メブキノクニと貴季の独壇場
世界の門は六属性ある。日と月、そんで春、夏、秋、最後に冬。
表門は開いている門を差す。今は開いていた表門が全て崩れ、実質的に全ての門が閉じてしまった。
貴季の話は、オチホノクニであのクソ眼鏡が言ってた事に通じる。
「山門の彼でございますか。確かに以前お話しした事がございます。門について明るく、とても思慮深いお方でいらっしゃいました」
とまあ、丁寧にフォローされてもオレの中ではあの眼鏡なんてセクハラ野郎でしかないし、それを覆すつもりもない。二度と会う事もないだろう!
フブキノクニを旅立つ頃には、寒さの猛威は小さくなっていた。
春らしいというと語弊があるが、果てのないように思えた雪原の厳しい環境は明らかに範囲が狭くなっている。
貴季のことについては、翌朝簡単に話をした。けれど、オレも貴季自身もよくわかってないもんだから、適当に今までは操られていたらしいということで始末をつけた。
ムライムキを追いかけるという、手段なのか目的なのかわからない目的は無くなったが、オレらは改めて、この世界を救いに行くことになった。
世界救済のためには新しく門を開けなければならないという辺りまでとりあえずわかったので、とりあえず近場の表門候補地メブキノクニへ向かいがてら、ご高説を賜っている。
「各々の門は一所ではございません。世界中の至る所、万遍なく、何処にでもございます。本来一定の周期でどこかが開きどこかが閉じる。それを繰り返す事により世界中滞る場所無く命が巡って参ります」
開いた門の周辺は流れ出る世界の動きから特に影響を受けやすい。肥沃な土地や豊潤な水資源等といった恩恵があるからこそ門の周辺には人が集まる傾向がある。長い歴史の中で門が開いた場所に順にクニができてきた。だから、クニを探せば現在開いているかどうかはともかく周辺に門が存在するはず、らしい。
重要な話ではあるんだが、何分話が長い。
くわえて貴季の丁寧すぎる口調。一台詞に何十文字使うつもりだ。むしろ三桁いくぞ。いったぞ。
茶々を入れて長台詞を区切ってやっても良いが、講演がのびるだけなので、はいはい聞いてるよーと相づちを打ちながら背中で聞く。
なだらかとはいえ丘を登りながら話をする貴季は実は凄いんじゃないか。こっちは若干息切れ気味で声を出そうにも荒い呼気で遮られるっていうのに、奴は何の問題もなさそうに話しながら歩く。その肺活量を計ってみてえ。
オレの期待を知ってか知らずか、相変わらず長々と話し出す。
「現在発現している異変は流れの収まりを待たずに無理に門を閉じた事によるものでございまして、本来流れが至るはずであった場所にて渇きが異変として顕露いたしております。先まで開いておりました表門には無理な力をかけてしまわれたご様子。しばらくは開く事など適いません。ならばその場しのぎではございますが、他の門を開き、渇きに嘆く世界に流れをもたらす事で零殿の目的は果たされる事でしょう。ワタクシ修練中の身ではありますが門を操作することに心得がございます。この腕を用い、零殿のお力になりたいと存じます」
何か、うさんくさいんだよな。変な宗教を聞いてるみたいだ。
でもテルヒノクニに来る前、っていってもピンとこないけど、ムライムキになる前の貴季ってのは世界学問一筋だったらしい。つまり学者。世界学問なんてそんなんあるのか。
学問と宗教は紙一重というか深いつながりがあるのはわかる。でも変な宗教はお呼びじゃないんだ。
学者として世界とその真理の探究中。だいぶ昔になるが何度かあの白い世界でヒヨミ・ツキヨミと話をしたらしい。
あまりに研究熱心だもんで、門の仕組みついでにヒヨミらがいざという時のためといって門の操作まで教えたらしい。
で、いざっていうのが、今なのかどうなのか。
ムライムキが門を壊したのってヒヨミらが貴季に門の使い方教えたからじゃねえの?
口に出したら後ろにいる長身がとち狂って何をしでかすか分かったもんじゃないので、その疑問は頭の奥深くに封印する事にしよう。
今のところ門の操作ができるのは奴だけだろうし、理性的でいてもらわなきゃ困る。
「貴季がいれば流れは元通りになるんだろ。オレ別にいらないよな」
これ本当にオレが主人公かよなんて呟いた。けれど貴季が掴みかからんという勢いでこちらを向く。
「何をおっしゃいますか!」
声を張り上げ嘆く。
怖い。おっさん、落ち着いてくれ。
いや、何って。え、オレの愚痴のどこにそんな怒るポイント有った?
驚きを隠せないオレに嘆かわしい事だと背の高いおっさんは天を仰ぐ。やっぱ背高いな。
「零殿は観測者のお二人直々に世界の救済を申しつけられたお方。その方を差し置いてワタクシに何ができましょうか」
いや、できるだろ。
オレより仕事らしい仕事もらってるだろ。仕事だけじゃなく知識と技術もらったんだろ。
メブキノクニはもう目の前だというのに、疲労で倒れそうだ。なんて面倒なおっさんなんだろう。
「着きましたね」
待望の到着だというのに、聞こえてきた翔真の低い声と浮かばない様子に心が騒ぐ。
浅い溝の上にかけられた長い橋。それを渡ると街の様子が広がった。
けれど何かおかしい。
足下には枯れた草花が力なく倒れ、かろうじて形をとどめる葉をくちゃくちゃにしながらもう生きるのは無理と嘆いている。
そこら中に置かれたバケツや鉢にはぼろぼろに乾きかさの低くなった土が底の方に溜まっている。
日差しが強いなんて事は全くない。暑いわけでもない。けれど、体中の水分が一気に渇きそうな光景だった。
水気がない。草もない。土は一カ所にとどまらないが、運ぶ風もない。
きっと先ほど渡った橋の下。今は砂溝でしかなかったが、あの溝は川だったんじゃないか。
たぶん今まで歩いてきた道も気付かなかっただけで、そうだったかもしれないが、人が住んでいる分、手がかかった場所である分、事態の異様さが浮かび上がっていた。
そして、誰も外を歩いていない。
無人で乾燥した場所。怖ろしくて、気持ち悪い。
歩けば砂埃が立つ。こんな土では、水をまいたとしても植物は根付きすらしないだろう。
怖かった。怖い。
あの時と同じだ。テルヒノクニと、同じ。
「このままではいけません。早急に門へ向かいましょう」
貴季の冷静な言葉で我に返った。
口を引き結んだ厳しい顔で一人歩みの速度を速める。
「待て、当てはどこにあんだ」
勿論ございますと一言返ってくる。ぴりぴりとした緊張感と荒れた心境が含まれていた。
あーやっぱオレいらないわ。
口出しするのもためらわれて、早足で先に行くおっさんを追いかける。足はやっ。
身長高いと足長いもんな。うん、丈の長い上着で腰の位置とか見えないけど多分長いはず。
待って、おっさん、ちょっと待って。速すぎ。
おっさんは早足気味か知らんが、こっちは駆け足。ずっと駆け足。しんどい。
「本当はこの門が開く時期ではございませんので、蓄えが足りぬあまり正規の流れには至りそうにありませんが、事は一刻を争うことでございます」
相変わらず話しながら歩き、速度をゆるめることなく街の奥にあった豪邸の門を開ける。
焦っているのか多少早口になっている。その前に不法侵入だぞ。
門の中には庭が広がるが、砂が形を変え、枯れ木が倒れ。広い土地は荒れ放題。見てらんねえ。
そんなものには目もくれず、派手な細工のされた豪奢な扉を開けると勝手知った我が家であるかのようにすいすい進む。
これはもう、完全に住居侵入だ。家主に出てけと忠告されたらどうしようと内心どきどきだが、長い長い階段を下りる頃には逆に誰にも会わない恐怖にどきどきし始めた。
「ございました」
暗い地下室。その奥で貴季が呼んでいる。
明かりが欲しいが、地下なので自然光は期待できない。翔真が立てかけられた燭台を手に取り流留華に最小限で魔法を行使するよう声をかけた。
ぼんやりと辺りを小さな炎が照らす。本当に小さい。足下ぎりぎり見えるかどうか。おい、翔真、見えないからかがめ、もっと火を地面に近づけてくれ。
地下穴に石を積んで作られた部屋だった。きっと石がなければ朽ちた土というか、砂でこの部屋は崩れ、この上に立つ豪邸は沈んでいただろう。想像だけでぞっとする。
この部屋、天井が必要以上に高い。手に持った火では天井の様子まで見えない。
奥に目をやる。
一歩ずつ進むと、段々その姿が浮かんできた。
「……おい、何だ、これ」
思わず声が出た。
木だ。こんな光も水もなさそうな場所で、木が生えている。上に伸びるというより、しなだれるように、祈るように太い枝をオレの頭の高さまで降ろしていた。
変な木だと思ったが、さらに近づくとそれが植物ではなく鉱石かガラスの類だとわかる。
壁から生えた硬質な幹は揺れる灯の赤い光を無機質に反射していた。
その根本に貴季が立っている。ぼんやりとした視界では木下に立つ妖精かと見間違えた。
可愛くはないけどな。
「ご覧ください零殿。門の種が、いいえ、春の果実が実ってございます」
よかったと胸をなで下ろしている。
貴季が示す方を見やると、見覚えのある細かく面取られた丸い石が頭上に一つだけぶら下がっていた。
これ、どこで見たんだっけな。
白濁としているが半透明な宝石。まるで果実のように楕円を描くそれを見たのは……そうだ、フブキノクニだ。
吹雪の口こと冬の表門でムライムキが取り出したものと色は違えど形は全く同じだった。
「それをお取りください」
視認した事に気付いたのか、手を伸ばすよう促してくる。
相手は目の高さだ。難なく握ることができた。けどさ、どうやってとるんだ。
この枝どう見ても鉱物じゃん、絶対硬いじゃん。
とりあえず傾けてみた。ぱきんと小気味いい音がして気付いたら手のひらには綺麗にもげた石の果実があった。
感動している横で何か巨体が溶けていく。
おい貴季、何か起こるんなら先に言えよ。
目の前の木が溶けていく様子に驚愕で動けなくなっているオレの横へ貴季がのんきに歩いてくる。貴季の向こうでその何かが動き回ってるもんだからそっちから逃げてきたのかとも思ったが、まあ、のんきに歩いているんだからそんなわけ無かった。
石の木が形を変えていた。
床石の上に四角い、台座だろうか。薄い板のような土台にくぼみがついている。
「門のご用意が整いました。零殿、果実を渡していただけますか」
言われるがままに白い石を渡す。
貴季はそれを受け取ると台座の上に置き、上から手のひらで押しつけた。
ズッっと手のひらが板の中に沈む。手の甲を数センチ残し後は石の中だ。
ただそれだけ。それだけだが、ずいぶんと居心地がよくなった。
先ほどまで感じていた体中から水気を搾り取ろうとするような不快な空気が薄まった気がする。
「メブキノクニには随分前から春の門がございました。少し未熟な果実ではございましたが開門には十分でございます」
右手を台座から引き抜きながら、安堵したように愁眉を開く。
「ひとまず世界の停止という最悪の事態を避けることができました。零様の世界計画を行いましょう。百聞よりも一見。今地図をお持ちいたします」
ささっと早足でオレの横を通り過ぎ、階段を駆け上がった。
え、何? 世界計画? 誰の、オレの? 何すんの。
何の説明もなしに置いてきぼり。追いかけた方が良いのか。
なんつーか、こう、せこせこしたおっさんだ。
さて、地上にあがってみると床の上にこれまたでかい紙を広げたおっさんがいた。
貴季だけじゃない。初めて会う人が二人いる。
やばい、あの二人ってここの家の人だろ?
勝手に入っちゃったしな、怒ってるかな。
なんていう不安は、おっさんの態度でどっかいった。
貴季の指示にてきぱきと働いている。押さえだの紙だのペンだの、用事を申しつけてはぱしりに使ってる。
オレらが階段から様子をうかがっている事に気付いた貴季はこちらへ来いと手招きする。
忙しそうに走る二人を見てると、あまり近づきたくないんだよな。
「表門からは世界の流れが出て参ります。ならば開く門を調整し流れを導く事で平穏な世界も得られるというものです」
「ちょっと待て」
いま地下から出てきたとこだっての。お前が乗ってる紙が地図だという事は理解したが、いきなり熱弁されても困る。何の話だ。そこから話せ。
興奮状態なのは見て取れた。しかもオレが止めた事で少し機嫌を損ねたらしい。やっぱり面倒な奴だ。
「表門の候補は各クニと言っていいほど沢山あるという話は覚えておいでですか」
それは、わかる。門自体はたくさんあって、その門が開いたり閉じたりしてるって話だ。
「本来は自然に行われる開門でございますが、今は異常事態でございます。どの門もまだ開くには未熟であり、ワタクシのような者が手をかけねばしばらく開く事はございません」
そこで、でございますと口調を荒げる。
「意図的に、世界の流れを作るというのはいかがでしょう」
「何で」
冷静に、ほぼ反射的に返していた。
貴季はたたずまいを直してオレに向かう。
「世界学問には占術も含まれてございまして、四季の表門の位置から吉凶を占いを行います」
あぁ、やっぱり世界学問が宗教くさくなってきた。
イヤな予感を感じつつも先を促す。
「一番よい時代を迎えるというのが、日と月を中心に東に夏、西に春、北に秋、南に冬の表門がある時でございます。この地図はテルヒノクニを中心とした品物でございまして、今メブキノクニはここ、西に位置してございます」
そうか、お前は一番近いからとか何とか言ってたけどさりげなくこのクニにオレを導いたんだな。
「テルヒノクニを中心にされても、日の門は壊されただろ? 他の場所が中心じゃないと使えないだろ」
オレの問いにいいえと首を横に振る。
「日と月の門は一カ所にしかございません。そもそも、閉じた事など今まで記録にも無いのでございます」
非常に、イヤな予感というか。むしろ警鐘が聞こえる気がする。
ムライムキは本当にとんでもない事をしてくれたようだ。
本当に元に戻るかよ。
心配が顔に出たのか、気は優しく声をかけてくる。
「占いというのは行動の指針として大変重宝される物でございます。当てもなくただ門を開いて回るよりも開いた後の事を考えて見てはいかがでしょう」
こんな訊き方されると抵抗したくなるんだが、でもまあ、一応、その道に通じる賢い方みたいだし。どうせ貴季が作業しなきゃ開かないんだし。乗ってみても良いかと思いながらちらりと横を確認する。
あ、流留華が興味津々だ。占いとか好きそうだもんな。魔法つながりもありそうだ。一方翔真は我関せず。気は利くけど興味ない事にはめっぽうダメだなこいつ。ジジイは……あれ、いないや。まあそのうち戻ってくるか。
仕方がない。
「貴季に任せる。オレ、そういうのよく分からんし」
ぱっと顔を輝かせたが、すぐ落ち込んだ。
「そうでございますか。零殿にならご理解いただけると思ったのですが」
悲しそうに目を伏せながらマーク用の色つきの錘を取り出した。
「それでは、ワタクシの方針として提案させていただきます」
きりっと真剣な表情でぽんぽんぽんとマークを置く。のぞき込むとあまり広い範囲ではない。
「人の足で行う以上あまり贅沢を言う事ができません。すでに門が閉じてから日が経ちすぎていますので最小限といたします」
次の目的地はミナモノクニ。方角は正反対だが夏の門を早く開きたいらしい。
夏の表門ってイヤな思い出しかないな。
本日は研究所でお休みくださいという貴季の言葉に頭の中が吹っ飛んだ。
え、何、この豪邸、お前の研究所なの?
そこら中を縦横無尽にぱしっていた二人が何を今更と尋ねたそうに動きを止めた。