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第5話 「旅芸人とけんちゃん」

 俺達は下着を装備して無言のまま村に戻った。先程とはまた異なった種類の視線を全身にたっぷりと浴びながら、忠犬のように御崎さんの帰りを待つ。なぜ、俺達がこのような辱めを受けなければならないのか。俺達が何をしたというのか。



「働くって大変なんだな……」


 何かを悟ったような表情で平塚が呟くが、どう好意的に捉えても変質者にしか見えない格好のせいで全く決まらない。



「俺達のような特殊な苦労をしている社会人は稀だろうけどな」



 お互いにため息をつき空を見上げた。雲一つ無く憎いくらいに澄み渡った青空は、こんな状況で眺めても綺麗だった。




 数分後、村長の家から出てくる御崎さんが見えたので俺達は駆け出した。ようやく村人の好奇の目線から逃れられるのだ。御崎さんは遠目に見ても嫌そうな表情を浮かべているが、この格好も不可抗力なので我慢してもらうしかない。


「御崎さん、そちらはどうでした?」


「……問題なくクエストを受注しましたが、なんですかその格好は」


「服がこれしか見つからなかったんです」


 俺と平塚はびしっとポーズをとるが、御崎さんの視線は依然として冷たいままだ。


「下はともかく、ブラジャーはつけなくてもいいのでは?」


 呆れたように呟く御崎さんのその言葉に、俺達は確かにそうだと頷き合い、無言でブラジャーを外した。冷静に考えれば乳首を隠す必要は無かったのだが、セットで手に入れると律儀に装着してしまうから不思議だ。確かに男がブラジャーを装着するのはおかしい。


「よし、これで普通の格好だぞ!」


「ようやく人としての尊厳を保てるな、平塚!」


「言っておきますが、まだ日本だとアウトの格好ですからね」


 俺と平塚で早くもツーアウトだが、チェンジまではあとワンナウト残されているのでギリギリセーフだろう。


「早く洞窟に向かいましょう。皆が見ています」


 そう言い残して御崎さんは歩き出した。


 俺はそれを慌てて静止する。


「御崎さん、洞窟は戦闘が発生するので手ぶらは無謀です。先に武器を探しましょう」


「それもそうですね……」


 俺達は戦闘スキルに関してはまだ何も触れていない状態である。実戦に入る前に、自分に何ができるかを確認しておく必要があるだろう。


 俺がそう提案すると、御崎さんも平塚も納得してくれた。村の中だと何かと目立ってしまうので、先程の小さな丘に戻って各々でスキルの確認をすることにした。


 俺の初期のジョブは確か剣士だ。剣や大剣を得意とし、前線で戦う職業だったはずだ。このゲームはジョブによって能力値の割り振りが異なっている。例えば、剣士ならば力と体力が高く、魔法使いなら知力と魔力が高いと言ったところだ。



「ぬぉぉぉぉ、なんじゃこりゃ!?」



 ウィンドウでステータスの確認をしようとした瞬間、平塚の野太い雄叫びが辺り一面に響き渡る。


「何事ですか……」


「御崎さん、僕の初期ジョブは槍使いでしたよね?」


「確かそうですね」


「今確認したら、鞠使いになってるんです」



 蹴鞠を嗜む平塚を想像して、思わず吹き出してしまう。


「何笑ってるんだよ晴明」


「鞠使いってなんだよ、平安貴族か」


「テキストの入力ミスじゃないですか? 私も魔法使いのはずなのに、カホン使いになってましたから」


 御崎さんの発言にまたもや吹き出してしまう。カホンとは、長方形の箱のような形をしたペルー発祥の打楽器の一種だ。鞠使いとカホン使い、冒険者というより旅芸人の組み合わせである。


「二人共戦力になりそうにないな……」


「テキストだけの間違いであれば、能力値に影響は無いはずですが……」


「それならいいですが、戦闘にも影響があるとなれば致命的なバグですね……」


 もはや何度飛び出したかわからない、致命的なバグという言葉。初回のテストプレイとはいえ、あまりにも多すぎる不具合。先行きが不安すぎる。平塚と御崎さんは頭を抱えている。


「まあ、剣士の俺に任せてください。洞窟の中継地点までなら俺一人でも何とかなるでしょう」


 自分のジョブの能力値を確認する為、ステータスを開いてみる。


「そうか、晴明のジョブは剣士の設定だったな」


「……けんちゃん」


「は?」


「俺のジョブは、けんちゃんらしい」


「「は?」」


 御崎さんと平塚の声が同時に重なる。俺だってそう言いたい。だが、何度見ても、何度見直しても自分のジョブは剣士ではなく、けんちゃんと表記されている。鞠使いとカホン使いはまだ職業の部類に属するが、けんちゃんは職業ではない、ただのあだ名だ。


「けんちゃんって、どうやって戦うんだよ……」


「そもそもけんちゃんって誰ですか……」


 平塚も御崎さんも、言葉に迷っている様子だった。


 二人共、テキストの不具合だよと言って慰めてくれるが、俺はこれがテキストだけの不具合ではないことを知っている。なんらかのバグで、俺達は"旅芸人とけんちゃん"になっている。


 なぜならば、ステータスに並ぶ「1」の数字を確認してしまっているから。これは戦士ではなくけんちゃんに相応しいステータスだろう。この世界での俺は、女性用の下着を身に着けたけんちゃんということになる。



 ……早くログアウトしたい。





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