願い
食事を済ませ、嘴で枝を折った。木の実の重みにぐらつき羽ばたく。
強い風が吹き、均衡を崩しかけて持ち直す。
彼女が住む家の屋根を見つけ緩やかに下降した。地に木の実を置く。
仔遊の目標はたくさん持ってくる事だ。
虹さんの為に頑張るぞ。
気合いを入れた。同じ繰り返しだがせっせと運ぶ。疲れても休みつつ励んだ。
何回運んだか分からなくなり、最後にしようと決めた。
「こら、木の枝を折るな!」
白髪頭の老人が拳を上げて怒る。びっくりした。
大概森にいて木の世話をしている人だ。恐れ入る。
ごめんなさい。
心中で謝って飛び去った。
へとへとになりながら着いて引き戸を突つく。
間もなく開いた。見つけるなり虹はしゃがみ込んで微笑む。
「お早う。仔遊」
「お早う御座います。虹さん」
仔遊の言葉は彼女には鳴き声にしか聞こえていない。
銀髪の羽前という男は何故か通じていた。
「これで君と会うのは三回目だね」
「はい」
彼女と人の言葉で話せたら、どんなにすばらしいだろうか。
きっと幸せだ。話したいけれど自分は雀で少女は人――。壁が存在する。
通じ合いたいと願っても鳴き声を伝えているだけ。それでも。
「木の実を貴方の為に運びました」
目を瞬き意味を考え、理解しようと努める。
「ひょっとして木の実の事かな」
「そうです!」
「私の為に?」
「そうです!」
「大変だったでしょう。有り難う」
優しい手つきで摩った。心が籠もり快い。
喜んでいる。嬉しくて心の芯から温かくなる。
この人の笑顔は凄い。魅力的で眩しい。
「また来ます」
明日は何を持って来よう。笑顔を見る為にもっと恩返をして、喜んで貰えたら本望だ。
それが仔遊の至福に繋がるのだ。
あの日から仔遊は、陰陽屋に訪れるようになった。
羽前が食べ物を強要した所為か、木の実を持って来た。
これは赤の実という。ジャムにしてもケーキの中に入れても美味しい。印西の教えだ。
虹は枝ごと拾って正面の屋根にいる、仔遊に呼びかけた。
「チュン」
大きな返事だった。
ふといつまでいるか気になって見続ける。
飛び立ってしまった。雀の恩返しはけなげだ。
右手にある勾玉形の痣が熱くなっている。過去にこんな経験をした事があったが、詳しく思い出せなかった。
台所の椅子に腰掛ける。とった赤の実を一つ二つとパックに置いていく。
味噌汁が香る。独特な香りがよい。
「雀は何を持って来たんだ」
久慈は味噌汁を作る真っ最中だ。エプロンは面倒くさがってつけない。
以前、『つければ似合うのに』と少女が呟いたら、横を向いて心なしか赤くなった。
彼は依頼の時と営業中だけ狩衣を着る。
「赤の実だよ。材料を買って近い内に、カップケーキを作ろうと思うんだ」
「食べられる物を作れよ」
「ちゃんとレシピを見て作るから心配無用だよ」
「温度を間違えて、焦がさなければいいな」
カップケーキ、一度目の挑戦は失敗に終わった。原因は設定温度を間違え、焦げて食べられない物になった。それから数回成功させた。
「設定温度は気をつける」
ラップをして冷凍庫に仕舞った。
「お早う。虹」
ザッシーが蒼を胸に抱えている。
ほわとわんが足元をころころ転がった。
「お早う。皆」
「きゅー」
「きゅ、きゅ」
こうやって穏やかな朝が始まる。
「昨日より蒼が大きくなってる」
「変わっているのか?」
「よく見て。少し大きくなったよ」
眉根を寄せた久慈には同じように見えるようだ。
「クソ狐は相変わらず起きてこないな」
「じゃあ、起こしに行って」
「俺が起こす訳ないだろ」
起こさなければ、ずっと寝ていそうなくらい羽前は眠る。
虹は狐が夜行性だから朝に弱いと考えている。




