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第3話 「全裸入村」

 ゲーム内で命を落とすと目の前にウィンドウが表示される。中継地点からの再スタートか、ログアウトするかを選択できるらしい。もちろんゲームなので、命を落としても実体に別状は無いはずなのだが、弓をこちらに向けて構えられるというのはやはり恐ろしいものである。


 あのギラリと光る弓矢が、俺の身体を貫くのを想像すると寒気がする。ゲームの中とはいえ、出来る限り死にたくはない。


 なんとかしてこの状況を切り抜けたいのだが、下手な事を言えば金玉を射抜かれかねない。第一印象が最悪なので、何を言っても信用度も低いだろう。どうしたものかと対応に悩んでいると、御崎さんが音も無く一歩前に出る。



「私達は旅人です。私達は山賊の被害に遭い衣服を盗まれてしまったのです。とても、困っています」



 こういう状況下でも、やはり淡々とした口調で男に訴える。なるほど、これならば俺と平塚が全裸でもおかしくはない。


「だとすれば、なぜ女である貴様は無事なのだ」


 言われてみれば、確かにごもっともな返答である。御崎さんに見向きもせず、好んで男の衣服を毟り取る山賊などいないだろう。


「ホモの山賊だったのかと」


 御崎さんはさも当然ですと言いたげな顔で言葉を繋いでいく。いや、それは流石に設定が濃いだろう……。


「では、貴様らは露出狂を従えた性欲を司る悪魔ではないと?」


「断じて違います」


 予想の斜め上をいく切り返しである。それにしても酷い言われ様だ。確かに御崎さんは顔も整っていて胸も大きいが、性欲を司る悪魔と勘違いする思考回路はおかしすぎるだろう。それに、性欲を司る悪魔は露出狂を従えるものなのだろうか。そもそも性欲を司る悪魔ってなんなのだ。



「そうか、すまなかった。よし、門を開け!」



 男が一言叫ぶと、重量感のある轟音を響かせながら、大きな門がゆっくりと上がっていく。恐らく普段はあまり開閉する機会の無い門なのだろう。門の裏側から「重い」や「助けて」といった苦悶に満ち溢れた男の叫び声が聞こえてくる。労働の辛さを垣間見た。



「さて、参ろうか。性欲を司る我が主よ」


 平塚がおどけた口調で御崎さんに声をかける。御崎さんはゴミを見るような瞳で平塚を射抜いた後、無言で右足を股間に炸裂させていた。


「ノォォォォォウ!」



 平塚は股間を押さえて蹲り、地面を転がりまわる。


 こいつは学生時代から悪ノリすることが多々あり、調子に乗りすぎて返り討ちに遭うシーンもよく目にしてきた。環境が変わっても、いつもの光景が繰り広げられるのはなんだか妙だ。何も守る物が無い状態なので、さぞかし痛いだろう。



 いや、待てよ……この世界で痛がるのはおかしくないか。



 思い返せば砂利道を歩いている際、足の裏に若干の痛みを感じた覚えがある。鋭い小石が足の裏に刺さったのかと、そのときは特に気にしなかったが、よく考えるとおかしい。仮想空間で実際に痛みを感じるのは大問題だろう。



「御崎さん、ちょっと」


 俺は断りを入れ、御崎さんの二の腕を軽くつねる。


「……そういう性癖ですか」


「いや、違います。痛みは感じますか?」


「そりゃ、二の腕をつねられたら多少は痛……」


 御崎さんも気がついたようだ。あまり表情を崩さない彼女が、珍しく焦っている。


 リスティア・ライトの楽しみ方は人それぞれだが、やはり冒険がメインだ。冒険の中でも、襲い来るモンスターとの緊迫感があるバトルが大きな特徴でもある。


 この仮想空間があまりにも現実世界と変わらない感覚なので、気がつくのが遅くなってしまったが、このままの状態だとバトルでの安全性に欠けてしまう。VRMMORPGでの戦闘で衝撃は受けるのはセーフだが、痛みを感じる設定にするのは法律で禁止されている。


「現実世界と変わらない痛みが生じるということは、戦闘はできませんね」


「はい。被ダメージ時にショック死に至る可能性があります」


「もう……僕はすでに……ショック死に至りそうです……」



 フルスイングで股間を蹴られた平塚が感じた痛みは、残念ながら筆舌に尽くし難い。現実世界の彼の股間に異常が発生していないことを祈るばかりだ。



「御崎さん、一度ログアウトしませんか? このままでは危険が伴います」


「そうですね。プルハの洞窟は戦闘もありますし。一度戻りましょう」



 仮に致死ダメージを負ってしまうと、現実世界の自分の身体にどのような被害が発生するかわからない。平塚のような大ダメージを受けてしまうと、現実からログアウトしてしまう可能性だってある。


 戻ったら上司になんて文句を言ってやろうかと考えながら、メインウィンドウを表示させてログアウトという項目を選択する。

だが、タップ音は聞こえているのに反応している様子がない。


 

 無言で御崎さんの方を見ると、御崎さんも青ざめた表情でかぶりを振った。ログアウトを一心不乱で連打しているのだが、やはり反応しない。にわかに信じ難いが、メインウィンドウからログアウトができないバグが発生しているらしい。なんという致命的なバグだろうか。



 ログアウトの方法は三つある。メインウィンドウからログアウトする方法、死んでからログアウトする方法、そして、ボス戦が発生する部屋の前などに設置されている、中継地点のオブジェクトからログアウトする方法である。


 現時点でメインウィンドウからログアウトできないので、残る方法は死亡時のウィンドウか中継地点のオブジェクトの二つなのだが、痛みを感じる状態で死に至るのは怖すぎるので却下だ。つまり、なんとか生きて中継地点に辿り着くしか方法がない。



「まあ、序盤なのでそこまで強いモンスターも出ないはずです」



 根拠は全く無い。自分に言い聞かせるような口調になってしまったが、御崎さんも頷く。それに、俺達は職場からログインしている。あまりにもログイン時間が長ければ、不審に思った上司が何らかの対処をしてくれるはずだ。



 ……たぶん。



 悶絶気味の平塚もようやく立ち上がれそうな様子なので、とりあえずプルハの村に入ることにした。やけに重々しい木造の門が、まるで地獄への入口かのように感じてしまったのは、俺の心理状態のせいなのだろうか。

 






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