揺れる邸
『お前の気配か匂いを辿れば分かる』
『へえ、凄い。約束、守ってくれて…有り難う』
天使のような微笑みを浮かべ、すやすや寝息を立て眠った。
『人の子は自由気ままだな』
愉快げな響きを滲ませ、寝そべり青紫色の双眸を閉ざした。
過去が薄れた。
言葉から解釈して会ったのは二回目。一回目の出会いはどこだったか。不明なままだ。
「怪奇現象の理由が何か判明しましたか?」
「いえ、判明していません」
一階、二階の部屋を確かめても原因は見当たらなかった。悪い気も感じない。
「そうですか……」
「済みません」
依頼主を落胆させてしまった。頭を低くして謝る。
「やめて下さい。謝らせるつもりでは――」
目つきがうろたえた。
「古い理由だけで邸を壊すのか。他に隠している事はあるか?」
「それは……」
明白に面持ちが強張り押し黙る。
虹よりも久慈は物事の本質を直感的に捉える働きが優れ、賢治の隠し事に気づいた。
「無理に聞き出すなんてよくないよ」
依頼主が話したくないのなら立ち入るのはダメだ。
物言いたげな顔に変わり結局口にはしなかった。
邸が一瞬震動した。
「地震でしょうか」
不安がる賢治。
異様な静けさに支配され、次の瞬間。
「立ち去れ」
男の低い声が聞こえてきた。怒っている。
「立ち去れ」
声の主を探そうとしたが姿はなく、気配の位置すら把握できずもどかしい。
揺れが酷くなる。
「霜松さん。邸を出ましょう」
「はい」
怯える彼の背中を押し虹は急き立てた。
留まれば危害が及ぶ可能性がある。
三人は小走りで階段を下りた。こんな時に限って目眩がしてしゃがむ。
「どうした!!」
「過去見を使いすぎた影響が、後から来たみたい」
手すりに掴まりながらゆっくり移動する。
意識が薄れ階段を踏み外す。前方に倒れて腕が腰を抱えてくれた。
「無様に階段から落ちる所だったな」
「うん。危なかった」
助けて貰った安堵の気持ちが湧き、同時に情けなく思う。
「さっさと邸を出るぞ」
軽々と少女を持ち上げ、横抱きにしてしまい、仰天の声を上げる。
「久慈!?」
上を向いていると彼の顔がちょうど視界に入り、目の遣り場に困って下を向く。恥ずかしい事この上ない。
「自分の足で歩けるよ。私――」
「こっちの方が早い」
揺れを物ともせず、扉を開け待っていた賢治と共に久慈は走る。邸の敷地内から出た途端、嘘のように震動が収まった。
「下ろして」
顔が火照り二秒間程、上目遣いで見る。地表に足がつき息を吐いた。
彼の事は好きだがそれが恋愛感情なのかは、いまいち自分でも理解していない。
「仲が宜しいんですね。恋人同士ですか」
横抱きが仲睦まじく映ったのだろうか。見られていたと思うと余計に恥ずかしく、顔から火を噴きそうだ。
「違います!」
「勘違いするな!」
どちらも否定は早口だった。
「てっきり恋人かと勘違いしてしました。でも、お二人ならお似合いですね」
揶揄ではなく本心を告げた。
目が合い互いに逸らす。
鼓動が落ち着いてから話し始めた。
「信じられないかもしれませんが、私はこの邸で様々な過去を見ました。羽前という方とのご関係は?」
過去を見たからには知っておきたい。元々気になっていた。
虹の口から教えていない人名が出て戸惑う。
「羽前さんは邸近辺に住む青年でした。よく娘と遊んで下さった、心優しい方です。引っ越しの別れも告げず、去ってしまいました。ですから、何年も会っていません」
「二人がどこで出会ったか分かりますか」
賢治は正直に首を振った。
「お尋ねしますが、霜松さんは一度でも白い狐を見ましたか」
目が点になった。突拍子もない問いをされたら、誰でもそうなる。
「私は一度もないです。確か娘ならあります。四歳の頃、由真は家より外が大好きで、森を遊び場にしていました。その森で白い狐と出会ったと、昔聞いた覚えがあるんです。本当かは分かりません」
由真と五尾の出会った場所が明らかになった。
久慈が後ろ襟を掴み、耳元で囁く。
「お前が見た過去を教えろ。話についていけない」
後方にぐいぐい引っ張られる。力が強い。
「話し合いの時間を頂きます」