、反省しろと、後悔して悔いろと言われ

「痛みの鎮静もなしに、刃物でズタズタに切られました。何度も何度も叫び気を失いました

「叫ぶ度に、うるさいと切られ、気を失えば起こされ、死なないようにギリギリの治療を施され続けました

「喉が枯れ、涙を流し、全身が紅く染まっても続きました。全身切れば傷の上からまた重ねるように彫り続け

「聞けば、4日間、代わる代わる私は切られ続けたらしいです。

「最後に母が、私に(呪い)を付けました」


「以上です。それからはずっと飼われていました。それでも、逃亡の段取りを続けながら」

「それがあの衣か」

「はい、微かに残っている魔力を注ぎ続けて作りました。やはり、あんな人でも母です。魔法の逆転術式は難しくありませんでした」

「捕らえられる可能性もあるのに、また──いやもしかしたら更に苦しい物が待っているかもしれないのに」

「そうですね……わたくしはそもそも死ぬ気でした。もう1度外の世界を見て、自害するつもりでした」

「そうなのか? そんな素振り、というか雰囲気は感じなかったけどな」

「確かにそうですね。わたくしは母を恨んでいませんでした──鎖でしょう。選択肢を、思考を、縛られていましたので……でも」

 グイと涙を拭いた。

「私は、もう嫌なのです」

 強い目だった。覚悟を決めた目。何度も見てきた目。──森になった彼女を思い出した。

「どうかお願いします。私に力をお貸しください」

 やはり俺は、美人に弱いらしい。

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