予期せぬ出来事
「美味しい」
「それ程、美味なのか」
「うん」
試しに五尾が食べてみる。眉根を寄せ、口に入れた。
「苦かったんでしょう」
「苦くない」
明らかに顔が我慢している。表情は素直だ。
「はい、お口直し」
コップにオレンジジュースを注いで渡した。
「さすが家来、気が利く」
受け取って飲んだ。
猫には煮干しだが狐には油揚げだろうか。今度、試してみよう。
「口元が笑っているぞ」
「気の所為だよ」
「これはよからぬ事を考えておるな」
頻りに首を振ってごまかした。
「俺にも飲み物をつげ」
久慈が自分のコップを差し出し、虹が受け取った。
「どうぞ」
煎餅で渇いた喉を潤す。袋から半分くらいなくなっている。
「我の家来を貴様に使われるのは解せない」
不満げに羽前が腕を組む。
「此奴は俺に使われる事こそが最上の喜びだ」
がっちり肩を掴んで同意を求める。
「いや、我に使われる事こそが最上の喜びであり、幸せでもある」
手を握って同意を求める。
「二人の役に立てるのは嬉しいよ……」
その面に関して嘘をついていなかった。できれば自分で、やって欲しいのが本音だが。
「虹、凄く、困惑」
ザッシー、助けてと視線を送る。それに気づいた。
「困らせる、ダメ!」
眉を吊り上げ注意する姿は大層愛らしい。指で罰点を作った。
久慈も羽前も仕方なく肩と手から離した。
これぞザッシー効果。既に何回も助けられた。
手帳を確認して、今日の依頼は犬の散歩が残っている。日時も記し、依頼を熟す為には管理が必要だ。
「私は依頼があるから二人共、蒼を見ていてね。行こう。久慈」
少女と付喪神は台所を出た。
一日も休まず賢明に働いていた。
羽前が『偶には休んだらどうだ』と言った時、虹は『毎日、ご飯をしっかり食べて、たくさん寝ているから大丈夫だよ』と元気に笑った。
今朝は単なる気まぐれを起こし、ついて行った。
これから手伝うかは気分次第である。
彼女の喜ぶ姿が見たい。ふと浮かんだ考えに首を傾げる。
家来の喜ぶ姿を見て、どうなるというのだ。
心のもやもや。正体が分からず苛立つ。
座敷童子がじっと見つめた。
「何だ?」
「行けば、間に合う」
「我は行かん」
「行けば、虹、喜ぶ」
妙に心を読む事に長けている。読まれるのは面白くない。
小さな声音で囁く。
「今度なら考えよう」
余程気に入ったのか、あともう少しで蒼がゼリーを食べてしまう。
躊躇しながら手を伸ばして触れる。柔らかく気持ちいい。
「きゅ、きゅ」
「きゅー、きゅー」
毛玉の妖達が飲み物を催促する。
「私も」
「何故、我が入れなければならんのだ」
「お願い」
ザッシーは子供用のコップ、ほわとわんは醤油の小皿だ。虹が用意しているのを見た事がある。
食器棚から取り出し妖達の為にジュースをつぐ。
「我の寛大な心に感謝を捧げよ」
「有り難う」
「きゅー」
「きゅ」
少女がこの場にいたら、きっと誉めてくれるはずだ。いない事実をただ残念に思った。
草履を履いて虹は引き戸を開けた。
右側を向き固まる。思考と表情が凍りつく。予想外の人物が立っていた。
茶色い髪の毛先は金色っぽい。小柄で落ち着いた雰囲気はどこか冷ややかだ。
娘の身勝手さに憤る。亜美だった。
「帰って来なさい」
「私は帰らない」




