第四十二話 ナメカワとレイコ
何かあったんだ。
レイコとマーさんの間に。
どうしてマーさんは私に相談しないんだろう?
彼の本音を聞き出すにはもう一息な気がするけど、何か決定的なものが足りないのか。
わからない。
クラスではレイコとマーさんの話題でもちきり。
色々な妄想や噂が飛び交い出している。
今はまだいい玩具を見つけたといった雰囲気。
でもお陰でマーさんに余計に近づき難くなった。
しばらくは皆の注目が二人に集まる。
意識するとは無しに気になる挙動。
そこで私が近づくのはマズイわね。
俄然目立ってしまう。
彼が携帯を持っていれば呼び出すことも出来たかもしれないけど、それはそれでリスクが伴うでしょう。こういう時に、ヤッちゃんみたいなタイプはいい。目立たないから動きやすい。
ガラスの靴の童話に見立てた妄想をしている子たちもいる。
氷のようなレイコの心をどうやって冴えない彼が氷解させたのか。
そして、どうして再び彼女は心を閉ざしたのか。
ナガちゃんなんか二人をモチーフにしたマンガを描くようだ。
見ものよね。
誰にも口を開かなかったレイコがどうしてマーさんに口を開いたのか。
しかもクラスで、皆のいる前で罵声を浴びせるほどの関係だったなんて。想像が捗るのも無理からぬこと。
(何があったんだろう)
私のところには引っ切り無しに「二人のこと何か知ってる?」って聞きに来る。見てないようで皆見てる。「彼と仲いいでしょ?」って言われた。これだから侮れない。これ以上動くのは慎重にしないと。
じれったい。
今がチャンスってことだから。
彼を籠絡させる最大の好機。
その為には理由が知りたい。
その理由次第では動かない方がいいってこともある。
彼がどうして彼女にあそこまで言われるようなことをしたのか。
あのレイコが、しかも人前で彼を罵るなんて。
マーさんは心当たりがあるような無いような顔していた。
早退したのはどういう理由なんだろう?
まさか彼女に怒鳴られたのが理由ではないでしょう。いくらなんでも子供じゃあるまいし。彼が気が弱いからって、そこまで弱いのなら幻滅する。
それとも、帰らざるおえない理由が他にあった?
私はよく聞こえなかったけど、彼女が彼にだけ聞こえるように何か言っていた。マキくんの話だと、「施しを受ける理由はない」って言っていたらしい。マキくんは苛立っている。授業中ずっとレイコを見ていたらしい。レイコはいたって普通。何を考えている?
不意に、授業前にササキに呼ばれたていたことを思い出し、昼休み、ササキに探りを入れる。
先生は私に好意を持ちながらも、いい大人だしそんな気はありませんよと見せているタイプ。だから扱いやすい。少しくすぐれば大概のことは吐露する。
マーさんが彼女の代わりに未納の分を頭金として届けたらしい。
それだけなら当たり前の光景。
「こういうことは人を通すもんじゃないぞ」
そう言ったササキに対して彼女は黙っていたらしい。
「残りはしばらく待つから、お前も色々大変なんだろ?」
少しの沈黙の後、
「どういう意味ですか?」
と言った。
「どういうって、アイツに頭金届けさせただろ?そのことだよ」
ササキの話だと、
「あいつの正面顔を初めて見たような気がする。結構な美人だな」
それはどうでもいい。
それってつまり驚いていた。
彼女は知らなかったんだ。
ただわからないのは、
「わかりました」
と言って下がったこと。
知らないなら”わかりました”はおかしい。
恐らく、その足であの事件。
「施しをされる理由はない」
レイコは知らなかった。
私がわからないのは、
どうして彼女が怒ったのか。
恐らくこういうことだろう。
私が言った未払いの件で、彼が彼女に内緒でお金を僅かばかり用意した。お小遣いから出したんだろう。
どうしてマーさんはレイコに言わなかったの?それもわからない。
彼女のことだから尻尾を振って喜ぶんじゃないの?
いずれにしてもマーさんは彼女に言わず届けた。
そして、まさかの即バレ。
挙句に彼女に罵られた。
皆のいる前で。
これは男子にとっては凡そ最悪の事態。プライドを重んじる男子が人前で女子に罵声を浴びせられる。男の世界では最も忌むべきことでしょうね。レイコは知らなかったのかしら。流石に私も学んだ。これは最悪。私も小学三年生の時にやっちゃったけど。その後、似たようなケースもあった。今振り返ってみて、改めて男性はプライドの塊なんだと思う。些細なことを気にする。女子とは違った意味で。とにかく自分を大きく強く魅力的に見せようと振る舞う。その様を嘲笑ったら最後。ましてや人前でなんて最悪。
これで二人の関係はどうこまで進展してようと終わったのは確実ね。
好機到来。
それともマーさんは情けなく彼女にすがりつくんだろうか?
レイコがそれを受け入れるとは思えないけど。
ありえない話ではない。
でも怒った彼女に対して彼は冷静だったように見える。
寧ろ怒鳴り返したのはマキ君だったわね。
彼はそれを止めようとしていた。
どうして?なんで?
自分に非があると思ってる?
それとも単にレイコの迫力に怖気づいた?
どの線もありそうね。
難しい。
攻め方を見誤ると大火傷しそう。
その後の彼のことを思い出そう。
酷く落ちつていた。
でも、どこか魂が抜けたような。
顔が青ざめていた。
人って本当に血の気が引くと真っ白に、青白くなるのね。
あの表情は、悲しいとか、怖いとか、そういう感じとは違って見えた。
血の気が引いた。
まさにその言葉が当てはまる。
何に血の気が?
なんだろう?それがキーな気がする。
やっぱり二人に何かあったのか。
知りたい。
でも二人のことを私以上に知る人がいるはずもない。
何せ二人がああいう関係だったってことすら多分誰も知らないでしょう。
でなければこんな大騒ぎになる筈もない。
多分、ここ二、三日は二人の話題で独占でしょうね。
マイコに探りを入れようかな・・・。
でもちょっと怖いわね。
あの子、感がいいから。
マイコの友達、サチから攻めていこうかな。
(それとも勝負に出るべきか)
今なら彼を余裕で落とせそう。
でも一歩間違うと・・・。
情報が足りない。
もう少し情報を集めてからにしよう。
このクラスの感じだと暫く彼には近づけそうにもない。
今、噂をたてられたら一瞬で全校生徒に広まりそう。
怖い怖い。
それは後々困る。
レイコ、あなたは今何を考えているの?
まるで何時も通り。
これほどまでに皆の視線を浴びているのに。
声をかけられても無視出来るなんて。
あなた一体なんなの?
二人の秘密を知りたい。
どうしても。
*
マーさんが帰った。
悪いことをした。
言い過ぎた。
わかってる。
あれでも背一杯、自分を抑えた。
私も傷ついた。
マーさんも結局は他の男達と同じだった。
わかってる。
勝手に期待していた私が悪い。
結局はお金でどうにかなると思ってる。
彼だけは違うと思っていた。
じゃあ、どうして私はこんなに悲しい。
どうしてこんなに身体が重く感じる。
喪失感。
もう失うものなんて無いと思っていたのに。
期待していた。
心のどこかで。
彼は違うと思いたかった。
アイツのことを思い出す。
「幾らお前にかけたと思ってるんだ!その金返せ!」
かけてくれと一言でもいった?
自分で払うからと言ったのはアイツでしょ。
「お金がないからデートにいかない。公園でいいでしょ」
「全部俺が払うから、行こうよ、まかせておけ」
ずっとそう言ってきた。
いざ触れられないとわかっただけで、あのアリサマ。
「何の為に金払ったと思ってるんだ!ふざけんな」
どっちがフザケルナですか。
アイツに限らない。
その前のはもっと酷かった。
「じゃあ幾らならヤラせるんだ?幾ら払えばヤラせる!」
アルバイト先の店長。
何かと目をかけてくれていると思っていた。
とんでもない。
結局はヤリタイだけ。
同じ大人でも、まだヤツの方が素直だ。
「お願いだから、一回だけだから、悪いようにはしないから!」
彼は泣きながら頼んだ。
皆同じ。
中身は一緒。
ヤリタイだけ。
そして金を払えばいい思っている。
金で縁をつなげば何時かはヤレルと思っているような連中だ。
大なり小なり皆そういう目で私を見ていた。
大人のマーさんだけだ。
私を愛でもって唯一見てくれたのは。
話してくれたのは。
クソな親戚から身を挺して私を守ってくれた。
私の為に高校まで通わせてくれた。
見ず知らずの他人なのに。
母親ですら見捨てたのに。
娘のように可愛がってくれた。
もういい。
満足。
もういいからって言ったのに。
中学時代でもうわかった。
自分の居場所はこの世界には無いって、マーさんの所だけだって。
「君が高校卒業するまで見守りたい。これは俺の念願だ。死んだ娘の代わりをさせるようでスマナイけど俺の我儘に付き合ってくれないか。頼むから。お願いだ。この通りだから」
頭を下げた。
こんな私の為に。
全部私の為なのに。
頭を下げてまで私を高校に行かせてくれた。
本当はもう学校なんていい。
もう全部わかった。
私のいる所はマーさんの所以外ないって。
でも無いよりいい。
私にはある。
無い人もいる。
私は幸せだ。
でもなんで落ち込むんだろう。
散々見てきたのに。
一杯経験してきたのに。
あの嫌な思い。
子供マーさん。
子供って言っては失礼ね。
同級生だし。
晴れの下を歩んできた人。
すぐに感じた。
私とは違う。
私はずっと雨の下を歩んできた。
彼は他の男達とは違うと思っていた。
きっとあのままいけば、
「俺が肩代わりしただろ!」
そう言い出すに違いない。
皆そうだった。
大人マーさん以外。
「金を返せ!」
もうあんな醜いものは見たくない。
そうなる前に縁をきればいい。
クラスで言ったのは失敗したけど。
自分を抑えられなかった。
マーさんには本当に悪いことをしたと思う。
でも、これで私を決定的に嫌うだろう。
いつも通りになる。
誰も私には近づかなくなる。
それでいい。
図らずとも彼のお陰で首の皮一枚つながったのは事実。
アルバイトをしよう。
嫌な思い出しかないけど。
きっとまた嫌な思いをするだろうけど。
出来ることならもう大人の男性とは関わりたくなかった。
でも返さなきゃ。
これは大人マーさんに払って貰うわけにはいかない。
自分の不始末。
自分で稼いで自分で返さないと。
子供マーさんはお小遣いから出しんだろうけど。
マーさんにとってはそれでも自分で得たお金。
ところでマーさんはどうして怒鳴り返さなかったんだろう。
全ての男達は必ず怒鳴り返した。手を上げる者もいた。
そんなに私が怖い顔していたのかな?
マーさん気が弱そうだから。
悪いことしたな。
悲しそうな顔をしていた。
あれはどういう意味なんだろう。
早退したのもアレが原因でしょう。
ちゃんと話をすべきだったか。
いや、駄目。
話すと男はああだこうだ言う。
屁理屈ばかり。プライドばかり気にして本音を語らない。
今までだってそうだ。
事前に言っていたのに。
自分を大きく見せようとする。
マーさんもきっとそう。
でも、悪いことをした。あんな顔をさせるなんて。
あんな顔をさせちゃいけないのに。
どうしてだろう。彼からは一遍の憤りも感じなかった。
ただただ悲しいというものしか感じなかった。
どうして?
何がそんなに悲しいの?
気が弱いから。
それだけ?
(・・・)
いや、止めよう。
考えるだけ無駄。
もう済んだこと。
彼は明日からきっと私のことを悪意をもって見る。
もしくは私に恐れを抱いて見る。
アイツらのように。
いつもそうだった。
そして私を辱める。
大なり小なり。
慣れた。
慣れてはいないけど・・・。
彼にされるなら仕方がない。
自分で撒いた種だし。
子供マーさんがくれたチャンスだ。
つなごう。
まずはアルバイト。
これはきっと大人マーさんからのメッセージでもあるんだ。
約束を果たそう。
高校三年間、何があっても踏みとどまる。
卒業したらマーさんと暮らす。
マーさんに彼女が出来たていたら諦めるけど。
その時は終わりにしよう。
全て。
その時が私の世界の終わり。




