7.
あたしは次になんと言ったらいいのか、まったくもってわからなかった。
「でも、しょうがないや。けっきょく、黒澤さんは学校続かなかったみたいだし。さっきわかったけど、ここも辞めたらしいんだ。なんでもそうなんだ。続けるってことができないんだよ」
菅生が知ったような顔で恭介論をぶってきた。
「高校も中退してさ、通信で卒業はしたみたいだし、美大にもコネで入ったらしいけど、けっきょく続かなくて、退学して、それからこの学校に来たみたい。それだって、たぶん、ぼくが行こうと思ってたから、じゃ行ってみようかくらいなノリだと思うよ」
なんか、あたしはだんだんむかついてきていた。
「ずっと女ぐせ悪くて、一人の女性と続いてたこともないし。破滅型ってやつだよな」
少し嘲笑がもれた。
あたしの心の奥の方から、ものすごく冷たい氷山のとんがった部分が顔を出した。
「あの…。悪いけど、あたし、キョースケと結婚することにしたの」
とあたしは何の抑揚もない声で菅生に宣言した。
「は?」
菅生の顔の上の部分が、どよんと暗くなった。
「女ぐせ悪いかどうかよく知らないけど…、まあ、結婚なんてただの決まりごとだし、ただ男と女が法律上で夫婦やってますってだけなんだし、固く考えない方がいいかな、って思って」
恭介のセリフがするすると口から出た。
それから、ほどなくしてあたしも学校を辞めた。サナちゃんが、
「デザインとか、洋服作ることしたいんだったら、もう実践した方がいいから」
ときっぱりと言ってくれて、あたしは恭介の新ブランドを手伝うことになったのだ。
学校を辞めて、あたしたちはすぐに結婚した。軽井沢の小さい教会のあるホテルやらなにやら、垣内さんが全部用意してくれたものだ。
母に恭介を紹介する時は、なんだかうれしかった。母は素直に喜んでくれた。恭介は一応、「娘さんを下さい」って芝居のつもりか? 一緒にあたしの実家に行ってくれて、夜にはすかりシラケて、どこかに遊びに行ってしまったけれど、あたしは悲しくはなかった。
あたしは母が喜んでくれるように、あたしが幸せだということを、わかってもらえるようにした。
結婚式当日。あたしは一応、女の子だったから、それなりにうれしかった。垣内さんは「地味」って言っていたけれど、なんとなしに描いていた結婚式よりかなりゴージャスだった。恭介は、まあ喜んでるって感じではないにしても、その日はあたしを主役にしてくれて、まるでホストみたいだった。
女の扱いに手慣れている、と言ったらいいのだろうか。ロマンチックな感じを作ってくれて、でも、あたしは恭介の本性を知っていたし、サナちゃんが「信じるな」と釘を刺してくれたように、恭介の中の男の部分は信じないようにしようと、自分に言い聞かせた。
きれいな格好をして、少女漫画に描かれているような、いちゃいちゃが楽しかった。
思ったとおり、菅生と菅生の兄ちゃんも式に呼ばれていた。でも、菅生は一度もあたしに目を合わせなかった。恭介はキャンドルサービスで菅生の席に行ったら、これ見よがしにあたしにからんできた。恭介の残酷なところがわかり、どぎまぎした。でも、それがあたしの残酷な心も刺激して、引き出した。あたしは恭介だけを見つめ、きっと菅生がそこにいるからなおさらに、幸せな気分が心に満ちて来ていたのだ。
人間ってほんとにきたない、と思う。
あたしは、目に見え、手に触れるきれいな物だけを追うことにした。
恭介は「慣れていこうぜ」と言った。あたしの女の子の部分は恭介に焦がれるようになった。結婚という契約をして、あたしは悪魔に魂を売ったのか? そうかもしれなかった。
恭介の新ブランドは「シルバー・スパイダー」で、銀色のクモのロゴ。「ゴールデンウィドウ」より少しカジュアルにして、男性ものも扱う。若いカップルに合うように、ベビー服も子ども服も扱う。ちょうど、ファッションの流れに沿ってできたような、冗談のようなブランドだった。
恭介はまったくのお飾りだった。ただ、黒澤早苗というビッグアイテムの息子ってだけ。ロゴの一部のようなものだった。
あたしはずっと生地というもの自体が好きだったから、テキスタイルの良さもわかった。キョースケがときどきテキトーなデザイン画を持って来てあたしに渡すと、生地も裏地も生地自体の性質も考えた上でお洋服までの道のりが浮かぶのだ。デザイン画は何でもよかった。それに手を加えてお洋服にする工程が楽しかった。
「経営のことは、だいたい教えるけど、こういうことは、そう簡単にうまく行かない。大元はこっちで仕切るわ。直接の人間関係は大事。それに、お客様は神様。よく言ったわね、昔の人は」
とサナちゃんが言った。
「実際の製品とかも、こっちで仕切るから。あなた、デザインとか具体的なことをやってね。少しこっちとテイストの違う物を作ってね。できるでしょ? キョーコもデザインはするのよ。わりとセンスいいし」
そうかな? テキトーだけど、とあたしは思った。




