第三十八話 アルバイト
ファストフード店のキッチンで働き出す。
自転車で三十分。
勉強以外で久しぶりに頭を使った気がする。
何のアルバイトにするか悩んだ。
顔バレしないのがいい。
友達に相談出来ないが辛い。なにせ誰も何も事情を知らないんだ。
秘密をもつとドキドキするから好きって言う人もいるけど、僕は嫌いだ。嫌いというより・・・面倒かな。出来るだけお互いオープンにして理解しあった方が楽だと思う。
誰が言ってたんだっけ?
(あー・・・スズノだ)
スズノは「秘密にするとドキドキするね」って言っていた。中学の時、二人が付き合っているのは当初秘密にしていた。結局はバレるんだけど、その事でしばらく友達とは険悪なムードになった。そりゃバレるでしょ~よ当然でしょ。秘密に出来ると思っている神経がわからない。しかもアレはスズノからバレたんだ。全くアイツは。そのくせ「バレちゃったね」だとよ。バレて喜んでやがる。「どっちなんだよ!」って話だ。あの後、どれだけ嫌な思いをしたか。友達にさせたか。まーいい、済んだ話だ。なんか最近ゴタゴタし過ぎている。気分がトゲトゲしい。
急にアルバイトするなんて言ったら「なんで?」から始まるだろう。
何も言えないのに自分に都合のいい話だけ聞くのも悪い気がする。何より、質問に対してうまく応えられそうにない。親には当然聞けない。
最初はネットで探してみて、僕の年齢ならコンビニ辺りが妥当と思った。比較的時間にしても自由があるし融通がきいて店さえちゃんとした所を選べば安心。店長がポイントらしいね。でも当然ながら顔出しになる。少し考えやっぱりやめる。
うちの学校は事前に申請すればアルバイトは許可だけど、その際には親の了承が必要だ。親に許可がとれない時点でアウト。いっそ書類を偽造しようかと思ったけど万が一バレたら厄介。それに許可は下りても友達に知れ渡る可能性がある。結構 先生には口が軽い人がいる。どのみちバレる。どこで何がどう繋がっているのか本当にわからない。
何せナメカワさんだけが彼女の退学通告を知っていた。裏を返すと誰かが知りうる可能性があるってことになる。これ以上は親とモメたくもない。
わかってる。
わかってるんだよ母さん。
僕だってわかってる。
わかって欲しかった。
一つの秘密を守るために芋づる式に秘密が膨れ上がるものだと実感した。一つの壁が突破出来ないが為に多くの壁が立ちはだかる。避けたら避けた以上の問題が山積する。先生の言葉が思い出される。
「真っ直ぐ生きた方が一番はやいし楽だよ」
僕も真っ直ぐ生きられたら。
でも僕にはそんな強さはない。
真っ直ぐ進むだけの力強さはない。
先生は強いから出来るんだと思う。
精神的には勿論、性格的にも、才能的にも。
僕みたいなのは無理だ。僕は凡人だ。
僕は・・・弱い人間だ。
「あ・・・」
不用意にその後の続きがあったことを思い出した。
すっかり忘れていたな・・・。
「じゃあ君は真っ直ぐ道を走るより曲がりくねった道をゆく方が簡単だって言うのかい?面白いこと言うね」
何も言えなかった。
そんな筈はない。
でも、それは屁理屈だ。
先生は物理的な道に照らし合わせて言っているんだろう。
僕は生き方の話をしている。
違う・・・。先生は両方の意味で言っているんだ。
なんでこんなにお腹の辺りが圧迫して感じるんだ。
胃の辺りが。
ネットに質問する同輩もいるようだけど僕は途中でやめた。色々読むだけ読んだみたけど、なんかどれも微妙に違う気がした。参考になるようなならないような、当たらずしも遠からず。そんな感じ。話が通じていないQ&Aも結構あった。無理もない。それぞれ条件は色々だろうから。何より、或る程度理解してくれた上でヒントめいたものを知りたいと感じた。コレダと思える手応えが欲しい。
運は僕の味方をしてくれたのかもしれない。
オジサンが突然くる。パソコンのことでオジサンを呼んだみたいで、用事の帰りに寄ってくれたようだ。父さんもパソコンには詳しいと思うんだけど、ババア曰く、「パパの言うことは難しくてわからない」だそうで。その時に隙をみて何気なく聞いてみる。
「オジサンはアルバイトしたことある?」
「あるよ。モーリスバーガーの厨房をオジサンはやったことある。何であれ技術系の仕事の方が好きだからね。この年齢になって思えばサービスも技術いるんだけどさ。何よりフロアの方が女子と一緒に仕事出来たのに惜しいことをしたよ。マジシャンは性格的に厨房だろうな。彼女もいるし」
そう言って笑った。
普段のオジサンなら一通り喋った後「なんでそんなこと聞くの?」と鋭く突っ込むのに珍しく聞かなかった。何かを察して気を使ってくれたのかな。言葉少なに帰る。これを聞いてピンと来た。
人生で初めての面接はド緊張で何も言えなかったけど、すんなりアルバイトが出来ることになる。ちょっと大人になった気分。その日はなんか覚えることが多くて頭が真っ白になった。
初日、店長にフィッシュバーガーを食べさせてもらい、
「うまいだろ!この揚げたてのうまさをお客様に届けたいんだ!」
熱く語られた。
確かに美味しかった。むしろ出来立てはこんなに美味しかったのかと思う。裏を返せば僕が食べてきたアレはなんだったんだろうか。
元から器用な方じゃないから度々怒られるけど、怒られるのには慣れているせいか、ネットで言われるより僕は全然平気だった。むしろ面白いが上回っている。休憩の時にタダでハンバーガーを食べられるのがまたいい。
先生のお陰かもしれない。思えば僕が大人達の叱責に対して耐性がついたのは先生の言葉からだと思う。
「劣等感が強い人間というのはやたらに怒鳴る。精神の痛風みたいなもんだ。いつの時代も変わらないよ。君ぐらいの年齢だと、もっともらしいことを言っているように聞こえるだろうけど十中八九大したことを言っていないよ。それでいて劣等感が強いだけに適当に流されると余計に腹をたてるから始末が悪い」
「そういう時に先生は真剣に聞いているふりをしたんですか?」
「僕は全く相手にしなかったから余計に怒鳴られたよ」
豪快に笑う。
メンタルが強い。
先生の学生時代の話はまるで漫画みたいだ。
これを聞いてからというもの、学校の先生がギャーギャー説教たれられる時に思い出すようになった。なるほど確かに冷静に聞くと大したこと言っていない。やれ何時まで何をしろかにをしろと細かいことばかり。ようは雑事だ。うちのババアと大差ない。
「独創性を育むが聞いて呆れるよな」
先生の言う通りである。
毎日だと怪しまれるから週二にしたのに、いきなりババアから疑われる。何が違うんだろう?わからない。クラスでは誰も気づいていないのに。ここんところレイさんの一件でよく夜に外出していたから怪しまれないと思ったのに。わからない。恐らく先日の啖呵きったのが災いしたんだろう。
「成績下げない!」
と言いつつ夜遊びじゃ納得しないのも無理はない。
単純にそれだけだな。
マキに予防線をはっておこうか。
いや、いいや。
今度はマキに怪しまれるだろうから。
全く面倒くさい。だから秘密なんて嫌なんだ。いっそ、
「僕は彼女に退学して欲しくないからアルバイトをしています」
そう言えたらどれほどすっきりするか。
でも、言ったら言ったで大変なことになるのは確実だろうな。
「そうか、わかった」
とはいかないだろ。
お陰で忙しいったらありゃしない。
火・木でアルバイト。
日曜はミズキちゃんとのデート。
土曜日はスズノとのデート。
月・水はマイサンズとの会合。ま、ゲーム大会だけど。
金曜が勉強。
疑われないように皆のリクエストに必死に応えている。
この前なんてスズノに「最近優しいね」って言われた。
失礼な話だ。僕はずっと優しかったと思う。
何が違うんだ?
・・・ああ。
やましいことがあると丁寧になるってのはあるかな。
そうだ、きっとそれだ。
浮気がバレるってパターンってコレだよ。
現金な話だなぁ。
でも・・・その違いがわかるもんだな・・・。
問題は勉強だ。時間がない。
やろうと思うと疲れて寝てしまう。
こうなるといよいよクソババアの予言が当たりそうで怖い。
授業で全て消化しようなんてことも考えたけど、疲れてウトウトするし、珍しく冴えている時でも相変わらず頭に入ってこない。何か脳に異常でもあるんだろうか?
あー勉強が進まない。
僕は何をさっきからウダウダ考えているんだ。
なんでなんだ。やる気はあるんだ。嘘じゃない。
計画もちゃんと立ててる。その通りやれば大丈夫だ。今迄だってそれで出来たんだから。それがなんで計画通り出来ないんだ。出来なきゃ意味がないだろ自分。
わかってるよ。ババアみたいなこと言うな。
自分しか味方がいないのにお前までそんなこと言うなよ悲しくなるだろ。
手は止まったまま。
ノートは真っ白。
落書きすらない。
「あーもー誰かー勉強教えてー助けてー・・・」
背もたれにだらしなく寄りかかるとギシギチを音がする。
天井を仰ぐ。
ナメカワさん。
駄目だ。
でも彼女は口がかたそう。
いや、しかし・・・同じクラスはヤヴァイだろ。
彼女なら理由を聞かずに引き受けてくれるんじゃないか?
まさか。
いや、彼女ならありえる。
仮に聞かなくても気になるだろ。
だよね。
でも、聞いてこないかも。
ありえる。
でも・・・。
また先生が言ってたこと思い出した。
どんだけ先生のこと好きなんだよ。
「肝心なことをお願いする時は人をみないとね。世間で見返りを求めない人はいないと思った方がいいよ。口で何と言おうとね。今の人は特に本音と建前は別だから。悪口ととってもらいたくないんだけど、特に女性に頼み事する時は気をつけた方がいい。その点、君みたいな人は安心して任せられるけど、男でも稀だよ」
お世辞だと思ってた。
先生は何かと勇気づけるようなことを言ってくれるから。
でも・・・なんかわかる気がする。
あー気になるな・・・。
椅子がギシギシとなる。
「やめておこう!」
ナメカワさんは信用出来ると思う。
でも・・・なんか気になるんだなー自分でもわからないけど。
にしてもおかしいなぁ。
彼女じゃないけど女友達がいて、仲の良いマイサンズがいて、アルバイトもはじめて、好きな人がいる。最高でしょ。なのに・・・イライラする。
「どう考えてもリア充なはずなのにー」
貧乏揺すりが本当に酷い。
指かむクセもどんどん頻度が上がってる気がする。
それにさっきから何を一人で喋っているんだ。
「あー進まない」
レイさんが勉強教えてくれたら理想なんだけどなぁ。
無理だろうなぁ。
彼女はクラスで最下位以外なったことないだろうし。
いや、クラスどころか学年最下位だっけ。
むしろ教えられるのは僕の方だろう。
にしてもなんであんなに平気でいられるんだろう。
嫌じゃないのかな?
嫌でしょ普通。
一緒に最下位ワンツーフィニッシュってのもいいかな・・・。
「本気で少し喜んでるんじゃねーよ。いいわけねーだろ」
このままじゃババアの言う通りになっちゃう。
勉強しなきゃ。
明日はスズノか。
最近は少し落ちつてきたな。
一時はどうなるかと思ったけど良かった。
あの調子じゃほんとどうなるなかわからなかったもんなぁ。
そういえば・・・
「あーもー勉強しろっての自分!お願いだから!頼みますから!」
机を叩く。
誰と話しているんだ。
自分とだよ。
何が悪い。
パソコンのスピーカーからコール音。
画面を覗き込む。
「スズノからチャットか。マメだね~明日のことか。そんなに僕のことが好きなんでちゅかー・・・」
バカだ・・・バカがココにいる。
僕はヘッドセットをとった。




