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第7話 「号泣トライアングル」

 俺達はスライムから一度距離を取り、作戦会議をすることになった。勿論、御崎さんが作戦の指揮を執る。俺と平塚は硬い地面の上に正座をしながら、御崎さんのありがたいお言葉にしっかりと耳を傾ける。


「弱いくせに何も考えず、正面から突撃するのは頭が悪すぎます。一人だったら死んでましたよ?」


「はい、仰る通りです……」


「壱岐さんも馬鹿ですが、平塚さんも救いようが無い馬鹿です。壱岐さんの失態を間近で見たはずなのに、なぜ同じヘマをしたのですか?」


「僕なら大丈夫だと思ってました……」


「その根拠の無い自信はどこから湧くのですか。とにかく、今後は無謀な攻撃は控えてください。死んで覚えるようなゲームじゃないんですから」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことであろう。返す言葉が何も思いつかない。この場では御崎さんが絶対正義であり、俺と平塚は愚鈍な負け犬だ。逆らえる訳がない。腹を上にして転がれと指示されたら、クゥンクゥンと鼻を鳴らして転げ回るしかない。


「とりあえず、一度休憩しましょう。平塚さんは軽い酸欠状態に陥っていたので身体を休ませてください」


「ありがとうございます、マム!」


「産んだ覚えはありません」


 休憩はありがたいが、欲を言えば何か拭く物が欲しかった。スライムの体液のせいで身体がすこぶる気持ち悪い。身に着けている女性用の下着も湿ってしまい、動く度に不快感を抱いてしまう。


「なあ、晴明。お前の物干し竿に俺の下着を引っ掛けてくれないか。湿って股が気持ちが悪い」


「俺も同じ状態だ。今のうちに乾かしておくか」


「……また全裸になる気ですか」


「これも仕方がないんです。脱ぎたい訳ではありません」


 御崎さんの凍てつく視線に堪えながら、物干し竿に俺と平塚の下着を引っ掛ける。だが、流石に風や熱源が無いことには乾かない。


「平塚、竿を持って走ってくれ。風が要る」


「下着が引っ掛かった竿を持ちながら全裸で走る俺を想像してみろ。どう好意的に捉えても変態じゃないか」


「でも、御崎様を走らせるわけにはいかないだろう?」


「それはそうだが……。わかった、後で交代しろよ」


 そう言い残し、物干し竿を持ちながら入り口の方向に駆けていく。予想以上に変態っぽい姿だったので思わず止めたくなったが、まあこの辺りは人気が少ないので大丈夫だろう。


「走らなくても、松明の近くに竿を立て掛ければ良かったのでは」


「……言われてみれば」


 御崎さんは呆れたように首を振り、腰を下ろした。御崎さんの表情には疲労の色が見え始めている。いくら体力があるとはいえ華奢な女の子だ。俺達がもう少ししっかりとしていれば、負担は軽減されるのだろうか。少し申し訳ない気持ちに襲われてしまう。


「予定通りなら、そろそろ灯里がこちらに来る頃ですね」


「ああ、確かに。もう合流してもおかしくない時間ですね」


 灯里というのは、成松さんの下の名前だ。俺と平塚が大学の同級生だったように、御崎さんも成松さんと同じ大学に在席していたらしい。


「灯里のことだから、少し遅くなるかもしれないですけどね」


「成松さん、おっとりしてますもんね」


 そう言って軽く笑い合う。成松さんは非常に穏やかな性格をしており、自己主張が弱く、小柄な身長と少しおどおどした自信の無い話し方も相まってどこか小動物を彷彿とさせる女の子だ。


「でも、今こちらに成松さんが向かってくるのは非常にマズくないですか?」


「え、なぜですか」


「いや、平塚の格好……」


「きゃぁぁぁぁぁ!!!」



 俺達の会話を切り裂くように女性の悲鳴が聞こえた。この声は恐らく成松さんのものだろう。時既に遅し、どうやら全裸の平塚と出会ってしまったようだ。


「とりあえず迎えに行きましょうか」


「……そうですね」


 洞窟の奥から全速力で走ってくる全裸の平塚を目撃した成松さんの恐怖は計り知れない。もしかすると、恐怖のあまり攻撃スキルで平塚を滅している可能性だってある。俺と御崎さんが誤解を解いてやらないといけない。


「やめてください、違うんです、これは!」


 案の定、平塚の悲鳴が聞こえてくる。この声は多分、泣いている。悲鳴に混じって採掘音のような大きな音が聞こえてくるので、恐らく何かしらの攻撃スキルを発動されているのだろう。成松さんはログアウトに関するバグや、痛みを感じてしまうバグが発生していることを知らないはずなので、急がないと平塚が死んでしまう可能性がある。


 前方の曲がり角に面する壁に、平塚と成松さんの影が伸びており、シルエットだけでも平塚が危機的状況に陥ってることがわかる。尻餅をつく平塚と、鈍器のような物を振りかざす成松さん。時は一刻を争うようだ。


 全速力で曲がり角から飛び出すように駆け抜けながら叫んだ。


「成松さん! 平塚が全裸なのは理由があるんです!」


「きゃあああああああああ!!」



 その刹那、視界に火花が走る。


 顔面が熱を帯び、その熱が痛みに変わる瞬間に自分の今の姿を思い出した。


 俺も全裸じゃねーか。


 そのまま地面に激突し、天地が反転する。何回転がったのかわからないが、とてつもない激痛に襲われていることだけはわかる。


「痛ってぇぇえぇ!!」


「晴明ぃぃぃぃぃ!!」


 平塚の涙混じりの叫びが耳に届くので、どうやら死んではいないみたいだ。容赦無く顔面を駆け巡る痛みと戦いながら、必死に立ち上がる。だが、痛すぎて思わず涙が出てしまう。


「いてぇ、いてぇよぉぉぉぉ!!」


「うえええええ、百合花ぁ〜! セクハラされたよ〜!」


「灯里、お二方が全裸なのは一応理由があるんです……」


「うわぁぁぁ! もう怖い目に遭うのは嫌だ! 早くログアウトしたいいい!」


 むせび泣く三人の声が洞窟の中に反響していたのが、やけに印象的だった。




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