苺大福
男性も店員も声に全く気づかない。それもそのはず彼女は幽霊だからだ。
はっきり見えても気配の違いが、自ずと人か幽霊かを教えてくれる。幼少期は見分けもつかなかった。
「私は和菓子も好きだけど毎度毎度、仏壇にお供えされる食べ物が、同じで嫌になっちゃう。偶には洋菓子がいい」
あれは確実に文句だ。
お会計を済ました男に勇気を振り絞って言う。
「和菓子も悪くありませんが、偶には洋菓子もいいですよ」
「はい?」
「仏壇に供える物の話です」
珍しい狩衣の所為もあり、不審そうに見つめ去ってしまった。
「貴方は私が見えるのね。有り難う。すっきりした」
笑む姿が薄まり消えた。
「お前のお陰で彼奴は成仏できたな」
「誰かに伝えたくても幽霊は伝えられない。そんなの悲しいだけだよ」
死は予期せぬ終わりだ。家族や愛する者に気持ちを伝えられず、他に悲しみを残しこの世を去っていく人々がいる。だから、未練は残り世に留まるのだ。
生があってこそ死が成り立つ。人は生まれてから死に向かう。どんなに恐ろしくどんなに嫌で、たとえ拒んだとしても皆直面する。
生きている限り人は生に執着し続ける。
「虹、苺大福が食べたい。買え」
突然、久慈が言い出し顎で和菓子屋を示す。
「じゃあ、私とザッシー、ほわとわんの分も買おう。決まりね」
どら焼き、饅頭、羊羹、栗金団。他にも美味しそうな和菓子が色々あった。
あれは彼なりの気遣いで、悲しい気分が明るくなる。
値段は一個110円。四個買うと440円だ。
「苺大福、四個下さい」
「はい」
店員は手早くパックに詰め、袋に入れた。財布からお金を出してお釣りを貰う。
「有り難う御座いました」
皆と一緒に食べるのが楽しみだ。お茶を沸かして飲もう。
朝の商店街は人通りが少ない。まだ閉じた店もあり喧噪とは無縁だ。
歩くうちに見えてきた。
古めかしい木造の二階建て。外に出る看板には〝詞蔵陰陽屋〟と達筆な字で書いてある。
虹が書いた看板だ。やたら字が上手いのは自慢できる。
ここでお店を開店させた人達が、度々謎の失踪を遂げる曰く付きの物件。不動産屋はおすすめできないと告げた。ローンが500万以下の為、安さに負けて飛びついた。
始めに足を運んだ時はおぞましい悪霊の巣窟だった。満ちる気が冷たい上に重く、立ち入って暮らしたなら運や健康面に、最悪な影響を与える程力は強い。
夜密かにお祓いと浄化を行い、今では安心して暮らせる。
ガラスの引き戸には何個も鈴が取りつけられ、音が鳴るような仕組みで依頼主の来訪が分かる。
店の入口は玄関も兼ねており草履を揃えた。靴箱、スリッパは来客専用だ。
正面には二階に通じる階段。上がれば少女、久慈の別々部屋がある。
左は応接室。依頼主の話を聞く場所だ。
座卓と座布団、掛け時計、物が少なく殺風景。彩りを添えようと、ささやかな花を枯れる度に飾っている。
隣の部屋も畳が敷き詰められ、そこの押し入れは元から座敷童子が住処としていた。長年悪霊と共にいてもへっちゃらだった。
「ただいま。ザッシー、ほわとわん。苺大福を買ったから皆で食べよう」
愛着を込めてザッシーと呼ぶ。大きさは林檎二個分くらい。おかっぱ頭で容姿は人形みたいだ。
座敷童子がいる家は栄え、去った家は衰退する。悪霊の所為で本来の力が弱まり、繁栄しなかったのだろう。
ほわとわんは無害な妖で、烏に苛められている所を虹が助け懐かれた。見た感じは柔らかそうな毛の玉。一方は白、もう一方が黒。どちらも目が赤い。
白の名はほわ、黒の名がわん。久慈にネーミングセンスが、いまいちだと言われたっけな。
小さいもの同士、仲良く座布団に座る。
「おかえり、食べる」
ザッシーは言葉を十文字以内で返す。
「きゅきゅ」
「きゅー」
わんが短く鳴きほわは長く鳴いた。両手に乗せ動物のように温かい。
座敷童子はてくてく歩き出した。
台所は人が使っていたにも拘わらず比較的綺麗だ。
テーブル、椅子は全て新品である。冷蔵庫、レンジ、棚、食器類も。
数個袋に氷を入れてハンカチで包む。
「久慈、冷やして」
「面倒だ」
「私が押さえてあ」
「あ」の時点で奪い、頬杖を突きながら電信柱でぶつけた所に当て冷やす。
「お茶を入れるから待ってて」
早くしろと目で催促する。
遅く着いたザッシーがすっと浮かび、テーブルに乗った。
やかんに水を入れ、緑茶の葉をティーバックに詰めた。コンロの火をつける。
「陰陽屋にはいつ本業の依頼がくるんだろうな」
「いつか……」
痛い所を衝かれ小声になった。
「いつかはいつだ」
「近い未来かな」
彼は飽き飽きしている。黒水晶を振るい、妖と戦いたい。そんな不満が窺えた。
「妖絡みの依頼がこないのは、私の所為じゃない」
「お前が未熟だからだ」
「比べたら、おじいちゃんより当然未熟だけど」
詞蔵陰陽屋を始めて前向きに頑張った。その事を考えると落ち込む。印西のように名は売れていないが、陰陽師として役に立ちたい。気持ちは本物だ。