六
その頃木原と神津は被害者岡本宇多が入院している東京警察病院を訪れた。
そこにある岡本宇多の病室の前で2人は黒いスーツを着た50代前半の大柄の男に出会う。その男の周りを4人の警備員たちが囲んでいる。黒いスーツの男が木原たちの気が付き声を掛ける。
「君たちが警視庁捜査一課3係の刑事か。浅野房栄公安調査庁長官や井伊尚政法務大臣から話を聞いているよ。何度も政界の不祥事を暴いてきたそうじゃないか。私は岡本郁太。国土交通省の幹部だ。娘の見舞いに来たが話を聞くなら止めた方がいいかもしれないな。脳震盪の影響で事件前後の記憶が不明瞭になっているから」
被害者がそのような状態では詳しい話は聞けない。木原たちは仕方なく国土交通省幹部で被害者の父親岡本郁太に話を聞くことにする。
「質問をしますが、あなたを恨んでいる人物に心当たりはありますか。もしかしたら犯人はあなたを苦しめるために娘さんを襲った可能性もありますので」
木原の質問に対して岡本郁太は笑って答える。
「その可能性もあるな。娘はボディーガードを雇っていないから襲いやすいから。でも私を恨んでいる奴はいない。私は敵を作らないタイプだからね」
「それでは娘さんを恨んでいる人物に心当たりはありますか」
「それは分からない。夜は政界関係者たちとの会合が多いからね。夜は遅く帰る。娘と関わる時間は少ないから娘の人間関係は把握できていない」
父親からは捜査が進展するような情報を得ることができなかった。岡本郁太は神津と握手をする。
「娘を襲った犯人を捕まえてくれ」
「分かった。犯人を絶対に捕まえる」
神津と握手を交わした岡本郁太は刑事たちと別れた。その後ろ姿を見ながら神津は小声で呟いた。
「父親だな。岡本郁太は国土交通省幹部だが、俺たちには父親としての素顔で現れた。政界関係者もただの人だということか」
木原は岡本郁太の後ろ姿を見て腑に落ちない表情をして、神津に質問する。
「おかしいと思いませんか。なぜ岡本郁太さんは娘にボディーガードを付けなかったのか。本当に恨んでいる人物がいないなら、4人もボディーガードを付けて見舞いに来ないと思いますが。それに娘の交友関係を把握していないことも不可解です。妻に聞けば大体の人間関係を知ることもできたはずですが」
「調べる価値があるかもしれないな。岡本郁太の証言が事実なのかを。それを聞くには彼の口から出た浅野房栄公安調査庁長官か井伊尚政法務大臣に聞いた方がいいだろう。それでどちらに話を聞きに行く」
「井伊尚政法務大臣だろう。そっちの方が聞きやすい」