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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
66/85

第六十五話 別な顔

「昨日はご免ね」

「何が?」

「なんだか感じ悪かったでしょ」

「そんなことないよ」

「でも、マーさん悲しそうな顔していたよ」

「そうだったんだ」

 悲しそうな顔。

 レイさんにはそう見えたんだ。

 悲しかったのかもしれない。

 昨日は今までで一番遠くに感じた。

 

 学校では「名無し」対策のこともあり僕らが一緒になることはない。

 二人で過ごしたお昼休みが今となって恋しい。

 思い出すとつい指を噛んでしまう。

 ナガミネとも出来るだけ休み時間に接触しないようにお互い努力している。

 すれ違いざまに変顔をしてナガミネが吹く。

 これが唯一の交流。

 かなり短時間に爆発力のある変顔を身につけるようになった。

(どうでもいい能力だけど)

 彼女が凄い寂しそうな顔でこちらを見ることがあるので安心させたい。

 以前はカンカンになって怒っていたんだけど最近は少し楽しみにしているようだ。対策会議の時にレイさんにアレヤコレヤ説明している。


 レイさんは凛々しい表情で学校に入る。

 雨の日は変わらず全身黄色づくめ。

 でも、あの頃と違い明らかに皆の見る目が変わった。

 以前は奇人変人を見るような、異界の生物を見るような感じだった。

 そこから空気になり、

 今や注目の的。

 他クラスの男連中が舐め回すように彼女を見ている時がある。

 僕はなんとも不愉快な気持ち。

 

 今日はじめて彼女の机にメモを入れる。

 初めての経験。

 彼女は携帯はおろか自宅にも電話はない。

 喋るかメモを残すか。

 学校を出るとすぐ帰ってしまうし。

 「名無し」の件もある。

 メモしかないと思った。


 ドキドキして心臓が飛び出しそうになりながら出来るだけ自然に。

 気づくかどうかも賭け。

 万が一彼女が気づかないで床に落ちたりしたらどうしよう。


「放課後に会いませんか?」


 我ながらアホだ。

 過剰にバレた際のことばかり考えていたからだろう。

 何時、どこで、誰と、この重要な要素が完全に抜け落ちている。

 僕は嘗てのように窓際に寄りかかり、彼女がメモに気づくように念を送りつつ芝居をした。

 ヤスやミツに相槌を打ちながらまるで会話の中身は入ってこない。

(メモに気づいてくれた!・・・・あーしまった肝心なこと書いてない)

 己の愚かさと後悔にウチ震えた瞬間、彼女は僕をチラっと見る。

 そして頷く。

 僕は破裂しそうに鼓動する心臓を落ち着かせるので必死。

 内と外では大違い。


「あれでよく気づいたね」


「だって、私にこんなことするのマーさんだけでしょ」

「そんなことないでしょ~、サイトウなんてレイさんにやたらキメ顔向けて、何かっていうと話すきっかけ作ろうとしてるじゃない」

「そうかな?」

「他クラスからだってレイさんを見に来ている連中いるよ」

「そうなんだ」

(これが眼中にないってことか・・・ある意味では恐ろしい)

 少しサイトウが可愛そうになる。

「何かあったの?」

「あの・・・・」

 何を話すか考えてなかった。

 ただ・・・そう、二人で話したかっただけ。

 そうだ。二人で話したかったんだ。

 レイさんが遠くへ行く前に・・・。

 思い返すとここんところずっと話す時はナガミネがいた。


 僕を覆うこの不安の正体を知りたい。

 

「僕と一緒だと・・・・違う。そうじゃなくて・・・

 僕が・・・君に関わるのは迷惑かな?

 僕のこと・・・嫌い?」

 

「嫌いですって言ったら、それでサヨウナラなのかい?」


 先生の言葉が思い出される。

 違う、僕が言いたいのはそうじゃない。

「あの・・・」

「嫌いだなんて・・・あるわけないじゃない」

 彼女の声が穏やかじゃない。

「ご免!申し訳ない。そっか、それならいいんだ。(良かった)上手く言えないけど・・・なんか最近のレイさん見てると少し・・・寂しく、寂しく感じたものだから・・・」

 

 遠く感じると言うと、本当に遠くなりそうで怖くて言えなかった。

 彼女は黙っている。


「君は本心で生きてないね」


 先生・・・。

 僕の本音。

 僕の本心。


「・・・不安なんだ。なんか僕は凄い迷惑かけているんじゃないかって。僕の気のせいだと嬉しいんだけど、君が少しづつ身を引いているような気がして・・・。もしそうなら迷惑だからかなって・・・思って。違うならいいんだ」


 陽も落ちつつある薄暗い公園でレイさんは僕に背を向ける。

 下を向いている。


「迷惑なのは・・・私の存在そのもの」


「え、どういうこと?」


「私は君に・・・なんにもお返しが出来ない」


「お返し?なんでお返しが必要なの」

 彼女が振り返る。

 目が潤んでいる。

(え、どういうこと?どうして、なんで・・・)


「世の中はね・・・代償が伴うものなの」


「友達なら必要ないじゃない」

「違う」

「違う?」

「代償を伴わない関係なんて無い。大なり小なり代償は伴う」

「僕は君から何かを貰おうなんて考えてない」

「マーさんが考えてなくても・・・私は考えてる」

 一度上がった気を、自ら落ち着かせるように彼女は言った。

 母親が子供に諭すように、優しく。

「僕はそんな・・・・」

 言いかけて先生の言葉を思い出す。


「エピゴーネンの強制は一番嫌いなんだよ。特に僕らの仕事では最低条件だね。人には人それぞれ立ち上がってきたものがある。生まれた環境、持って生まれた性質、全てが違う。その結果出来た視点がそれぞれ異なるのは当然のことだよ」


 彼女には彼女の視点がある。

 言葉が続かなくなった。


「あんな酷い目にあってわかったでしょ、私といるとろくな目に合わないってこと」

「でもあれは君が悪いわけじゃないじゃない。『名無し』が悪いのであって。それも僕が原因みたいなものじゃないか。君はむしろ被害者。その名無しにしても方法が間違っていただけで悪いって僕は言い切れないよ。そりゃ、腹はたつし、たったけど。あんな思いは二度と嫌だけど・・・でも少しわかったんだ。レイさんの気持ちが。どういう思いをしていたか。少し近づけた気がした。僕も本当に酷いことをしていたと思う。ご免、謝るよ」


 知らず頭を下げる。


 彼女が僕に歩み寄る。


 え、どうしたんだ。



「え!」



 僕をハグ。

 初めて女子に抱きしめられた。

 しかも力強く。

 時間が止まる。

 

「人が良すぎるよ・・・君は」


 耳元で彼女の声が聞こえる。

 何が起きている。

 全身がピンと張り詰め、目は見開かれたまま。

 公園の外灯がチラつきだす。

 微かに秋の虫の音が耳に入った。

 まもなく冬が到来することを告げている。

 その声は賑やかさが失われ、どこか寂しげに、小さく、聞こえる。

 

 いつの間にか彼女が離れた。

 僕は恐らく目を丸くして彼女を見ているだろう。

 目も口も開かれ間抜け面。


「鈍い所もあるんだね」


 鈍い?

 何が鈍いんだ?

 今、何が起きた。

 なんで急に・・・僕は抱きしめられた。


「君は大人並か、それ以上に頭が働くけど、その分だけ感性を蔑ろにしているね。理知よりも感性だよ。特に君ぐらいの年齢ならね尚更だけど」

 先生・・・どういう意味ですか。

「はっきり言うと、鈍いんだよ。考えるから行動が遅れる」

 そうか、僕は鈍いのか。


「あー・・・先生にも言われた」


 くすりと笑う彼女。

 何か笑えるポイントあった?

「他の人と違う」

 え、なに、他の人って?

 違うって、どう?

 それ、悪いこと?

 それとも良いこと?


「私、尚更 君だけは不幸にしたくない」


 どういうこと?


 でも・・・これだけは言える。


「不幸にはならないよ。先生が君は運だけはいいねっていつも褒めてくれるんだ。何の才能も取り柄もないけど、運だけはいいなって感覚が僕にもあって、最終的には何事も自分なりではあるけど上手くいく気がするんだ。だからこそレイさんとも話が出来るようになったんだと思う。ヤスやミツも、あのマキですら言ってたよ。ダイヤモンドの原石を発掘したんだって、ダイヤモンドって君のことだよ。ほんとによく気づいたなって、お前はラッキーだって」

 

 彼女は細い腕を震わせる。


 口を覆った。


 そしていつもの通る声とは裏腹にか細い声で言う。


「私と話せるのが・・・運がいいの?」


「いい!いいよ!レイさんのお陰で、なんか僕の脳みそがパコーンって開いた感じがするもん。こんな経験初めてだよ。全身が浄化されたような気分っていうのかな。清々しい気分。毛穴が開いたような。パッカーンって感じ。これまでの僕はただ目的もなくこのまま大学に行って、母さんが言うような会社に勤めて、出来るかどうかは別だよ。なんとなく結婚して、死ぬんだろうっていつもどこか思ってた。それでも幸せだって。それが出来るだけでも幸せって。でもいつもどこからか声が聞こえるんだ。『何かが違う』って。身体の奥底から。何か肝心なものが抜け落ちているって気がどうしても拭いきれなかった。でも君と出会ってからわかったんだよ。『これだ!』って、今ね、凄い生きてるって感じがする!」

 

「・・・ありがとう・・・」


 消え入りそうな声。


「この前は言えなかったけどハッキリ言うよ、君は疫病神なんかじゃない。先生が言ってたよ。生きるっていうことは波だよって。深く深く下がる時が長いほどに、高く遠くまで上がる時期が必ず訪れるって。強くて硬いバネほどもっと強く圧さない高く跳ね上がらないって。これは嘘でも方便でもなく人を見ててそう感じるって。僕じゃない先生が言うんだ。先生は自分で実感したこと以外は言わない人だから間違いないと思うんだ。だから僕なんて、僕って先生も自分のことをそう言うんだけど、僕は自分の巡りが一件よくない時はチャンスが近いなって思うって、だから何が来るんだろうって考えると楽しいって。それが永く険しいほど、これはとんでもないものが待っているぞって気合が入るんだって。ワクワクするって。その為に、来るべきチャンスの為に備えるんだって。そしてそうだった!ってよ。逆に調子がいい時ほど怖いから足元をすくわれないように慎重にするよう気を引き締めるって。だからレイさんも必ずいいことがあるよ!先生と偶然会ったんでしょ?ただでさえ外出しない先生と外で会うなんてそもそもが奇跡だよ。運だいいんだよ。風が吹いてきたんだと思う。目前まで来ているんだよ!先生が言ってたよ、僕、つまり先生と関わる人は運がいいって。運がいい人の周りには運がいい人が集まる。運が悪い人はいられない。だからレイさんも上がる時期が来ているんだよ!」


 背一杯。

 僕の背一杯。

 僕の本音。

 喋りすぎた気もするけど。

 僕は結局、喋っちゃう。

 格好良くなんて決まらない。

 だって格好良くないんだ。しょうがない。

 でも何がなんだかわからないけどまくし立ててしまった。

 力づけたい気持ちはあった。

 嘘は言っていない。

 このままでは遠くへ行ってしまいそうで不安だったというものある。

 自分は彼女を繋ぎ止めたいんだ。

 誰の為に・・・。

 僕の為だ。


「あの子、多分これから凄いよ」


 本当にそう言ってたんだ。

 先生が外れたことはない。

 怖いぐらいなんだ。


「ありがとう・・・ありがとう・・・」


 すすり泣く声。

 彼女はその場にしゃがみ込む。


「・・・ちょっと待ってて!すぐ戻るから」


 僕は何を思ったか走りだす。

 どうして走りだしたか自分でもよくわからない。

(サイトウなら彼女を抱きしめたんだろうか・・・)

 不意に浮かぶ。

(抱きしめるべきだったんだろうか・・・)

 でも僕の答えは違う。


「君はすぐ正解を知りたがるようだけど、正解なんてないんだよ。自分で探すしかない。聞くのは簡単だ。でもそれはその人が辿り着いた正解であって、君の正解かなんて自分で見つけるしかない。他人の正解は君にとって不正解であることの方が多いと思うよ。そう思わないかい?」


(先生・・・そうだ・・・そうだ!僕の正解、僕の正解はこれだ!)

 彼女を見ていて漠然と頭にあったイメージ。

(これだ!)


「ご免、遅くなって」


 すっかり肌寒くなっている季節。

 にも関わらず僕は息をきらし汗が薄っすら浮かぶ。

 格好悪い。実に格好悪い。

 走り過ぎて息が苦しい。

 整わない。

 声が出ない。

(真面目に体育やっときゃ良かった・・・最後は体力だな・・・)

 苦しい。

 目眩もする。

 世界が揺れている。

 倒れそうだ。


「人は本心で生きるとと格好悪いもんだよ。格好いいとしたらまだ見栄がある。それは本心で行動していないと思う。だから君は見栄っ張りだよ」


(先生・・・先生・・・クソ)


 彼女はベンチに座っている。


「これ・・・」


 まだ息が整わない。

 顔が沸騰しそうに熱い。

 体育祭でもここまで全力で走ったことはなかった気がする。

 苦しい。


 コンビニ袋を差し出す。

 珍しく彼女は驚いた顔を見せた。

 黙って手を伸ばす。


「あ・・・」 


 ウルトライレブンのメロンパンとホットコーヒー。


「ん?」


 彼女は小首をかしげ僕を見る。

 手にはビニール製の白いレインコート。


「ほら、少し寒いじゃない・・・ね・・・」


 秋も深まってきているというのにレイさんは半袖シャツ一枚にジーンズの出で立ち。しゃがみ込む彼女を見て不意にそこに気づき「温めなきゃ」そんな思いが湧いた。それとも他の何かなんだろうか。

 僕はここ暫くのレイさんを見ると不思議と「寒そうだ」そんな思いにかられていた。


 レイさんはビニール製のレインコートをじっと見つめる。


「嫌ならいいんだよ別に」


 少し息が落ち着いてきた。

 少し離れてベンチに座る。


「映画みたいに格好良くはいかないね。サイトウ君なら格好良くやりそうだけど。でも僕はやっぱり色々駄目みたいだ。・・・ご免ね気が利かなくて」


 黙って小さいレインコートを握りしめ額におしつける彼女。

 目をつむり吐息が震えている。

 小さく声が漏れるが聞き取れない。


「とりあえず冷めないうちに飲もう。あ、そうだ。コーヒー駄目ならと思って・・・”おしるこ”も買ったんだ。ほら、コーヒー嫌いな女子も多いから・・・女子は甘いの好きだよね。僕も好きだけど」


 彼女は顔を上げると、レジ袋を漁り”おしるこ”を取り出す。

 コーヒーと”おしるこ”を手に取る。


「好きな方を選んで。僕はどっちも好きだから。遠慮なく」


 黙って僕に”おしるこ”を差し出す。


「はい」


 僕がそれを掴もうとしたらコーヒーを持った手を突き出した。


「ん?コーヒーね、おっけおっけ」


 見ると、その顔は満面の笑みを浮かべている。

 流れ落ちる涙を拭こうともせず下唇をきつく噛んでいた。

 僕がプルトップを開けていると彼女は立ち上がりレインコートを取り出す。

 颯爽と羽織った。

 いかにも安物なビニール臭が辺りに漂う。

(うわー・・・これはやってしまったか・・・・)

 冷静になった。

 コンビニで羽織るもの=レインコート。

 そういう発想しか無かった。

 雨の日に佇むレイさんの印象が思い出される。

 自らしたことのセンスの無さに悔いる最中、彼女はもう一つを取り出し。


「えっ・・・」


 僕の後ろに回ると躊躇いもなく僕の右手をとり袖を通す。

 促されるように僕は立ち上がると、左手も同じようにする。

 今度は僕の前に立ちボタンを丁寧にとめ始めた。


「あ、自分で出来るから・・自分で・・・ありがとう・・・」


 一つ一つ確実に、そしてゆっくりと噛みしめるように。

 全部とめ終えると、ビニールの皺を伸ばすように僕の身体を撫でる。


「い・・・意外とヌクイね・・・」


 心臓がリズムを刻み顔は強張った。

 正視出来ない。

 レイさんは僕の前で両手を広げると、


「して」


 甘えたような、子供が親に着せてもらうような、そんな印象に聞こえた。

 ボタンを締めて・・・という意味だろう。


「う、うん・・・」


 僕は半歩彼女に近づく。

 手の震えが凄い。

 自分で制御出来ない。

 震えすぎてボタンがうまくとめられない。

 さっき走ってきた時よりも息が上がっている。

(なんでだ・・・出来ない・・・どうして・・・)

 何度やろうとしても出来ない。


「ごめん・・・上手く出来ないや・・・」


 顔を上げると彼女は先ほどとは打って変わって穏やかな表情。

 首を一振りし、僕の両手に自らの手を重ねる。


「!」


 固まってしまった。

 息が苦しい。

 寒いはずなのに汗が流れ落ちる。


 手の震えは止まっていた。


 ゆっくりとボタンをとめる。

 一つ一つ。

 彼女の手は僕の手を離れ、腕を触れ、肩へ置かれ、頬に触れる。

 心臓が口から飛び出しそうだ。

 

「よかった・・・出来たよ・・・はは、ビビったー・・・」


 戯ける僕を彼女は真っ直ぐ見ている。

 息が詰まる。

 目が話せない。


「いいよ」


 微かに聞こえた。

(いい?・・・)

 どういう意味だ。

 何がいいんだ。

 何が?

 落ち着け。

 駄目だ・・・無理だ。

 頭の中がグチャグチャで落ち着けるわけがない。

 何が”いい”んだ。

 何の許可なんだ。

 なんの・・・。


「冷めないうちに・・・」


 目の端に映った”おしるこ”を見て咄嗟に言葉が出る。


「冷めないうちに飲もうか・・・」


 僕の目線に気づいたのか彼女は”おしるこ”を見る。


「・・・」


 瞬間、言葉はなかった。

 それでも僕を見ると満面の笑みを浮かべ、頷く。

 あどけない笑顔。

 初めて見た。

 君はこんな顔もするんだ。

 何処からともなく湧き上がる衝動。

 嬉しい。

 嬉しい。

 満たされていく何か。



 どれくらい過ごしただろう。


 

 少しだけ微温くなったコーヒーを手に黙って飲む。

 メロンパンを頬張る。

 どうしてか、どっちも味がしない。

 ふと見ると彼女はメロンパンに手をつけていない。

 腹部に抱えているだけ。

 不思議な感覚をもちながらも尋ねることはしなかった。

 彼女は一言も発しない。

 ただ時折どうしてか天を仰ぎ、ゆっくり大きく息を吐いている。

 その息が白く立ち上った。

 彼女の白く伸びた首に抱いたことがない妙なる感覚をおぼえ、

 我知らず食べる口が止まり見惚れた。

 何かを飲み込む。

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