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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
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第六話 ファースト・コンタクト

 先生と一緒に作戦を練った。

 あの翌日、声をかけようとした時にふと”あれ?”っていう感じが湧いた。これが先生が言っていたダメなヤツだろうか。それとも。

(そもそも目すら合わない人に何を話せばいいのか)

 そんな思いが湧いた。会話のネタがない。

「僕は君の格好が気になって付け回していたんだけど、なんであの幼稚園の前にいるの?なんで全身黄色づくしなの?誰を待っているの?援交しているって噂があるけど?」

 なんて聞ける筈がない。

 これじゃ単なるストーカー宣言だ。

 男の自分ですらそんな入りだったらゾッとするだろう。女子なら尚更だと思う。


「怖気づいたね」

 先生はケタケタと笑った。

 ドキッとしたということは図星なんだろう。でもこの先生にこう言われても腹がたたない。実に無邪気に笑う。子供のようだ。

「コレって怖気づいたってことですか?」

「いやー悪い悪い。君の言うことは最もだよ。僕もね、どう声かけるのかなって思っていたから」

 先生は僕に一つの作戦を授けてくれた。

「え、待つ?」

「見ていれば必ず機会というものは訪れるよ。そういう瞬間は早々は訪れないけどね。でも来る。その瞬間を捉えて逃さない。それまで待つんだよ。準備をしながらね」

 これが学校の担任が言ったのなら「何言ってんだ?」と何の説得力もなかったけど、先生の言葉には不思議と説得力があった。

「その時が来たら必ず声をかけな。キッカケっていうのは案外どうでもいいところから生まれるもんだ。誰しもが考えるような最もらしい部分からこないことがほとんど」

「それだとコレだってわからないんじゃないですか?」

 そうだ、そんな変化球のようなタイミングなんてわかるんだろうか。

「それがわからないようなら彼女のことをちゃんと見ていないということになるな・・・その時は潔く諦める」

 先生の言うことは時として難しい。でもわかったような気もする。

(準備か・・・準備って・・・なんだ?)

 会話の訓練が必要ってことだろうか。

 そういえば僕はあんまり会話が上手じゃないと思う。

(イメージトレーニングかな?・・・よし!)


 二日後、チャンスは本当に突然やってきた。

 

「これ二人で頼むわ」


「わかりました」「・・・」

 担任が男子の分は僕に、女子の分を彼女に届けるよう言った。

 全く意外なことに彼女は素直に応じるようだ。マキや他の女子から聞いた彼女の話しとは随分違う。他に手の空いた女子がいなかったから已む終えない風だったけど、当然のように無視するのかと思っていた。


 今まさに隣に彼女がいる。


 想定外なんてものではない。

 でもこれは・・・

(チャンスだ。これを逃したらもうないかもしれない。いや、でも・・・今回はまるっきり準備不足だし次にした方がいいかもしれない。先生はチャンスを待てって言ったんだし。待ってないし・・・)

 身体はガチガチ、頭もガチガチ、自分が何をしているのかよくわからなくなってきた。

 先生の言葉が脳裏を過る。

(機会というのはそうはないよ)

 でも口が動かない。

(怖気づいているんだ・・・先生の言う通り)

 そう思ったら急に全身の血の気が引いた。

(情けない)


「ふふ」


 その時、僕の後ろから微かに笑い声が聞こえた。

「手と足が同時に動く人って本当にいるんだ」

「え!?」

 振り返ると彼女が笑っている。

 いつも俯き、長髪が顔を覆っている彼女の顔が正面からマジマジと見える。

 間違いない。初めて正面から見たかもしれない。

「一緒に動いていた?」

 不意の展開に自然と声が出る。

「うん」

 笑っている。

「なんか緊張しちゃって自分でもどうやって歩いているかよくわからなくなっちゃった。あは」

「なんで?」

「いやー・・・」

 喋ろうとした瞬間、自分のしてきたことが頭の中を駆け巡る。そして、あるイメージがわく。それはフラッシュの中で手にタオルをかけられた僕が自宅から出てくる絵面。TVでよく見るあの光景。二の句が出なくなった。

(うわああああああ終わった。やっぱりイメトレを十分にしてからにすれば良かったんだ。今日じゃなかったんだ。台無しだ)

 激しい後悔の坩堝の中、僕は絶句してしまう。それがどれほどの時間だったのか自分ではわからない。彼女は顔を曇らせる。


「いつもごめんね」


 消え入りそうな彼女の声が聞こえた。

「え?」

 聞き返す間もなく彼女は僕の横を通り過ぎる。

 その時の彼女はいつも通り。前髪を垂らし無表情で隔絶した世界に生きているよう。

 その後、何がどうなったのかぼんやりとした覚えていない。マキらがいかがわしい笑みで僕を見ていることすらも全く気づかなかった。

 母さんの話だと、その日の僕はやけに上機嫌だったようだ。

 憶えていることといったら彼女のハープのような美しい声とあの笑み。

(天使だ!天使がいる!)

 彼女は僕が挨拶をしているのを気づいていた。

 声は届いていたんだ。

 ただ何もかも全てが突然動き出したようで整理がつかない。

 後悔と喜びと興奮で僕は軽いパニックを起こしていたが自分ではどうにも出来ないでいた。

 

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