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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
46/85

第四十五話 吐露

 昼休み僕は屋上へ向かう。

 今日は開放日じゃないから多分この前の階段だろう。


「本当にごめんなさい」


 彼女は心底つらそうな顔で僕を見ている。

「う、ううん。もういんだよ」

 これほどの謝罪の意思を表す顔を見たことがない。

 見ているこっちが悲しくなる。

 凄い眼力。

 不謹慎かもしれないけど、魅力的で吸い込まれるよう。目が離せない。

 それにしても彼女がここまでの表情を見せる理由が僕にはわからない。

「この前、先生に会ったんだ。本当にいい先生ね」

「先生?」

「習字の先生」

「えええええ!どうして」

「どうしてって・・・たまたま」

「そう、なんだ・・・何て先生言ってた?」

「うーん・・・」

 先生が変なことを言うはずはない。

 何せ先生が誰かの悪口を言ったことは一度もない。

 月謝を払わずに止めた生徒に対してさえ先生は彼を気にかけることはあっても彼を責めることはなかった。寧ろ彼の家庭環境なり、今後を心配した。月謝の件は他の人には黙っていて欲しいと言われた。

 先生の発言が今日の彼女の行動と表情に直結しているのは間違いないだろう。

 何が彼女はここまで変えさせたのか。

 レイさんは少し考えると真面目な顔になった。

「私のためにアルバイトしたんだって?」

 アイタタタタタタタ。

 バレた。

 なんともカッコ悪い話だ。

 彼女は僕を蔑むだろうが・・・。

「酔狂・・・かな」

 たまらず口をつく。

「違う!」

 彼女は鋭い声で僕を制した。

 それは僕にとって意外だった。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」

 震える声。

 目に光るものがある。

 でもこぼすことはない。

 彼女は隠すこともせず僕を真っ直ぐ見た。

 僕はどう言っていいかわらかなかった。

 自分の感情を、思いを、考えを、どう処理していいか。

 ただ、冷えきっていた何かが温まるのを感じる。

(救われた)

 奥底でそんな感覚が滲む。

「私、卒業する。卒業出来るように働く。無駄にしない。もう待ってばかりは辞めにする」

 その言葉の裏は何を意味するのか。

 何か彼女の思いの塊を感じつつも、僕はそれらを全て理解することは出来ない。歯痒い思いがする。

「嬉しいよ・・・」

 何故だかその一言が出る。

 何が嬉しんだが自分でもわからない。

 ただ嬉しいんだ。

 彼女が辞めないでいる。

 嬉しい。

 誤解が解けた。

 嬉しい。

 またこうして彼女と話せる。

 嬉しい。

 彼女が笑顔でいる。

 嬉しい。

 そうだ、そういうことだ。


 ふと、あの夢が思い出される。

 ミイちゃん。

 僕は無視したくなかった。

 夢であれ、なんであれ、彼女を見捨てたくないんだ。

 バカバカしいかもしれない。だって夢だし。

 でも、夢であれ、あんな悲しいこと、あって欲しくない。

 ただそれだけなんだ。

 あんな小さな子を置いておいて良いはずがない。

 僕は勇気がなかった。

 捨て置く勇気も、最後まで引き受ける勇気も。

「お金、返すから。必ず」

「ああ、いいよ。勝手にやったことだから」

「駄目!それは駄目。ちゃんとしないと」

 彼女のそのニュアンスに僕とは違う人生を歩んできた軌跡を感じる。

 そして、僕はやっぱり彼女に避けられているのだろうか・・・。

 何かがチクリと胸をさす。

「そっか・・・うん、わかった」

「うん」

 不意に店長の顔が浮かぶ。

「あの・・・」

 彼なら、あの人なら、悪いようにはしないような。

「もしアルバイト先が決まってないなら・・・」

 考えるより先に口が動いていた。

「僕が働いているところどうかな?いい店長だよ。・・・口は悪いけど」

「え・・・」

 彼女は驚いた表情を見せている。どうして?

 今まで彼女が動揺したのをほとんど見た記憶が無い。

 何かマズイこと言ったのかな。

「ファストフードだけど・・・。僕は厨房なんだ。レイさん美人だからホールやったら大繁盛で店長も喜ぶかもね・・・」

 多分、軽口だったに過ぎない。

 軽口でまとめようとした。


「いいの?」


「え」

 今度は僕が驚く番だった。

 こういう会話って大体流されちゃうもじゃないの。

 受けてくれたら嬉しいけど、でも、レイさんは僕を避けているんじゃないの?

「もし良かったら紹介して欲しい」

 ええええええええ!

 本日二度目の超絶驚き。

「よろ、こんで・・・」

「ありがとう!マーさんの紹介なら信頼出来る」

 笑っている。

 満面の笑みで。

 綺麗だ。

 結局のところ僕は顔しか見ていないんだろうか・・・。

 なんだかんで言って、そうなのだろうか。

「ううん・・・こちらこそ」

 何言っているんだ僕は。

 この胸の高鳴り。

 この胸の高鳴りはなんだ。

「あの・・・レイさん、よかったら・・・お昼一緒に食べない?」

 口が勝手に動いた。

「私、お昼食べないんだ」

 今なら無かったことに出来る。

「あ・・・じゃー・・・そうか」

 何か言いたいんだけど言葉にならない。

「僕は食べるから・・・一緒にいてもらえない?」

 何を言っているんだ。

「いいの?」

 え・・・。

「・・・勿論!勿論だよ!一人で食べるのは寂しいし!」

「うん」

 しまった・・・・。

 これは言っちゃいけなかった。

 それじゃ彼女がいけないみたいじゃないか。

 これだから僕は一言おおいって言われる。

 先生も言っていた。

「賢い人間は黙っているよ。軽率な人間はよく口が回る」

 それって僕のことでしょ。

 まー今はそれはいい!


 信じられない。

 彼女と屋上前の階段でご飯を食べている。

 夢みたいだ。

 箸を持つ手が震えている。

「時間大丈夫?」

「ああ、そうだね」

 楽しくてつい話すのが中心になってしまった。

「あのさ・・・あのー・・・レイさんって、どういう人がタイプなの?」

 僕は口が回って勢いも余った。

 彼女は驚いた風もなく。

「さー」

 さー?

「え?」

「うーん・・・わかんない。考えたことないから」

 質問が悪かったか。

「じゃー・・・どういう人と付き合ってたの?」

 しまった・・・。

 過去の人をほじくるのはご法度か・・・。

「うーん・・・色々かな」

 困る風もなく即答。

(色々・・・)

 色々・・・ということは、一人や二人じゃない。

 だって色々だもん。

 そうか・・・付き合っていたんだ。

 って、何落ち込んでいるんだ。

 これだけ綺麗なんだから、そりゃ不思議じゃないだろ。

 そう思いだながら酷く落ち込んでいる自分を感じる。

 僕だってスズノと付き合ったじゃないか。

 そうだよ、色々じゃないけどお互い様だろ。

 色々。

 僕はスズノだけだ。

 そういう問題か?

 まーとにかくだ、もうこの話題は辞めよう。

「好きになった人が好きかな」

 どういうことだ。

 好きになる原因があって好きになるんでしょ。

 彼女は僕の疑問に答えるように言葉を続けた。

「私は頭が悪いから”あっ、いいな”って思ったら好きになっちゃうの。頭悪いでしょ」

 可愛い・・・。

 なんて可愛い笑顔なんだ。

 悪くないと言いたい。

 でも、それは嘘に思えた。

 だって彼女は学年最下位の常連。

 でも、頭の良し悪しってそういうことだけ?違うでしょ、君は頭が悪く無い、でも、今の僕にはどう言っていいかわからない。ただ、違うということはわかる。本当に頭の悪い人とは違う。あーもどかしい。先生ならすぐ応えられるだろうに。バカは僕だ。頭が悪いのは僕の方だ。

「マーさんは?」

「え?」

「どういう人が好きなの?」

「え・・・」

「まさか、こたえないき?人には聞いといて」

 小悪魔的な笑顔だ。

 可愛い。

 ヤバイ。

「いやいやいや、そうじゃないけど・・・」

 どう言えばいんだ。

 パッと浮かんだのは、”可愛い子”だった。

 でもそれって結局は顔ってことじゃないか。

 僕は結局のところ顔しか見ていないのか。

「はい、時間ぎれー」

「え?」

「取り繕った答えを言おうとしたでしょ」

「いや、そんなつもりは・・・」

 ドキっとした。

「でも考えてた。じゃーどういう子と付き合ってたの?」

 え、さっきの質問はもういいの?

「んー・・・小さい子!かな」

「それで」

「それでー・・・可愛い感じの」

「うん、他には?」

「うーん・・・寂しがり屋かな」

「うん」

「それと・・・我儘」

「そうなんだ」

 それってつまりスズノのことだ。

「・・・スズノって言うんだけど、中二の時に告白されたんだ。前から僕も可愛いなーって気になっていた子だった。背が小さくて小動物みたいで可愛らしくて、でもどこか影があって、気になってた。何があったんだろうって。何があるんだろうって」

「影か・・・」

「うん。彼女はいつもどこか寂しそうだった。笑っている時も、皆といる時も。一人の時なんか顕著で、得体のしれない影のようなものが彼女を覆っているような気がした」

「それでか・・・私にも感じた?」

「え?」

「マーさんは私のこと好きって言ってくれたでしょ?」

 うはー、面と向かって言われるの超恥ずかしい!

「う・・・うん」

「私に影を感じた?」

 なんでそうなるんだ。

「うー・・・」

「教えて」

「どうだろ・・・ごめん、思い出せない」

「謝ることないよ」

 どうなんだろう。

 黄色いレインコート。

 学校での身なり。

 雨の中、一人楽しそう振る舞う彼女。

 でも、どこか、なにか感じた。

 あの笑顔の裏にある何か。

 僕の経験したことのない何か。

 そうだ・・・僕は影を感じたのかもしれない。

「マーさんは、ひょっとしたら影のある人が好きなのかもね」

 そうなのか?

 わからない。

 結局は顔しか見てないような気がしてきて、気まずい思いが湧いてくる。

「僕は・・・可愛い子が好きなのかもしれない」

 正直に言えた。

「可愛い子?」

「うん、スズノは可愛いかった」

 あー・・・だから過去バナは禁句だって・・・何言ってるんだ好きな人を前に。そもそも本当に好きなのか?顔が好きなんじゃないのか。またこの話題か自分。

「私は可愛いの?」

「え?当然!可愛いよ」

「そうかな?」

 どういう意味だ。

「可愛いでしょそりゃー」

 何かが違う。

「ゴメンね。可愛いっていってくれることは嬉しいんだ。えっとね、私、可愛いって言われたことないんだよね」

「だって可愛いでしょ」

「そうなんだ・・・ごめんね自分ではわからないから」

 そうなのか。

 いや、可愛いとは思う。

 でも・・・。

 でも、それは僕の言う可愛いとは意味が違う気がしてきた。

 可愛らしいか。

 どう言えばいいんだ。

「あー・・・可愛いというか美人・・・かな」

「それは言われたことある。あ、ごめんね本当にあるから言ったんだけど」

 なんで一々彼女は厳密に言うんだ。

 そんなのわかるでしょ。だって美人だもん。

 そうだ、可愛いというか、彼女は美人だ。

「いや、いいよ。だって本当に美人だもん。こんな美人に生まれて初めて見たよ」

 彼女が僕をじっと見る。

 あー調子のった。

 事実だけど。

「ごめん!やめよ、なんか自分のこと・・・やめよ」

 どうしたんだ。

「うん」

「やっぱりさ、私が思うにマーさんは影がある人が好きなんだよ」

「そうなのかなー・・・」

「優しいんだよ」

「そんなことないよ」

 僕は・・偽善者かもしれない。

「あるよ」

「僕は・・・顔しか見てないのかな・・・」

 まただ。

「いいじゃない別に」

「え・・・でも・・・」

「だってそうでしょ」

「そうなのかな・・・」

「最初は誰だって顔しか見れないでしょ。最終的に決めるのは顔じゃないにしても。顔からだって人柄は出るよ。人間は出る。最後まで顔だって人もいるでしょうけど、入り口は顔でもいいと思う。顔というか、顔からくる印象というか。だって顔が見えるんだもん。心は見えないから。顔からでも心は見えるけどね」

 心は見えない。

 そうなんだよ。

 先生は顔から心が見えると言っていたけど僕は見えない。

 自分の心すらわからないのに他人の心なんて。

「私ね・・・」

「うん」

「男の人、怖いんだ」

「え」

 男性・・・恐怖症ってこと?

「特に大人の男性」

「うん」

 何があったんだ・・・。

「殴られたこともある」

「そんな、酷い・・・」

「頭悪いから、ちょっと優しくされるとコロッといっちゃう」

「・・・」

「もう怖いの嫌なんだ」

「誰だって嫌でしょうよ」 

「騙されるのも嫌なんだ」

「そりゃ・・・誰だって、僕だって嫌だよ・・・」

「だから怖いの。男性が大人が、人が・・・怖い」

「・・・」

「だからああいう格好するようになった。汚いと誰も寄り付かないから。ホラ、外にもいるでしょ」

「あー・・・いるね」

「小学生の時に電車で見て思った。そこだけ空間が出来ているから。どうしたのかなって思ったら、なるほどって。その時に思ったんだ。こうすれば皆寄り付かないのかって」

 そうだったんだ・・・。

 そういう理由だったんだ。

 なんて悲しい理由なんだ。

「でも人によっては逆効果な時もあった。汚過ぎる人には、どんな暴言も、どんな行為も許されると思っている人がいるって気付かされた」

 どういう意味だ。

 何が・・・あったんだ。

 胸が苦しい。

 胃が重い。

「気づいた時は・・・手遅れだった」

 僕は手が震えいた。

 彼女の身に起きたであろう事象に怯えていた。

 それとも怒りに震えていたのかもしれない。

「ただ汚いだけでは駄目だって知った。強さも、力も大事だって」

 酷い。

 何があったかはわからない。

 でも想像に難くない。

 その上で学校ではシカコだ幽霊だ呼ばわりされ、一人で。

 知らず泣いていた。

「ゴメンね。こんな話しちゃってご飯不味くなるよね。ほんとゴメン」

 僕は彼女の前で泣いていた。

「んーん・・・」

 背一杯の声。

 手が震えている。

 僕のやせ我慢は泣きながらご飯を食べることし出来ないのか。

 酷いことが同じ高校生に、同級生の身に起きていたなんて。

 どんな思いをして生きてきたのかと思うと胸が一杯で涙が止まらなかった。

 味なんてわからなかった。

 吐きそうだった。

「男が安々と泣くもんじゃない」

 先生の言葉が頭をよぎる。

 でも止まらないんです。

「君は・・・胸をはっていい」

 僕に言える限界だった。

「ありがとう・・・」

 彼女は僕の背中をさすりながら啜り泣く僕に言った。

 彼女は何故か泣かず笑顔だった。 


 どうして先生が止めた方がいいと言ったのかわかった気がする。

 生きてきた道筋が余りにも違い過ぎる。

 これでは上手く行くはずがない。

 住む世界が違う。

 僕の優しななんて所詮は薄皮一枚程度のものでしかない。

 恐らく彼女の言うマーさんだけが彼女を受け止められるのだろう。

 彼女はそれを言いたかったんだ。

 だから僕に警告した。

 ましてや僕を好きになるはずないじゃないか。

 違い過ぎる。

 彼女からしたら僕は薄っぺらい人間でしかないんだろう。

 ミズキちゃんでいいんだ。

 それが正解なんだ。

 これで僕はきっと踏み出せる。

 踏ん切れる。

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