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9.

 菅生には量産と、製品チェックの仕事を回した。そこそこ働いてくれた。だけど、中間ポストを宛がったら、ちょっと面倒くさくて、下の女の子にダメ出しのためのダメ出しをするようなせこいところがあって、参ることもあった。まあ、頭の良い子が多いので、そこは菅生を立てた形で、皆テキパキと仕事をしてくれた。でも、ずっと菅生の下でストレスがたまるのも気の毒だし、菅生には少し偉い部署が必要なのだ。そうしないとたぶん働かない。それもなんとなくわかっていた。


 新卒の成道麗望いう女の子が入って来た。「麗望」と書いて「レモン」と読ませる。すごいキラキラな名前だな、と思った。みんなに「レモンちゃん」と呼ばれて、いつもニコニコ、キラキラしいているような女の子だった。

 その新人ちゃんは、菅生の下に配属するために雇ったようなものだった。仕事がバリバリにできる人にとって、菅生の面倒くささは毒になるから、ツーカーでは動けないのだ。働ける人にはちゃんと理にかなった形でさくさく働いて欲しい、とあたしは思っていた。

 レモンちゃんはまだまだ夢見る女の子みたいな雰囲気だったし、素直なら、菅生の言うことも素直にこなせるんじゃないかな、と思っていたのだ。

 それからしばらくの間は、特にトラブルもなく、つつがなく毎日が過ぎて行った。


 レモンちゃん入社から一年くらいの頃だろうか。

 ぶらりと帰って来た恭介が、

「ね、レモンちゃんって、どんな子?」

 と聞いたので、あたしは固まった。

「なんで知ってるの?」

「なんで、って、おれの会社じゃん」

 と恭介の中の悪魔が笑った。

「あ、スガオが何か言ったのね?」

「ぴんぽ~ん。あいつ、恋してるぜ」

 やばい、とあたしの中で警報が鳴った。

「ね、もう、見せしめとかやめてね。今は会社が第一でしょ? わかってる? このマンションだって、何だって、会社があって仕事があって、仕事をちゃんとやってくれるスタッフがいて、神様のお客様がいて下さるから成り立ってることなのよ」

「ふ~~ん」

 と恭介がつまらなそうに言った。

「おい、サナちゃんが、乗り移ってるな」

 あたしは背筋がぞぞ~~っと寒くなった。

「ちょっと! あんなまだ世間も知らないような、キラキラした子傷つけたら、あたし、噴火するからね!」

 とあたしは恭介に迫った。

「お。妬いてるの?」

「はあ? ばかじゃないの?」

「じゃ、妬けよ」

「何よそれ」

 こういう時でも、恭介はあたしの芯を刺激してくる。あたしは、まずいと身構えた。あたしにとって、今一番大事なものは、サナちゃんの方だし御殿の方なのだ。

「やめて!」

 あたしはきっぱり言うと、そこにあったソファを投げつけて、自分の部屋に入って、鍵を閉めた。

 でもそんなことでは、恭介の悪魔を抑えることはできなかったのだ。


 レモンちゃんのミスが増えるようになったらしい。いつもレモンちゃんにていねいに仕事を教えていた菅生のため息がときどき聞こえるようになった。

「あれ? これじゃあ、数が合ってないしょ」

「ごめんなさい。あたし、数字に弱くて…」

 そんなやりとりが聞こえてくるとあたしは、心配した。レモンちゃんに強くなって欲しいとあたしは祈った。

 菅生のイライラがあたしにも伝わってくる。あたしは菅生に説教をするのは避けたかった。でも、注意せざるを得ない状況になってきた。

 そんな憂鬱が押し寄せているところに、レモンちゃんが無断欠勤した。

 やれやれ、面倒くさいことになるといやだな、と思った。

 菅生は焦り、レモンちゃんに連絡してみるのだけれど、連絡がつかない。

 彼女は自宅通勤だったのだけれど、家にいないことがわかり、嫌な予感がしてきていた。

「彼女、今日必要な書類を持っていたんです…」

 と菅生が言って来た。

「パソコンを探してみて、書類だけなら、どうにかなるんじゃないの?」

 とあたしは言った。

「それが、ファイルの新しいのは彼女が持っていて…、数字が違っていた場合、やっかいなんで…」

 どうたらこうたらどうたらと菅生がいろいろ言い訳した。で、最後に…、

「あの…、黒澤さん…、あ、黒澤さんって、恭介さんの方ですけど、今日はどちらでしょうか?」

 あたしはオフィスでは黒澤さんと呼ばれていたので、ややこしい。

菅生が意味深なことを言うので、あたしは「え?」となった。

「成道さんと、昨日の夜一緒だったのですが…、そこに黒澤さんがやってきて…。心配だったんですが…、昨日はぼく、ちゃんと成道さんを成道さんの自宅まで送って行きました」

 菅生が何が言いたいのか、だんだん察しがついてきた。

「ちょっと失礼」

 とあたしは言い、席をはずしてすぐに恭介に電話をかけた。

「あんた、今、どこにいるの?」

「え? 家だよ」

 と恭介が言った。

「何やってるの?」

「何って? 何もやってねえよ」

 で、電話は切れ、あたしはピンときた。

「すみません、ちょっと席を外します」

 あたしはムカムカする気持ちを抑えて、抑えて、タクシーを拾い、自宅に向かった。自宅までは十分もかからない。

 マンションに着いて、玄関を開けると、思った通り、クリームイエローのハイヒールがあった。あたしはそっと玄関から上がり、居間までの廊下を静かに歩いた。

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