フブキノクニと翔真の心配
寒いな!!
フブキノクニ
その名を聞いたときから凍えが背筋を襲った。
実際足を踏み入れたら、寒いどころじゃなかった。
設定?もう別にいらないんじゃない?これからちゃんと描写するよ。きっと作者の描写が下手でも、聡明な読者様なら察してくれると思うの。っていうかこの文章全体的に英明な読者様任せなとこあるから!!
辺り一面真っ白な世界。目が痛い。大地の起伏すら読めねえ。積雪の起伏と実際の起伏が同じとは限らねえんだぜ。
加えて突如参ります猛吹雪!
こういう時に外出するなんて非常識だと思うの!!
……マジでオレらどこ向かってんだ。
足の感覚は痛みを通り越してすでになく、動かない体にむち打ってふらふらと歩く。
生きる屍になった気分。きっと今、鏡を見たらムライムキと同じような顔してる。
街はどこだー。民家はねえかー
本当に真っ白だな!!
悪い子がいてもきっとわかんねえや。
ふと、視線を落とした足下に毛皮が見えた。
毛皮の下からまあるい目が二つ。真っ赤なおはな、ほっぺがふたちゅ。ちっちゃいくちびる、あなたはだあれ?
……っ、はっ、いかん、オレ自身を見失っていた。
何か、いたわ。悪い子かどうかはわからんが、子どもがいたわ。
ぽかんとオレの顔を見上げる。
目があった事を確認すると、小刻みにふるふる震えだしたので怖くないよーって微笑んでみた。顔が凍って動かしづらい。
「かーちゃーん」
オイ待て、おいていくな。
ざっざっと長靴が音を立てる後ろを必死でついて行く。あのちびちゃんにとって全力疾走かもしれんが、その小さい足でどこへ行こうというのだね。
少しして、白のまぶしさ以外の刺激が目に襲いかかる。
奇抜で過激な色をした目玉模様。
大の大人がバンザイしてもこの半分に満たないほどの巨大な旗。
それが、見失わない程度の間隔で弧を描くように立っている。いや、きっと街を取り囲んでいる目印だ。
しまった、ちびちゃんを見失った!!
辺りを冷静に見回す。ちびちゃんの代わりに毛皮を着たでかい人々に囲まれていた。
巨大化して増殖したあ
気付いているか。オレの思考は、危うい状態だ。
「寒い」
暖炉の前で、四人そろって毛布にくるまり膝を抱えた。
がくがくと震えが止まらない。
フブキノクニの人々に暖かく迎え入れられて、暖かい部屋で温かい飲み物もらって人間らしさを取り戻した途端、人間らしい拒絶反応を引き起こしている。
もう外行かない。むしろ行けない。
しかしまあ、そうも言ってられないのでとりあえず、外に出なくても良い別の手段をとる。
「冬の表門についてなにかご存じありませんか?」
とろうとした矢先、オレの出番を奪ってくれる流留華様。利発な女性ですね。
「冬のおもてもん?」
ポットを握る毛皮の帽子ははてと首をかしげた。
「門は聞いた事はないが、吹雪の口ならあるぞ」
……名前からして嫌な予感しかしない。
四人で顔を見合わせる。全員蒼白。
先ほど唐突に襲いかかってきた吹雪を思い出したせいだろう。
それでも、譲らない謎の正義感は一体どこから来るのか。よくない顔色ながら、聞く事は聞く。
「案内をお願いしても?」
「正気かあんたら」
疑うなよ。きっと正気じゃない。
不思議な空気の流れによって死にに行こうとしてる。でもまあ、そうでもしないと今は進めないんだよな。ここまで来た意味もなくなるし。
あいにく狩りの季節なもんで、案内人はふさわしい人をつけられないと断られた。吹雪の季節に狩りしに行く方がどうかしていると思うんだが、まあクニの風習はそれぞれ。変わりにと言うか、哀れみというか、重装備をいただいた。まあ、他の地区と同じ格好しているのはバカバカしかった。やせ我慢も限界。無残にすり減った無様で質の悪い皮だったけれど、これがなかなか暖かい。これが織布と皮の違いか。
なんて、新しい装備を手に入れ調子に乗りきったオレらは勢いよく外に出た。
よし、これなら行ける気がする!!
目玉の旗を脇目に、意気揚々と挑みにかかった。
「吹雪の口は遠いんですって」
「そりゃそうだろ。誰が好きこのんで吹雪の出る洞窟の真正面に家を建てるんだよ」
三匹の子豚を知ってるか?オオカミの息だけで家が崩壊するんだぜ。
第一、そんなところに家立てたらきっと外には出られなくなる。引きこもりまっしぐらだ。
道しるべの黒紐はこのクニで有名なマジックアイテム。なけなしの所持金で買った。買わされた。
ダウジングのように使うらしい。現に今流留華の手に握られた紐がこっちこっちと引っ張るように一方を指している。
ちょっと怖い想像をしたんだが、マジックアイテムの場合魔法の誤作動とかしないよな。
そんな事されたらただっ広い雪原で遭難するしかない。全力で回避したい。
体が冷えてきて、皮装備で強化された心も折れそうになった頃、青黒い洞穴がぽかりと歓迎してくれた。あまり嬉しくない。風が冷たい。痛い。
中から何か巨大生物の咆吼が聞こえる。それがただの風の音だとわかるまで洞窟の入り口脇に張り付いて様子を見ていた。
吹雪の口というのは本当に風の吹き出し口のようだ。冷たい風が時々叫びを上げながら吹き出してくる。
進入にはかなり勇気がいる。だって冷たい風が痛いんだよ。
しびれを切らしたジジイが洞穴内に滑り込もうとした。その姿を見て案が浮かんだもんだから、腕をつかんで止める。
「そういえばジジイ、こういう時に使える魔法あったよな」
「はじめから使っとるわい」
え?と聞き返す。いつの間に。
そういえば、サクラノクニで使った鎧魔法の副作用ってかじかんだような感覚だったっけ。
この寒さの中じゃ実際にかじかんでいてわからなかった。
せっかく思いついた名案だったのに、すでに実行されていたとは。
まあ、あの鎧魔法効果薄かったしな。
「風圧ならば前方へ盾を置けば返せる。儂に任せい」
そういいながら先陣切ったジジイは盾魔法を張る。
なら雪原でもやっていて欲しかったが、まあ、雪原だとどういう仕組みか上下左右縦横無尽にあちこちから風が来たので張り切れなかったのだろう。
洞窟内部は割と一本筋で、奥から竜のように這ってくる風を避けられる場所は少ない。
そんな中不意に横穴や虚がある。高確率で謎の怪物が巣くっているが。
そいつらを極力無視して、見つかったら全力で逃げる。奴らもこの風には参っているらしい。何でこんな所に住もうと思ったんだ。自業自得だぞ引きこもりどもめ。
なんて冗談をかましているところで、強風に襲われた。
慌てて顔をかばったが、革のマントの中の中まで冷風が刺してくる。痛い。
少しして風が収まった。どうやら一時的に盾魔法が切れたらしい。
これ、盾なしだと進めない。命がけだと今更気付く。
ちょっと休憩と横穴にいた曲線を描く甲羅の怪物と戦闘してその場所を奪う。風よけの為のボディってなるとそういう体になるのか。
先ほど強風に襲われたせいで、服の中まできんきんに冷えている。
ちょっと運動して、あとは体温が皮の装備の下に充満するまで休憩。
暖かい空気をできるだけ逃さないように革のマントを装備し直す。
「……何だ」
視線を感じれば、翔真だった。
「い、いえ。ただ、零は本当にじょせ」
最後まで言う前に、最低と声がかかる。オレじゃない、流留華だ。
「流留華様、いえ、そういう意味では」
どういう意味だお前ら。
耳を打つように流留華に聞こえないよう小声で話す。
「せっかく、男同士で同盟を組んだつもりだったというのにそれが偽りだった気がして」
「偽るか、バカ者」
偽ったわけじゃない、誤解が先走ったのだ。
ああ、形式にこだわりたそうな奴だったっけ
まさか、オチホノクニからそれをずっと気にしていたのか。
「オレが女だろうと流留華を守る事は変わらねえ」
期待はずれで悪かったなと告げると、眉根を寄せて何か言いたそうにした。でも言わないので放置。
そういえば、こいつの設定でもったいぶった書き方されてた場所があったな。オレの性別を知った後は……さて、どうなる。
未だに不服そうな顔は口をへの一文字にきつく結んでいる。
「そろそろいいでしょ。先を急ぎましょ」
流留華の声がかかる。これ以上ここではどうにもなりそうにない。
ジジイが盾を張り直すと、先へ進み始めた。
さて、ここが終着点。氷に覆われた部屋に到達したわけだが、先客がいた。
テーブルのような赤く光る氷の台。その脇に控えるように、非常に顔色の悪いその男は嬉しそうに立っている。
「下がってください」
翔真がかばうように前へ出る。
いや、オレ前衛だから、近距離武器しか持ってねえから。むしろお前がやられるほうが避けたいんだが。
おのおの臨戦態勢で相手の出方をうかがう。
一方ムライムキは、ほほほと笑うだけだ。
「お待ちしておりましたよ」
何だよ。
何でオレらを待つ必要があるんだ。
「仕事納めなので、受け継ぎもありますし、ご一緒してもらいたかったんですよお」
右手をゆっくりとした動作で持ち上げる。
こちらを見てにっこり口を歪めると、勢いよく、テーブルに、腕を突き刺した。
テーブルに手をつく、ではなく、手を突き刺した。
氷の天板はムライムキの奇抜な腕を飲み込んでいる。
何が起きているのか、今ひとつ理解できない。
右手が戻ってくる。
その手の中には、細かく面取られた丸い石。
緑の宝石が握られている。まるで果実のように楕円を描くそれを片手で握りつぶした。
握力とか、そういう力ではなさそうだ。
辺りに破片が散る。粉々になった緑の欠片がきらきらと、舞う。
そして、風が―――止んだ。
轟音を立て、目に見えるほどの強風は、一瞬にして消えた。
ジジイの盾が消える。
それでも、風を、微塵も感じない。
奴は、こうして全てを腐敗させた。
虚空を握りしめた右手を眺めながら、嬉しそうな、悲しそうな。いつもと変わらない歪んだ笑みを浮かべている。
そして、ゆっくりとまぶたを閉じると……どさりと足下へ崩れ落ちた。
何で、何でお前が倒れるんだ?
そりゃあいつ死んでもおかしくない顔色してたけどさ。
距離を置いたまま、誰も動かず、ただ倒れた男を見つめる。
動かない。
じぃーっと待ち続けるが、動かない。
止める翔真を無視しておそるおそる近づいてみる。
バッて起きたら殺す、バッて起きたら殴る。ドッキリなんておよびじゃねえと腰の剣に手をかけながら一歩ずつ、足を踏み出す。
かなり側まで近づいた。相変わらずぴくりとも動かない。
しゃがんで様子を見る。俯せに倒れているので顔は見えない。
おそるおそる手を伸ばす。いきなり起きて噛みついてきたりしたら怖いな。
触れるまで後数センチ。未だ反応はない。
うぅ、怖いけど、怖いけど。
逃げた、タッチして逃げた。みんなも逃げた。その様子はさながらだるまさんが転んだ。
でも鬼は追いかけてこない。超高速カウントダウンもしてこないし、ストップって叫びもしない。
本気で反応がない事を確認して四人で目配せする。氷の部屋内で蜘蛛の子を散らすようにそこらへ走ったオレらは結構距離が開いていた。
勇気を振り絞り、顔を確認しに行く。
あらやだ、アナタ顔色良いわね。
持ち上げた顔はいつもの灰色ではなく、血色は悪くはなさそう。白いけど。氷の枕のせいかほのかに赤みがかかっている。
まるで貧血気味の一般人のようだ。
あっれーでもこいつさっきまで間違いなくムライムキだったんだけどな。
首元に触れると、高い体温がかじかんだ指先から伝わってきた。太い血管が力強く脈動している。薄白い唇からはすうすうと規則正しく穏やかな寝息すらはっきりと聞こえる。
ようするに、ただのおっさんが眠っていた。
ただのおっさんにしては子供体温だな。カイロ代わりに握ってやろう。
一般人をこんな所に放置できないんで、担いで運ぼうとするも無理。おっさん、背が高いんで重いわ。
という事で、辺りに逃げた奴らを全員召還する。
翔真に背中合わせになるように上半身を担いでもらい、流留華と足を一本ずつ持つ。地味に重い。
冷風が止んだとはいえ寒い事に変わりはない。奇抜なだけの薄い衣装に身を包んだおっさんの身も心配だしさっさと帰る。
かじかむ足で雪原を踏みしめながら先頭はジジイに任せる。
風がないって良いな、視界良好だ。
目玉模様の旗はすぐ見つかった。
「寒い」
風が止んでも、部屋の中は酷く底冷えした。
冷たい空気が足下から蝕んでくる。
あまりに寒すぎて、せっかく宿を取ったというのに眠れない。必死に体を抱いて温めようとするがやっぱり寒い。
仕方がないので暖炉に火をともす事にした。
三人ともぐっすり寝入っているようだ、うらやましい。顔色の良いムライムキはというと運び込んでからもずっと眠り続けている。
ここのところどうも眠りが浅いんだよな、などと愚痴を漏らしながら火種を突っ込んだ。
うむ、順調に燃え上がり始めた。これで少しはマシになるだろう。
近くの寝台がもぞりと動くのが見えた。翔真が寝ていたはずだ。
寝ぼけているのか起こした顔はいつにもましてしかめ面だ。その顔は人に見せる顔じゃない。
「起こしたか。悪い」
「いいえ、寒さのあまり眠れそうにありませんでした」
その顔で言ってもあまり説得力はない。さっきまでは夢の世界でお楽しみでしたね!!
でもその謙虚さはかってやろう。
「貴方も?」
「あぁ、いくら何でも寒すぎる」
昼も寒かったが夜はもっと冷え込む。火にかざした手がもうここを離れないと言ってる気がする。
「零、一つ良いですか」
何だと聞き返す。いつの間にか翔真は眠気と戦う険しい顔をほぐし、隣にいた。
「貴方にはもっと自分を大事にしてほしい」
「何を言い出すんだ」
翔真が何を意図したのかわからず、少しでも熱を感じようと火を直視していた目を隣の男に向ける。
「貴方は戦闘になるとすぐ前に出ようとする。それを控えて欲しいのです」
いや、戦いになるとオレが前に出るのは当然なんだよ。剣って攻撃範囲短いから。
まあだいたいオレが仕掛ける前に流留華が仕留めてるけどな。戦闘の描写がサクッとしすぎているのは圧倒的すぎて戦いらしい戦いがないからだ。ホントあいつだけは敵に回したくないわ。
でも、そういえば吹雪の口の中でこいつ、回復役だというのにオレを押さえて前に出てきたな。
「いくら武器を持っていたとしても、それでは貴方が傷ついてしまう」
「そのためにお前がいるんだろうが」
お前が回復役なんかじゃなかったらとっくの昔に追い出してる。
「傷が治っても、痛みは憶えているでしょう」
真摯な瞳がまっすぐオレを見ている。
その言葉を正面から言われると、恥ずかしさのあまり思わずごまかそうと笑い飛ばしてしまいたくなる。その衝動を必死に押さえた。
ここで彼の思いを踏みにじれば、本気でメンバーチェンジをする羽目になりそうだ。きっと背中から刺される。間違いなく。
だが、このまま素直に聞いていられるほどオレは大人しい人間ではない。悶々と抱える前に何とか解決しよう。
「その言葉は流留華を思うための言葉だろ」
何でオレに。そう聞く事で地雷を回避しよう。
「いいえ、あの言葉は私の反省です。ですから、流留華様は勿論、貴方の心配も今の私はしています」
「何だそれ、昔の翔真とは違うのかよ」
「はい、それに……貴方も今は、女性です」
熱を帯びた視線にどきりとする。オレの中で、何か翔真に期待している。
「女性を頼りにするわけにはいきません」
その言葉一つで全身がクールダウンされた。
あれ、この部屋あんまり暖まってないや。
「何だよそれ、オレが戦おうとして前に出るのが嫌って言うのは……」
「私が守ります」
いや、守るとかそういう意味じゃなくてね。
翔真とオレじゃ仕事が違うっていう話、温泉でやったよね。
ここまで形式にこだわりたがるバカ者だとは気付かなかった。
女は女らしくあり、男である自分は男らしく女を守ると、そう願っているのか。確かにあの作者はそういう話が好きだったけどさ、残念ながら今聞きたい話じゃなかった。
……男らしく女らしくか。
「ひょっとして、オレの言葉遣いも気に入らなかったりするのか?」
「貴方の言葉遣いですか?ああ、育ちの悪さや乱暴さが感じられますね」
さも気にした風のなさそうに、人を傷つけるような事を言う。女性を痛みから守りたいというのはどの口だ。
「ですが、貴方らしいといえばその通りです。今更突然丁寧な型にはいられても無礼な態度が慇懃無礼になる程度でしょう」
「そうですね、確かに慇懃無礼な輩を手本にすればそうなるでしょうね」
オレの言葉の意図を汲んでか、互いにひくついた笑みを浮かべた。