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第2話 「仮想空間にフル(チン)ダイブ!」

 ヘルメットに似た専用の機械を頭部に装着すると、数秒後には意識が混濁した。強制的に外界とシャットアウトされたような気分になり、少し不安になる。そこからさらに数秒後、自分の神経が仮想空間と繋がったのが感覚で理解できた。


 瞼に降りてくる光を合図にゆっくりと目を開く。すると、眼前に見たこともない景色が飛び込んできた。



「すげぇ……なんだこれは」



 どうやら俺は広大な草原のど真ん中に立っているらしい。鎧に覆われた象のような大型の動物が遠くに見える。嗅いだことが無い植物の香りが風に乗って鼻腔をくすぐる。降り注ぐ太陽の暖かさは全身に浸透し、俺がこの世界に存在する生命体なのだと実感させられる。素晴らしいの一言だ。



「さて、身体は動くのかな……」



 神経の接続ミスによる影響で、仮想空間内で身体が動かなくなるというのはこの業界では珍しくないバグらしい。試しに脚を動かしてみると、スムーズに力が伝わった。腕に関してもタイムラグを感じることなく、現実世界と変わらない感覚で動かせる。


 腕と脚どころか、頭部から指先に至るまで全く違和感を覚える箇所はない。身体の筋肉量も、現実の自分とほぼ変わりがない。まるで、ここがゲームの中の世界だということを忘れてしまうくらいだ。何も問題は無かった。



 ただひとつ、自分が全裸ということを除いては。



 本来ならば初期装備としてシャツとハーフパンツを与えられるはずなのだが、どういう訳か俺の格好はフルチンである。服の再現にタイムラグが生じたのかと思っていたが、待てども待てども一向に服が再現される様子は無い。


 人生初の仮想空間へのダイブで、五感より股間に問題が生じるとは思いもよらなかった。早すぎるバクの発生に内心苛立ちながらも、早速テキストメモを表示して「初期装備の不具合(全裸)」と、書き留める。


 それより俺の意思でないとはいえ、このラフすぎる格好は非常にマズい。「ちょっと暑かったからクールビズさ」などという言い訳が通用する露出度ではない。なにせ布の面積が皆無なのだ。何とかしないと、すぐに他の二人もこちらの世界にやってくる。


 着るものはないかと周りを見渡すが、さらさらと風に揺れる植物しか見当たらない。大きな葉を持つ植物なら何とかなるのだが、瞳の大きさほどの小さな葉しか無いようだ。「打つ手は無いものか」と悩んでいると、いきなり目の前に大きな光が落下し、そのまま弾けて散ってしまう。



 どうやら、遅かったみたいだ。




 成す術もなく小さな葉っぱを右手で握り締め、風に吹かれて呆然と立ち尽くすしかなかった。人間、諦めは肝心である。



「……壱岐さん、どうして裸なのですか」



 テキストを棒読みしたかのような抑揚の少ない声が、光が弾けた辺りから聞こえてくる。その方向をしばらく見つめていると、両手で空間を裂くようにして、御崎さんがゆっくりと現れる。御崎さんは全裸で放り出された俺と違い、生地がしっかりとした白いシャツに濃いグレーのハーフパンツという、ちゃんとした初期装備を身に纏っていた。


「御崎さん、聞いてください。僕は何も悪くないんです。気がついたら全裸だったんです」


「無意識でセクハラに走るとは、見上げた根性ですね」


「いや、だから違うんですよ。これは最初から……」


「上司に報告モノですよ」



 御崎さんの瞼が下がった少し眠そうな瞳は、こちらを真っ直ぐと捉えている。こういう視線、確かジト目というんだっけか。


「あの、あんまり僕の身体をジロジロと見ないでください」


「恥ずかしいならもう少し隠す素振りをしてください。で、その格好はバグですか?」


「わかってるんじゃないですか。僕に露出の趣味はありませんよ」

 

「……どちらにせよ、上司の方々に報告ですね。酷いバグです」



 なるほど。何にせよ、上司には俺の裸が報告されることになる。不可抗力とはいえ、いきなり裸体を同い年の女性社員に見せつけたという噂はダイブ班だけに留まらず、社内を泳ぎ回るだろう。どんな尾ひれが付くのかもわからない。これからこの会社でやっていけるのか早くも不安になった。


 それにしても、カリムスの技術力には驚きである。目の前に広がるフィールドの精巧さもそうだが、御崎さんの容姿が現実世界と全く変わらないのにはたまげた。顔や身体の形だけならともかく、茶色がかった柔らかいボブヘアーもそのまま再現されているのはどういう技術力なのだろう。もっとも、容姿も髪型も後から自由に変更できるらしいが。



「まあ、服は後で一緒に探しましょう。それより平塚さんの到着が遅いですね」


「そういえばそうですね」



 ここで平塚において記しておく。平塚とは大学が同じだったので、気心が知れた仲である。親友というよりは悪友と言ったほうが正しい間柄だろう。大学の頃は常に一緒にいたが、お互いに蹴落とし合うような仲でもあった。


 俺がテスト勉強の範囲が分からないと嘆けば平塚は嘘の範囲を教え、平塚が筆箱を無くしたと嘆けば俺がシャーペンの芯だけ投げ渡す。そして最後はくだらない言い争いに発展するのがいつものパターンだ。


 この関係は今でも続いているので、社会人になったというのに、平塚と一緒に居ると未だに学生気分が抜け切らない。俺と平塚の低レベルなやり取りを、御崎さんに冷ややかな眼差しで射抜かれた数はもはや数え切れない。



 それにしても本当に遅い。成松さんは別の業務があるのでこちらの空間には一時間ほど遅れて来るらしい。だが、平塚は俺と御崎さんと一緒にログインしたので、そこまで時間差が生じないはずだ。しばらく草原で立ち尽くしていると、俺と御崎さんの間を割るようにして大きな光の玉が落ちてきた。



 ーー俺が全裸ということは、なぜだか平塚も全裸な気がする。



 そんな嫌な予感を抱きながら、目を凝らす。消滅していく光の中から現れた平塚は、予想通り全裸だった。 



 御崎さんも全裸ならば、まだこちらのテンションも上がるのだが、互いの毛穴も見飽きたというほど行動を共にした男同士で全裸になったところで何も嬉しくはない。


 なぜか絵画【ヴィーナスの誕生】のような美しいポーズで静止していた平塚は、俺を見つけるとようやく薄く口を開いた。


「おお晴明……なぜお前は全裸なんだ。目覚めたのか」


 サラサラとした長めの黒髪を手で掻き上げながら、呆れたように言う。


「言っておくが、お前も全裸だからな」



 俺の言葉を聞き、自分の股間付近を確認した平塚は、股を閉じて腕を交差し、身体を丸くした。


「嫌! 見ないで!」


 見ないでもクソも、こちらとて見たい訳ではない。


「気色悪い反応をするな。恥じらいすぎだろう」


「壱岐さんには恥じらいが無さすぎです」


 御崎さんが、呆れるように呟く。


「だってこの状況で足掻いても服が落ちてくる訳でもないし、仕方ないじゃないですか」


「それはそうですが……。全裸で仁王立ちは流石に順応性が高すぎるのでは」


「御崎さんが悲鳴を上げたりすれば流石に俺も隠しますが、なんか普通そうなので」


「ああ、そういうことですか。中学生の弟がいるのでお二方のサイズであれば見慣れているだけですよ」


 

 御崎さんの無慈悲な言葉に、思わず固まってしまう。


 そのサイズは見慣れています、だと?


 俺と平塚と、中学生の弟が、同じサイズだというのか。


 決して自分のものが大きいとは思ってはいなかったが、小さいとも思ってはいなかった。だが、中学生と同じサイズということはとても小柄なのでは……。平塚も、御崎さんの宣告を聞いてわなわなと震えている。



「「見ないで! お願いだから見ないで!」」



 途端に恥ずかしくなり、身体を丸めてしまう。


 違う、本来の俺のサイズではない。現実世界の俺のものはもっと大きかったはずだ。そうだ、これはバグで縮んでいるだけだ。きっとそうに決まっている。テキストメモに「男性器(サイズの不具合)」と記しておかねばなるまい。


 しかし、御崎さんに勘違いされたままでは男として何か負けたような気分になる。だからといって「現実世界の僕のものはもっと大きいから確認してくださいよぉゲヘヘヘ」なんて言ってしまえば、本当にセクハラ訴えられてしまう。つまり、どうしようもないのだ。



 こうして、広大な草原で全裸の男二人が恥じらうという地獄絵図が完成した。




 数分後、俺と平塚はなんとか気を取り直し、トボトボと御崎さんについていくように草原を歩いていた。芝生を踏みしめる感覚が直接伝わってくるのは驚いた。初のテストプレイなので、改善点だけではなく良かった点も伝えなければならない。



「なあ、最初の村に行けば服くらいあるよな」


 テキストメモに記入をしていると、隣を歩く平塚が少し元気の無い声で問い掛けてくる。


「多分な。このゲームは豊富な服装もウリにしたいとマネージャーが言っていた気がする」


 豊富どころか、服装が与えられていない状態なのでイマイチ説得力に欠けるのだが、今の俺達はマネージャーの言葉を信じることしかできない。


 それにしても、美少女を先頭に全裸の男二人が付き従う光景は客観的に見てかなり危ない。これがテストプレイで本当に良かったと胸を撫で下ろした。





 心地よい風が吹く草原をしばらく歩いていると、人為的に整備されたような砂利道が見えてきた。どうやら最初の村が近くなってきたようだ。俺と平塚は日頃の運動不足がたたり、少し息が荒くなってきている。


「この仕事、凄くハードだぞ……」


 平塚の言葉に頷きで返す。俺も平塚も運動が苦手な訳ではないが、学生時代に運動部に所属し、爽やかな汗を流す部類の人間でもなかった。


 それに比べて、御崎さんは息一つ乱す様子が無い。少し早い歩行速度を一切落とさないことから察しても、普段から歩き慣れているのは間違いだろう。



「村の入口が見えてきました」



 御崎さんが立ち止まり、振り返ることなく言葉を発した。



 前方に、大きくそびえ立つ木造の門が見える。門自体は細い柱を組み上げた櫓のような形なのだが、肝心の開閉部分は大きな丸太を横に並べたような造りになっていて、重量も強度も申し分無さそうだ。門の上部にはこの村のシンボルであろう赤い旗が見え、どこか誇らしげに靡いている。



 事前に聞いている情報によれば、ここがリスティア・ライトでプレイヤーが最初に辿り着く場所であるプルハの村らしい。今回のテストプレイは、このプルハの村の中と、最初に請け負うクエストの目的地であるプルハの洞窟の最深部までが対象だ。



「門は固く閉ざされていますね」



 平塚が門に近づき、丸太の部分をとんとんと拳で軽く叩く。てっきり開放されているものだと思っていたので、俺達はどうしたものかと首を傾げた。


「すみません、誰かいませんかー!」


 大声で問いかけてみるが反応はない。CPUに人の気配というものがあるのか不明だが、誰かがいる気配も全く感じられなかった。


「これは、致命的なバグなのでは……」


 致命的なバグで衣服が消失している平塚が、深刻そうな表情を浮かべる。


 もしかすると、露出狂が二人もいるパーティーが近付いてくるという警報が発令され、門を閉ざされているのかもしれない。


 CPUの一人一人にも人工知能が搭載されているらしいので、ある程度は人間と変わらない思考回路を与えられているはずだ。仮に、CPUにも不審者を警戒するという知能があるとすれば、俺と平塚は間違いなく警戒に値する格好である。


「平塚、俺達の格好が問題なのかもしれない。とりあえず恥部に葉っぱでも巻いておくか?」


「おいおい。股間はデリケートなんだから、得体の知れない葉っぱで巻くのは危ないぞ」


「確かにそうだな……勝手がわからない未知の世界で迂闊な行動はできねえな」


「……非常識な格好で常識的な話をしないでください」



 そんなやり取りを繰り広げていると、門の中からガタガタと大きな音が聞こえた。何事かと驚き、そのまま様子を窺っていると、いつの間にか櫓のてっぺんに、弓を装備した屈強な男が立っているではないか。


「おい、貴様ら。この村に何の用だ?」


 威圧するような声色で、問い掛けられる。二の腕の筋肉がやたらと発達した男は、一目で弓矢の扱いに長けている者だと判断できる。


 対する俺達は丸腰、うち二人は丸裸だ。返答を間違うと、確実に射抜かれる。

 



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