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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
71/85

第七十話 取引

「そりゃ駄目だ。ヤメな、悪いことは言わない」


 どうして先生まで。

 先生ならわかってくれると思ったのに。

 彼女の何がいけないんだ。

 今の話でどうしてそう言える。

 彼女の何を知っているって言うんだ。

 なんで皆は彼女のことを嫌う。

「・・・悪魔との取引って言いたいんですか?」

 ナガミネは言った。

 彼女と何かをやり取りするということは悪魔との取引だって。

 先生にはマイコちゃんとナガミネの話はしていない。

「この程度でそんなことは言わないけど、確実に良くない方へ傾くだろうね」

「何を根拠に?これまでだって彼女には何度も助けられたんです!」

「それが彼女の欲得の結果の偶然だとしてもかい?」

「そんなはずありません」

「なんでそう言える?」

「・・・仮に、万に一つそうだったとしても・・・助けられたのは事実です」

「なるほど・・・そうか、わかった。この子はかなり美人だろ?しかも君の好みだね。恐らく瞳が大きてパッチリしてて、やや丸顔で対人は穏やか、一見清楚で、真面目に見える。話の内容から胸も大きそうだな・・・」


「関係ありません!」


 生まれて初めて吠えたかもしれない。

 しかも先生に対して。

「図星か」

 彼女の何がわかるんだ!

 来たのが間違いだった。

 あのまま帰っていればよかった。

 初めて話すのに。

 どうして、そんなに・・・。

 駄目だ、帰ろう。

 このままだと先生に暴言を吐きそうだ。

 もういい!

 先生も所詮は他の大人達と同じだ!

 何も知らない癖に知った風に言う!

(もう塾も辞めだ!もともと書道なんて興味ない!)

 立ち上がろうとすると、先生が機先を制する。

「まー座りなよ」

 立ち上がり損ねる。

「したら終いだよ・・・」

 先生はまるで静かだった。

 静寂そのもの。

 僕の失礼な言動にも動じていない。

「簡単には思ってません」

「思ってるね」

「思ってません!・・・とにかくスズキが全部悪いんだ。スズキなんだ!」

「あのさ・・・スズキ、スズキって、その先生ってどんな先生なの?」

「女子にセクハラをしまくっている痴漢人間ですよ!最低なヤツです!」

「そうじゃなくて外見的特徴を教えてよ」


 僕は思いつく限りの情報を先生に言った。

 出来るだけ偏らないように。

 背が高く痩せぎすで、ふち無しの眼鏡をし、一見表情は穏やかなんだけど、いつも半眼で活気がなく、授業中も独りごとのように喋り、眼の奥で何か別のことを考えているような人だ。不意に別な思いが湧いた。

(でも男子からの評判はそこまで悪くなかった・・・)

 何せ他の先生みたいにガヤガヤ口煩くもない。

 授業以外の話には意外に乗ってくれると聞いたこともある。

「スズキ先生って仕事嫌いなんだろうな、普通に話すと凄い面白くて俺好きなんだよ」

 そんなことを言っていたヤツもいた。マキだったか?

 まさか女子に対してあんなことをしていたなんて知らなかった。 

(騙されているんだ)

 僕はそれらを黙った。

 スズキ先生の特徴を言いながら、ある思いが湧く。

(僕はスズキの悪い面ばかりを言っている・・・)

 先生は目を閉じ噛みしめるように聞くと首を傾げる。


「スーさんだな・・・」


 スーさん?

「下の名前は?」

「・・・知りません」

「マーちゃん何高だっけ?」

 何を今更。

「富高です」

 虚空を見つめ何かを探っている。


「はは~・・・わかった。やっぱり君らは運がいいね!」


 意味がわからない。

 どういうことだ。

「解決だよ」

 笑っている。

 いやいやいや、サッパリわらかない。

「どういうことですか」

「スーさんなら僕の弟子だったことがある。まだ、そんなことやってたのか、困ったもんだね・・・」

「え、弟子だったんですか?」

「ああ、昔ね」

「でも下の名前を憶えてないですし、人違いかも・・・スズキさんって人は多いから」

「いや、間違いないないよ」

 どうしてそんなことが言えるんだ。

「仮にそうだとして・・・なんでそれが解決なんですか?」

「この件は僕に任せてくれないかな」

「え?」

「僕も無関係とはいかなくなったよ」

「え、ちょっと待って下さい。意味がわかりません」

「僕に任せるのか任せないのかハッキリ言って欲しいね」

「え、ですから意味が!」

「意味なんてどうでもなんていいんだよ。彼は僕の元弟子で僕にも関係がある。それで充分じゃないか。後は君が腹を決めるだけだ。そのナメカワとかいう狡猾な女の言いなりになるのか、レイちゃんの思いを踏みにじって格好つけて乗り込むのか、僕に委ねるのか、どうなんだい?」

 え、え、え、わからない。

 どうしてそうなったんだ。

 どういうことだ。

「ナメカワさんは先生が思うような悪い人じゃありません。本当に彼女はいい子なんです・・・それだけは判って下さい・・・」

「誰が悪いなんて言った?狡猾な女だって言っただけだ。つまり打算的なわけだけど。言い方を変えれば頭がいい。自分にとって何が得で何か損かわかって行動しているだろうね。人心掌握術に長け、誰を操縦出来るかよくわかっている。君に何か求めるものがあるんだろうな。それが欲しくて君に取引を持ちかけているわけだ。ところが君は御し易いように見えて物事がわかっているから苦戦していたんだろう。自分のことに特に鈍感な面もあるのが幸いしたんだろうな。ところが彼女にとっては好機到来だ。つけいいる隙を見つけてココぞとばかりに入り込もうとし、まんまと成功寸前までいっている」

「・・・それって悪いって言いたいのと同じじゃないですか」

「とにかく枝葉末節はどうでもいい。任せるのか任せないのかハッキリ言ってもらおうか」

 どうする。

 どうして先生が解決出来るのか全く理由がわからない。

 でも先生がしてくれるなら、これほど心強いことはない。

 でも、理由がわからないことには・・・。

 そもそもスズキが先生の言うスーさんとは限らないじゃないか。

 先生は度々勘違をするし。

 どうする・・・。

 先生は目を閉じ、僕の一言を待っている。


「お願いします・・・」


 口が動いた。


「わかった」


 先生は目をあけ僕を見ると力強く頷く。

「ただし君は一切関わるな。それと僕が何をしようと口出し無用だよ。君が一言でも口を挟んだら僕は全てをぶち壊すからね。レイちゃんにも学校を辞めてもらうしスズキさんにも辞めてもらう。僕も責任をとる」

「え、え、え、先生がどうして・・・理由を聞かないことには・・・」

「理由は求めない!じゃあ、もう一度だけ聞くよ。最後のチャンスだ。これで決めたら君は一切の疑問を捨てな。受けに徹する。そして彼女にも僕にもスーさんにも今後一切理由を聞かないこと。詮索しないこと。それを守れないなら僕は何もしないよ。もし君が詮索したら全てをぶち壊すからね。君ならわかってるだろうけど、僕は言ったら絶対にやるよ」


 無茶苦茶だよ!

 どうすれば。

 どうすればいいんだ。

 何をしようっていうんだ。

 先生は何を考えているんだ。

 関係があるって、先生とスズキの過去に何があったんだ。

 何もわからないのなら判断出来ないよ。

 もう少し情報を教えてくれてもいいのに。

 こんなことならナメカワさんの方がいいんじゃないのか?

 今なら間に合う。

 彼女の笑顔が浮かんだ。

 でも・・・。

 でも・・・先生なら・・・。

 先生なら・・・。


「わかりました・・・」


 疑問は一杯ある。

 理由も聞きたい。

 でも・・・それで彼女が救われるなら。

 僕が聞かないことぐらい安いものだ。

 レイさんを裏切らなくて済む。


「そうこなくっちゃね」


 先生は子供のように破顔した。

 なんで笑える。


「君がもし受けなかったら破門にすることろだったよ」


 笑っている。

 何が可笑しいんだ?

 何もかもがわからない。

 でも・・・。

 どうしてか僕の全身から力が抜けた。

 身体が感じたんだ。

(もう大丈夫だ)

 そんな感覚が一気に満たす。

 なんの根拠もない。

 でも、大丈夫な気がした。

 涙すら滲んでくる。


「安心するのは早い。君には一つ仕事がある。明日、彼女の家に案内して。三人で登校しよう。それでスーさんに会わせてくれれば君の仕事は終わり。後は沈黙するだけていい。言っとくけど簡単じゃないよ沈黙するのは」


(それを先に言ってよ!)

 昨日の今日でレイさんが登校するとは思えない。

 そもそもいないかもしれない。

 行っても会えないかもしれない。

 万が一に登校を承諾してくれたとしても今は停学中だ。

 うちの学校の卒業生でもない先生が学校には入れない。

 ましてやスズキ先生が、先生のいうスーさんとは限らないじゃないか。


「でも先生・・・」


「言ったよね・・・質問は無しだ」


 静かだけど怖いぐらいだった。

 言葉を間違ったらただでは済まされない。そんなものを感じた。

 何時だか先生が言った。

 取り返しがつかない一言もあり得る。


「わかりました・・・」


 わからない。

 でもわかった。

 一切の疑問を捨てる努力をしよう。

 それが僕に課せられた唯一の仕事。

 何一つうまくいく理由が思い当たらない。

 レイさんが断ったら終いだ。

 そもそも朝いるかもわからない。

 仮にいても会ってくれるとは限らない。

 学校へ行くのに同意しても学校に入れなかったら終いだ。

 先生の時代と違って外部の人が学校に入るのは難しいんだ。

 奇跡的に入れても今日みたいにスズキに会えなかったら終い。

 そもそも会っても人違いだったら意味がない。

 仮に会ったってどうにもならないだろ。

(どうにかなる理由がない!)

 あー受けるんじゃなかった。

 僕はとんでもない過ちをしでかしたのかもしれない。

 ナメカワさんなら確実に事態を収集できたかもしれないのに。

 元弟子って言うだけで、部外者であることには変わりがない。

 可能性なんて何もないじゃないか。

 どうして僕は受けちゃったんだ。


 震える。


 レイさんと先生、そして僕は今同じ船に乗っている。

 船は出た。

 もう戻れない。

 沈む時は一緒なんだ。

(そうだ・・・この二人と共に沈むなら何の後悔もないじゃないか)

 沈むなら沈むがいい。

 その時は僕も学校を辞める。

(よし!)


 この日、僕は嘘みたいにぐっすりと眠りに落ちた。

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