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- 観測者の部屋 -

眩しい。

まぶたの上から光を感じて、目が覚めた。

フブキノクニの宿で眠りについてからそう時間は経っていないはず。おそるおそる目を開ける。

何もない。

真っ白な世界が視界を埋める。ここは、どこだ。宿ではないのか。

そこで気付く、オレは今まで眠っていたはずだ。それだというのに何でこの体は両足で立っているんだ?

怖いな、また誰かの魔法か?空間をねじ曲げるのはジジイの専売特許だが、そういえばムライムキのおっさんも一緒にいたな。

犯人捜しを始めているところにひらりとはためく紅い布。

薄いその帯は天女の衣のように重力に逆らい宙を舞う。その持ち主は―――

朗らかなその笑みを持って仁王のようにたたずんでいた。

敵意は感じないが、そのあまりの違和感に人だとは思えない。

「何だお前」

警戒から腰の剣を構えようとしたが、その手はむなしく宙をきった。

そうか、寝る前に剣をベッド脇に立てかけたんだった。

「ははは、いきなりだな。ちょっと無礼だと思いはしないか?なあツキヨミ」

その言葉に応えるように、後ろから声がする。

「ヒヨミがいきなり喚んだからだと思うよ」

ゆっくりと蒼い衣に身を包んだ人物が紅い奴に並ぶ。歩いて近づくなんてせずに、浮いて移動している。やだな、魔法か。

色違いのそろいの服を着た二人の青年。青年と言っていいのかわからん、結構年くった荘厳な雰囲気を持っている気もするし、でも若くてすばしこい勢いがある気もする。

とにかく年齢も、ついでに性別も見当がつかないような二人だ。


「初めまして主人公。この世界はどうだい?」

蒼い衣と一緒に長い髪をふわりと揺らす。

主人公なんてメタな単語を聞いて、驚かざるを得ない。

「どうだいなんて聞いてもわからないだろうな。なんてったって今この世界は組み替えの真っ最中だ」

はははと笑う紅い衣。明るい短髪を手のひらでなでる。

ふふふと同意するように蒼い奴も眉間にしわを寄せながら笑った。

全くもって、意味がわからない。

「私はツキヨミ」

「私はヒヨミだ」

ヒヨミと名乗った紅い奴が君の名は?と尋ねてくるので零だと答える。

「そうだったね主人公。零君と呼ばせてもらおうか」

何なんだ、こいつらは。主人公という概念を認識できるのか。

疑問を口に出すと、良い質問だとツキヨミが目を閉じる。笑っているのだろう。

「私達は君と君の世界よりも少し上位の次元に存在している」

「零君が言う作者という存在よりは遙かに下だがね」

言いながら、二人は顔を合わせる。

鏡に映したような同じ態度。二人だけでこの場所は完成されている。そんな気がして気持ちが悪くなった。

「わざわざ零君を呼び出したのは他でもない。一つ聞きたい事があるものでな」

答える前に、言葉は紡がれ続ける。

「世界の門が崩され、世界は腐った」

それを一つずつ確認させられる。

日は意志を、月は思想を、春は木を、夏は水を、秋は土を、冬は風を。

門が崩れたこの世界は、全ての動きが封じられた。今はまだ惰性で動いてはいるがいずれ腐敗は世界を覆う。

「君はこの世界をどうすればいいと考える?」

二つの顔がこちらを向く。

異物であるオレ自身を自覚することはできても、奴らが何を言っているのかまではまだ追いつかない。

「わかってないみたいだね」

「もう少し説明するか」

「いいや、説明よりも良い方法があるよ」

ツキヨミがオレの隣へ視線を移す。

すっとその長い袖が上へと持ち上げられると、一般人化したムライムキの姿がいつの間にかそこにあった。

そいつはふらふらと立ってはいるが、うつむいた顔は穏やかに眠っている。

「あれれ、起きない」

「起きなよ、貴季君」

ヒヨミが何かぶつぶつ呟いて、それからぱんと手を叩いた。ビクリと男の体が反応する。

ゆっくりと開かれた目、そしてその態度はオレの知っているムライムキではない。

「……あぁ、ヒヨミ殿ツキヨミ殿。ご無沙汰しております」

恭しく頭を下げる。ちょっと卑屈すぎやしないかと疑うほど深々と最敬礼の角度。

こんな常軌を逸した変な空間にいきなり喚ばれたというのに順応力高いな。お前ら、知り合いなのか?

首をかしげていると、ムライムキと目があった。

「ところでヒヨミ殿、こちらの方は?」

「いまから世界を取り戻しにいく零君だ」

「そうでございましたか、この方が。では世界はもう、失われてしまったのですね」

何が失われてしまったのですねだ、お前が腐らせたんだろ。

とは考えるものの、ムライムキの雰囲気が違う事には気付いてはいる。相変わらずひょろりと伸びた高い背からは存在感を感じるが、禍々しい圧迫ではなく、清廉潔白で美しい。

変な二人組とこの空間も相まってその礼儀正しく忠誠心のありそうな様はちょっと神々しくもある。オレに降りかかる変な問いかけさえなければ天使や神官などとあがめにいってたかもしれん。今はいかないけど。

それに、オレのこと全く知らないみたいだし。

対抗者であるはずのオレのことを、全く、知らないみたいだし。

何だよ、結局奴にはオレのことなんてどうでも良いんだ

卑屈になっているオレの元へ、穏やかな足取りで数歩歩み寄ってくるムライムキ。あ、こいつは歩くんだ。

「はじめまして、零殿。貴季と申します。この度の世界救済、及ばずながら少しでも貴方様のお力になりたいと存じ上げます」

忠誠を誓う主の友人に対するかのように恭しく挨拶をする。

何が初めましてだ、お前のことなんかもう知るか。

ん?

「貴季だと? お前の名前って、ムライムキじゃねえのか」

「失礼ながら。そのような不思議な名を騙った覚えはございませんが」

「いや、不思議も何もお前の口がそう言ってたぞ」

忘れもしない、流留華と出会ったツクミノクニで初めて奴と対峙した時だ。

月の明るい夜、一番空に近い塔の鐘の下。灰色の肌をさらに青白く輝かせながら奴は語った。

“むふふ、ワタシはムライムキ。アナタの、そう、わかりやすい敵でしょう?”

アナタなら追いかけてくれるわよねえなんて言い残しながら塔から身を投げ闇夜に消えていった。

「ムライ、ムキ、ですか」

意味深な眉間のしわを浮かべながらぽつりと呟く。奴が何で名をそこで区切ったのかはわからない。しかし、奴の区切りは何か別の言葉を彷彿とさせた。

「零君。もう気付いているのに相手を試すような事をするのはよくない」

「気付いている? オレが? 何に」

深刻な顔をして悩むムライムキの肩をヒヨミが叩いた。

「この子と君が追いかけていた子が別人だということ」

それは……確かに考えていたけど。

「この子とあの子は体を同じくするだけの別人だった」

追い打ちをかけるように、ツキヨミが口を開く。

ああそうですか位の受け入れ体制がオレの中ですでに整っていた。

もうこいつらが何を言っているのかさっぱりわからなすぎてむしろ何でも良い。別人云々よりも、オレには貴季とかいう目の前のおっさんをこの子扱いする方が違和感がある。

「何をおっしゃるのですか」

受け入れていないのは貴季だ。

「貴季君の最後の記憶ではテルヒノクニに向かう途中で、具合が悪くなり気を失った」

「君は、その後目が覚めたらここにいた。そうだね?」

鏡のようにそろいの体制。そんな二人に尋ねられた男は少し首をかしげた後、確かにと静かに頷く。

「つまり、貴季君はここしばらく眠っていたわけだ」

「それもぐっすり。時間の経過も器の移動もわからない程」

二人はお気楽だねとクスクスと笑う。

貴季はというと訝しげにしてはいるが、彼らが言うならその通りかとよほど信頼しているそぶりを見せる。

「何でそこまで奴らを信用できるんだよ」

何か見るからにうさんくさい奴らなのに。貴季はもっと自分の感覚を大切にしても良いと思うぞ。でも、今ソレされるとややこしいので別に良いけど。

イエスマンな対応をいさめるつもりで言ったのだが、奴はオレの言い分こそ理解しがたいという。

「零殿はご存じないのですか? ヒヨミ殿とツキヨミ殿は観測者でいらっしゃいます。常に外側から事実のみをご覧になるのです。誤算の混じる主観とは一切関係がございません」

この世界の何よりも信頼できる。そう言いきった。

こりゃあ二人に協力を仰いでドッキリ仕掛けたら面白いタイプかも。イヤ、逆に信じきってネタばらしも何もない面白みの欠片もない方か。

「理解が早い所は良いけれど」

「従順な所もとても良いが」

「つまらないね」

「ああ、つまらん子だ」

やっぱり面白くないんだ。

オレらの視線に対しきょとんとした顔で、一拍おいて頭を下げた。謝罪なのか?

この状況で謝罪なのか?

明らかに今のは主観だろ。観測上つまらないってどうやって判断すんだよ。数値化でもできんのか?


「ところで、何かご用があったのではございませんか」

ああそうだと二人組は貴季に近づく。

「零君に世界を預けようとしているのだ」

「けれど、説明が難しい。理解してくれた君ならできるね」

「そうでございますか。門と果実の話でよろしければ、お引き受けいたしましょう」

返事を聞くと二人は微笑んだ。

ちょっと待てオレ置いてけぼり。何がどうなって、今何の話だ。

思い出せ、確か初めにヒヨミとツキヨミにこの世界をどうしたいとか聞かれた。貴季にはオレが世界を取り戻しに行く者だとか何とか言ってた。

でも奴ら貴季をからかうばかりで何も説明する気なさそうだし……世界を取り戻すには貴季から後で話を聞けばいいのか?


「後は貴季君に任せよう」

案の定そうきたか。結局何でここに呼ばれたんだ。お前ら一体何なんだ。

「下の次元と話すと疲れるからね」

「貴季君と話したときも大変だった」

「確かにはじめは大変だった」

勝手にお終いムードを漂わせる。

それに応じてか頭に靄がかかっていくようだ、いいや、ただ視界が悪いのか。

ぼんやりする白の中で、二人は手を取り合ってオレを見ていた。

「最後の質問だ。零君」

「君は、この、君の世界を手に入れるのか」

「それとも今まで通り、乗り捨てるか」

「答えてくれるね?」

その質問が何を意味しているか、特に何で“今まで通り”が“乗り捨て”になるのか、わからない。

わからないのだが、一つだけ答えられる気がした。

「オレはオレの世界を守る。初めてなんだ。誰かのご機嫌取りじゃない、誰かのオマケじゃない。オレの為の、オレが認めた世界。それがいかに小さくても、不便でも、それを正しい居場所にしてもいいなら」

―――オレは、この世界を救う。

ヒヨミとツキヨミはにっこりと笑った。その目はどことなく冷たかった。



暖炉の前でうたた寝をしていたようだ。

おかしいな。翔真と話した後ベッドに戻ったはずだったんだが。

まだ夜明けまで時間がありそうだ、もう一度ベッドに戻ろう。

立ち上がると、隣で体を起こそうとしている人物が目に入った。

何で眠りっぱなしだったお前も暖炉前で倒れてるんだ。確かに四人でベッドに運び込んだというのに。

「ムライムキ……いや、貴季か。やっと起きたんだな、割と心配したぞ」

「零殿、なぜここに。いえ、ここはどこでしょうか」

声をかけると目覚めた男は暗がりの中でオレの姿を確認しようと目を眇めていた。

そうか、あの白い世界は一応夢の世界みたいなもんだった。特にムラ……貴季は眠る前テルヒノクニ周辺にいたと思い込んでいるんだ。世界の反対側まで来ているとは夢にも思わないか。

「明日話そう。とりあえずここはフブキノクニだ。冷えないよう気をつけておけ」

驚きで目を白黒させているが、今は話すのも勘弁して欲しい。

ちっとも寝た気になれないんだ。さっきの夢じゃ。

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