第6話 「四種の豪華ラインナップ」
「こうなったら良い武器を探すしかねえ!」
鞠使いの平塚は、やや強い口調で宣言した。
確かに、俺達に残されているのは武器に頼るという手段のみである。俺の「けんちゃん」という謎のジョブがクソすぎるだけで、鞠使いもカホン使いも強力なジョブではない。むしろ弱いだろうし、目糞鼻糞の実力差であることは間違いない。
そんな俺達が生き延びる為には、攻撃力の高い武器を入手して物理でひたすら殴るしかないだろう。
普通なら序盤に強力な武器が落ちているはずがないが、ここはバグまみれの仮想空間である。押すだけで核爆弾が発射されるスイッチが落ちていても、もはやおかしくはない。
「御崎さん、村長の家に何かありませんでした?」
「探せばあるかもしれませんが、従来のRPGと違って家の中を探索しづらいんですよね。人の目が気になるので」
某国民的RPGならば家の中の壺を割っても平気だが、自分自身が行動する仮想空間は訳が違う。CPU相手とは言え、罪悪感が湧いてしまうのは無理もない話だった。
「じゃあ俺と平塚がかわりに探してきます」
「待ってください。下着姿の男二人でいきなり家に押し掛けるのはマズイです。村長に殺されても文句は言えないですよ」
「それなら、一瞬だけ僕に服を貸してくれませんか」
「ここで私に殺されても文句は言えないですよ」
御崎さんから尋常じゃない殺気が放たれる。おそらく、これ以上何かを言うと人生からログアウトするハメになるだろう。
「まあ、どのみち村の中のバグも探さなきゃいけないし、一度戻って宝箱を探しますか」
俺と御崎さんは、平塚の言葉に無言で頷いた。
結局、村の中を捜索しても見つかるのは細かいバグばかりで、核爆弾どころか普通の武器でさえ少なかった。
トゲがついた棍棒、剣というより鈍器と表現したほうが正しいくらいに切れ味の悪い片手剣、竹製の物干し竿、そして、誰が吹いたかもわからない薄汚れた笛の四つだ。豪華すぎて涙が出そうなラインナップだ。
「見事にショボいな……」
「まあ、序盤の装備品ってこんなものですよね」
「笛は持ってこなくても良かったのでは……」
「紐が付いてるし、晴明の首にかけておきましょう」
そんな汚い首輪は御免被りたい。まあ、笛はともかく人数分の武器が見つかっただけまだマシだろう。棒状の物を持つのと持たないのとでは心理状態がかなり変わってくる。
「御崎さん、棍棒は持てます?」
「……振り回すには少し重いですね。平塚さんが使ってください」
「わかりました、じゃあ御崎さんは片手剣でお願いします」
なぜか俺が物干し竿を装備することが決定している会話の流れだが、けんちゃんに少しばかり攻撃力が高い武器を装備したところで焼け石に水なので、何も文句は言えなかった。
だが、物干し竿だって馬鹿にしてはいけない。リーチの長さで敵をちくちくと刺せるし、服を乾かすことだって可能だ。これほど便利な武器はなかなかお目にかかれない。
「みんな、服が濡れたら俺に任せてくれ」
「俺とお前は乾かす服すらないがな」
……ごもっともだ。
プルハの洞窟は、村長の家の裏から入れる山道の奥にあるらしい。山道とはいっても、整備はされているのでハイキング気分で鼻歌交じりに登れるような道らしい。
バグまみれのゲームなので、筋肉番付のような道が目の前に広がってもおかしくはないと身構えていたが、予想に反して情報通りのなだらかな山道だった。
穏やかな日差しに、透き通った小鳥の鳴き声、ひらひらと視界を横切る色鮮やかな蝶々、仮想空間とは思えないくらいのリアルな景色を楽しんでいた。
今までのVRMMOはグラフィックが荒かったのだが、リスティア・ライトは細部に至るまで鮮明で、これが発売されれば間違いなく社会現象になるだろうと確信する。
だか、それはバグが無ければの話だ。このゲームが成功するか否かは、俺達のテストプレイが大きく左右するのだろう。そう考えると中々やりがいのある仕事かもしれない。
「洞窟、見えてきましたね」
山道を歩き始めて約十分、遠方に小さく洞窟の入口が見えてきた。いよいよ、戦闘が始まってしまうのだ。否が応でも気が引き締まる。
「みんな、生きて帰ろうぜ」
「平塚、何かあればお前を投げ捨ててでも、俺は生き延びるから」
「奇遇だな、俺もだよ。お前と出会えて良かった」
肩を掴み合い、ガシガシとスネを蹴り合う。
「……くだらない争いをしてないで、行きますよ」
御崎さんはため息をひとつ吐き、呆れながら歩を進める。俺は平塚のスネをもう一度蹴ってから、慌てて後を追いかけた。
プルハの洞窟の入口は松明が設置されていて、絶え間なく燃え盛る炎のおかげで内部は明るい。道幅も広く天井も高いので歩きやすそうだ。
「最初に出てくるモンスターって、どんなヤツだろうな」
「スライムじゃねえの? ぬるぬるしたやつ」
「ゴブリンという可能性もありますね」
各々、最初に対峙するであろうモンスターを予想する。スライムの可能性が濃厚だと思うが、確かにゴブリンの可能性も捨てきれない。非力な子鬼とはいえ確か棍棒を持っているはずだ。殴られれば普通に痛いだろう。
「怖いけど、少しワクワクしますね」
御崎さんの口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「わかります。なんというか、冒険ってやっぱりいいですね!」
「童心に戻ったようだな!」
「お二方はいつでも子供っぽいですよ」
「御崎さん、やめてくださいよ〜!」
和気藹々としていると、前方の曲がり角からいきなり影が飛び出してきた。俺達の間に緊張が走る。
「モンスターか!?」
ついに来たのか。
瞬時に身構え、敵を確認する。
目の前に現れたのは、ぷるぷるとした水色のスライムだった。身体は半透明で、中心部に核のような赤色の球体が透けて見える。俺の腰下くらいのサイズで見るからに弱そうだった。
「初戦に相応しい相手だな。俺に任せろ」
「スライムならけんちゃんでも大丈夫だな」
俺は物干し竿を構え、スライムの核を目掛けて突撃する。弱点はここだろう。半透明の体液が核を包んでいるが、物干し竿のリーチは長いので確実に核を貫ける。
勝利を確信した瞬間、御崎さんが何かを叫んだ。
「壱岐さん! 迂闊な突撃は……」
御崎さんの言葉は、途中で途切れてしまった。視界が一瞬で水色に染まる。何が起きたのか理解できなかった。ただ、息が全く出来ない。まるで水中に引きずり込まれたみたいだ。必死に手足を動かすが、状況は好転しない。
……俺、もしかしてスライムに食われた?
すぐそこに忍び寄る死の足音に、背筋をヒヤリとさせられた瞬間、俺の足首が掴まれ、勢い良く引っ張られる。
「正面から突っ込むのは愚の骨頂です」
酸素を一気に吸い込もうとして、思わず咳き込んでしまう。どうやら、スライムの体内に取り込まれそうになった俺を御崎さんが引き抜いてくれたみたいだ。そのまま転がるようにして、スライムから一度距離を取る。咳が止まらないが、そこまで長い時間取り込まれていた訳ではないので大ダメージを受けた訳ではない。
「わかってはいたが、けんちゃんは本当に役に立たないな」
スライムの体液でぬめぬめになった俺を横目でちらりと見て、平塚はスライムと向かい合った。
「すまない……」
「ログアウトするまでは俺が面倒見てやるよ!」
そう言い終わる前に、平塚は加速していた。トゲがついた棍棒を振りかざし、雄叫びをあげて特攻する。
「……平塚さん、さきほどのやり取りを見て学んでください」
御崎さんが額に手を当てながらそう呟いた瞬間、スライムの身体が大きく伸び、平塚の上半身を包み込むように覆ってしまった。足をジタバタと動かしている平塚を眺めながら、俺は悟った。
俺も平塚も使い物にならねえ。