十七
午後1時。東京湾第一コンビナートの前に櫻井幸一郎が立っている。取引開始時間10分前に到着したが、彼の前に犯人は現れない。
櫻井の周りでは数人の刑事が張り込みをしている。コンビナートの間にある死角にいるため犯人は刑事の存在に気が付かないだろう。
午後1時5分。東京湾第一コンビナートの前を不審な男が通り過ぎた。張り込みをしている刑事はその男の服装から、誘拐犯と暴行犯は同一人物であると判断する。
その不審な男の服装に櫻井幸一郎は身震いする。
「身代金を持ってきました。岡本宇多を解放してください」
その声を聞き不審な男は頬を緩ませる。そして不審な男は拳銃を取り出し、櫻井幸一郎の心臓を撃ちぬく。
それは突然の出来事。銃声に張り込み中の刑事たちは驚く。被弾した櫻井は血を流し倒れた。不審な男は櫻井を放置して逃走する。その手には身代金を詰め込まれたアタッシュケースを手にしている。
張り込みをしていた刑事たちは一斉に不審な男を追うため姿を現す。
神津は櫻井幸一郎の脈を測る。だが脈はなかった。神津は合田警部に電話する。
「合田警部。櫻井幸一郎が犯人に射殺された。犯人は身代金を奪って逃走。犯人の服装は暴行犯の物と一致している」
『分かった。張り込み中の刑事は犯人の後を追え』
合田警部の指示の元木原たちは櫻井を射殺した犯人を追跡する。しかし犯人は入り組んだコンビナートの間を縦横無尽に駆け回ったため、多くの刑事たちは撒かれていく。
刑事たちを撒いた不審な男は東京湾に停まっている小舟の前で立ち止まった。
身代金を船の上に置くと、犯人の背後から木原が声を掛けた。
「逃がしません。すぐに仲間の刑事がここに到着するはずですから」
その声を聞き不審な男は船に置かれていた鉄パイプを手にして、木原を襲う。
木原は回避する暇もなく、頭を殴られ犯人が乗り込もうとしている船の前で倒れた。不審な男は仕方なく気絶した木原を船に乗せる。
丁度その時張り込みをしていた刑事たちが船の前に集まった。
不審な男はそれを気にせず船の運転席に乗り込み、船を発進させる。船は勢いよく水上を走り出す。陸地にいる刑事たちとの距離は遠ざかっていく。
神津は遠ざかっていく船を見ながら合田警部に電話する。
「犯人は木原を人質にして船で逃走」
『東京湾第一コンビナートを取引場所にしたのは逃走手段を用意するためだったということか』
「犯人に逃げられたが、どうする」
『身代金は既に犯人の手の中にある。おそらく犯人との連絡はないと考えた方が自然だろう』
誘拐事件の捜査は難航しようとしている。




