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テルヒノクニとジジイ

てこてこと草原の道を歩く。先ほどまでは人気がなかったが、この辺りに来ると放牧と見える家畜の姿が見えた。まだ見えないとはいえ、なんらかの集落は近いだろう。

ジジイの指摘通り顔色の優れない翔真は怪しい足取りをエスカレートさせていく。だんだん鬱陶しくなってきたので、今日は早く休めるところを探したい。

ゲーム好きな作者の都合だろう、金品はうっかり遭遇した凶暴な獣をびびりながらぶん殴って倒した際に手に入った。敵が金を持っているというシンプルなシステムでよかった。時々小説で見かけるけど、どっかの機関に申請が必要ですなんて仕組みだったら何もわからないオレより流留華とかが頑張っちゃうだろ?そうなったらオレの見せ場減るじゃん。

きっとゲーム的なシンプルで期待を裏切らない世界設定のはず。宿屋みたいなシステムはどんな街に行っても完備されていると期待する。

オレ、分かり易くてシンプルなことって大好きだから、何も文句言わないよ!


そうして、外壁に包まれた小さな街が目の前に現れた。

オレの予想は的中、流留華がいち早く宿屋を見つけ全員で押しかける。

夕暮れ時にはまだ早い。しかし疲労がもう今日はこの辺で終わりでいいやなどと呟いていた。

「2部屋、か」

借りた宿は民宿の形式に近かった。一晩この平屋を借りることができるようだ。

「流留華様は、おっ奥の部屋をお使い……」

真っ青な顔から、土色になった翔真はそれでもしっかり振る舞おうと頑張っている。

「人のこと気にする前に、はよ寝ろ、バカ者」

労いは言葉より先に行動で示すべきだろう、雑魚寝用の毛布を投げつけると男は驚いて足を滑らせそのまま尻餅をついた。

こんなことですら立っていられない状態だったのか。

貴様!などと声を荒げてくるが流留華の一瞥でおとなしくなった。

「ありがとう翔真、すみませんが一部屋使わせていただきますね」

勝手にどうぞとその姿を見送る。

ん?一部屋?

そこで思い出した。流留華はお嬢様だから、女性だから奥の部屋に行ったんだ。一方オレ、性別不詳。

でもさ、オレ、女じゃん?かといって男と思われている以上この状況で流留華の部屋へ行くとするじゃん。きっと瀕死の翔真が死んでもオレを殺しに来るじゃん?

始まって一話も経ってないけどばらしちゃう?

だって、体を張ってまで誤解を貫き通す必要ないじゃん?

よし、そうと決まれば……

「オレ、ちょっと外出てくる。ジジイ、翔真が無理しないか見ていてくれ」

「なんだ、今からゆくのか?」

「ああ、遅くなると思う。ジジイも疲れているだろ、オレのこと待つ必要ないから先に寝ていてくれ」


どうしてこうなったー

答え一択じゃん、分かりきってるじゃん。何勿体ぶってんだよおお

別にオレ今の時点で男の振りする義務とか隠さなければならない理由とか無いんですよ。別に公開しちゃっていいんですよ。

畜生、きっと作者のせいだ。クソ、誰が主人公だと思ってんだよ、チクショー

イライラしてしょうがねえ。

どっかで落ち着こう。なんかで発散できるようならそうしよう。


考えながら歩くんだが、見知らぬ場所しかも門から宿まで直行ルートしか通ったことないこの街は気持ち悪かった。多分気持ち悪いって言うのはオレがチキンな事もあるけど、それ以上に作者の設定が追いついていないから余計なところには踏みいるなってことだろう。オレがチキンなだけじゃねえ!

とにかく理由はわからないが、結果としてどうしても知っている通りへ足を運ぼうとする。結局、門から外に出てしまった。

うわ、夜になると若干怖い。

草原だから見通しはいい。それも何か落ち着かず、うろうろしていると足下で枝を見つけた。

少し離れたところに大木がある。あの木の枝なのだろうか、それにしては遠いところに落ちているな。

ブンと投げてみる。軽い小枝は空気の抵抗を受けて予想外のところへ飛んでいった。暗がりでもうどこに落ちたかわからない。



さて、いざ創作主人公になってみると、なんか、奇妙なもんだ。

今まで作者お気に入りのキャラクターに寄生するようにべったり行動しつつ、この先の展開の知識を生かしおいしいとこどりをしてきたが、こうなると見せ場以外の面倒なところも多そうだ。まあ、主役なんだからずっとおいしいはず。文句は言うまい。

しかし、一人で行動するのに慣れてないという致命的な弱みに今、気づいちゃった。


もう一本、細枝を見つけた。今度は長い。

ぶんぶんと振り回す。そういやオレ、今何も武器持ってねーわ。剣とか重かったから宿に置いてきちまった。やべえ、丸腰。

何かに遭遇したらダッシュで逃げよ。ご都合主義だから追いつかれても死ぬことはないだろ。なんたって主人公だし。

いくら奇抜な文章でもオープニングから主人公行方不明とかその他の鬱展開なんてねえべ。

……無いよな。

オレが経験した他の世界では無かった。はずだ。たぶん。……うん?

あ、主人公のくせに冒頭でうっかり死んで、そのときに不思議能力手に入れちゃう漫画もあったな。うわー。


「あーあ、やめだやめだ。陰気くさい」

さっさと帰ろう。みんなが寝てれば同室なんて恐くなんか無いやい。

後に寝て、先に起きたら何も文句ないんだい。

きびすを返し、門へと戻る。

「あ、れ?」

ずっと開いていたはずの門が閉まっている。

「ウソだろおい」

門前の松明は消え、扉は堅い。

たぶん向こうで閂がかけられている。

「やらかした」

明日の朝、門が開くまで帰れないというのか。なんて残酷な。

これもあれか、ゲームの一般システムの影響かチクショウ。

そうだよな、こんなちっちゃい街、夜は魔物よけに閉めちゃうんだな。そうだな。

ん、魔物よけ……?

血の気が引く。このままだと、のっけから鬱展開来ちゃう?

これ、ただの冒険ものだと思ったけど、主人公が霊体とかになっちゃう剣と魔法以外のファンタジー要素満載なやつ?

クソ、性別偽っただけで死亡フラグ立つと誰が思うか。性別のせいならいっそ病んだ修羅場で殺される方を所望する!


チクショウ、オレに対する裏切りなんてこんな冒頭でいらねえんだよ。

なんだよ、ただムライムキとかいうおっさん追いかけるだけの話じゃねえのかよ!

荒ぶる思考を押さえつけられず、口から言葉にならない独り言がこぼれ出る。

「帰りてえ」

この独り言に言葉通りの意味はない。ただ、何に対してもこう呟くと一旦思考が止まる。オレにとってスイッチ的な言葉だ。ややこしいからいつもは文字までにはならないんだが、今は他に書くべき本筋も無いもんだからこうして括弧付きで表記されてしまったようだ。

余計なところまで読ませてしまってすまないな。今度からは気をつける。



呪文のおかげで余計な思考は止まり、少しまじめモードに入れそうだ。

「……ムライムキ、か」

この名詞は、キーワード。それも、きわめて重要なやつ。


ムライムキ、厄災を運ぶ悪魔の名だ。

血色の悪い灰色の肌をしたその不吉な男は、盗人にしては堂々としすぎていた。

テルヒノクニに現れた奴と顔を合わせたのは、城壁の門ですれ違った一度きり。一度しか見ていなくとも、そのひょろりと伸びたまがまがしい存在感はあまりに異様すぎて、顔のパーツがどうこうというところまでは把握していないにせよ、鮮明に記憶している。

あれだけ怪しかったんだから、あの時にオレが止めるべきだったのかもしれないな。でも、そういうのってオレの正式な仕事じゃなかったし。番兵は他にいたはずだし。


オレは用事で国を数日空けたが、戻ってきたときの光景は理解しがたいものだった。


はじめは、色が消えていると知った。

テルヒノクニは太陽の国。明るい光が万物に色を添える。それが、否定されていた。

目に映る全ては白く、いや、灰色一色。辺り一帯がぼんやりと暗い。

形は存在している。城の姿、街の姿、人の姿はそのままに。

時間が止まったかのような錯覚。

オレは慌てて歩き回った。走らなかったのはオレが少し動いただけで国中で唯一存在が許されている形すら崩れてしまうのではないかと思ったからだ。

怖ろしさのあまり、なにものにも触れることができなかった。

その中でジジイを見つけたとき、安堵は救いも同じだった。まったく、こんなじいさんを見つけることで救われるとは。もっと他に攻略対象的な輩との運命的な出会いでもよかったんだけどな。


ジジイは灰色の世界で唯一色を持っていた。

淡いブルーの結晶。琥珀に入った虫のように世界と自分との間に壁を作り、ムライムキから身を守った。

オレはおそるおそる、宝石みたいに輝くそれに手を伸ばした。誰かが触れれば、溶ける結晶。不安でいっぱいだったオレはそんな結晶のことなんて知らないし、もうトラウマになるところだった。本当にオレのせいで形が消えるなんて思わなかった。ジジイまで溶けなくて本当によかった。

ドキドキが止まらなかったよ、吊り橋効果も今なら信じる。だってオレ、あのジジイ好きだ。顔もまともに見れねえくらいには。

まあ奴も性別誤解してるみたいなんで余計なことは言わないが。


ムライムキの行動基準についてはいまいちわからん。

ただ、オレのいたテルヒノクニはムライムキのせいでもう存在自体が無い。流留華と翔真のいた街はツクミノクニって名で信仰に厚い宗教都市だったが、崇められるべき神を失った。神自身というか、象徴する塔が崩壊したわけだが、それでも街中パニック。塔には他の役割もあったらしく、街にいた人間の話では魔法の誤作動が多発している。

そして、奴が去り際に残した言葉。

「次は春を消し去りましょうか」

一貫性が見あたらない。近いところから順に消すつもりだったら今日の宿は飛ばされているはずだ。

「なんなんかな」

遠く小さな光を浴びて細く白く輝く草原。あぐらをかいていたのだが、四肢を投げ出し仰向けに寝転ぶ。

あ、地味に固い。くすぐったいっていうよりかゆい。



でも、いい感じに眠いなあ。

弛みきっている気はそのまま顔の筋肉もゆるめた。まぶたが自然と落ちてくる。

こんなところで寝るわけにはいかないんだがなあ



生暖けえ。春風か。いや、クッサ、何だ、このよくない感じ。

不快な風を顔が感じ、目をあける。

「うわっ、な、なにしてんだ」

視界は顔でふさがれていた。透明感があって固そうな白いボサボサ口ひげがオレの額に当たりそうで当たらない。

年の割には血色はいい方だとはいえ、老人の顔ドアップって恐いんだぞ。子どもだったら泣きわめいてるぞ。かというオレももう少しで涙こぼれるぞ!!

「むっ、起きたか。いい寝顔をしていたのに、残念無念」

曲げていた腰を少し伸ばしたのか、目の前にあった顔は遠くに行った。

「ジジイの息がクセエんだよ。目覚め最悪だ」

とっくに日は昇りきっていた。向こうに開門した壁が見える。なんとか鬱展開には遭遇しなかったようだ。

こんなところで眠れるほど丈夫な神経していたんだなオレ。どうかしている。

「爺婆の息は臭うもんじゃ、特に儂はあらゆる嗜好品を嗜んだツケもある」

何の自慢話か知らんが、開き直り方にはすがすがしさを感じる。

クソ、まだ鼻の奥が拒否反応起こしていやがる。鼻紙もってこい。

「二度とすんじゃねえぞ」

「ふん、帰ってこない輩が悪い。皆で探しておったというのに、苦労も知らぬでこいつは」そう言えばと思い返す。クソッ性別問題だけで一回分野宿しちまったじゃねえか勿体ねえ。

でも、いつまで経っても帰って来ねえからって探してくれたのか。

朝から心配掛けたんなら、悪い事したか。

「愚か者、行動は朝からじゃが心配は先行しておる」

フンと鼻を鳴らす。あーご機嫌斜め?

「そりゃどうも、すみませんでした」

また短く鼻が鳴った。

突き出されたジジイの手にはオレの剣が握られている。最初からジジイはちゃんとオレを見つける気だったんだな。感心する。これ結構重いのにありがたい。腰大事にしろよ

「で、他の奴は?」

「おネエちゃんが手分けした方が早いと譲らんでの」

手分けなんぞせんでも儂が一発で見つけたというのにとこれはまた不機嫌そうだ。

「この小僧が見知らぬ通りには絶対近づいたりせん弱虫だと知っておれば街中探すなんぞ余計な手間、かけんで済むんじゃ」

「ジジイ、それ本人の目の前で言うか?」

まあ、自覚はあるし、実際その通りだったんだけど。

「本人しかおらんから気軽に言うとる」

何その配慮、別にいらねえ。


「体は休まったか?二人を呼ぶぞ」

休まったも何もあるか。眠かったから眠れただけで、結構精神的に追い詰めてたし、“心身共に回復”までいってない。

別に返事を聞きたかったわけでもなさそうなジジイはポーンと頭上で光り玉を散らした。

狼煙ってわけね、いいな、それ。でもパーティの中でオレだけ魔法使えない。やっぱり二度と一人にならないようにしよう。

狼煙と呼ぶには消滅の早すぎる魔法が消えてから間もなく、壁門から翔真がやってきた。

昨日に比べればずいぶん顔色はよくなっていたが、この表情、気に入らない。悪意と敵意と見下しを覆い隠そうとして失敗させた微笑。一言で言えばイラッとする顔だ。

心配掛けたんならぴっと位謝っておくべきかなんて考えは一瞬で消え、そのまま互いに声を掛けることはなかった。

それから遅れて流留華様のご到着。

どうやら本気で隅々探しに行っていたのだろう。街を突っ切り逆方向の門周辺まで行っていたらしい。

ジジイがもっと早く狼煙を上げていたら、そんな遠くまで行く前に引き返してここまで遅れて来ることも無かったんだろうに。……やっぱり、悪い事したなあ。

息を切らせながら無事でよかったと微笑む彼女には丁寧に頭を下げておいた。そうしないとマナー違反を取り締まる監視モンスターみたいな目つきをしたイヤミな男から非情な嫌がらせを受ける気がした。

本当にこの翔真って奴には、好感度を下げるかぎりぎり維持しかできそうにないな。こんな奴パーティメンバーにし続けるなんて精神的にきつい。よくない展開が判断ミスを今か今かと手ぐすね引いて待ってる。そんな気がする。後ろから刺される前に早く逃がしてやろう。逃げないなら、どっかに預けてやろう。

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