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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
68/85

第六十七話 アンタッチャブル

 レイさんがスズキ先生に手を出す?

 あの動揺しないレイさんが。

 今まで先生方に対して一切動じたことの無い人が?

(そんなわけあるか!)

 手を出さざる負えないことだったんじゃないのか。

 何かあったんだ。

 何をされたんだ。

 彼女が一体何をした。

 どうして神様は彼女ばかりにこんな仕打ちをするんだ。

 だから僕は宗教なんて信じないんだ。

 こんな不公平が堂々と行われている癖に!


「私、疫病神だから」


 そんなことはない。

 そんなことあるもんか。

 先生が言ったんだ。


「顔を見てわかったよ。彼女は大変な人生を送ってきたんだろうね。もう一生分は軽く済んじゃったんじゃないかな。彼女はこれからだよ。今後も波乱の人生であることには変わらないんだろうけど、それを越えられるだけの精神的、才能的背景があるし、大きな枠組で運もいい。一般の人の三生分ぐらい生きられるんじゃないかな。今から老後の安らかで堂々たる顔や姿が目に浮かぶ。穏やかで、何を聞かれても『ええ、ええ』で終わり。多才って言うけど、僕はあんなに多くの才能がある人を初めて見たかもしれないね。是非とも弟子にしたいよ。今度連れて来て、絶対だからね。頼んだよ!」 


 彼女は越えられる。

 僕と違って。

 乗り越えられる。

 彼女は強いんだ。

 僕とは違う!

 だから絶対に大丈夫だ! 


 マイコちゃんから聞いた話は概ね彼女から聞いた内容と同じだった。


「スズキ先生を殴ったんだって」

「ああ女神さま・・・」

 マイサンズにナガミネも加わりあらましを聞く。

 僕はオグラ先生から聞いた話を言い、ナメカワさんから聞いたことは何故か黙っていた。

「マジかよ・・・」

 マキが眉をしかめる。

「そんな・・・レイちゃんがするはずない!」

 そうだよナガミネ。

 レイさんは度胸が座っているんだ。

 スズキ程度で動揺するはずがない。

「何かされたんだよ」

 僕は言った。

「どうしてそう思うんだ?」

「彼女は度胸が凄いんだ。スズキが束になってかかっても動揺するはずがない。一瞥して終わりだよ」

「言うようになったねオマエも」

 どうしてかマキは笑った。

「そうよ!」

 今にも叫びそうになりながらもナガミネは声を抑えて言う。

「まー・・・わからないでもないな・・・」

 お互いにとって釈然としない空気の中、マイコちゃんが怖ず怖ずと口を開く。


「あるかも・・・」


「どうして?」

「ナガミネさんは知ってる?スズキ先生の・・・あの噂」

「噂?・・・セクハラ大魔王?」

 ちょ、ナガミネ。

「そう」

 そうなの?

「何それ」

「あー・・・マイコ言ってたな。あれマジなのか」

「女子の間では有名なんだけど、スズキ先生さ・・・ここだけの話、さり気なくセクハラするの上手いんだ」

「褒めてどうする」

「褒めてないよ。だって表現するとそうなんだもん」

「ちょっとごめん・・・どう上手いの?答えたくないならいいんだけど」

 正確に聞かないと誤解だけが拡散する。

「さりげなく触るんだよね」

「さりげなく?」

「うーん・・・普通のことのように触る」

「うへー、それ単なる痴漢じゃん・・・」

「端的に言うとね」

「聞いたことある。女子高生と付き合いたくて先生になったらしいよ」

「ナガミネ本当?・・・あ、ごめんミネッちか」

 修学旅行で彼女から「今後自分のことは”ミネっち” 」と呼んでくれと言われた。旅行中はテンションとノリで言えたけど、日常に戻るとどうも照れくさい。

「うん。それと・・・・絶対に言わないでね・・・」

 ここへ来てナガミネは俄然しゃべるようになった印象だ。

 もう僕のキャパはとっくに超えてる。

 ヤスやミツなんてさっきから一言もしゃべれないでいる。

 お前らがよく読む同人誌にはしょっちゅうあるシチュエーションだろうに。

 でもわかるぞ。

 現実と妄想は違う。

 ましてや自らに火の粉がかかると尚更に。

 ナガミネを全員が見つめる。

 彼女は思わず下を向いた。

 今更ながら注目されるのに気づいたんだろう。


「お嬢の下僕らしい」


 男らムンク顔。

 それに対して女子の平然さたるや。

 下僕の意味が咄嗟に理解出来なかった。

 現実だよな、漫画じゃないよな。

 この日本で、そんなこと本当にあるのか。

 ところで・・・。

「お、お嬢って誰です」

 ヤス、それな。

「それ!」

「マーちゃん声が大きいぃぃぃ」

「ごーめーん・・・」

「知っている人いたんだね」

 マイコちゃんも同意なのか。

「お嬢・・・ナメカワさん」

 息が止まった。

 目と口を開け放ったまま僕の時間は止まった。

「ぷっ」

 僕の顔を見てナガミネが吹き出す。

 お前はこの状況でよく笑えるな。

「今の顔、今度描いていい?」

「駄目」

「えー」

「いいから、話がそれる。ミネっち、本当にそうなの、彼女なの?」

「うん。お嬢には生徒や先生はおろか、外にだって下僕が多いって噂」

「なんだ噂か・・・ビックリした」

 脅かすなよ。

 噂は所詮は噂だ。

 僕は噂を右から左には信じない。

「あ、噂って言っても事実だよ」

「でも噂なんでしょ?」

「どこまでが下僕かはわからないってこと」

「彼女の言う通りだと思う。マドレーヌ辺りは有名よね」

「うんうん」

「本当なの?・・・・先生を下僕って・・・漫画じゃあるまいし」

 頭を抱えるとはこのことだ。

「そうですよマーちゃん。ひょっとして我々が知らない間に三次元の世界から二次元の世界に迷いこんでしまったのでは・・・」

 すまんヤス、今それに答える気になれん。

 なんで女子はこんな話を平然とした顔で受けられるんだ。

 ニュースとかであるけど別世界のことのように感じていた。

 自分の学校で、しかも友達に起こるなんて。

 感情をどう受けていいかわからない。

 頭がグチャグチャだ。

 でも、二人の顔を見ただけで紛れも無い現実だと受け止めざる負えなくなる。

 それほどまでに当たり前のことなのか。

 ある意味ではナメカワさんと下僕って似合い過ぎるだろ。

 ミツから借りたエロ同人誌にいそうだぞ。

 でもわからない。

 噂は噂だ。

 レイさんのことでつくづく思った。

 似てるとソノモノは違うってこと。

 だから落ち着け、話半分、話半分だ。

「話を戻そう。つまり・・・スズキ先生がレイさんにセクハラ的な何かをしようとして思わず殴ったとか、そういう流れはあり得ると・・・」

「あると思う。私だって気づくと肩とか触れられてビクッとすることあるもん」

 それなら有り得る・・・。

 彼女に感じていたこと。

 男性恐怖症のようなものがあるんじゃないかと。

(そうだ!)

 いつだったか言っていた。

 「大人が怖い」って。

 「男性が怖い」って。

 「大人の男性が特に怖い」そう言っていた。

 だとしたら・・・。

 もしそうだとしたら、スズキ・・・許せねぇ。

(ブチのめすだけじゃ気が済まん!)

 でも、なんで忘れていたんだ。

「あるね。綺麗な髪だねとか」

「あるある!」

「セクハラじゃねーか!」

「マキ・・・」

 マキの顔がヤヴァイ。

 俺より先にお前が殴りそうだ。

 マキは僕の鏡だ。

 僕が怒るより先にお前が怒ってくれる。

 だから僕は怒らないで済んでいるんだ。

 なだめているうちに僕が冷静になれる。

 でも、今度は二人で殴りにいくか?

「でもどうして大事にならないんだろ」

 ミツ、さすがマイサンズの参謀。

 冷静だ。言われてみるとそうだな。

「上手いんだよね。加減が。胸とかお尻とかは触らないし」

 そうなのか。

「そう!あれっ?ていう瞬間で、気づいたらもう触ってないの。人前では絶対やらないし。誰もいない時とか」

 鳥肌がたった。

 それって余計に怖いな。

 プロかよ!

「だからスズキ先生の前では出来るだけ二人以上になるようにしている」

「あ~ウチラも。そっか、皆知ってたんだね」

「それでもよく問題にならないですね・・・」

 ミツにして珍しいリアルなツッコミ。

 なんで黙っているんだ。

「保険の先生に相談した人もいるけど・・ご免、これは言いたくない」

 どうした?何があった。

「我らの上をいくリアル変態さんですよ」

「うん。ヤッさん現実では不味いですよ。それぐらいの分別は俺らでもあるのに。よくこういうニュースで漫画を好きな人がとか、ゲームをやっているからって報道されるけど、スズキ先生はそういう欲求をむしろセラピー的な意味で同人誌で晴らした方がいいと思いますけどね」

 ミツ・・・今の発言は色々マズイぞ。

「ヤルやつはどうあれヤルんだよ」

 それなマキ! 

「いずれにせよ彼女に聞かないとわからないわね。先生は言わないでしょうから」

 マイコちゃん、それな。

 彼女が僕を見た。

 言わずともわかる。

「オグラ先生に刺激するから駄目だって言われたけど、帰りにレイさんの家によるよ」

「あ、私も行く!」

 ミネッち。

「皆で行きましょう」

 ミツ。

「天岩戸でどんちゃん騒ぎですね!」

 ヤス、ここまでいくと流石だよ。

 この雰囲気でそれが言えるって。

 良し悪しだけど、僕は空気が読めるのに読まないヤスが好きだ。


「どうかな・・・それこそ彼女驚くんじゃない?」


 マイコちゃん。

「そうですね・・・」

「じゃあ、私とマーちゃんで行こ!」

「わかった」

 またマイコちゃんに睨まれた。

「えっと・・・ナガミネさん。ここはマーちゃんに任せたらどうかな」

「えーっ!」

 ナガミネ言いたいことわかる。

 対策会議のことは皆知らないから。

 そうだよ、もう言ってもいい頃だと思うぞ。

 でもナガミネは秘密にしたいんだよな~。

 どうして秘密を持ちたがるんだ。

「あのさ・・・」

「わかった」

「え?」

「マーちゃん行ってきて。代表で」

「・・・わかった」

 それほどまでに言いたくないのか。

 人の価値観というのは本当によく判らないもんだ。

「俺もマイコと同意見。お前一人で行った方がいい。もしセクハラが原因なら尚更だ。ガヤガヤきたら話せないだろ。あいつ根性が曲がってそうだもんな」

「(あのねマキ)根性の件は同意しないけど、そうかもね」

 一言おおいが、お前は本当にいいやつだ。

 レイさんの心中を考えてくれるなんて。


 不意にさっきの話が意識の表層に浮上した。


「ところでさ・・・さっきのナメカワさんの話って本当?」

「お嬢に逆らったらクラスではいられなくなるよ」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃない。彼女はアンタッチャブルな存在だから」

「なんだよそれ・・・」

「マーちゃん、そうなんだよ」

 マイコちゃん、まさかでしょ。

「マジなのか?」

 マキも聞いてなかったのか。

 ガッカリ感が強い。

 マキが座り込んだ。

 ヤスとミツなんて固まっている。

「でもさお前、それ言ったことないじゃん」

「だってどこで話が漏れるかわからないじゃん。マッキー口軽いし」

「だよね~」

 彼女と思わず顔を見合わせる。

「ふざけ!・・・マジなん?」

「大前提として彼女はいい子なんだけど、なんていうか・・・・被ったらヤバイ」

 いい子とヤヴァイって真逆じゃないか。

「かぶるって何が?」

「何がって・・・なんでも。好きな物とか、欲しい物とか、好きな人とか。ま、お嬢の好きな物って大概私らとは別次元のものだから被らないんだけど、偶然ってこともあるから」

「ガシャポン事件!」

 ナガミネ、何か知ってるの?

「あーそれなんか典型!ナガミネさんも知ってたんだ。それ貴方の方が詳しそうだから彼らに言ってあげて」

「うん」

「なにそれ?」

「ガシャポンってあるじゃない」

「あるね」

 デスクのOLシリーズもそうだ。

「お嬢はああいうの興味ない人なんだけど、たまたま気にいったガシャポンがあって、ほら、最近可愛いのとかあるでしょ。たまたまヤスっちが学校に持ってきてたのを見て、それを譲って欲しいって」

「うん」

「買い取ったの」

「あー金銭の授受は校則で禁止されているからね。でも割りとあるじゃないか」

「そうじゃなくて」

「うん?」

「一万円で」

「はあっ!」

「高校生の取引金額じゃねーな。しかも、たかがガシャポンだろ」

「なんていうの?」

「そうだヤっさんはその手の詳しいから」

「えっと・・・日本犬シリーズの・・・三だったかな」

「黒柴かな?」

「そうそれ!」

「あれは人気あったから普通にオークションで買えるのに。高くて千円ぐらいだよ」

「・・・よっぽど欲しかったんじゃないかな?オークションとか知らなかったからとか・・・」

「お嬢はパソコン強いよ」

「そうなんだ・・・」

「価格もそうだけど、何より言った言葉が衝撃的で・・・」

「なんだって?」

「他のものを買ってって言った後に、コソッと『被ったら嫌だから・・・わかるでしょ?』だって」

「口止め料だな」

「え・・・それって・・・」

「同じもの買わないでよってことでしょ」

「言い方が丁寧だけにコエーわ。でもそれで拒否ったらどうなるんだ?」

「断れないよ・・・怖いもん」

「怖い?なんでナメカワさんが怖いの。だって仲いいでしょ?」

「仲いいのは女子だから」

「え、意味がわからない」

「女子ってそういうものなの」

「そうだね」

「え?でも僕にはそれが”怖い”とどう繋がるかわからない」

「お嬢には下僕が多いから。ファンって言ってもいいけど」

「多いから、なに?」

「ほら・・・」

「マジで?」

「え、え、どういうこと?」

「操るってことだろ」

「うん・・・」

「そんな!まさかでしょ。なんで彼女がそんなことを・・・嘘でしょ」

「あるのよね」

 マイコちゃん・・・本当に?

「なんだよ~・・・ガッカリだよ~」

 マキ、お前は受け入れられるのか?

 俺たちの天使が、俺の大天使が、そんな・・・。

 ヤスやミツを見てみろ、完全に意識とんでるぞ。

「だからさっき言ったの。あまり関わらない方がいいって。彼女って外でも顔が広いみたいだし、気に入られている間はそれなりにいい思いもするかもしれないけど、嫌われたら最後だよ。その後が大変だと思う。聞いたことあるし。だから皆そつなく付き合っているっていうのが正直なところかな。悪い子じゃないんだよ。いい子なんだよ。でもね、虎の尾を踏んだら怖いから」

「・・・」

 言葉が出ない。

 直ぐには信じられない。

「・・・これ絶対内緒だからね」

 マイコちゃん、まだあるの。

 もうヤメテくれ・・・。

「誰かは言わないけど、彼氏とられた子いるから」

「ええっ!」

「しかも一週間で捨てた」

「ええええええ」

 どういうことだ。

 誰の話をしているんだ。

「それ・・・・本当に彼女のことなの?ナメカワさんなのかな・・・間違いないの?」

「あ、何、疑っているの?」

「マイコちゃん、そうじゃなくて確認だよ・・・」

「それってつまり私達のこと疑っているってことじゃないの。それとマッキー!ちょっとあんたショック受けすぎ」

 マキは漫画の主人公よろしく真っ白に燃え尽きたような状態になっている。

 大袈裟じゃない当然だ。

 彼女は僕らの憧れだったんだ。

 天使なんだ。

 アイドルなんだ。

 そんなまさか信じられない。

 彼女のお陰で僕はレイさんのピンチを知ることが出来たし。

 俄には信じられないよ。

 でも・・・マイコちゃんが嘘をつかないというのはわかる。

 ナガミネも。

 ということは・・・・嘘だろ。

 ヤメテくれ。

「ヤっさん・・・どう思う?」

「マーちゃん・・・これは夢・・・悪い夢なんです・・・」

「きっと罰です。同人誌で見てはいけないものを見過ぎた罰なんです」

「いやミツ、それなら僕とマキは関係ないでしょ」

「だから罰なんです。我らの罰が友をも裁こうということなんです。それほどの罪なんです」

「え!じゃあ私も?」

 いやいやいやナガミネは真に受けなくていいから。

 マイサンズの間では行き詰った時にヤスにふるという暗黙の流れがある。

 冗談でも挟まないと心が壊れそうだ・・・。

 あれもこれも受け入れがたい。

 何もかもが信じられない。


 お構い無しに始業ベルが鳴った。

 僕は音の鳴る方を意味もなく睨みつけていた。

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