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詞蔵陰陽屋  作者: 蓮華
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詞蔵陰陽屋は何でも屋?

 五歳だった時から夢を叶えたいと願い続けて成長し、現在虹は十八歳になった。


 茶色の髪、後ろは短く切り揃え、長い横髪は金色っぽい。


 くりくりした黄色の瞳。目鼻立ちが整い大層愛らしく小柄で華奢だ。


 右手には勾玉の形をした、痣が生まれつきある。


 高校三年は進路を決める事を迫られる。早くから同級生は進路先を就職か進学かを決め、面接練習も行われた。段々日が経つにつれ、皆企業や大学に受かっていった。


 卒業間近になっても進路先を示さない、虹を担任教師は心配して最終的には見放された。


 両親には詞蔵陰陽屋を作る希望を幾度も話したが、端から強く反対され喧嘩になった。

 まだ十八の娘が世間に馬鹿にされる、おかしな店を始めても成功するはずがない。それが理由だった。


「普通の企業に就職しなさい」


「その方が将来は安心よ」


 涙を堪えて悔しさ、怒りに拳と声を震わせた。


「私の人生は私が決める」


 悲しい訳は二人なら理解してくれる、どこかでそんな甘い考えがあったからだ。期待を粉々に打ち砕き、裏切られた気分になる。


 母の亜実あみは幽霊も妖も見えず、逆に印西の息子である吉秀よしひでは見えた。


 父は陰陽師になる事を拒み、平凡に生きる事を選んだ。本人がその選択で満足しているなら問題ない。


 卒業後は相棒と共に、密かに良さそうな物件を探して、問題はあるがいい所を見つけた。


 祖父が虹の為、せっせと貯めた大金を使うのは心苦しい。だが、有り難く使わせて貰った。いつか倍返しすると心に決めていた。


 契約や陰陽屋の準備に時間と日にちがかかった。


 開店日の前日に荷物をまとめ置き手紙を残し、二度と戻らぬ決意で家を出て行った。



 詞蔵陰陽屋を開店させて三ヶ月。口コミで広がり、ちょこちょこ依頼はくるようになった。


 それは大変喜ばしい。だが、頼む用件は妖絡みでなく庭の草抜きや買い物、犬の散歩や行方不明の飼い猫探しなど。どうやら人々は便利な何でも屋と勘違いしているらしい。


 順風満帆とまではいかないが、充実した日々を送っていた。


 あれから携帯の連絡を無視して両親とは一切会わなかった。


 どうせ会っても喧嘩になる。身勝手な娘と縁が切りたくなっただろう。


 後悔はなく祖父に念願の陰陽屋を開く事ができたと伝えたい。


 凄腕であるが故に昔から印西の元へは、自然と怪しい不思議な依頼が集まった。各地に赴き、解決して人々の役に立ち、どんどん名を揚げた。


 特に数少ない陰陽師や霊能力者、僧侶や神主、巫女に祖父の名は知られている。


 印西は約二年間、音沙汰もなしだ。妖退治の旅に出たっきりだった。


 祖母の邦代くによはでんと構え、『くたばってなけりゃいいけどね』と心配しつつもただ帰りを待つ。二十代の若き時期、修行をしに一年半、山籠もりをしたらしい。


 少女も帰りを信じて待ち望む。会いたいなぁ――。


「虹」


「……」


「おい」


「……」


 きょとんと見つめて頬を思い切り引っ張られた。


「痛い!」


 髪も瞳も闇色。細い眉、切れ長ですっきりした顎のライン。冷涼を感じさせる容貌。


 長身痩躯の美青年、その正体は妖刀に宿る付喪神。実体化して人形をとっている。大切な相棒、久慈くじだ。


 水干を着ており因みに虹は狩衣姿だ。日常生活でこの服装は目立つ。


 付喪神とは作られ長い年月を経た道具、長生きした動植物に宿るとされる神や霊魂。


 慈しみを持ち大事にすればぎる神となり、慈しみを持たず大事にしなければ荒ぶる神となる。


「無視した訳じゃないから許してよ」


 じんと痛む頬を摩りたいが生憎、ごみ袋で両手は塞がっていた。


「お前は今何をやる途中だ?」


 声は低く目つきが悪い。不機嫌な様子に疑問符が浮かぶ。


「ごみ捨ての途中……」


 今日は朝八時に依頼主、智恵の家へ向かった。昨日、電話で溜まったごみを代わりに出して欲しいという依頼を引き受けた。


 腰を痛めた所為で、出歩く事さえ難しい状態に困っていた。しかも一人暮らしでそばに頼れる者はおらず、友人に詞蔵陰陽屋の存在を教えられ、電話をしたみたいだ。


 友人は和紗かずさ。なんと四日前の依頼主だった。あの日は花壇の花植えと水やりをやった。


「突っ立って考え事か。いい御身分だな。俺はこれで二往復目だぞ。ぼんやりは何往復目なんだ」


「ええと、実は一往復目もまだで」


 物凄く睨まれる。射殺さんばかりの眼差しだ。


「ごめんなさい」


 確かにごみを出す意思はあった。数歩進んで考え事に没頭する余り、立ち止まってしまった。


「久慈は休んでて。あとのごみ出しは私がやるから」


「ぼんやりに任せていられるか」


 すたすたと行ってしまう。クールで怖い印象を受けるが根は優しい。


 妖刀の名は黒水晶くろずいしょう。元々、詞蔵薙なぎの所有物だった。


 彼の死後、使い熟せる者は数人しかおらず、詞蔵家が代々貴重な物として保管し、妖刀の手入れも欠かさなかった。


 鍛冶師に作られ百年以上は経っている。


 祖父が久慈と命名した。


『黒水晶は妖刀の名だ。お前の為に新しい名が必要だな』


 この言葉は付喪神が嬉しさを隠して教えてくれた。


 印西は久慈を相棒としてそれぞれの地を回った。虹もついて行き、妖退治の仕方を実戦でたくさん学んだ。


 危うい時もあったが、困難を乗りきったお陰でめきめき力がついた。


 最初は仲良くなりたくても中々なれず、距離感が掴めなかった。いつの間にやら共にいる事が多く、気づけば色々と話せる仲になった。互いに心を許し開いた。


 今では虹を相棒と認め、こうして嫌々ながらも手伝ってくれる。


 智恵宅の玄関に溜まっていた、ごみ袋の山は無くなった。


 リビングのソファーに腰掛ける智恵に、終わった事を伝えた。座っていても痛そうだ。


「有り難う。本当に助かったわ」


「いえ、私達はゴミ捨てをしただけです」


「和紗さんがいい何でも屋さんを知っていてよかった」


 何でも屋じゃありません。口にはせず秘する。


 満面の笑み。自分は人を笑顔にする目的で詞蔵陰陽屋を始めた。それが夢だったから。


 どんな形でも喜びを届け、幸せにできるならいい。


 本音は妖絡みの依頼が舞い込むのを心待ちにしている。


「あの、もしよろしければ腰のマッサージをやりましょうか。少しでも痛みがよくなるかもしれません」

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