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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
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第十一話 夏休み

 これほど夏休みの初日に気分が沈んだことはない。

 想像だに出来なかった。

 絶対にあり得ない。

 夏休みが、

 あの夏休みが嫌になるなんて。

(だって夏休みだぞ・・・休みなんだから最強でしょ)

 初日から宿題は頓挫。

 朝から申し訳程度に開いたはいものの全く進まない。

 頭の中は彼女のことで一杯。

「会いたい・・・」

 会ってどうしたいかはわからないけど、

 会わないとおさまりそうになかった。


 母親との喧嘩は解決していた。

 いた、というのもおかしな話だけど、ハッキリした記憶にない。母さんとどうやって仲直りしたか。

 あの後、そう、あの日帰った夜に父に呼び出された。喧嘩の事実と原因を聞かれ、僕はそのまま言い、父は母をたしなめつつも僕に謝るよう言ったのだと思う。そして僕が謝ると母は驚いた顔をして泣いた。

(そうだ、泣いたんだ)

 なんでかしらないけど抱きしめて勝手に解決したようだ。あの時は不思議と恥ずかしくなった。ホッとした。

 その後、何やら母さんが喋っていたが全く記憶にない。やたら僕のことを褒めちぎっていたような気がするけど、ちらほらと勉強と学歴の重要性を遠慮がちに挟んでいたように思う。父さんが目線で牽制したていたようだけど気づいていなかった。父さんは母さんがその手の察しが出来ない人だということに今も気づかないのだろうか。

(そうだ。そんなことがあったんだ)

 何せ僕はそれどころではない。彼女のことが頭から離れない。今、ネットで脳内診断を使ったら、彼女で埋め尽くされているだろう。

 あの日のことを思うと全てがちっぽけに思えた。今なら謝って欲しい程度なら幾らでも出来る。何を言われても腹が立たない気がする。

「いい人っているんだね」

 どういう意味だろう。

 彼女はどれほどの思いをして生きてきたんだろう。あの程度でいい人か。彼女は騙されやすいのかな?それだけ男に騙されて・・・。

 ともかく!何があった?

 いい人、いい人のもつ意味は。

 いい人ってなんだ?

 そもそも女の子の言ういい人ってどういう存在だ?

 友達・・違う、仲間・・なかま?他人よりは近い人、少しの親近感? 嫌いではないけど好きとかそういう次元ではない人。単なる無難な言い方、社交辞令。

 いや、そもそも麗子さんはクラスの女子とも感覚的に違う気がする。だとしたら、だったら尚更どういう意味なんだ?

 僕にとってのいい人とは? 害のない人、やや好意的な印象。安心する人。脅威を与えない人・・・かな。改めて考えてみるとよくわからないものだ。

「私に近づいてくる理由はたった一つ」

 ハープのような美しいあの声から放たれる生々しい無残な宣告。

(あー考えたくない・・・でも・・・)

 あの言葉が頭の中で繰り返される度に胸が苦しくなり胃が捩れるようだ。こんな経験いままでしたことがない。中学二年の時に彼女はいたけど、こんな気持になったことは無かった。別れた時はそれなりに落ち込んだし、

「この世の終わりだ」

 と思ったりもしたけど。こうはならなかった。だから彼女が好きとかそういうことじゃないと思う。

(ダメだ。とにかく宿題をとっと終わらせて一学期の復習をして、そして・・・)

 思えば思うほど手は止まり問題が頭に入ってこない。

 気づくと貧乏揺すりしている。

(これが貧乏揺すりか・・・本当に自然とするもんだな。ヤスには悪いこと言っちゃったな)


 そんなことを考えている。

 食事とトイレ以外は机の前にいるのに五時間たってもまるで進まない。

(クソ、クソ、クソ)

 今までこんなことはなかった。

 勉強しようと思ったら当たり前に集中できた。いつ迄に仕上げようと思ったら仕上がった。

(なんでだチキショー)


 夕飯、母は妙に上機嫌だった。

 僕が夏休み初日から一日中勉強していたと勘違いしているのだろう。いや実際していたんだけど、身になっているかどうかは別問題だ。そんなこともわからないのか。母親が酷く愚かに思えた。一日机に張り付いて進んだのが申し訳程度の二ページ。無理矢理進めた感がある。一体 僕は何をやっていたんだ。

(母さんは勉強してればそれで満足なのか?成績が良ければ、良い学校に行ければそれで満足なのかよ。それで大企業行って・・・クソだ。それはテメーの欲求だろう、それで俺が本当に幸せかどうか、考えたことあるのか?)

 ダメだ。

 どうしたんだ俺は。

 自分でも驚くほど悪意が湧いてくる。イライラする。

 わかっている。

 母さんが言っている意味は。そういう人を一杯見てきたのだろう。だから、心配だから、心配してくれているからそう言ってくれる。そうならないように。でも・・・やっぱり。湧いてくる思いは・・・

(クソ食らえだ)

 この日は寝つけなかった。

 勉強すると決めたのに。

 クソみたいな話題であんなことを言われたくない。

 なのに頭の中は彼女のことで一杯で勉強どころか問題の理解すらままならない。

 どうすればいいんだ。どうしたいんだ僕は。


 翌日。

 窓から差し込む夏の日差しが余計に僕を苛立たせる。

 勉強は今日も進まない。

(なんで雨じゃないんだ、あの日どんだけ降ったと思ってるんだ)

 彼女は雨の中で頭を下げた。今考えると彼女はレインコートしているから濡れても問題ないけど僕は濡れたんだな。

(どうでもいい・・・)

 そんなどうでもいい事が頭の中を回った。

「私とやりたい」

(どういう意味だ)

 いや、どうもこうも無いだろう。アレしかないだろ。バカかお前は。そうじゃない。

(やりたかったらイケナイのかな・・・)

 違う、そうじゃない、そういうことじゃないよ。

 勉強しなきゃ。

(僕は会いたいんだ。彼女に会いたい。それだけだ)

 雨が降れば彼女はあそこへ行く。

 あの幼稚園に。

 そうすればまた彼女に会える。

 彼女のことだ、恐らくあそこに行くだろう。


 次の日。

 僕はあの幼稚園に向かった。

 雨は降っていない。

 見事なほどの晴天。

 笑うしかない。

 彼女の家は知らないから手がかりといえば幼稚園しかないから仕方がない。あの幼稚園から近いのかもしれないし。もしかしたら僕の見たあの夢は予知夢とかその手のものかのかもしれない。

 そんなことを思いながら(バカだなこいつ)と思っている自分がいる。でももし予知夢なら、あの子は彼女なのかもしれない。だとしたらこの近所の筈だ。

 一日 歩きまわったが何の収穫も無かった。


 その翌日。

 父さんは初耳だったみたけどけど、今は昔みたいに連絡網というものはない。少なくともウチはそうだ。友人同士でも住所を知らないことは普通。だって携帯やスマホがあるんだから。家なんて行ったことがある友人のしか知らない。ま、僕はスマホも携帯も持ってないけど、パソコンがある。スマホは欲しいけど母さんがそれを許さない。父さんも反対のようだ。別にそれならそれでも構わないと思っていた。欲しくないと言えば嘘になるけど両親の思いは固そうだ。その代わりかパソコンは速い段階から持たせてくれた。母さんは反対だったようだけど父さんが説得してくれたお陰だ。色々助かっている。学校からの連絡はメールででくる。だから僕は彼女のことは驚くほど何も知らない。

「じゃ、またね・・か」

 今は彼女のあの言葉だけが心のよりどころだ。

 嫌われてはいない・・・多分。

(いかん・・・ニヤけている)

 何か手がかりはないか。

 学区内は限られているから虱潰しに歩いてみるか。

(待てよ、それじゃ本当にストーカーじゃないか)

 それは駄目だ、まるっきり事案だろ。高校生が他人の家を見ながらウロウロしていたら通報され兼ねない。下手すれば彼女にも迷惑がかかる。

(あー勉強が手に付かない。二学期から母さんを平伏させるんだろ自分。宿題程度で何苦労しているんだ。でも彼女に会いたいんだ。イライラする)

 一体どうしたいんだ自分は。

 何がしたいんだ。


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