表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詞蔵陰陽屋  作者: 蓮華
3/33

蛇と蛙

「えっ、いいの」


 遠慮がちに聞き返す。


「はい」


 ソファーでうつ伏せになって貰った。


 祖父の肩叩きぐらいしかやった覚えはない。痛みを治せる自信がある。


 マッサージの真似をして痛む箇所を尋ねた。


 声には出せないので心中で言う。


(陽力よ。我に力を貸し給え。彼の者に癒しを齎せ)


 手が暖かな黄色い光を帯びる。痛む箇所に光を当て続けた。


「どうですか」


「あら、不思議と楽になったわ。痛みも消えてる。貴方のマッサージは凄いのね」


 起き上がって目を見張り驚く。


 実の所、マッサージ事態は無効果で微塵も凄くない。陽力の癒しの力が感嘆に値する。


 先程から久慈は責める視線を送って無言。


 理由は人前で術を使う行いを好ましくないと考えているからだ。


 陰陽道の術は奇跡にも思われ、逆に恐怖を感じさせる。一番誰かの欲により悪用される事を懸念していた。


 智恵には見られても気づかれてもいない。許して欲しい。


 反論の視線を送り、俺が間違ってるのかと睨まれた。現状況は彼が優位に立つ蛇で、少女が劣性に置かれた蛙だ。


 あえなく目線を逸らす。うぅー。久慈の意地悪、意地悪!


 既に負けが確定。怖すぎる。


「腰を治してくれた分も、依頼料に加算するわね。治してくれてどうも有り難う。これで普段通りに暮らせる」


「いえ、好意でしただけですから、依頼料を加算だなんてと……」


「有り難く頂戴します」


 言葉を掻き消された。頂戴する気満々だ。


「機会に恵まれたら必ず頼むわ。今度はぜひお店も見てみたい」


「そう仰って頂けると嬉しいです」


 また一人、詞蔵陰陽屋をよく思う人が増えた。


 駆け出しで失敗もしたが、不慣れでも自分なりに精一杯やった。もっと頑張りが必要だ。


 今日の仕事は終わった。何日もフリーな日を経験して、暇で死にそうな時があった。


 明日の予定に依頼が入っている、事実に感謝しなければ――。


「あの婆さん、まあまあ気前がいいな」


 封筒から紙幣を少し出し久慈が言った。ゼロが四つある。疑いようもなく一万円だ。


 何でも依頼は三千円から。幽霊お祓い依頼は五万円から。妖絡みの依頼は十万円から。


 そもそも何でも依頼はなかった。人々の目的が種々雑多の用事ばかりだった為、新しく作って今に至る。


 生活するお金を稼ぐ必要がある。それに依頼主の要求に応えたい。その所為で何でも屋じみてしまった。


 全ての料金を設定したのは久慈だ。高すぎだと抗議しても『商売は儲けてこそ意味がある』と取り合ってくれず、引き下げを諦めた。


「ゴミ出しと偽のマッサージをやっただけなのに、一万円も頂いて智恵さんに大変申し訳ない」


「依頼は問題なく熟した。確かにお前のマッサージは嘘だが、陽力ようりょくで癒し治した事実は本当だ。貰える金は貰っておけ」


 封筒を渡され懐に仕舞う。お金には感謝の気持ちが籠もっている。


「有り難うの気持ちを忘れず使えばいいよね」


 微笑んで見据えた。外方を向いてしまう。


「久慈、前――」


 危険を知らせる声が間に合わなかった。


 ゴォン!不注意で頭を電信柱にぶつけた音だ。


「……邪魔な電柱だ。斬る」


 殺気立って妖刀を手の平から引き抜くように取り出す。


 刀身は黒色で不透明に近い。黒水晶と呼ばれる所以は見た目と他にある。


 幸い人気がなく目に入れた者はいない。恐怖を与える光景だった。


「ダメ!電柱は電線を支えているの」


「俺が知った事か」


「絶対ダメ!!」


 手首を握って止めた。


「離せ」


 首を左右に振る。あからさまな舌打ちが聞こえた。


 めげそうになって暫くこの状況が続き、黒水晶を体内に戻し虹の手を振り払った。


「見せて」


 久慈は無視して大股に進む。


 小走りで前方に立ち塞がる。


「どけ」


「見せてくれるまでどかない」


 人形をとり実体化する故、怪我を負い、病気になる。治りは早い。一日あれば回復し、食事は香味や刺激を得る嗜好品みたいなもの。食べなくても全然平気だ。


 行き成り屈み、顔が間近になった。とっさに体を引く。美麗な顔は心臓に悪い。


「早くしろ」


「あ、うん」


 血は滲んでいない。頭を触ると膨れ上がっていた。


「痛い?」


「別に」


「帰ったら氷で冷やそう」


「冷やさなくていい」


 頬が赤い不機嫌顔。


「今日はそんなに暑いかな」


「はあ?」


「だって顔が赤い」


 おでこを指先で弾かれ押さえる。訳が分からず久慈が一層不機嫌になった。


 少女は振り返り、特に怒らせるような事を言った覚えはない。とりあえず機嫌を直すまで放っておこう。


 この道は昔ながらの店が軒を連ねる商店街だ。八百屋、魚屋、肉屋。駄菓子屋、雑貨屋、本屋など。


 食べ物の店が多く、食べ歩きもできる。


 休日は人が集まりにぎやかである。夏には祭りが開催され、所狭しと露店が並ぶ。


 五歳の頃、印西と夏祭りに来て迷子になった。捜しても見つからず、心細く道端にうずくまり泣いた。


 何故か久慈に発見され、手荒な手の引き方だったが、祖父の所へ連れて行ってくれた。


 過去にどうして捜しに現れたか尋ねた。


 答えは、『印西がお前を捜せと念で伝えてきた。嫌々動く羽目になった。俺に余分な迷惑かけやがって』と仕方なくだ。


 因みに念は声を用いず心中の思い、考えを他者へ伝達する。距離を隔てての会話は難易度が高い。離れた相手の意識を捉え、尚且つ伝え届けるからだ。

 通りがかる瞬間、和菓子屋で買い物中の男が偶然おり、大きな声を発し告げた。


「桜餅と草餅を三つずつ下さい」


「お好きなんですか」


 にこやかな顔で店員が尋ねた。


「娘の好物なんです」


 年輩の男性は哀愁を漂わせる。


 その近くに、


「もう桜餅と草餅ばっかりでうんざりよ」


ショートヘアの年若い女性が怒り腕を組む。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ