七
木原や神津が法務省に向かっている頃、大野と沖矢は岡本宇多が通っている帯刀道場を訪問した。
道場内では一人の女性が稽古をしている。女性は剣道着を着ているが、防具は付けていなかった。身長は150㎝。黒髪のショートカット。簪が似合いそうな30代くらいの女性。
大野と沖矢はそんな女性に警察手帳を見せながら声を掛ける。
「すみません。帯刀美咲さんですか。岡本宇多さんについてお聞きしたいのですが」
その声を聞き、帯刀美咲は立ち止まった。
「岡本宇多氏。白き虎のごとき、俊足の一撃で相手を撃墜する者なり。その氏が、暴行を受けたといいけるなら、犯人と一戦を交えたいと思いける」
また変な話し方をする容疑者に出会ったと大野は思った。帯刀美咲は若い見た目とは裏腹に古風な話し方をする。沖矢はそのことを気にせず帯刀に質問する。
「帯刀美咲さん。岡本宇多さんが襲われた日彼女はこの道場を訪れたと聞いているのだよ。その時彼女に変化はなかったのかを聞きたいのだが」
「沖矢亨殿。調子や息遣いも通常通り。特に変化はなかったと思いける。あの後人と会うとも言っておらぬ。どのような実力を持った剣士に対しても本気で立ち向かうのが剣士の性。失望。岡本宇多は戦いから逃げたから負けたに過ぎぬ。精神的に彼女は弱かったということが言える」
「因みにあなたは昨日の午後7時頃どこで何をやっていましたか」
「この道場で一人籠って稽古をしておった。証人はおらぬ」
帯刀美咲から話を聞き終わった2人は駐車場に向かう。大野が運転する車に乗り込んだ沖矢は、運転席に座った大野と話し合う。
「帯刀美咲の発言には違和感があるのだよ」
「戦いから逃げたと断言したことですか。まだ犯人と戦い負けて暴行を受けたという可能性も残っているはずなのに、あのように断言することはできないでしょう」
「帯刀美咲が犯人の可能性が高いという見解なのだよ」
「犯人と断言する証拠もないでしょう。ただ彼女は何かを隠している可能性が高いと思います」
沖矢が大野の車に乗り込んだ丁度その頃、木原と神津は法務省に到着した。
「アポを取っていないが会えると思うか。相手は法務大臣だが」
「会えると思います。会えなかったら浅野房栄公安調査庁長官に聞けばいいだけの話でしょう」
法務省の受付で法務大臣を呼び出すことにした木原だったが生憎井伊尚政法務大臣は海外に出張していた。
仕方なく神津は浅野房栄公安調査庁長官とコンタクトを取るため電話するが、彼女は留守だった。電話対応をした遠藤アリスに寄れば、弘中洋貴外務大臣が所有する無人島にバカンスに出かけたらしい。
電話を切った神津は独り言のように呟く。
「政界の連中は必要な時にいないことが多いな」
木原と神津の捜査は岡本郁太の証言の事実確認をする所で行き詰った。木原と神津は警視庁に戻り、デスクワークをすることとした。