十三
捜査が進展することなく日付は1月20日に変わる。その日岡本宇多は東京警察病院を退院した。国土交通省幹部である父親は彼女を迎えに来ない。母親は海外出張中。そのため彼女はタクシーで自宅に帰ることになった。歩いて帰るという方法もあったが、警察から再び襲われる可能性もあるため却下された。
岡本宇多がタクシーに乗り込むと携帯電話に岸尾恵からのメールが届いた。
『退院おめでとうございます。退院パーティーを開くからカラオケシャルに来てください。カラオケをして事件のことを忘れましょう』
そのメールを読み岡本宇多は頬を緩ませた。
そして彼女は運転手に指示を与える。
「カラオケシャルに向かって」
「分かりました」
タクシーはカラオケシャルに向かう。その様子を犯人が見ていた。犯人は車に乗り込み、タクシーの尾行を開始する。
午前9時。タクシーはカラオケシャルの前に停車する。岡本宇多はタクシーから降り、カラオケシャルの玄関口に向かい歩き出す。
そんな彼女の前にあの不審な男が立ち塞がる。カラオケシャルと岡本宇多の間に入るように不審な男は現れた。
不審な男を目の当たりにした彼女の脳裏に襲われた出来事がフラッシュバックのように蘇る。その恐怖から彼女は一歩も動くことができなかった。
恐怖で歪んだ彼女の表情を見て不審な男は鼻で笑う。何もできない彼女は不審な男に溝内を殴られ失神した。
不審な男は失神した彼女の体を抱え、自分の車の後部座席に寝かせた。そして彼女の腕を後ろ手に組ませ、手錠をかけた。
その後でアイマスクを使用して彼女の目を封じると、岡本宇多の携帯電話が鳴った。不審な男は岡本宇多の携帯電話に手を伸ばし、電話を切る。
午前9時20分。国土交通省に勤務する岡本郁太の元に一本の電話がかかってきた。その男の声はボイスチェンジャーを使ったような不気味な声だ。
『警察に連絡しろ。岡本宇多を誘拐した。今から証拠写真を送る。午前10時30分までに警察からの交渉が始まらなければ、岡本宇多を処刑する。警察が到着したら岡本宇多の携帯電話に連絡しろ』
不審な男は用件だけ伝えるとすぐに電話を切った。不審な男は頬を緩ませ、奪った岡本宇多の携帯電話を使って、後部座席に寝かした岡本宇多の写真を撮影した。
そのまま不審な男は彼女のメールアドレスを使用して岡本郁太に証拠となる写真を送る。
拘束された娘の写真を受信した岡本郁太はすぐさま警察に通報した。
一方不審な男は意識を失っている岡本宇多を監禁場所に運び込んだ。ソファーに彼女を寝かせ、警察との交渉に使用する岡本宇多の携帯電話を机の上に置いた。




