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詞蔵陰陽屋  作者: 蓮華
31/33

必要

「どこに掴まればいいの」


「狩衣を掴め。だが、皺はつけるな」


「絶対無理だよ」


 反論した。無理なのは分かっている。


速走跳力そくそうちょうりょく


 体内に霊力が巡る。助走をつけて石塀に上がった。屋根に移動する。


 走りと跳ぶ力は強化され、通常より数倍速く、高く跳躍も可能だ。強化術は身体能力を高める。


 戦闘に役立つ術はいくつか教えて貰った。


 次々と屋根に跳び移り、肌に吹き抜ける風を感じる。髪と袂を踊らせた。


 最初は「わぁー。きゃー」と喚いていたが静かになった。


「おい」


 気になり久慈が呼びかけた。


「凄い。景色が流れるように過ぎていくよ」


 慣れたのか楽しむ。


 心配して損をした気分になる。


 運良く誰にも見られず地に下り立つ。しゃがみ察して肩から離れた。


 腕を回し鈍い痛みを和らげる。温もりが消えた。


「前髪が後ろに逆立ってる」


 口元に笑みを含んだ。


「お前も乱れているぞ」


「本当だ」


 恥ずかしげに髪を手櫛で直す。


 依頼主の家に着き、少女が腕時計を確かめ、3時58分である。ぎりぎり間に合った。


「インターホンを押せ」


 頷いてピンポーンと鳴り響く。


 足音が近づき、ドアが開いた。


 茶髪で薄化粧の女性。依頼主の名は砂原安菜さはらやすなという。専業主婦だ。


「今日も宜しく頼むわね」


「はい、任せて下さい」


 愛想よく答えた。人に好感を与える。


 久慈には到底真似できない。


 安菜は動物好きで外に大型犬を二匹、室内に小型犬を三匹を飼っている。


 元々、犬の散歩を夫とやっていた。昨日の朝から出張に行っており、それを一人で熟した。しかし、想像以上に大変だった為、助けを求め、陰陽屋に電話をかけた。


 依頼は至って簡単な大型犬の散歩。今日で二日目だ。


 小型犬の方は依頼主が自ら散歩に連れて行っている。


「モモ、ピピ」


 虹が呼ぶと尻尾を振って寄って来る。ラブラドールの黒色がモモ。薄茶色がピピ。


「よしよし」


「キャン」


「バウ」


「くすぐったいよ」


 手をぺろぺろ舐めた。どちらも人懐っこい。


 首輪にリードをつけ、安菜に「行ってらっしゃい」と見送られた。


 散歩が嬉しいのかモモは走り、少女が引っ張られる。


「速い。待って」


 その所為で久慈も急ぐ。ピピは横をキープする。


「お前、昨日も同じ状況じゃなかったか」


 どんどん引っ張られていく様子が鮮明に思い出せる。


「止まってぇー!」


 自分の事で手一杯なようだ。感情が目まぐるしく変わる、彼女のそばだと退屈しない。


 リードを掴み、後ろに引く。黒いラブラドールの進行を止めた。


「はぁ、止まった……」


「俺は昨日も今日も、お前を助けた。この貸しはいつか返せ」


「いつかね」


 弾んだ息を整える。


「ゆっくり行こう。モモ」


「キャン。キャン」


 ありふれた街並みの中を歩き、散歩は時間をかけて、三十分くらいやった。


 そして依頼が終わり、見ていなくても安菜は分かるようで、働きぶりに満足した。


「今日の依頼は全部終わったね。明日も宜しく久慈」


「いちいち言う必要があるのか」


「言う必要があるから言っているの」


 感謝、謝罪を必ず伝える。言葉でしか伝わらない事があると教えてくれた。


 久慈はそんな所を結構気に入っている。


 彼女の話に耳を傾け、仲良く肩を並べて家に帰った。



 雨が急に降った日、空を飛んでいた。濡れた翼では飛びにくく、案の定枝にぶつかった。


 雨宿り中の少女が助けてくれた。親切にドライヤーで、羽毛を乾かしてくれた。


 その日から少女の事が忘れられず、恩返しをしたいと考えた。何をしようか迷って閃く。


 飛び回って蚯蚓を集めた。自分が好きなものをあげれば喜ぶ。しかし、予想は外れた。


 どうやら困らせてしまったようだ。失敗だった。今度は喜んで欲しい。


 今まで自分には名前がなかった。つけて貰えたのは初めてだ。


 清々しい朝の大空を雀が翼をはためかせ、移動していた。


 仔遊は美味しい木の実がなる場所を知っている。


 そこは森で草木が生い茂り緑が豊かだ。


 枝に留まった。木の実を一つ食べる。甘酸っぱい。

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