過去は思い出
『慌てると転ぶぞ』
微笑む女性と朗らかな男性が男の子に話しかけた。
『だって普段は忙しい母様と父様がお休みで、海に行けるなんて嬉しいもん』
興奮して瞳が輝く。
これは賢治さんの子供時代。あの人達は亡くなった両親だ。
虹まで楽しい気分になる。
ダイニングに移動して過去がもう形となって見え始めた。
真っ白なテーブルクロスが敷かれ、豪華な料理は並び雰囲気が穏やかだ。
『いつも娘の遊び相手になって下さり、誠に有り難う御座います』
『今日はお礼です。たくさん召し上がって』
賢治と妻が感謝する相手は謎の青年。
『人から感謝されるのは快い。遠慮なく食してやろう』
古くさい言葉遣いも態度も偉そうである。
『私が羽前に遊んで貰っているんじゃなくて、私が羽前と遊んであげているの』
『こら、失礼だぞ』
『申し訳御座いません』
父が由真をやんわりと咎め母は謝った。
『我は心が広い。生きて高々、八歳の小娘の無礼を許そう』
少女はむっと尋ねる。
『羽前は何歳なの』
『1698歳だ』
『面白い冗談ね』
『お若いのにユーモアがある』
にこにこ笑っている。
『美味だ。料理人の腕は確かだな』
見目は二十代前半。青年の名は羽前。皆と打ち解けていた。
由真の年齢がばらばらな訳は、その時々の思い出だからだ。
賢治の部屋では小さい彼の過去をまたもや見た。
アルバムを捲っている。両親との写真はまだまだ少ない。
青い海、大空、砂浜。家族揃って笑顔。あれは海に行った日の写真だ。
『もっと増やしていけたらいいなぁ』
大切そうに引き出しに仕舞った。
部屋の家具や雰囲気が一変した。割と今の年と男の容姿が近い。
またアルバムを見ている。ほとんど由真ばかりだ。羽前もいた。
時を経て美しく成長していく。
二十代くらいの写真に差し掛かった頃、表情が歪になる。
涙が流れ、アルバムにぽたぽたと滴が落ちた。声を立てて泣いた。
彼の感情は悲しみに覆われている。
足から力が抜けて座り込む。
「虹!」
「大丈夫だって、久慈。ちょっと疲れただけだから」
すぐ立ち上がり平気だと片笑む。
久慈が「なら、いい」と顔を背ける。
「本当に大丈夫ですか」
「はい」
元気に答えると安心してくれた。
先程の泣いていた過去が気になる。しかし、本人に聞きようがない。
一階は全ての部屋を見終わった。
半分程、達成感を覚え二階に上がる。地道な原因探しは続き、部屋があと一つとなった。
「ここは娘の部屋でした」
密かに横顔を観察する。
瞳の奥底に根を張った深い悲しみが見受けられた。
心を落ち着け過去見を使う。
『あぁー。留守番、つまらない』
由真はベッドに腰掛け足をぶらぶらさせた。
ぬいぐるみを胸に抱いて横になる。
『何か面白い事、起こらないかな』
やがてうとうとして眠った。
十分経ち窓はガタガタ鳴り勝手に開く。カーテンが風に揺れる。
宙に浮かぶ白い狐が室内に入った。
『起きろ。小娘』
『……』
『起きろ』
『うる、さい』
指で目をこすりながら起き上がった。未だ眠そうである。
『約束通り遊びに来てやったぞ』
『……』
由真はばたりと倒れてしまう。
『おい、寝るな』
『眠い。寝させてよ』
呆れた様子で五尾はベットに乗った。
『仕方ない。一緒に寝てやる。遊ぶのはそれからだ』
『尻尾、柔らかい。どうしてここが分かったの』