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11.

「ね、わかってると思うけど、あたしはただの甘い親バカなの。キョーコとのことだったら、楽しい報告だけにしてね」

 はあ? あたしは、「この親にしてこの子あり」って言葉を忘れていた。

「あたし、面倒くさいことは聞きたくないのよ。仕事のことだったら別だけど…。あ、レモンちゃんてお嬢さん、交通事故だって? その話はもう届いてる。あなた、今日は、ここじゃあなくて、まずそこにお見舞いに行くべきだったんじゃないのかしら」

 おいおい、この人までがあたしに非難オーラかよ。あたしはどこにも向けられない怒りをもてあましていた。

 サナちゃんは、ぐいっとワインを飲み干して、二杯目を注いでもらった。

「悪いけど、お料理来たら、席外してね。あとは、手酌にしますから」

 とウェイターに告げた。

 その間、あたしは一言もしゃべれなかった。

「あのね、あたしは父が好きだったの」

 しばらく黙ったままで料理を食べていたら、唐突にサナちゃんが話し始めた。

「あたしが生まれた所でね、高校の先生をしていてすごくまじめな人だった。家はそんなに貧しいってほどじゃないけど、裕福でもなかったわね。まあ、普通の家庭だった。母はけっこう強い人でね、だんなの稼ぎとかに満足していなくて、チクチクイヤミを言うような女で、昔は、あたしは母の方が嫌いだったの」

 なんなの? あたしに口止めしておいて…、とあたしはむくれていた。

「ある日、そんな父が失職したの。それが、笑えるんだけど…。駅で盗撮しようとしたって…。女子高生のスカートの下から…」

 サナちゃんはあたしの目を見なかった。ただ、お料理を突っついて、まるでそこにあたしがいないような感じで、ただ話し続けていた。

「したんじゃないの。しようとしたってだけ。でももう、それで、そこには住めなくなったわ。弟も二人いたし…、母はそれから、仕事とか探さざるを得なくなって、まあ、いろいろあったけど、弟たちとは今は音信不通。探したいとも思っていないけどね」

 何? 重い話? どっど気分が暗くなった。でも電話したのはあたしの方だし、今席を立つ勇気はなかった。

「今になって、ときどき思うのよ。父の息抜きは何だったのかしらって。本を読んだり囲碁をしたりして、いつも眉間にしわ寄せているような静かな人だったの。その事件があってからは、なんかずっと騙されていたような気がしてね。ずっと父のこと恥ずかしくて、情けなくて、怒って、恨みに思ってきたんだけどね。この年になってみるとさ、別に、高校生の下着の写真撮ろうとしたからって、何かしたわけでもないし、そんなに世間で汚い物触るみたいにされなくたって良かったんじゃないかな、って思うようになってきたの。そんなことで済ませたんだから、分別があったって言ってもいいんじゃないのかしらって。父は真面目にいつでも学校のこと、生徒のことを考えていたし、人望もあった。その一回の失敗ですべて失ったわけ。ただ、教育者だったから、許してもらえなかったのね。そんなこと、許されちゃう世界なんかどこにだってあるし、たまたま見つかったって出来事よ」

 ここで、サナちゃんは、あたしの目を見て言った。

「世間の人って厳しいわよ。何か一つでも突っつけることがあるとね、日ごろのうっぷんをその一点に全部突っ込んでくるの。堂々と、だれにも胸を張って突っつける所を皆でいつも探してるのよ」

 あたしはただその目を見つめているしかなかった。 

「あなたのこと、家族だと思うから、言っておく。それだけ」

 そう言うと、サナちゃんは、伝票を持って席を立ちかけて、

「キョーコはしょーもないヤツだけど、あたしにとっては宝石なの。今はあんたにあげたんだから、あんたが好きなようにしなさい。家族を下りるならそれでもいいし」

 そして、レストランから出て行った。

 あたしの食欲は失せた。

 虚しくてどこにも力が入りそうもなかった。ただ、ワインがじんと身体に沁みてきて…、お見舞いに行かなくちゃって思った。レモンちゃんの所に。


 レモンちゃんが入院している病院では、菅生が神妙な顔をして病室の外に座っていた。あああ、ほんと、もう、まったくサイテーの日。

 でも、これだって恭介が仕組んだことだし、泳がせていたあたしにも責任がある。あたしは菅生の上司なんだし。

「お疲れさま」

 とあたしは声をかけた。

「あ、どうもすみませんでした」

 と菅生があやまった。

 あたしがドギマギしていると、

「昨日、成道さんを家に送り届けるだけじゃあ甘かったんです。今朝もぼくが迎えに行くべきでした」

 と言った。

あたしは返事に詰まった。今日は人の話を聞く日か?

「ずっと、黒澤さんにも、悪いと思っていました」

 は? と思った。その、あたしの顔を見て、

「あ、黒澤さんって、つまり奥さん、あなたのことです」

 と言うのだ。

「もう昔のことですけど…。あの学校時代です。ぼく、黒澤さんっていうか…、紀衣子さんのことなら、落とせるんじゃないかな、って高をくくっていたんです」

 口あんぐりだった。

「だって、真面目そうだったし、学校一ダサイって言ってもいい感じだったし、失礼ですけど男性とお付き合いするとかそういう雰囲気なかったですから。堅実に家庭を作ってくれる感じの人か、と勘違いしていました」

 さらに口あんぐりだった。

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