第二十七話 台風の前兆
いよいよ文化祭。
初日の公演はまずまずの仕上がり。
金土日の三日間で六公演。
僕のチームは金曜の午前と日曜の午後。
この一体感、この一体感ですよ!朗読劇最高。
朗読劇が決まった時こそごねていた反対派も後半にはすっかり集中し楽しんでいたように思う。時間がないことが却って幸いしたかもしれない。一種独特な一体感があった。何せ時間がない。
「こりゃ~公演終了後にカップル誕生って匂いがプンプンするな」
文化祭前日の総仕上の日、マキが言った。
幾つかのペアは既にもうそういう雰囲気を匂い立たせている。
うちはそうじゃないペアだけど。
ナガミネは結局最後まで不思議なバリアーをはったまま完全には解除してくれなかった。でも彼女のことを思うとそれでも随分と軟化した方だと思う。最初はどうなるかとヒヤヒヤしたけど。ナメカワさんのお陰だ。今では普通に喋ってくれる。
「リア充爆発しろ!」
ヤスが謎の呪文を唱える。
「ようこそ修羅の道へ」
ミツが更に意味不明なことを重ねる。
二人のこの感じはやっぱりナガミネさんに通じるものがあるんだけど。
全員でスクラムを組む。
「やりきろう!」
(あー・・・ここにレイさんがいれば・・・)
ダメだ。
諦めたんだ。
彼女のことは考えちゃいけない。
金曜日は単位の関係もあり参加しない者もいなければいけないが、土日は参加者だけになる。
レイさんはどこで何をしているんだろう。
また彼女のことを考えている。
忘れなきゃ。
あの日以来、余計に彼女のことが気になってしょうがない。
決めたはずだ。
決意もかたい。
なのに。
吹っ切る為の告白じゃなかったのか?
そもそも告白する気なんて全くなかった。
思えばノープランだった。
(考えちゃダメだ、今は文化祭に集中しよう)
レイさんはクラスの朗読劇に顔を出すこともなく朝礼後姿をくらませた。
どこにいるんだろう。
一緒に模擬店とか回れないかな・・・。
ちょっとだけでいいから。
もう帰っちゃったとか?
ダメかなぁ・・・。
何を考えている。
忘れるんだろ?
レイさんは最後にはしっかりいた。
そして喧騒の中、まるで姿を消すようにいなくなる。
僕らは居残りで反省会と稽古。
それはそれは楽しいものだった。
ヨシダとムラチュウが勢いにまかせてだろう。
「付き合ってます」宣言。
怒号が飛び交う中、私達も発言がもう一組。
「リア充爆発しろ!」
とナガミネ一派とミツ一派らが謎のシンクロ。
(お前ら気が合うんじゃねーか)
言いはしないが二人でしっぽり見つめ合うペアも。
(汚らわしい!公私をわきまえろ)
いや、本音は羨ましいんだ。
(くっそ、くっそ、爆発しろ!って、ヤスのがうつった)
そっか、こういう感覚なのか。
ナメカワさんがカラカラと笑っているのを見ていたら僕と目があった。
カップルを嫉妬で見つめている者が多い中まるで気にしていない様子。
彼女はいつも輝いている。
本当に感謝している。
でなければナガミネさんとココまでうまくやれなかったろう。
僕が彼女に頭を下げると彼女は手を振り笑顔で応えてくれる。
「ゴルァ何しとんじゃ~」
マキが絡んできた。
お前は俺のこと好きなのか。目ざといんじゃ。
そして僕の変わりとばかりに手を振る。
彼女は笑っている。
本当によく出来た子だ。
いい人だ。
楽しい。
本当に楽しい。
楽しいんだけど・・・どうしてこんなに空虚なんだ。苦しいんだ。
二日目の土曜日。
それはやってきた。
土日は開放日。
近隣の高校からも遊びに来る。
言うなれば土日は文化祭の晴れ舞台。
僕らは休みのグループなのでいつものメンツで模擬店を回っていると彼女はいた。
「久しぶり」
スズノだ。
「え・・・おお。元気?」
元カノのスズノ。
マキは知っている。
「スズノさん、こっちはマキ」
「あー・・・。ども」
マキのやや角がった物言い。
ソレもそのはず。
マキには僕とスズノとの一件を話したことがある。
「こんにちわ」
「ところで、どうしたの?」
マキの顔が完全にマズイ。
「ちょっといいかな?」
おずおずと彼女は言った。
この感じ、嫌だなぁ。
「うん、わかった。マキ、悪い」
「なんだよ友人より元カノか?」
だからそれを言うな。
「そういうわけじゃないけど御免。後でまた合流しよう」
このままマキが側にいると何を言い出すかわかったもんじゃない。
「全くな・・・」
マキの声が聞こえる。
今は僕の本音の代弁者かもしれない。
今やスズノは遠い思い出の人だ。
正直いってどうでもいい。
「私のこと知ってるんだ」
含みのある言い方。
僕は応えなかった。
「僕がこの学校にいたのって知らなかったんだ」
「知ってるよ」
(知ってて来るのか・・・)
これだ。
これだから女はわからない。
僕なら絶対に行かないだろう。
一年の模擬店に入り少し喋ることにする。
あんまりウロツキたくない。
色々な人に会いそうで。
「で、どうしたの?なんかあるんでしょ」
いけないと思いつつも、ツンケンした態度になってしまう。
遠い人と思いながらも、しこりが残っていないと言えば嘘になる。
あの頃の感覚が思い出される。
「あのね・・・」
「うん」
「今、彼女とかいる?」
はっ?
「いないけど・・・」
この前のことが思い出された。
「私達・・・やり直せないかな」
はあっ?
「え、どういうこと?」
「私、彼と別れたんだ」
だから・・・何?
「そうなんだ・・・それがどういう」
「君のことがやっぱり忘れられなくて・・・」
はああああああっ!
意味がわからない。
全く意味がわからないよ。
(落ち着け)
もう彼女とは単なる知り合いだ。
腹をたてるのもおかしいだろ。
「ごめん。僕は・・・そういう気がない」
ハッキリ言わないと。
あの頃は言えなかった。
「でも、いないんでしょ」
「だから?」
ダメだ落ち着けって。
「次の相手が出来るまでの間でもいいから」
何言っているんだ。
スズノってこういう人だったっけ?
なんなんだよ。
ちゃんと言わなきゃ。
コイツはそうなんだ。
忘れられるような決定的なことを言わないと。
そうだ。
「好きな人がいるんだ」
「でも、さっき付き合ってないって!」
「付き合ってはないよ。フラレタから」
「じゃあ!」
じゃあ・・・ってお前、正気か。
落ち着け・・・頼む落ち着いてくれ。
スズノ相手は熱くなると拗れる。
「・・・人ってそんなに割り切れるものじゃないじゃない。(もっと決定的なことを・・・)それに(そうだ)明日はマキが彼女を紹介してくることになっているんだ。だからダメだよ。その間も、あの間もない」
僕には決定的な理由に思えた。
でも彼女にとっては違ったようだ。
「どういうこと?好きな人がいるのに紹介を受けるの」
あー・・・思い出したこの感覚。
腹の下あたりが捩れるこの感じ。
そうだよ。
スズノってこういうヤツだった。
余計なことを言ってしまったんだ僕は。
そうだ、スズノは誠意をもって言うほどに拗れる。
コイツは自分がそう思い込んだら突っ走る。
どんな理由も意に介さない。
「とにかく・・・ダメなの」
遅かった。
「まだ紹介前じゃない」
お前・・・。
「僕がよくない」
「お願い・・・私・・・寂しいの」
ズルい。
ズルいよお前は。
お前って本当にズルいよ。
なんなんだよ。
俺が辛い時に、お前は男つくってチチクリあってた癖に!
でもこの顔は本当に困っている。
頼れるのが他にいないんだ。
(コイツ他の人には腹割らないからなぁ)
そうだ。スズノこそ見栄っ張りだ。
僕じゃない。
見栄っ張りっていうのはこういうヤツのことだ。
お腹の辺りが苦しい。
あの時を思い出してきた。
何かあったんだ。
文化祭も一人で来たのか。
スズノは依頼心が強い。
寂しがり屋で嫉妬深くて。
あーマズイ、色々と思い出してきた。
助けて。
誰か。
先生どうすれば。
「付き合うことは出来ないよ・・・でも話は聞くことは出来る。ココではなんだから文化祭終わった後でもいいかな?ただ彼女の件は本当に諦めて真剣に。終わったんだからね。君が・・・終わらせたんだから」
ダメだ。
これ以上いったら話しがややこしくなる。
自制も効かなくなりそうだ。
「ありがとう・・やっぱり嬉しいねマネちゃんだけだよ・・・」
(マネちゃん・・・あー懐かしい響き)
在りし日に戻ったような。
折れた。
断りきれなかった。
これが僕の限界だ。
「根性なしなだけだよ・・・」
なんてことだ。
このままではスズノに一日付き合うことになりそうだ。
僕は胃の底がムカムカし、腸がぐるぐるなっているというのに。
僕はバカなんじゃないか・・・スズノ・・・お前はなんなんだよ。
「あれ?マっさん」
マズイ!ナメカワさんだ・・・最悪だ・・・。
なんでこう彼女には目撃されてばっかりなんだ。
というか、いつかはすれ違うか。狭い校内だし。
もう何人かに見られているかもしれないぞ。
「あっ、どうも」
「どなた?」
「彼女です」
お前なぁ・・・。
しまいには怒るぞ。
「元ね。元カノです。こちらナメカワさん」
「凄い美人ね。タイプでしょ?」
「煩い」
なんで赤くなるんだ俺は。
くっそ、こんな時に。
「マっさんに用事あるんだけどちょっといいかな劇のことで・・・貴方も良かったら見てってウチのクラス。朗読劇やってるんだ」
頼むから日曜に出るってことは言わないで。
「マネちゃんもやるの?」
ボソッと言う。
「僕は終わったよ」
嘘は言ってない。
ナメカワさん、日曜の件は言わないで。
「そっか。ナメカワさん、後で寄らせてもらいます」
「ありがとう。じゃあ、マッさんいい?急いでいるの」
助かった。
スズノ・・・あからさまにイヤな顔するなよ。
だからお前は・・・。
「文化祭 楽しんでって」
全く意に介さないナメカワさん。
人間としての格が違う。
「はい。ありがとうございます。あの、携帯アドレス」
「ごめん、まだ持ってないんだ」
「そっか・・・じゃ、この後で会えなかったら家電する」
「悪いね。あ、ココ払っとくから」
「ありがとう。じゃあ」
スズノは出て行った。
九死に一生を得るとはこのことだ。
最高から最低の文化祭になるところだった。
「じゃ行こうかナメカワさん」
「どこに?」
「え?だって用事・・・」
「ウ・ソ~♪」
「えー」
舌をぺろって出した。
可愛い!
何この可愛い生き物!
天使!大天使ナメカワ!
「じゃ、なんで?」
「困ってたでしょ」
「そっかー・・・そういうことですか。助かった。本当に助かりましたナメカワさん。ほんと天使・・・(ぁ)」
思わず本音が。
「ここ、いい?」
「え、出ないの?」
「構わないでしょ」
うへー度胸が違う。
僕は一秒でも早く立ち去りたいのに。
「立ち入った話で御免ね、彼女本当に元カノ?」
「あー・・・うん。そうなんだ。突然現れてびっくりしたよ」
「そうなんだ・・・。で、なんだって?」
「よりを戻したいって・・・」
ナメカワさんだとスラスラと言える。
「それで」
もー大天使ならいいや。
「出来ないって」
「そっか。マっさんだから言うけど・・・気をつけた方がいいよあの子」
「え?」
「御免ね。あの感じは何かあるよ。面倒くさいことが」
「あー・・・もう関わっちゃったかも・・・」
「あーっ!」
ビクっとする。
聞き慣れた声と共に荒々しく入ってきたのはマキ達だ。
「お前なーなんだよ、そういうことか!」
(どういうことだよ・・・)
ミツとヤスはゲス顔で俺を見ている。
彼女はすぐ席を外し何処かへ向かった。
何せ人気者だ忙しいだろう。
この時は気づかなかったけど、彼女は支払いも済ませていたようだ。
凄い。
もう大天使過ぎる。
後でお金返さないと。
この後、僕はマキに説明するのに追われた。
まだ見たい芝居とか自主映画とかあったのに。
明日はどうなるんだ。
心の整理が付かないよ。
こんな状況で会うのか?
会えるのか?
どのツラ下げて。
僕の心は太平洋の荒波に浮かぶ草舟がごとくモミクチャにされていた。
もう自分が浮いているのか沈んでいるのかすらわからない。




