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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
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第六十一話 嫉妬

 あれからマキと緩やかに仲が回復している気がする。

 睨みつける彼の目線は穏やかになり、どこか吹っ切れたものを感じる。

 ただ、挨拶をしても言葉は返ってこない。

 僕を見て頷くだけだ。

 それでも僕自身はそれを挨拶だと思っている。

 先生が以前言っていた。

「小さな子供が『こんにちわ』なんて言わないのが普通だよ。躾は大切だけど、僕なんか強要はいらないと思う。子供は大人より話を聞いているから理解しているよ。必要と感じてないだけでね。子供同士は目と目があった瞬間に互いを認識し、その段階で挨拶は終わっている。だから必要に感じない。それで通じているからね。それぐらい肉体感覚が直なんだよね。それが成長とともに鈍ってきて言葉が必要になる。したい人はすればいい。したくない人はしなければいい。そしてその当然の結果が返ってくる。その際は言い訳無用だよ」


 今なら少しわかる気がする。

 挨拶は常識だと思ってた。

 マキの戸惑い、

 そこから憤りへ、

 最後に無視。

 でも完全な無視じゃなかった。

 僕を見てはいなかったけど、無視を演技していた気がする。

 あれはマキの挨拶だったんだ。

 思い出すと、時々目があった。

 その目は僕に挨拶していたような気がする。

 仲がいい時だって、目を合わせて手を挙げるだけの時もあった。

 同じじゃないか。

 マイコちゃんに義理立てしているんだろう。

 彼女には相変わらず無視されている。


(弁解は無用か・・・)


「でも、説明しないと彼女だってわかってないだけかもしれないじゃないですか」

「それが無用だってこと。前も言ったかもしれないけど、説明が必要な時点で理解はしないよ。説明をして、理解をしても、今回のケースは理解したってだけで、いずれ似たようなことがあった時にまた同じことになるよ。また説明するのかい?」

「はい。します!」

「そういうのを無駄って言うんだよ。お互いにとっての浪費だ。放っておいても理解する人は理解するよ。説明がないと理解が出来ないのなら、それは土台はなから理解できないってことだよ。そういう相手とはね、長く付き合うほどに歪が広がるだけで結局は破綻するよ。それでも縁があるならどうあれ寄りは戻るもんだ」

 僕はうまく応えられなかった。

 説明したい。

 言って判ってもらいたい。

 彼女は誤解している。

(でも・・・じゃあ僕はどうして説明しないんだ)

 やっぱり先生に精神的に支配されているのかな?これが洗脳?

 いや、そうじゃない。と、思いたい。

 マキとはこうして通じている感じがする。

 ナガミネらが好きな方の意味じゃなくて。

 でもマイコちゃんは違う。

(無駄か・・無駄ってなんだろう)

 

 あの日を境に「名無し」の矛先が変わった。


「なんで?なんで私が」

 「名無し」の誹謗中傷は僕やレイさんから何故かナガミネに移っていく。

 結局は巻き込むことになった。

「あのさ」

「なに?」

「ミネちゃんはマーさんのこと好きなの?」

「え!」

 唐突。

 そしてストレート。

 レイさんは間がない気がする。

 まさかでしょ。

「なんでよ!好きじゃないよ」

 でしょ。でしょってのも変か。ていうか少し傷つく。

 でも・・・じゃあなんで顔が真っ赤なんだ。

 え?・・・まさか。

 いや、そもそもナガミネは文化祭の最初の頃からそうだった。

 赤面症というのがあるって聞いたことがある。

 それなんだろうか?

 モテナイ男にありがちな典型的な我田引水になりかけた。

 危ない危ない。

 皆は僕のことをモテてるとか囃し立てたけど、所詮僕なんて普通の人だ。初めて好きになった人に三度も告白して三回も玉砕している時点でお察しだろう。モテるってのはサイトウみたいなヤツを言う。

「顔、真っ赤よ」

「それは・・・あがり症だから」

「やっぱりそうか」

 だよね。

 え、どうしてレイさんはそんなキツイ目で僕を見るんだ。

 黙ってろこのチンカス野郎ってことか。

「そういうレイちゃんこそどうなのよ」

「私は好きよ」

「え!」

「人間としてね」

 うわあああああああああああああああ。

 今まさに素で喜んだ自分が恥ずかしい。

「男子として・・・どうなの」

 ナガミネ、もうヤメテくれ・・・俺の傷を広げないで。

「いい人だと思う。本当の意味で優しい人。こんな人は大人でもそういない。言葉にすると軽いけど・・・心から感謝している」

 レイさん・・・・。

「レイちゃんこそ好きなんじゃないの!」

「だから好きだって」

「あ・・・でも、そうじゃなくて、男として!」

 皆・・・・ヤメテくれ。

「男性としてね~」

 笑みを浮かべ僕を見る。

「あーもういい、頼む、もう聞きたくない。どうせ男としては物足りないですよ。ネットでも女子と間違われてコクられたこともありますよ!女装すれば似合うんじゃないかって言われたこともありますわな。レイさんにも三回も拒否られたし!」

 助けて。

「拒否ってないよ」

「え?」

「断ったの」

「ちょ」

「えっとね・・お付きあいするのは断ったの。君自身を拒んだつもりはないんだ」

 ファッ?

 え、どういう意味。

「そうなんだ」

 え、ナガミネわかったの?

 本人が判ってないのに。

 ちょっとそこ掘り下げたい。

「今度コスプレしてみようか」

 ナガミネ、そこを広げないで。

「やだ」

「それで、どうなの?好きなの」

 レイさん戻した!

「・・・」

 なぜ黙る。

 自分のことでしょ?

 まーないでしょうが。僕から言うことでもないだろうし。

「大切なこと、多分このことと関係がある」

「どうして?」

「この「名無し」が矛先を変えた日って、何かあったでしょ?」

「何か・・・」

 そっかレイさんは他に人と絡まないからクラスのこと全く知らないんだな。

「あったじゃない」

「ナリタがマキに絡んだことぐらいしか思い出せない」

「詳しく聞かせて」

「ナリタがマキに難癖つけて喧嘩が始まりそうだったから僕が止めた・・かな」

「レイちゃん見てよ。マーちゃんの手」

 あの後、僕はナガミネに保健室に連れてもらって包帯を撒いて貰った。

 大袈裟な気もしたけど、思った以上に赤くなっていた。

「なんなのマキくんって!」

「ごめんな」

「なんでマーちゃんが謝るの!アイツが悪いんでしょ。一言も謝らないで」

「いや、実際ヤツは悪くないんだよ」

「なんでよ!彼があんなに乱暴に振り払ったからぶつけたんでしょ」

「ま、そうなんだけど、僕の不注意でもあったし」

「なんで彼にだけ甘いの!・・・まさか本当に」

「違うわ!」

 全く油断も隙もない。

 ナガミネとも息があってきた気がする。

「間違ってたらご免ね。ミネちゃん、マーさんのこと好きでしょ」

 おわ!

 また突然!

「・・・」

「どうなの?」

「好きよ!・・・人間として」

 びっくりした、息が止まったわ。

 ほら~。

「そうなんだ・・・」

 なんでレイさんが落ち込むんだ。

 まさか・・・レイさんは僕を諦めさせるためにナガミネとくっつけたがっているの。

 それって僕は嫌がられていることじゃ・・・。

「レイさん・・・迷惑なのかな・・・」

「ん?・・・あーそういう意味じゃない。私は誰が誰を好きでいようと、誰と付き合おうと興味ない。だからこの「名無し」と関係あること。迷惑じゃないし、嬉しいよ。本当に嬉しい。皆といる前でもマーさんと話したい。一杯」

「話そうよ!」

「そうはいかないの。私は誰かの足を引っ張るようなことはもう嫌なの。それが大切な人ならなおさら」

「それって愛の告白みたいじゃない」

「違う。人ってそう簡単じゃない。ミネちゃんだってわかるでしょ」

「もう・・・その話題を広げるのは止めよう・・・胃が痛くなる」

「ご免ね。好きなんだよ。嬉しいんだよ。本当に嬉しかったんだから」

「わかりました」

「なんで丁寧語」

 もういい。

 聞けが聞くほど落ち込んでくる。

「それはいいから・・・んで、どうして関係があるんだい?」

「ミネちゃんが攻撃されているのは『名無し』がマーさんに好意を持っているからだと思うんだ」

「え、そうなの?」

「そっか・・・」

「ナガミネわかる?僕はピンとこないんだけど」

「でも、さっきの話からはそういうものはなかったから、他になにかあったんじゃないかなって?」

「レイちゃんゴメン。あったの。あの日ね、約束したのに私我慢できずに割って入っちゃったんだ」

 彼女はあの日のことを話した。

 あの日の流れを。

 彼女は漫画家志望だからか、事細かに覚えている。

 感心した。

 才能ってやつか?

「それが聞きたかった。ということは『名無し』はクラスにいる人だよ」

「そうなんだ・・・」

「そしてマーさんを好きなのよ」

「じゃーなんで告白してこないの?」

「犬猫じゃないんだから、好きだから告白って直ぐならないものじゃない」

「そりゃそうか。言ってくれた方が速いのになぁ~」

「でも可能性が全くないのに女子は挑まないよ。少なからず手応えのようなものがない限り絶対に自分からはいかない」

「ナガミネはそうなんだ」

 だからなんで赤くなる。

 本当にあがり症なんだな。

「私がって言うより、女子って基本そうだから。だって怖いもん振られたら」

「男だって怖いけど・・・じゃあ、なんでサイトウにはガンガン行くんだ?」

「マーさん、あれはね最初から駄目だからよ」

 ナガミネ訳知り顔だな。

「駄目?」

「最初から叶わないことがわかっているから、そのつもりで『好き』って言えるの。サイトウくんは顔も良いし、振られることを前提にしているような感じ。挨拶みたいなものよ。そういう場合は最初から遠いから傷つかない」

「ああー・・・なんか、わかる気が」

「ファン心理みたいなものね。こっそり覗き見て想像して楽しむような。話せたらラッキーみたいな」

「そうなんかー、くそ羨ましいなサイトウ」

「なんで?」

「だってそんなモテてるんじゃ、羨ましいでしょ!」

「私はマーさんの方が好き。サイトウ君は苦手」

 かー、レイさんはそういうことをサラっと言えるんだ。

 ヤヴァイ顔が熱い。

 ナガミネ見るな、恥ずい。

「自慢じゃなくてね、断るのも辛いんだ、私はね」

 レイさん・・・どれほどの男を振ってきたのか。

 一体そのうち何人と・・・。

 いかんいかんいかん!

「話を戻そう。んで、ナガミネは僕のことをどうなの?」

「だから違うから!さっきのだって人として、ね!」

 そう必死に否定するなよ。

 僕だって傷つくんだって。

「ということは、『名無し』の勘違いってことになる。思い込みでは恋のライバルがレイさんからナガミネに移ったってことになるってことか?」

「そうだと思う」

 レイさん凄い!

 全く思いもしなかった。

「言ってくれればハッキリするのになぁ~」

「それを女子に求めちゃ駄目よ」

「そっかー」

「そこは男性が言わないとね」

「ねー」

 出たよ。

 女子独特なシンクロ。

「男がコクって振られろと」

「うん」

「うん」

 またシンクロした。

「ムゴイ・・・」

「それが男子の役割でしょ」

 そうなのかなー。

 男女平等じゃないの?

 なんか理不尽だよ。

「じゃ、ナガミネは僕のことを嫌いだとハッキリさせればいいのか・・・。でも本当にその子僕のこと好きなのかな~。俄にはそんな女子がいるとは信じられないけど」

「だから大切なことなの。もう聞かないけど、ミネちゃん、本当に男子として好きって訳じゃないんだね?」

「だから!違うって。人間として!ホモ・サピエンスとして!」

「なんでホモサピエンス!」

「ホモ・サピエンスでしょ」

「そりゃそうだけど」

「わかった・・・いいのね」

「・・・」

 なんでナガミネはそこで黙る。

 そしてなんでレイさんが沈むんだ。

 

 クラスに「名無し」がいる。


 僕やナガミネは外部の人間がアクセスしていると思っていたけど、確かにその可能性の方が高そうだ。僕らの行動を余りににも熟知している。内通者的な人がいるって可能性は否定出来ないけど、あの日の出来事からナガミネに矛先が変わったってことは可能性がますます内部の人になるのか。

 それに気づいていたからレイさんは今まで以上にキツク僕にあたっていたのか。学校外でも手を上げても無視だった。アルバイト先でも。お陰で大変なことにもなった。そこまでして徹底的に・・・。僕が自分のことで手一杯だったのに彼女はずっと貫いていたのか、冷静に。凄い人だ。益々、好きになる。でも、僕には相応しくない相手かもしれない。

「その子、僕のこと好きなんだ・・・」

「なんで嬉しそうなの」

「いや、ゴメンちょっと嬉しい」

「可愛いとは限らないけどね」

「うちのクラスだったら可愛い率高いでしょ」

「そうね」

「カワイけりゃいいのか」

「可愛さって色々あるじゃない」

「そりゃあるけど」

「ナガミネだって可愛いよ」

 なぜ赤くなる。

 ま、赤くなるか。

 僕も相手によっては割りと言えちゃうんだよね。

 だってそう思うんだもん。

 ミツやヤスは言えないって言ってた。

 ヤスなんて「マーちゃんは天然ジゴロざんす」と言った。

 なんで「ざんす?」なんだ。

「レイさんなんて可愛いなんて次元じゃないけどね」

「ありがと」

「ちょっと待って、今、厳然たる差別を感じたんですけど」

「え、どこが?」

「白々しい」

「ナガミネだって可愛いんだからいいじゃない」

「知らない!」

「この前の休み時間にミツやヤスにお前の可愛さを三十分間講演しちゃったぐらいだから」

「もういい!」

 こういう所が可愛い。

 自分のこと言われるとすぐ赤くなる。

 これは嬉しいんだな。

 恥ずかしいにも様々だ。

「可愛いから」

「しつこい!寄るな!」

 そんな僕らを静かにレイさんは見つめている。

 その目は何を意味するのか。


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