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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
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第六十三話 「名無し」の影

 不幸中の幸いだったと思う。

 修学旅行が近い。

 正直なところ諦めていた。

 修学旅行もきっと一人だろうと。

 考えないようにしていた。

 だから幸運だったかもしれない。

 春の雪解けのように嘘みたいに元通りになっている。

 少しだけ関係性は変化したけど。

 そこは後戻り出来ない部分なのだろう。

 でも前より良い気がする。

 一見すると九月頃と大差ないクラスの空気感。

 でも明らかに違う。

 前よりつながりが深くなった相手も少なくない。

 以前とは違う関係性。

 なんだ少し大人になった気分。


 SNS対策会議は単なるお茶飲み友達の会になっている。

 僕にとっては嬉しい。

 「名無し」が未だに誰だかわからないのは気がかりだけど。

 もし全てが解決したのなら、この集まりは目的を失う。

「これからも集まろうよ」

 その時は言うつもりだった。

 でも、多分永く続かない気がする。

 先生が言ってた。


「顔が好きで始まれば、顔が老いて変われば好きでなくなる。具合がよくて好きになれば、やらなくなれば好きでなくなる。お金が縁で始まれば、お金がなくなればいなくなる。目的をもって人が集えば、目的を失えば集わなくなる。愛でもって始まれば、終わることはない。人ってそういうものでしょ」


 なんでこんなこと言われたのかは憶えてない。

 僕らの目的は「名無し」対策だった。

 だから次の目的をつなげなければ消えてなくなる。

 僕とナガミネはいい。

 ゲームという共通の興味あるキーワードがある。

 ジャンルは違うけど。

 レイさんは違う。

 この前なんか三人でやってみたけど彼女は興味なさそうだった。

 まあ、自分でも言ってたけど。

「私はあんまりこういうのはよくわからない」

 僕はこの三人の時間が愛しい。


 タンクがSNSを閉鎖したから本来の意味ではもうこの会議も必要がなくなった。だからレイさんは先日で最後にするつもりだったようだ。

 ナガミネが「名無し」が誰かわからないことを理由に、「まだやろうよ」と言ってくれた。僕も尻馬に乗って「今はナガミネがターゲットにされているからやるべきだと思う」と言った。レイさんは少し考えて、「そうね。ご免ね身勝手なこと言って。そうだよね。ミネちゃん本当にご免ね。私のせいで迷惑かけて」と謝った。

 だから「名無し」が恨めしい反面、怖い反面、わからないからこそ時間を共有できる喜びがあることに気づいて複雑な気になる。

 そもそもこの一件がなかったら、僕はここまで彼女らと仲良くならなかっただろう。

 感謝はしないけど・・・良かったと思っている自分もいる。

 ひどい目にもあったけど。


 SNSは新しく作りなおすらしい。

 半匿名を廃止し、完全会員制にすると言っていた。

 近々、IDと仮のパスワードを個々人に直接伝えるらしい。

 タンクには申し訳ない気持ちと、安堵する気持ちの両方。

 そういえば最近は何故かナガミネの表情が暗い。

 これも気がかりだ。

 何かされたのかと思って尋ねるけど何もされていないようだ。

 学校で出来るだけ絡まないような作戦のせいだろうか?

 他の理由をココで何度か尋ねたけど何も言わなかった。

 時折だけど僕を捨てられた子犬のように見ることがあり胸が痛む。

 なんで皆は秘密をもちたがるんだ。

 僕って信用ないのかな?

 口のかたさには自信があるんだけど。

 裏切られたことは多数あれど、裏切ったことはない。

 裏切られる辛さを知っているからだと思う。

 人が裏切るのを止めることは出来ないけど、自分が裏切るのを止めることは出来る。


 作戦会議の方針としてナガミネは学校で僕を無視するよう努力することになっている。無視というか自分からは絡まない言ったほうがいいか。言うなればレイさんのように振る舞うってことになる。

 僕らの読みが正しければ、そうすることで彼女の身を守ることが出来る。

 ナガミネは不満たらたらだったが二人で説得した。

 僕がモテるわけじゃないことがわかれば「名無し」は落ち着くだろうと踏んでのこと。

 なにせ「名無し」そのものがいなくなったわけではない。

 僕らが真に安住してクラスでいられるわけではない。

 自分に関してはぶっちゃけほとんど気にしてないけど。

 気がかりはナガミネだ。

 「名無し」がいるならば下手に刺激しないほうがいいだろう。

 確かにレイさんが言うような心理って有る気がする。

 彼女曰く、女子にはよくあることらしいけど、好きでもないのに周囲やライバルが盛り上がっていると自分も遅れてなるものかと手をだすそうだ。ナガミネも「あーわかる」って言っていた。男子でも無いわけではないけど、僕には少なくともない。

 潮が引くように人がいなくなると途端に興味を失うタイプ。

 レイさんは言っていた。

 そういえば略奪婚だとか略奪愛だとか、よく聞くな。


 いつだったかオジサンが来た時に聞いてみた。

「いるねー。男女構わず一定数は。女性の方が多い印象だけど」

 やっぱりそうなのか。

 世の中というのはわからない。

「なんでそういうことするんだろ?」

「燃えるからでしょ。だからライバルがいなくなったら冷める。ま~言うなれば妄想の中に生きているような人だよ。こんな話があるよ。何十年と屋根裏で不倫相手と住んで愛し合っていたのに、正式に結婚したら二年で破局とかね」

「はぁ?なんなんですかその人達」

 奥さんを思ったら実に迷惑な話だ。

 不倫中は何十年と続いて、正式になったら二年だって?

(馬鹿げているじゃないか)

「そういう人もいるってことだよ」

「オジサンは擁護するんだ」

「擁護というか、人の本性は止められないもんだよ。良いも悪いも無いから」

 僕にはわからない。

 奥さんが可愛そうじゃないか。

 迷惑だよ!


 レイさんの見立てだと「名無し」はそういう類の人だろうと。

 だとしたら僕の周囲から潮が引くように女性の気配がなくなったら相手も興味を失うという可能性はありそうだ。掘り下げない方がいいってレイさんは言ったけど、結局「名無し」は誰なんだろう。

 僕の何が良いんだ。

 言えば白黒ハッキリするのに。

 振られるにしもてスッキリすると思う。

 さすがの僕でも、こんなストーカーまがいのことされて告白を受けるはずもないけど。

 本当にそうかな?

 凄い美人だったらどうする。

 例えば・・・ナメカワさんとか!

(うわ・・・これは途端に自信がなくなるな)

 まずは付き合ってみようと思ってしまう。

 仮に好きだとして、どうして「名無し」言ってこないんだろ。

 そもそも思い当たる節が全くないぞ。

 僕が鈍感で気づいていないだけなのか。

 そこまで鈍感だとは思わないけど。

 告白して振られるのは辛い。

 でも悶々とする時間より短いことは確かだ。

 経験者が言うんだ。

 そりゃ~ちょっとは落ち込んだけど。

(ちょっとじゃないか)

 それでも彼女を見ていたあの鬱屈した日々を思うと今は晴れ晴れとしている。

 でも僕の場合はレイさんの態度のお陰で幾分か救われているってのはある。

 毎回こうなるとは限らないんだろう。

(となると相手の対応次第ってのもあるな)

 僕はちゃんと断れるんだろうか。

 でも、やっぱり、ハッキリしないほうが圧迫感は強い気がする。

 スズノに告白される前、僕には好きな子がいた。

 いまでも時折だけど彼女のことを思い出す。

 これは未練だろう。

 今にして思えば、言っておけば良かった。

 そうすれば少なくともこういう感覚はなかっただろう。

 でももし、ヤスみたいな酷いふられ方をしたら・・・。

 今回の一件で初めてヤスが大暴露。

 彼は一回だけ告ったことがあるらしい。

 それが今もトラウマだと言っていた。

 だから僕が凹んでないのを凄いと彼は褒めてくれた。

(凹んではいたんだけどね)

 ヤスの話を聞くに、そりゃ凹むわ。

 相手次第なのかもしれない。

 あの話を聞いたら僕も少し臆病になった気がする。

 どう転ぶかは結果論にしか過ぎない。

 運か。


「通ってきて結果を得た人が言うのと、通らずに想像だけで言うのは意味が違うよ。事実そうだとしてもね。経験もしてないことを軽々に言うもんじゃないよ。自分の中で勘違が大きくなる」

 

 先生が言っていた。

 僕は「好き」って言われたらなんて返すんだ。

 スズノの時は受けた。

 彼女に少なからずの興味があったからだ。

 興味がなかったらどうなんだ?

 それでも受けちゃいそうな気がする。

 切なる思いを受けて上げないと可哀想な気がして。

(本当にそうなのか?)

 好きでもないのに受けたら失礼なんじゃなかろうか。

 でも最初に好きかどうかなんて受ける方はわからないだろう。

(まてよ・・・考えてから断る方がキツイか・・・)

 でもソッチのほうが真摯に向き合っているよな。

 だとしても最初からその気がなければ付き合うこと事態が無駄じゃ。

 付き合ってやっぱり合わないからご免って方が誠意がある気がするけど。

 え、どっちなんだ?どっちが正しいんだ。

 誠意ってなんだ?

(うーんわからなくなってきた)

「断るのも辛いのよ」

 レイさんの言葉が思い出される。

 そうか。

 辛いのか。

 あー・・・確かに辛いな。

 想像だけど。

 それなら、真剣だけど、軽く言って、真剣だけど、軽く断った方が互いに負担は少ない気がする。ふるにも気を使うもんだな・・・。告白するにしても相手の気をつかって告白するのと自分の思いだけで告白するのがあるんだな。

 ちょっと待て、どんだけ告白の達人だよソレって話じゃないか。

(だからか・・・)

 レイさんの断り方。

 断り慣れている感じだった。

 あのレベルにまで行くと相手のことを気遣って断れるんだな。

 断りのプロみたいなもんか。

 僕がレイさんに告白した時はどうだったろうか。


「・・・」


 重いな。

 ヤヴァイ、自分のことなのに笑いがこみ上げてくる。

 ありゃ重いわ。

 重い。

 ヤヴァイ。

 ああ言われたら僕ならキッツイわ。

 断リづらい。

 相手の立場で考えると随分と違って感じられる。

(でも!だって真剣なんだ。ああなるよ・・・)

 しかも初めての告白なんだし。

 告白ビギナーなんだから。

 サイトウなんて上手そうだな~。

「俺と付き合わない~みたいな」

 そんなこと言わないか。

 次があるなら真剣に思いつつ軽く言うと良さそうだな。

(思ったところで出来るわけじゃないけど)

 先生言っていたなぁ。

「思うとやるでは天と地ほどの差があるよ」

 レイさんのお陰かもしれない。

 良い形で三回振られるという経験をさせてもらったお陰で今度はあんまり重くならずに言えそうな気がする。ヤスみたいなパターンだったら無理だわ。心折れる。

 レイさんへの告白そのものは失敗はしたけど、あれはあれで良かったんだ。

 先生の言う通りじゃないか。

「俯瞰してみるとね、人生に失敗なんてないよ。同時に成功と言えるものもね。活かすか、活かし切れないかだけのような気がする」

 そうか。

 活かしたい。

 活かしきりたい。

 レイさん言ってたな。

「拒否したんじゃない、断った」

 これはどういう意味だ。

 あの時はもう一つピンと来なかったけど。

 拒む。

 断る。

 レイさんのニュアンすからすると拒むは相手の思いも受け取らないってことかな。だから拒むが入るんだ。拒否って。面白いな。日本語ってよく出来ている。

 断るは、事象、案件を断つってことかな?相手は受け入れている。そういうことかなー。考えてると、言葉の一つとっても一人ひとり解釈が違う可能性もある。可能性?なんか違うな。

「あーなんだか悶々とする、先生に聞きたい~」

 三度目の正直って言う言葉があるぐらいだから、四回目は無いだろうけど。

 可能性はゼロじゃないのかな?

 でも、そこまでいったら僕はストーカーなのか。

「執着ってのは無い方がいい」

 先生が言っていた。

 でもこれって執着だよね。

 僕はレイさんに執着している。

 考えてみると「名無し」のしてることってプチ・ストーカーだよね。

 そう考えると少し怖い。

 じゃ僕と何が違うんだ。

 それとも僕はもうストーカーみたいなものか?

 レイさんは僕の申し出は断ったけど、人として拒否はしていない。

(屁理屈か?)

 単に申し出を断ったってこと?

 「名無し」は違う。

 一方的だ。

 それも好きって言うのか?

 それこそ暴力じゃないか?

 だってこっちの都合なんてお構いなしじゃないか。

 そしてどうして僕はこうも胸が踊るんだ。

 怖い一方で弾む自分がいる。

 レイさんに拒否られてないって初めて聞いたからか。

 本人の口から。

 単純だな。

 それにしても落ち着かない。

 怖いのか、楽しいのか。

 自分でわからない。


 結局「名無し」はどうしたいんだろう。

 本当にレイさんの言う通りなんだろうか。

 僕を好き?

 だとしたらやっている事が真逆。

 わからないのか?

 まさかでしょ。

 レイさんの言うことも辻褄は合う。

 好きなのに嫌がらせのようなことをしているってこと?

 それもわかる気がする。度が過ぎているけど。

 それにしても最近の僕は恋愛中毒みたいだ。

 こんなことばかり考えている。

 他にもやりたいことがあるのに。

 「名無し」は誰なんだろう。

 僕に好意を抱いている人・・・。

 好意を抱いている相手。

 思い当たる節と言えば。

(ナガミネ・・・)

 彼女はそれを否定した。

 思わず否定したんだろうか。

 でも彼女は念入りに否定してたな。

 レイさんが聞き返したし。

 彼女の顔がすぐ赤くなるのはあがり症だからと言っていた。

 それは嘘なんだろうか。

 文化祭の時も彼女は直ぐに顔を赤くしていた。

 いや、その以前からだ。

 辻褄は合う。

 ナガミネとは案外うまくいくような気もするけど、レイさんに抱くようなものは感じない。少しドキドキはするけど。

 何よりあれだけ本人が否定するんだ。

 これで勘違いしたら僕もストーカーのようなものじゃないか。

 僕は違う。

 やっぱりその線はない。

 そもそもナガミネが「名無し」ってのは変だ。

(他に・・・)

 まさか。

 ナメカワさん?

 いやいやいや、無いだろ。

 思わず笑ってしまう。

 確かにここのところは妙に色気を感じてしまうけど。

 以前より何か雰囲気が違う。

 特にクラス外で。

 あの時もそうだ。

 屋上で話をした時。

 耳打ちした時。

「ないわ」

 天地がひっくり返ってもそれはない。

 仮に彼氏が大学生だとしても僕は驚かない。

 大人だってありえるかも・・・。

 ま、とにかく、彼女が僕を好きになる理由はない。

 あったら教えてほしいぐらいだ。

 何か可能性があるとしたら・・・。

 なんだっけ・・・ネットで読んだことあるな。

 美人局だっけ?

 僕が「ビジンキョク」って読んだらミツが「ツツモタセ」だねって優しく訂正してくれたな。印象に残っている。ミツなんかナガミネと相性良さそう。

 でも、それもないよなー、それこそ皆無でしょ。

 そもそも彼女の家は裕福らしいから金銭面で困るってことはない。

 凄く素朴な格好しているけど凄いいいもの着てるんだよなぁ。

 モンバー事件の後でマキが言ってた。

「あいつ高校生の着るもんじゃねーの着てやがる」

 僕は聞いたことがないブランドだったけど、とにかくお高いらしい。

 僕をからかっているのかもしれない。

 ナメカワさんからしたら僕なんて可愛いもんなんだろう。

 先生を手玉に取るぐらいだから。

(他は・・・)

 いないな。

 少なくとも僕にはわからない。

 そもそも好意的かどうかはどこでわかるんだ。

 社交的な人も好意らしきものは感じるし。

 ナメカワさんなんかその典型だ。

 でも、社交的は少し遠い感じがする。

 そりゃそうか。

 社交なんだから。

 社会での交わりでしょ。

 そりゃ遠いよ。

 好意というより好意的。

 ”的”の一字で天地の差だ。


「わからん」


 もういい。

 ヤメだ。

 無意識に感じているもんなんだ。

 考えるとわからなくなる。

 「名無し」がクラス外の可能性も全くないわけじゃないし。

 考え過ぎない方がいい。

 先生も言ってた。

「憶測と現実はえてして異なる」

 取らぬ狸の皮算用は無意味。

 それよりも修学旅行!

 あ~楽しみだなぁ。

 レイさんやナガミネとも一緒に回れるかな。

 夜・・・部屋に押しかけちゃったりして。

「くぅ~」

 楽しみ。


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